名のない囚人騎士は幾多の地獄で猛獣・罪人・獄卒・天使・神と戦い続ける 作:西東 吾妻
「あぁは!! ははは! あぁああああはははははは!! ねぇえ!! どんな気分!! ぼろ雑巾にされるのはどんな気分なの!? あっはぁはははははは!!」
繰り糸が切れた操り人形のように脱力した私を、彼女は顎が外れるほどに笑い、奇声をあげながら攻撃の速度を更に加速させていく。
続く彼女の連撃は、全く終わる気配を見せなかった。音を超える彼女の脚は、鞭のようにしなりながら私の体を幾百幾千と打ち据え、それでもなお止まらない。
彼女の足使いは舞踏家のように美しく、無駄がなく、それ故に体勢を立て直す隙すらない。彼女の足が私の肉体を鎧ごと貫くたびに私の全身には巨岩に押しつぶされるような衝撃が走り、なされるがままに後ずさる事しか私には許されなかった。
「バケモンの餌になりなぁああ!! デカブツゥぅぅ!!」
やがて興奮の極致に達した彼女はその右足で円弧を描き、足の甲を私の顔面へと叩きつける。骨が砕け、内側へと沈む感覚を味わったかと思うと、私の全身は地面を幾度も跳ね、剣樹の幹を何本も砕きながら後方遥か彼方へと吹き飛ばされる。分厚い岩盤に体を叩きつけられたころには、彼女の姿は殆ど点のようになってしまっていた。
「あぁぁあああははははは!! はあぁははははは!! あはぁああ!! あははははは!!」
それでも、彼女の天を割るような笑い声は、私の耳には届いていた。勝ち誇る彼女の姿が、私の視界には確かに映っている。
そして、地獄の大地にゴロンと転がっている鉄球の姿も、彼女と私を結ぶ直線の先で見えていた。
「……」
全身を貫かれ、打ち据えられた為に挽肉と化した私の体は、剣樹に肉を削がれたことも相まって、文字通り原型を留めていなかった。
永遠の苦痛を与えるために付与された再生能力をもってしても、完治には随分と時間がかかることだろう。だが、私が吹き飛ばされたこの剣樹の森において、呑気に再生を待つことはさらなる苦痛に苦しめられることを意味している。
既に私の周囲には肉と血の匂いに吊られて地獄の猛獣たちが顔を覗かせ、ダガーのように鋭利な牙から強酸性の唾液を滴らせていた。
森を埋め尽くさんばかりの猛獣たちが一歩、二歩と私の元へにじり寄ってくる。肉断ち包丁は右手にまだ握られているが、それを振るう体力はまだない。
猛獣に喰われる未来は現実味を帯びてきたが、そんな中で私は期待に胸を膨らませていた。
私が仕掛けた罠が、そろそろ作動するのである。あの女が無様に引っかかった時、アレはどんな素っ頓狂な声をあげるというのだろうか。
「……どんな気分か……だってぇ? ……今ぁ、教えてやるよぉ!!」
私は左手で鎖を掴み、それを力の限り引っ張り上げる。ジャラジャラと鳴り響く鎖は浮き上がり、ある時ビィンと張り詰める。
「うまく引っかかった」という確信と同時に、私は再生途中の肉体に活を入れて立ち上がり、全霊をかけてそれを引き回した。
女の弾けるような笑いが、絹を裂くような悲鳴に変わったのは、それから間もなくのことであった。
彼女は興奮のあまり、基本的なことを忘れてしまっていた。
地獄において、罪人を苦しめる道具が壊れることはない。
鎖付き鉄球の鎖を破壊し、鉄球からはるか離れた場所へ逃げたとしても、鎖はやがて再生し、罪人に苦痛を与えるべく鎖を手繰り寄せながら追いすがってくる。
私はそれを逆に利用した。
鉄球が再度鎖に繋がれ、私がそれをあらん限りの力で引っ張り上げた時、彼女の体のどこかに鎖が絡まりつくことを強く願い、それが適ったのだ。
こんなに嬉しいことはない。彼女自慢の機動力は、こうなっては役立たずだ。
胸からふつふつと笑いがこみあげ、頭の中で何かが爆発するような快感を覚えながら私は笑い叫んだ。
「ははははは! ははははは!! ははははは!!」
限界まで張り詰められた鉄鎖は、ジャリジャリと音を鳴らし、左腕の鉄輪へと吸い込まれていく。
鉄球は円弧を描きながら次々と剣樹の森を根元からへし折っていく。
巻き添えを食らった彼女は幾百本もの剣樹の葉に肉を裂かれ、鉄球と共に幾度も地面を飛び跳ねた。
「ぎゃああ!! あぁぎゃあ!! あぁぁあああああああ!!」
断末魔の叫び声をあげる以外に、彼女は何もできなかった。
鉄鎖を砕こうと剣を突き立てようとしても、剣樹や岩に叩きつけながらでは切っ先の照準もまともに定められない。ご自慢の機動力で逃げようにも、鎖は彼女の体にがっちりと絡みついているため、どこにも逃げることが出来ない。
彼女はただ、鉄球と共に円弧を描き、鉄鎖と共に私の元へと引きずられながら、その肉を砕かれ、切られ、食われる運命を受け入れる以外にないのである。
私を中心に鉄球が3度回ったころには、剣樹の森は切り株のみを残して全部倒れ、周囲には巻き添えを食らって半死半生となった猛獣たちの山が累々と積み上がっていた。
鉄球と共に私の眼前で這いつくばる彼女の四肢は、奇妙な方向にねじ曲がり、折れた骨が肉を貫き、顔を覗かせていた。
ゼヒュー、ゼヒューと荒い呼吸を繰り返し、胸を激しく上下させる彼女。私を地べたから見上げるその眼には、メラメラと燃え上がるような憎悪の炎が宿っていた。
万力のように噛み締められた歯が次々に割れる音が聞こえてくるあたり、余程悔しいのだろう。
サディステックな優越感に満ち満ちた私は、完全に再生した右手に握られた肉断ち包丁を振り上げた。
ついにこの時が来た。この肉断ち包丁で彼女の体を断ち切るこの時が。
私はこみあげる笑いを努めて抑え、血走った眼を三日月形にゆがめた私は、彼女へとそれを振り下ろそうとした。
しかし、残念ながらその時はこなかった。
地獄の空が割れ、神が降臨してきたからだ。