名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける   作:西東 吾妻

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第二十四話:囚人騎士は人としての記憶を取り戻す

 女王陛下による勅命が下されると同時に私の眼前で口を開いた転移門に、私は全くの迷いを持つことなく飛び込んだ。

 

 長く暗い、洞穴のような通路を、私は自由落下のような加速度で駆け抜け、その最中に戦闘用の各種装備が私の鋼の体に取り付けられていく。

 

 衆合地獄のいかなる場所にも通じる転移道。女王陛下、皇帝陛下の勅命によってのみ開くこの通路は、人神の天使たる私たちが戦闘に向けた整備を受けるための場でもある。

 

 堕神ハデス、叛逆騎士ネイド、首狩り浪人アスラ……衆合地獄に侵入したこれらの脅威を完全に排除する上で、私たちの前に立ちはだかった障害は、前例がないほどに莫大な物だった。

 

 私と近衛兵長に割当てられた任務は、二人の大罪人を堕神ハデスから引きはがし、彼らを無力化させることであるが……それは過去になく難易度の高い任務であるということだ。

 

 ハデスによる妨害を凌ぎ、幾多の地獄で神を屠ってきた叛逆騎士による抵抗を凌ぎきり、痛烈な一撃を叩きこむ……この難任務を前に、神速でもって敵を翻弄するという答えを出す。

 

 長大、重厚な鉄塊をネイドが振り下ろす前に、あの男の懐に潜り込む。否、あの下衆が私の存在を感知する前に、その鳩尾に致命の一撃を叩きこむ。音も光も引き離し、憎悪に燃える拳を振り下ろす。

 

 そのために必要な装備を私は脳裏に浮かべ、転移道はそれを実現させるべく私の体に必要な装備を取り付けていく。

 

 

 

 

 

 私の整備は音を置き去りにするほどに素早く、針孔に糸を通すほどに精密に行われた。

 

 

 

 

 

 10トンを超す鋼の肉体に、極超音速という概念を付与するジェットエンジン、理知を超えた機動戦を演じる最中に生じる高熱を凌ぐ耐熱タイルがまずはめ込まれた。

 

 背中に装備された双発のエンジンは前方に広がる空気全てを丸呑みにし、太陽をも灰に変える熱を帯びた噴流を後方へと吐き出し、倒れこむような前傾姿勢で走りこむ私に、音速の壁を砕き割る力を分け与える。

 

 ヨタバイトの情報洪水をそつなく処理する電子計算機に、眼前にうつる幾万の目標が描く数分先の未来を予測する電子プログラム。

 

 潜在する戦闘力を限界にまで引き出すシステムが次に組み込まれ、私が数度の瞬きをした後には、眼前に映る万物が歩む、数千の未来が映し出されていく。

 

 龍の如くうねる転移道を飛翔するように疾走する私は、既に道の終わりと、その先にいる叛逆騎士の醜い顔を補足していた。かの悪鬼による数千の行動パターンの処理を終えた私は、最後にあの罪人を誅するための武装、勅命を確実に遂行するための防盾を受け入れた。

 

 機関砲に短砲身榴弾砲、放熱式のブレードに成形炸薬式の誘導弾。自律式の攻撃ドローンに多彩な近接戦闘を可能にする外骨格も付与された。

 

 これらの、敵から攻撃する暇すらも奪う武装類に、敵が振るう、隕石のような数撃を耐え抜く、軽量にして高密度の特殊装甲。

 

 全ての艤装を終えた私は細身の騎士のような出で立ちとなり、転移道に一定の間隔を置いて設置された誘導灯が導くままに、最後の百メートルを光の如く駆け抜けた。

 

 極超音速の世界の中で、定められた照準。ブレードを装備した右腕に剛力が蓄えられていき、それが頂点に達した時、私は転移道の外に出た。

 

 

 

 

 

 そこは衆合地獄の空であった。

 

 

 

 

 

 赤さびのような空が地平の果てまで広がり、眼下には、地獄の地表に隙間なく敷き詰められた鋼の工業地帯が闇のように黒い煤煙をもうもうと立ち昇らせている情景が広がっている。

 

 そんな視界の真ん中に、ベラトリスクの叛逆騎士ネイドがいた。

 

 四肢は枯れ枝のようにやせ細っているくせに、腹だけは風船のように膨らんでいる。土気色の肌をした彼が身に着ける、穴ぼこだらけで錆まみれの鎧は、サイズが合っているとはとても言えない。

 

 だぶついた鎧を纏い、身の丈を超す片刃の肉断ち包丁を握る彼の姿は、まさしくみすぼらしく、卑しい餓鬼、ゴブリンそのものである。

 

 くぼんだ眼窩の奥底で、「ぎょろり」と音を立てて蠢く眼球は、最初は虚ろな眼差しで眼下に広がる地獄を眺めていたが、私が彼の目の前に出現してから数ミリ秒後、ようやくその視点を私の方へと合わせていた。

 

 予測の通り、何もかもが遅い。私はあらゆる面で、彼を上回っている。

 

 

 

 

 

「叛逆騎士よ!」

 

 純然たる事実を受け入れた私は、右腕に込められた力を爆ぜさせ、眼前の鳩尾に星をも砕く一撃を叩きこむ刹那、亡国をもたらした仇敵に向けて吠えた。

 

「大逆を犯した貴様に、罰を執行する!」

 

 

 

 

 

 放熱式のブレードが、彼の鎧を溶かし、肉を焼いた。

 

 鋼の拳が、極超音速の世界で私の体が帯びた全てのエネルギーを、彼の肉体に伝達する。

 

 恒星の如き熱を付与された彼の肉体が、ほんの一瞬発光し、超自然的なエネルギーと破壊的な衝撃を叩きこまれた彼の体は、挽肉の如く破壊される。

 

「げびぃやぁぁああぁああああああぁぁぁぁあああ!! ひぃんぎゃぁああああああああああ!!」

 

 なにが起こったのかすらも理解できていない下衆が挙げる、情けない絶叫。

 

 彼の身を守る鎧はちり紙のようにひしゃげ、目玉が飛び出る顔についた、醜い口からはヘドロのような色をした血と、糞のように悪臭を放つ臓物が吐き出される。

 

 獄超音速の世界の中で容赦なく加熱される叛逆騎士の肉体は、見る見るうちに黒く焼き上げられ、灰と化した四肢の先端がボロボロと音もなく崩れ去っていく。

 

 この男の警戒網は勿論、ハデスが張り巡らせていたであろう警戒網すらもかいくぐり、繰り出された私の一撃は、確かにこの男に致命的なまでのダメージを与えていた。

 

 私が罰の執行を叫んだ時には、この国の仇はハデスの手が届きようがない場所にまで引き剥がされ、その肉体は人としての形すらも保てなくなるほどに焼けこげ、崩壊していた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 やがて地面に叩きつけられた彼は、地獄の地表に無限に広がる工業地帯数千ヘクタールを衝撃波で薙ぎ払った末に、山の如く積み上がるスクラップの山の中で肉塊と化した肢体を停止させた。

 

 破壊的な衝撃波が巻き上げた砂塵は、天頂にまで達する分厚く茶色い煙幕を立ち上らせ、沈黙する彼の周りで、それらは火山灰の如く降り注ぎ、埃の層を積み上げていく。

 

 破壊された工場は燃料の誘爆を繰り返し、一帯は鋼が赤熱する程の高熱を帯びた炎と、万物を黒く塗りつぶすほどに濃い黒煙で覆い尽くされていた。

 

 そんな中、計器を頼りとし、歩んだ道に足跡を深く刻みつつ、私は叛逆騎士という名の肉塊へと接近する。

 

 目的は勿論、追撃だ。

 

 国を滅ぼした大罪人に与えられる罰が、ほんの一回の拳打だけなどありえない。

 

 その罪深い魂が、根元まで溶けきった蝋燭の如く無様に摩耗するまで、私は彼を蹂躙し続ける。

 

 

 

 

 

 それは私の悲願であり、親愛なるお嬢様の、何よりの悲願なのである。

 

 

 

 

 

「へっぶ……へぐ……ぅう……」

 

 さすがは地獄に堕ちた罪人だ。人の形を保たぬ肉塊となってなお、その口は苦痛でブルブルと震えている。

 

 神力を纏わぬ私が幾ら致命の一撃を与えても、彼の命は絶たれることはない。

 

 神以外に彼を殺すことは叶わないが、それ故に私は手加減することなく彼を蹂躙し続けることが出来る。

 

 迷うことなく彼のもとに辿り着いた私は、数瞬の間彼を見下ろしたのち、その頭を掴み持ち上げる。ボロ切れのような姿となり、四肢を失った彼は驚くほどに軽い。

 

 頭蓋骨が顔を覗かせる彼の頭では、眼窩から飛び出しそうな目玉が痙攣するかの如くギョロギョロと音を立てて蠢き、半ば炭化した唇は、悲鳴にもならない呻き声をあげている。

 

 同情など持てるはずがない。その醜い面を見れば見るほど、私はむしろ、燃えるような憎悪で感情を支配されていく。

 

「叛逆騎士ネイド……」

 

 私は彼の名を、焼けた彼の耳でもはっきりと聞き取れる程の音量で呟いた。

 

「国を刃を向け、あまつさえ滅ぼした罪……。親愛なるハル女王陛下の御心に、生涯癒えることのない傷を負わせた罪……。その身が滅びるまで、償い続けろ」

 

 爆ぜそうな怒りを努めて抑え、私は彼に罰を宣告した。そして、その醜く崩れた顔面に拳を叩き込むべく右手を振りかざす。

 

 

 

 

 

「ハ……ル……?」

 

 

 

 

 

 罪人が、汚い声で陛下の名を口にする。身に覚えがないと言わんばかりの怯えた声音が、私の怒りをより引き立てる。舌打ち混じりに、私は彼に幾多の拳を打ちつけた。

 

「……」

 

 悲鳴すら、彼はあげることが出来ない。物理的な抵抗も出来ない彼は、されるがままに体を打ち据えられる。

 

 彼の肉体は再生を始めているが、私は彼の再生力よりも早く彼をいたぶる。幾百、幾千、幾万と振り下ろされる拳。

 

 やがて、叛逆騎士ネイドは、朽ち果てた難破船のような、不気味な風体に成り果てた。

 

 

 

 

 

 罰はまだまだ足りはしない。それに、罰を下すのは、私だけではない。衆合地獄の獄卒たる、我が国の臣民たちが、私と彼の周りに少しづつ集まってくる。

 

 国を滅ぼされたという、共通の恨みを持つ同志たち。私と同じく、地獄の異変を察知し、取るものも取り敢えず駆けつけてきた、心強い強者達。

 

 鋼の拷問器具を手に携えた彼らは、「ネイドに罰を下したい」と怒りで満ちた目で、言葉少なく語りかけてくる。

 

 その数、実に三万。

 

 そろそろ、頃合いだ。

 

「親愛なる我が民よ……。大変長らくお待たせした。女王陛下に代わり、この叛逆者に罰を下す機会をそなた達に授けよう」

 

 ボロ布と化したネイドを無造作に地面に叩きつけた私は、同志達にそう告げる。ネイドに身を滅ぼされた皆が、私の言葉をきき、歓喜の雄叫びをあげた。

 

 喜び勇んだ彼らは、ネイドの元へと群がり、めいめいの拷問器具で、再生し続ける彼の肉体を破壊し続ける。ネイドは、剣で肉を刻まれ、鉄槌で肉をつぶされ、焼きごてでその肉を燃やされる。山の如く連なる武器が、怨念を宿し、彼の肉体に振り下ろされる。

 

 その様を見た私は、満足した。そして、ネイドへの拷問は、彼らに任せられると確信した。

 

 私は踵を返して、女王陛下の元へと向かおうとする。……堕神ハデスと死闘を演じる陛下を、力の及ぶ限りお助けするためである。

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

 血飛沫をあげて肉を挽かれ続ける叛逆騎士ネイド。そんな彼の異変に、私が気づいたのはいつからだろうか? 

 

 計器に現れぬ異変。私の胸の内にある感情が察知した、違和感。時が経てば経つほど、それは大きくなっていく。

 

「ネ……イ……ド……?」

 

息も絶え絶えの彼の唇が、その名を口にした時、その違和感は決定的な物となった。背筋に冷や汗が走り、私は今一度、彼の方へとバッと振り返る。

 

「ネイド……。ネイド……。あぁ……そうだ……。そうだ……」

 

 今もなお、無限の苦痛を味わっているはずなのに、その口からはもう、苦悶の言葉一つ溢れていない。

 

「あぁ……ハル……ハル……何で、婚約者であるお前のことを、俺は忘れてしまっていたんだ……」

 

 この殺気。経験がある。

 

「嗚呼。ハル。ハル女王。あなたまだこんな下郎共に誑かされているのか……。あなたはまだ、悪魔の甘言に幻惑され、私との婚約を受け入れないというのか……」

 

 燃え盛る王城の中で、彼と相対した時に、私の心胆を震わせた、あの殺気だ。

 

 

 

 

 

「陛下……あぁ親愛なる女王陛下……。今、そちらに向かいます……。ベラトリスクの王国騎士ネイドが、あなた様を悪逆なる洗脳から、解放して差し上げます……」

 

 

 

 

 

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