名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける   作:西東 吾妻

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第二十三話:人神は二人の悪魔を誅すべく勅命を下す

 久方ぶりに、私は、俺は気分の悪い夢を見た。

 

 私が、俺が人間として過ごした最後の日。明瞭に浮かぶ亡国の情景と、悪魔の顔。

 

 ゼェゼェと喘ぎ、額に一筋の汗を流した私は、俺は喉奥からせり上がる物を我慢し、三つの瞼を開く。幾多ある腕の一本が、赤さびに汚れた指先で、瞼に溜まる涙をぬぐった。

 

 意識が明瞭になるにつれて、衆合地獄を取り巻く全ての情報が、地獄に張り巡らせたパイプを伝い、私の、俺の背中へと流れ込んだ。パイプを介して私に、俺に取り込まれた情報は、私の、俺の祖国が誇る学者、技術者、そして将軍たちの唯一無二の脳髄によって分類され、個々の専門領域へと落とし込まれていく。

 

 私の、俺の結合された脳髄は、彼らの手で厳選された最良の選択肢を提示され、私は、俺は決断する。

 

 あぁ……! 慨嘆の言葉が思わず口からあふれ出す。

 

 カタガタカタカタとパンチカードに情報が印字される音が四方で奏でられる中で、ギィギィと体を軋ませながら、私の、俺の幾多の手が、失望にくれる私の、俺の顔を覆い隠した。

 

 五階建ての尖塔すらも見下ろすほどの体躯であるというのに、私は、俺はなんと情けないことだろう。この胴には幾多の武器が格納されているというに、私は恐怖の感情に支配されようとしている。

 

 この足は雷よりも早く機動し、この腕は破城槌のような破壊をもたらしてくれるというのに、あの悪魔を永遠に嬲り続けられる確信が芽生えてこない。

 

 私の、俺の祖国の学者、技術者、将軍たちが、喜んで差し出した脳髄は、常に私に、俺に最適な選択肢を提示してくれるというのに、矮小な私の、俺の感情が、判断を鈍らせる。

 

 天上から垂れ下がり、私の、俺の背中へと繋がれているパイプたちが、ビィンと緊張するのも構わず、私は、俺は鋼の体を丸め、途方にくれたかのように頭を抱え込む。

 

 二つの脳裏に浮かぶのは、トラウマと化した亡国の情景。私が、俺が見た悪夢は、まだ終わっていなかったのだ。

 

 生きた国、過ごした人生は全く異なるというのに、一つの目玉を共有する二つの顔は、等しく悲嘆に歪む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 衆合地獄は今この瞬間、異物の侵入に直面した。

 

 私の、俺の王国は、再び試練に直面することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなされました? 女王陛下」

 

「皇帝陛下。お顔が優れないようだが?」

 

 私の執事が、俺の近衛兵長が、謁見の間へと姿を見せる。

 

 私の盾であり続けた、俺の剣であり続けた彼らは、鋼の肉体に礼服を、鎧を纏い、私の、俺の前で、恭しく礼をしてみせる。

 

「執事……また、あなたのお力を貸していただけますか?」

 

「近衛兵長よ。俺は、困難な任務をお前に渡さねばならない」

 

 神と成った今となっても、私にとって執事は、俺にとって近衛兵長は、欠くことの出来ない拠り所だった。

 

 ハル女王陛下と、ローゼンバーク皇帝陛下と共有する一つの眼球で、私は、俺は厳粛な面持ちを崩さない執事を、近衛兵長を視界に納める中で、私は、俺は彼らにこう告げた。

 

「叛逆騎士ネイドが、衆合地獄に侵入しました」

 

「首狩り浪人アスラが、衆合地獄を侵犯したのだ」

 

 震える二つの唇が、私にとっての、俺にとっての悪魔の名を口にする。思い出すのも忌々しい、口に出すのもはばかられるこの悪魔の名を告げることは、抵抗感すらあった。

 

「そんな……!!」

 

「なんということだっっ!!」

 

 女顔の若執事が、事態の深刻さを受け止めきれずに悲嘆の言葉を漏らし、歴戦の古傷を顔に刻んだ初老の近衛兵長が怒りに唇を震わせる。

 

 執事は細く、しかし鍛えこまれた鋼の手で口元を隠し、その顔を青くしていた。

 

 近衛兵長は怒りに鋼の体をブルブルと震わせ、赤く紅潮し、深く皴が刻み込まれた顔を俺へと向けてくる。

 

 彼等もまた、私と、俺と同じように、生前の屈辱を瞬間的に思い出したのだろう。

 

 私の盾となるべく鍛えた自分の戦技があの男に通じなかった、俺の剣となるべく研鑽を重ねた己の武勇が、あの女に弄ばれた……忘れてしまった方が幸せに思える恥辱が彼らの心に大きな動揺を与えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼らは真の勇者であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「女王陛下! 何なりとご命令ください! ベラトリスクの民と共に、あの悪魔に天誅を下します!」

 

「皇帝陛下! 私に命令を! 近衛兵に通達を! 陛下の平穏を乱したあの悪魔に、永遠の罰を与えねばっ!」

 

 思考を乱す動揺から、彼らは即座に立ち直って見せた。

 

 彼らは、それが自身にいかなる苦痛をもたらすのかを十分に理解していたにも関わらず、それを気に掛けるそぶりを一切見せることなく、私へ、俺への忠誠を吐露して見せたのだ。

 

 執事はその拳を固く握りしめ、復讐の炎でその身を焦がして見せた。

 

 女性のように華奢な彼の背中には、太陽のように周囲を照らす正義の炎が燃え盛り、光速を成し遂げた鋼の肉体は、万全のコンディションを発揮すべく急速に準備を整えていく。

 

 その顔に、一切の迷いはない。唇をきゅっと一文字に結んだ彼は、柔和な眼差し、令嬢のような細い顔立ちに似合わぬ、痺れるような闘志を宿している。

 

 近衛兵長は吹き上がる怒りの全てを、その腰に差されたグラディウスへと込めていく。

 

 溶岩のように熱く、竜巻のように荒れ狂う怒りを前にしても、彼は決して理性を失うことはない。

 

 致命的なまでに国を貶めた叛逆者に、一点の曇りのない憎悪をぶつけるべく、機械仕掛けの彼の脳髄は高速で計算を繰り返し、肉体へと覚えこませ、最良の一撃を繰り出す準備を整えていく。

 

 亀裂が走る程に歯を食いしばり、怒りに顔を紅潮させ、大きく目を見開いた彼は、丸顔に虎髭を生やすその顔立ち、幾条の古傷もあって、まさしく歴史に名を轟かす英雄そのものである。

 

 なんと頼もしく、何と誇らしい忠臣であるか。

 

 私の、俺の最大の幸運は、まさしく、忠義に燃える臣下を手に入れられたことに他ならない。

 

 一度はくじけかけた私の、俺の心は、彼らの燃えるような眼差しを前にして希望に満ち満ちる。

 

 平穏を乱すべく、地獄の空に現れた二人の悪魔を迎撃すべく、私は、俺は二人に勅命を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛しの我が執事よ。叛逆騎士ネイドを血祭りにあげなさい」

 

「勇ましき我が近衛兵長よ。首狩り浪人アスラを蹂躙せよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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