名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける   作:西東 吾妻

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第三話:囚人騎士は等括地獄(とうかつじごく)で女武者と死闘を繰り広げる

「はは!! ははは! ははははは!!」

 

 心臓が唸り声を挙げて脈打ち、溶岩のような熱を帯びた血液が全身を回る。

 

 リミッターが完全に外れた私の肉体は、ブチブチと音を立てて自壊するのも構わず、肉断ち包丁を彼女へ振り下ろす。

 

 血糊と赤さびがこびりついた刃先が地獄の大地に突き立てられたその時、大地は金切り声をあげて空中へと舞い上がった。土塊達が舞い上がる様は、火山が噴火したかのようであり、矢じりのように鋭利な砂礫たちは、火花を散らし私の鎧に傷を残す。

 

 罪人たちの怨念をたっぷりと吸った地獄の空気は、私の鬼気迫る様に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らすようにしてその場から逃げ出し、呼吸すらも出来なくなるほどの真空地帯が爆心地周辺に生みだされる。

 

 空気を吸おうと肺腑が痙攣していると思ったら、直後、まともに立てなくなるほどの暴風が私の周囲で荒れ狂い、私の足は己の体重を感じ取ることが出来なくなっていた。

 

 一度はその場から逃げ出した空気たちが、正気に戻って元の場所へと戻ろうとしたために、この烈風が吹き荒れたのだろう。岩すらも砕く急流に飲まれたかのような気分であったが、眼前の女武者を骨ごと袈裟切りにするため、私はこの風を利用した。

 

 幅広の刀身を帆とし、風に乗った私は肉断ち包丁を左斜め上へと振り上げる。顎を砕こうとした私の一振りを、彼女の短刀が火花を散らして受け流したが、爆風を味方につけた私の攻撃が、たった一度で終わる道理はどこにもない。

 

 爆風を味方にした今の私にとって、両手に握るこの肉断ち包丁をダガーのように軽やかに振るうことは、全く苦にもならなかった。

 

「ぁはぁ!! あぁあははは!! はははぁ!!」

 

 余りにも軽やかな体捌きを難なくこなす自分自身に惚れ惚れとしてしまう。裂けた喉から溢れ出す血のせいで、口からは赤黒く染まった唾液が垂れ流しとなり、喘いでいるかのような呼吸しか出来なくなっている。窒息の苦痛は確かにこの身を蝕んでいるはずなのだが、不思議と今の私はあらゆる不快感を知覚していなかった。

 

 今の私にはあらゆる選択肢が用意されている。この確かな感触が私を快楽の泥沼へと引きずり込んでいたのである。

 

 彼女の間合いへと一歩足を踏み入れた私は、振り上げた肉断ち包丁の剣先を彼女へと向け、そのまま荒れ狂う猛牛のように突進した。

 

「あはぁ! あははは! あぁああああははははは!!」

 

 巻きあがる粉塵を置き去りにするほどの突進はしかし、それでもなお彼女の神速には及ばない。戦闘の熱に脳髄まで茹でられた彼女は、眼前に迫る脅威を前にして弾けるように笑うと同時に、逆手に持った短剣の刃を私の攻撃線上に突き立てた。ギャリギャリと激しい不協和音と共に、私の大剣と彼女の短剣から線香花火のような火花が飛び散り、軌道を微妙にずらされた私の攻撃は、虚しく空を突く。

 

 彼女は短剣から火花が散る中で大地を蹴りあげ、私との間合いを一気に詰めていく。空気の壁を破り、音を意識の先へ追いやった彼女は、短剣を再び私へと突き立てた。

 

 一発二発三発四発と、彼女の凶刃が私へと突き立てられる。幾度も刃を突き立てられた錆だらけの鎧はやがて割れ、その刃は内臓深くにまで刺しこまれた。

 

 上下が解らなくなる程の激痛。しかし、この時私の体は彼女の間合いの内側へと潜り込んでいた。

 

「がっぁ……!!」

 

 幾本の骨が枯れ枝のように折れる音が聞こえ、血反吐を吐くような苦悶の言葉が、彼女の口から漏れ出した。私の鎖付き鉄球を脇腹に叩き込まれた彼女は体幹を大きく崩し、彼女が私に見出していた攻撃の糸は断ち切られたように見えた。

 

 全身を廻る激痛を前に、彼女の筋肉は引きつり、力を失った右手から命よりも大切なはずの短剣がポロリと零れ落ちる。鉄球で破壊された左わき腹へと彼女は反射的に両手を伸ばし、歯を血で染めながら押し殺したような苦悶の言葉を漏らしていた。

 

 だが、私は彼女に苦しむ余裕を与えるつもりなど毛ほどもなかった。防御を放棄した彼女の顔面に柄頭を叩きこんだ私は、彼女を地面へと押し倒すと同時に、天を貫かんばかりに振り上げられた肉断ち包丁を彼女の頭に目掛けて振り下ろす。

 

 

 

 

 勝利。

 

 

 

 

 この二文字が脳裏に確かに浮かび上がり、私の口角は思わずつり上がる。

 

 しかし、これは彼女が私に対して仕掛けた罠であった。私は苦悶に歪む彼女の表情に、罠にかかる獲物に対する嘲笑の笑みが含まれていることに気づけなかった。

 

 だから、眼前に鉄筒が突き出された時、私はその事実を即座に受け入れることが出来なかった。

 

 

 

 

 絶対的有利に立っている。

 

 

 

 

 この思い込みが、ある事実を受け入れるのを妨げた。鉄球に砕かれた左わき腹を抑える仕草をしていたのは、背中に装備する鉄筒を私に悟られることなく装備するためであったという事実を。

 

 肉体は眼前の危機を反射的に回避しようとするが、最適な逃避先を理解していなかった。脳髄は私がとるべき選択肢を絞り出そうとするが、そのためには余りにも長い時間が必要だった。私は鉄筒が火を噴く時を、漫然と受け入れる以外に出来なかった。

 

 彼女の左腕から火が吹き上がり、薄手のヴェールのようにたなびくそれは、左手に握られた手筒にも纏わりつく。炎を帯びた鉄筒は「ガチン」という音を立てるとともに轟然と火を噴き、その口から真っ黒な噴煙を吐き出した。

 

 落雷のような大音響とともに私の右腕ははじけ飛び、右半身の鎧はガラスのように割れ、砕け散る。何が起こったのかと考える間もなく全身から力が抜け落ち、彼女の肉塊一つ残さないつもりで振り下ろされた一撃は、全く的外れな場所を叩くだけという結果に終わってしまった。

 

「ねぇぇ? どんな気分?」

 

 竜の息吹のような噴煙を浴び、半身の肉をすり潰された私の耳元で、彼女が囁く。ジメジメとした湿気を帯びた彼女の吐息は、妙に色っぽく、火傷しそうな程の熱を含んでいた。

 

 クワンクワンと鐘のように意識が揺れる中でも、私は左腕に纏った鉄球を声がした方へと振り下ろす。魂が抜け落ちたかのように左腕に力が入らず、その一撃は全く精彩を欠いていた。

 

「敗けるのは、どんな気分?」

 

 鉄が裂ける音が聞こえ、左腕が随分と軽くなる。鉄球と左腕を結ぶ鉄鎖が彼女によって引き千切られたと気づいた時には、彼女の回し蹴りが私の顔面を打ち付けていた。

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