名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける   作:西東 吾妻

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第二十二話:生前亡国をもたらした女武者は名をアスラという

 皇帝「ローゼンバーク」としての俺は、致命的な過ちを犯してしまった。

 

 あの女傭兵の危険性に、何故あの時の俺はもっと早く気づけなかったのだろうか……。

 

 亡国の責は、全て私の無能に帰責する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 統一戦争にて目を見張る戦功をあげたあの女の素性について解っていたことは、遥か東方の島国からの流れ者であるということだけであった。

 

 剣が踊り、矢が降り注ぐ戦場にいて、一切の防具を身に着けず、肉厚の短剣と一丁の大筒のみを武器として戦うあの女は、その特異な出自もあって、国中の者がその存在を知る有名人となっていた。

 

 踊り子のように戦場を舞い、腹の底から戦いを楽しみ、山といる敵軍の首をすべからく狩取った彼女の武功は、皇帝たる私の耳にも届いていた。

 

 100余年続いた戦争の終結に大きな貢献を果たしたという紛れもない実績。実態の知れぬ東方の島国からの流れ者という特異な経歴。

 

 ……私はそれらの要素を持って、彼女に興味を抱いてしまい、あろうことか彼女を帝国の騎士として国に迎え入れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年もたたないうちに、それが大きな間違いであったことに気づかされた。

 

 俺の国の民が、次々と首を狩られ、殺されていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めは誰にも顧みられることのない浮浪者が犠牲となった。

 

 王都から彼らがいなくなると、次は平民たちの首なし死体が王都に転がり始めた。

 

 恐慌にかられた平民たちが家の扉を固く閉ざし始めると、名のある騎士達の首が狩られ、莫大な所領を持つ貴族の首なし死体が街道に晒された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、俺の妻も過去の犠牲者と同じく、忽然と行方をくらませた。

 

 彼女は数日後、体中に痣を残した首なし死体となって王門に磔にされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼畜の所業を侵した下手人として、あの女傭兵が浮かび上がってきた時には、全てが手遅れだった。

 

 あの女は既に姿をくらませていた。

 

 そして同時に、あの女が盗む出し、流出させた軍機を手に、四方の隣国全てが俺の帝国へと侵攻を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の臣下はよく戦ってくれた。

 

 彼我の戦力差は10倍を軽く上回り、有能な将軍はことごとくあの女傭兵によって首を狩られていたにも関わらず、生き残った彼らは一余年も敵軍の侵攻を踏み留めてくれたのだ。

 

 あの女傭兵による首狩りは、彼女が姿をくらませた後にも続いていたにも関わらず……だ。

 

 俺の近衛兵は、困難な任務をよくこなしてくれた。

 

 彼らは首狩りの犠牲を前にしても一切怯むことなく、あの女傭兵を着実に追い詰めていった。

 

 戦況は刻々と悪化していったが、それと反比例するかのように、首狩りの被害が封じ込まれていったのは、彼らの働きによるものである。

 

 ……俺がもう少し早く、「あの女は危険だ」という彼らの諫言を聞いていれば、妻はあの女の毒牙にかかることはなかっただろう。

 

 俺の無能、無策が、この災厄をもたらしたのだ。

 

 しかし、それにも関わらず、彼らは俺に忠誠を誓い続けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて近衛兵は女傭兵を捕縛し、俺の面前に突き出してくれた。

 

 しかし、その時、俺の帝国は帝都を残して全ての所領を失っていた。

 

 そして唯一残された帝都も、城門を破られ、100万の敵兵が城内へとなだれ込むのを許してしまっていた。

 

 最早、救国の手立ては残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 破滅までいくばくの猶予もない中で、俺は最後の決断を下した。

 

 100余年続いた俺の帝国を亡国へと導いたこの女傭兵の公開処刑を命じたのだ。

 

 理性的な決断ではない。破滅をもたらしたこの女に対する、感情的な処断だ。

 

 だが、俺のこの決断を帝国の誰もが喝采をもって受け入れた。

 

 滅びの運命が変えられないのならば、せめてこの魔女を道連れにする……それは皆の総意であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の城下町は火を放たれ、空を茜色に染めながら燃え盛っていた。

 

 町中の至るところで恥辱を前にした女たちの悲鳴が、兵たちの怒号が沸き起こっていた。

 

 悪夢を背に、私は十字架に磔にされた女傭兵の火あぶりを命じていた。

 

 取り調べという名の私刑をその身に受けた女傭兵の四肢はひしゃげ、その顔は青痣にまみれていた。

 

 その身に刻まれた切り傷は骨にまで達し、なんらの治療も施されなかったそれらは化膿し、腐り果てていた。

 

 幾十の病魔に侵され、幽鬼のような有様となり、今まさに火に炙られ、命を絶たれようとしている。

 

 そんな中で、あの女は満面の笑みを浮かべ、タガが外れたかのように笑っていた。

 

 彼女は、今まさに灰となって滅びようとする俺の城を目にして、至高の達成感に満たされていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は俺の帝国に何らの恨みも持っていなかった。

 

 遥か東方からの流れ者である彼女に、俺の帝国を憎む理由はどこにもなかった。

 

 傾国を生涯の趣味とする彼女が、俺の帝国に次の照準を定め、それを見事に成し遂げた。

 

 事の真相は、脱力するほどに単純なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて彼女は笑いながら炎に包まれた。

 

 俺と、臣下、そして残された民達は、彼女が物言わぬ炭の塊となった後、己の首に剣を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 人神と成り、長い年月を経た今になっても、悪魔の僕たるあの女の名前を、俺は忘れることが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「傾国の首狩り浪人」アスラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、俺の国を亡国へと導き、焦熱地獄へと沈んだ、魔女の名だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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