ウマ娘 ブラックアサシン   作:Yoshi4041

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第5話 焦り

 そのウマ娘は貧しい暮らしをしていた。

 細々と田舎で現代とは思えない暮らしをしていた。

 そんな父親と遠出で見に行った菊花賞は彼女に感動をもたらした。

 

「シンボリが先頭に立った! 大歓声だ!大歓声だ、京都レース場! 赤い大輪が薄曇りの京都レース場に大きく咲いた!!三冠ウマ娘! 8戦8勝! 我が国のトゥインクルシリーズ史上、不滅の大記録が達成されました京都レース場!」

 

 実況はそう叫び、まるで大きな波のような歓声が響き渡り、その年の無敗の三冠ウマ娘を観客は祝っていた。

 去年のミスターシービーに次ぐ三冠ウマ娘、しかも『無敗』での三冠獲得は記念すべきものであった。

 

「それにしても凄いな、シンボリルドルフ。ミスターシービーに続いて三冠を取りやがったぞ……俺もトレーナーの時に三冠取りたかったなぁ……あ、今のは母さんには内緒だぞ」

「……お父さん」

「ん?どうした?」

「私も大きくなったら、あの三冠を目指してもいいのでしょうか?」

 

 そうそのウマ娘が言った途端、彼女の父親から笑みが溢れる。

 

「……ははは、そうか!色んな事に興味が無さそうなお前にもそんな素晴らしい夢が出来たんだな!父さんはもしお前のその夢が叶ったら父さんは泣いてしまうほど喜ぶかもしれないな!!」

 

 ウマ娘の父親は彼女の頭を撫でながら笑顔で喜んでいる。

 彼女は父親がこんなに良い笑顔を見せたのは一度も無かったのだ。

 

「おっと……少しトイレに行ってくるからここで待っててくれ、すぐに戻るからな」

 

 そう言ってそのウマ娘の父親は駆け足でお手洗いの方へと向かった。

 彼女は父親が喜ぶ姿を見て、三冠の夢を叶える事が父をもっと喜ばせるものとして認識し、そしてその夢を叶えることこそ彼女の意志となる。

 

「でもボクが先に無敗の三冠を取るもんね!」

 

 横に居た小さなウマ娘が親子の会話を聞いていたのか、胸を張りながらコチラを見ている。

 

「だ、誰ですか、貴方は!」

「ふふーん、ボクはシンボリルドルフさんと約束した将来の三冠ウマ娘、トウカイテイオーだ!」

 

 まるで三冠を獲ることが確定したかのようにトウカイテイオーは自慢げな態度でフェンスの上から見下ろしている。

 ウマ娘は不満を表したのか、眉間に皺を寄せてトウカイテイオーを見る。

 

「……でしたら私も三冠を取らせて頂きます。貴方には絶対に負けません……!」

「ふーん、なら勝負だ!ボクはシンボリルドルフさんみたいに絶ッ対!無敗で三冠勝つもんねッ!」

「なら私もです!私も無敗で三冠ウマ娘になります!」

「へぇー、名前を聞いても良いかな?」 

「ええ、私の名前は――――ミホノブルボンです」

「ミホノブルボンだね、次にボクと会う時にもし負けていたらボクは絶対に許さないからね!」

「お互い様です……トウカイテイオーさん」

 

 

 

 ―――時は戻り、1991年

 ライスシャワーの二戦目である初の重賞競走のGⅢ新潟ジュニアステークスはまさかの掲示板外の11着を記録した。

 

 レースに負けたライスシャワーは悔しそうな顔をしている。

 それもそのはずや……スタート出遅れた挙句に前の集団から抜け出せずに沈んだんやからな……。

 初の負けやし、オレが調子乗って初レースの次の月に重賞なんか参加しよって言ったのも悪い………どうやって声を掛けたらええんや。

 

 観客席から抜け出し、レース場の外を目指す出口にライスシャワーが立っている。

 耳がしゅんと垂れている彼女はすごく落ち込んでいる。

 そりゃそうや、二試合目で11着取ってもうたんや。

 

「トレーナーさん………」

「な、なんやライスシャワー、文句あるんかいな」

 

 するとライスシャワーから声を掛けてきた。

 この際や、無理矢理に重賞へ行かせたオレに当たっても構わん、どんと来い!

 

「ご、ごめんなさい、ライスがトレーナーさんに勝利を渡せなくて……」

「な、何を謝ってるんや、オレも重賞なんか選んだのが悪いんやし―――」

「でも、トレーナーさん……賞金が欲しいそうだったから………」

「…………いやいや、何を言ってんねんライス嬢。そんな訳あらへんやん??」

「だけど、ライスはトレーナーさんの部屋で『賞金、賞金』ってつぶやくトレーナーさんを観てたよ?」

「スウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………ライスシャワーさん、ホンマにすんませんでした!欲深いオレがケジメつける為に『エンコ詰め』させて頂きますわ!!」

「え、えんこつめ……ってなんですか?」

「小指を斬り落とすんです、ライス嬢にもおやっさんにも顔向け出来ひん醜態晒したんや!」

「し、しなくていいよ!ライスも悪いから……じゃあライスも責任を取って……」

「アホか!オマエがやってどうすんねん!!」

 

 するとオレの後ろから誰かがやって来ると思えば、オレの肩をポンポンと軽く叩く。

 

「なんやねん、コッチは今大事な話しとんねんゴラァ!!」

「すみませんねぇ、通路で騒がれたら他のお客様に迷惑ですので外で話し合われてもよろしいでしょうか?」

 

 警備員はこちらを睨みながら移動を諭している。

 だがオレは混乱していたのか、警備員に偉そうな態度を取る。

 

「あん?こっちは今大事な話をしてん…………ねん?」

 

 警備員を睨みつけようとすると警備員の後ろから殺気の様なものを感じる。

 ゆっくりと警備員の後ろを見てみると、満面の笑みでたづなさんがこちらを見ている。

 

 極道やってたオレでもこの微笑みやけど彼女の背中に死神か般若が見えるほどの恐怖を感じるわ。

 

「どうされましたか?まさか迷惑をかけたりしてませんよ……ね?」

 

 ライス嬢とオレはたづなさんの笑顔とその言葉で震え上がり、すぐさま頭を下げる。 

 

「「ご、ごめんなさい!!」」

 

 警備員とたづなさんに注意(?)されたオレとライス嬢は新潟レース場を後にする。

 たづなさんから逃げて新幹線の駅へと向かうバスに乗った二人は席に着くと、黙っている。

 オレは冷静になって、今回のレースでの責任を取るようにする。

 

「ほな、とりあえず反省会やな……まずオレからや、お前にたった一ヶ月でしかも重賞に参加させたのは間違いやった………ホンマにすんまへん」

「あ、あのね……トレーナーさん……」

「なんや、今日なら悪口言われても手ぇ出さへん覚悟や、ドンと来い!」

「ウマ娘は1ヶ月に1回の出走頻度が普通……だよ?」

「……………………………………へ?」

 

 い、1ヶ月に1回レース……あんな長距離を…………んなほな。

 短過ぎにも程があるやろ。

 

「う、嘘や……オレのミスをそんな話で……」

「嘘じゃないよ、トレーナーさんも見て!」

 

 ライスシャワーは突然自分のカバンの中を漁ると教科書を取り出した。

 教科書を取り出すと、一生懸命にページを探し見つけると、その一部分を指差す。

 

「ほらここに『トゥインクルシリーズだとウマ娘は1ヶ月に1回くらいの出走頻度が普通です。』って書いてます」

「ほ、ホンマや!なんでオレは気づかなかったんや!!ほななんで今回は負けたんや?」

 

 そうオレが言うと、ライスシャワーは目を逸らし、耳を絞る。

 

「そ、それは…雨が降ってて走りにくくかったというのもあるけど、ライスはスタート苦手で、か、身体が小さいから周りに囲まれて……」

「ほな、それで負けたんか……」

「はい………」

 

 するとライス嬢は涙を流しながら悔しそうな顔をする。

 

「ごめんね、ライスが、ライスがトレーナーさんに勝利をあげることが出来なくて……」

「ああ、そうだな」

「ウウッ…………」

「でもな、オマエが熱発みたいに体調不良や疲労とかでレースに負けたんやと思ったから心配したんや、だから無事ならええわ」

「て、でも……ライスは負けたんだよ?トレーナーさんは怒らないの……?」

「ん?まあ確かに重賞勝てなかったのは残念やけど、まだ始まったばっかやし、2戦目で重賞を選んだのが早過ぎたオレの判断ミスや、次頑張ろや」

 

 オレがそう言うと、ライス嬢は目を丸くし、キョトンとした表情でオレを見る。

 

「…………トレーナーさんは優しいね、本当にお兄様みたいだね」

「ん?まあ前の仕事では兄貴みたいなものやったからな、オレのモットーは『短気は損気』。無闇にキレても何も生まれへんし今回負けても次はあるんやから前を向けライス」

 

 そう、失敗したら次が無い極道の世界とは違うんや…………。

 せやけど、今回重賞G3に勝てば楽にクラシック戦線って考えたけど、オレが焦ってもうた原因もあるし、次勝たないとクラシック戦線に参加出来なくなる。

 やけど、ライス嬢が言ってた1ヶ月に1度ぐらいのローテーションが普通ならほんの少しの負担を掛けても大丈夫やと考えて、二十日後の今月の21日に中山レース場で行われるOP(オープン特別)芙蓉(ふよう)ステークスに参加すればクラシック戦線の参加切符を手に入るかもしれへん……。

 ただ、問題はライス嬢のやる気やけど、11着の惨敗で悲しんでる最中にこんな事言ってもええんやろか………。

 いやいや考えてる暇なんて無いわ、申請も早よせなあかん!

 

「…………とりあえずな、ライス」

「はい………」

「次のレースにOPの芙蓉ステークスにしようと思ってるんやけどな、オマエにはこのローテーションが過酷かもしれへんけど……いけるか?」

 

 そうオレはライス嬢に不安そうに言うと、ライス嬢は涙を拭きながら言う。

 

「……うん、次のレースはライス頑張るね!」

 

 ライス嬢の顔が自信満々な表情へと変わり、意気揚々としている。

 

「そんな事言うて、また11着とか取ったらアカンでホンマに……」

「う、うぅ……次のレースまでにはスタートの練習がんばるね?」

「せやな、とりあえず新潟に入り浸りやったからな、学園に戻らなアカンやろ、授業とか出ないと……」

「ラ、ライスは授業の予習してるよ?だからレースの練習を――――」

「アカンでライス!学生の本分は勉学や!勉強疎かにしたらこの不景気で大変な目に合うで?それに……」

 

 オレみたいな極道のような汚い道に歩まんといて欲しい……。

 おやっさんがウマ娘のトレーナーという仕事を与えんでくれへんかったら、今頃また極道の道に戻ったやろな………。

 極道の道に少しでも片足を入れたらもうカタギの世界には戻られへん。

 社会から嫌われ、受け入れてくれへん。

 だから戻ってまう。

 それが極道の恐ろしさや……

 

「………トレーナーさん?」

「ん?ああ、スマンスマン!とりあえず東京に戻ってオレも色々勉強せなアカンからな。あと教室での他の強そうなウマ娘とか見といてや」

「う、うん……トレーナーさんに言われたこと、ライスがんばるね!」

 

 とりあえず、まずは情報収集や。

 今はまだ強い奴らは今年の冬から出てくるってたづなさんから聞いてるんやし、その為には学園に戻らな始まらへん。

 オレたちは上越新幹線に乗って大宮を経由して府中に戻って行く。

 

 

 ――――――次の日

 レースから帰ってきたライスシャワーは教室へと向かう。

 長い期間、新潟で長期遠征をしていたこともあり、ほとんど教室に顔を出していなかった。

 ライスは教室の扉の前に着くと、深く息を吸い、そして吐いた。

 ライスは取っ手に手を掛け、扉をガラガラと音を立てながら右へと引く。

 

「お、おはようございます……」

 

 ライスは不安そうな声で挨拶すると、教室に居たウマ娘はライスを凝視する。

 周りがザワつく姿を見たライスはどんな状況か理解出来ず、恐る恐る自分の席へと向かう。

 席に着き、ゆっくりと椅子に腰を掛けると周りに居たウマ娘はライスを囲む。

 ライスは「ヒッ!」と甲高い声でその状況を怖がった。

 

「あ、あの、皆さんどうしましたか……?」

 

 すると周りに居たウマ娘は笑顔でライスに対して話す。

 

「ライスさん、デビュー戦1位おめでとうございます!」

「名門ダイイチ家のご令嬢との対決、凄くかっこよかったよ!!」

「いいなぁ、私も早くライスさんみたいにレースしたいなぁ〜」

 

 周りはそんな話をし始め、ライスは安堵し胸を撫で下ろす。

 するとライスに2人のウマ娘が近づく。

 

「こんにちはッ!ライスさん!あの新潟芝1000mでのレース、実に素晴らしいかったです!学級委員長として大変誇りに思っておりますッ!!」

「うんうん、すごいよねライスちゃん。私も来週デビュー戦があるからライスちゃんには負けられないねっ!」

 

 ライスを褒める2人のウマ娘はサクラバクシンオーとマチカネタンホイザ。

 2人はまだ未出走のウマ娘達であるが、同時に将来有望の2人でもある。

 今後はこの2人と戦うかもしれない相手である。

 

「ありがとうバクシンオーさん、タンホイザさん……!」

「ですが、私には他にライバルが居るのです!それはニシノフラワーさんですッ!既に重賞GIIIを勝ち取って12月の阪神ジュベナイルフィリーズに参加する予定だとか!」

「ジュベナイルってG1!フラワーちゃん小さいのに凄い……むむむ、私も頑張らねば………」

 

 ライスはもうひとつウマ娘達に囲まれた席を見つめる。

 その多くに囲まれたライスと同じく小柄で名前の通り、一輪の花のような可憐なウマ娘がニシノフラワーである。

 巷では早熟な活躍に「天才少女」や「韋駄天娘」などと評されて話題となっている。

 その小柄な姿で飛び級したという噂もあるが、真相は分からないが、既に重賞を勝ち取っており、彼女の評価や実力があるのは確かなのが間違いない。

 

「フラワーさん、今日は休みなんですね……」

「うん、みんなメイクデビューやレースが近いからね?ブルボンちゃんやサンキューちゃんはほとんど教室に来ないから心配だよ……」

 

 すると1人のウマ娘が教室に入ってくる。

 そのウマ娘は小柄で地味な栗毛の見た目のウマ娘が顔を出す。

 

「あ、みんなおはよう」

「ボーガンちゃんだ、おはよう!」

「ボーガンさん!おはようございますッ!」

 

 軽い挨拶をしながらゆっくりと教室に入ってくるキョウエイボーガン。

 彼女もまた二人と一緒で未出走のウマ娘である。

 

「委員長、元気良過ぎだよー」

「あの……ボーガンさん、おはよう、ございます……」

「そんなに怖がらないでよライス、アタシと同じ小柄同士仲良くしようよ!そういえば残念だったね芙蓉ステークス11着、小柄なアタシには囲まれて抜け出せないまま負ける辛さとかが分かるよ……」

 

 そうボーガンが言った途端、教室内は沈黙に包まれる。

 教室にいた誰もが言わなかった事を彼女は言ってしまった。

 ライスは耳を絞って落ち込み始め、タンホイザは慌て始める。

 バクシンオーはその状況を理解せず、静かな状況に辺りを見回す。

 するとすぐにタンホイザはライスをなんとかして元気づけようとする。

 

「し、仕方ないよ!重賞GIIIだもん、いきなり重賞は大変だもんね?」

「でも、フラワーはーーームグッ!」

 

 ボーガンがフラワーの名前を出した途端、タンホイザがすぐに口を塞ぎ話せないようにする。

 

「ふ、フラワーちゃんは天才だから、でもライスちゃんも頑張ればまた重賞に勝てるかもしれないから、だ、大丈夫だよ!」

「ん?そうですとも!ライスさんは努力家ですからねッ!次のレース、私は期待してますよ!」

 

 そうタンホイザとバクシンオーはライスを明るく振る舞おうとする。

 何故だかバクシンオーは今の状況を理解してないように見えるのは何故だろうか…………。

 すると学校のチャイムが鳴り響きはじめ、同じタイミングで先生も入ってくる。

 

「はーい!皆さん席について下さいね!」

 

 教室に居たウマ娘達はすぐに席へと向かい、着席する。

 教壇に立つ先生は開口一番、お知らせから始める。

 

「皆さんおはようございます。えー、ミホノブルボンさんとサンエイサンキューさんは本日休暇届を提出したのでお休みです」

 

 ミホノブルボンとサンエイサンキューは最近休みが目立つ。

 ブルボンは9月初旬の新バ戦のレース後に骨膜炎をしてしまい、11月まで休養を取っているという。

 また怪我や病気ではないがサンエイサンキューは過酷なローテーションを行っているそうだ。

 この二人の休みに関して教室に居たウマ娘達から心配の声が漏れていた。

 

「ブルボンさんって坂路を何本もこなしてるって聞いたけどヤバいわよね……ブルボンさんのトレーナーって鬼だって聞いたことがあるわ。だからあんな怪我をするのよ」

「でも新バ戦でブルボンさん、出遅れたのにごぼう抜きしてレコード勝ちしたって話よ?」

「まあ、ブルボンもそうだが鬼トレーナーならサンエイだってトレーナーの保身の為にサンエイに厳しいローテーションをやらせてるそうよ……有り得ないよね!?」

 

 二人の噂でクラス内のウマ娘達はザワつき始め、それを見ていた先生はすぐさまそのウマ娘達に叱責する。

 

「こら、そこ私語は慎みなさい!」

「「す、すみません!」」

 

 ウマ娘にとって走る事は『人生』であり、多少過酷でも栄光と勝利を得ることはウマ娘の誉れである。

 またメイクデビューを達成しなければ、この学園から実質強制的な退学または地方校への転校が余儀なくされている。

 ホームルームが始まってしばらく経って先生が本日の授業が始まる。

 

「皆さん、既に知っているとは思いますが未出走ウマ娘が初めて参加するレースを……サクラバクシンオーさん」

「ハイッ!新バ戦ですッ!!」

「その通りです、流石学級委員長。復習されていますね」

 

 このクラスでの新バ戦を達成したのはライスの他にニシノフラワー、サンエイサンキュー、そしてミホノブルボンであった。

 逆に新バ戦をクリアしていないまたは未出走ウマ娘はレガシーワールド、マチカネタンホイザ、サクラバクシンオー、シンコウラブリイ、セキテイリュウオー、ノーザンコンダクトなどが居た。

 前者は出来る限りファンを稼ぎ、GⅠの大舞台に参加する為に多くのレースに出場するかまたは優勝を目指し、後者は未出走ウマ娘は深刻ではないが、何度もレースに出場しているウマ娘は『未勝利ウマ娘』という不名誉なレッテルに(さいな)まれていた。

 

「では次に貴方達はこれから来年のクラシック戦線を目指し、その『三冠ウマ娘』を目指す1冠目のレースを……マチカネタンホイザさん」

「はい!えっと……確か『皐月賞』です!」

「ええ正解ですけど、すぐに答えが出てこないとダメですよマチカネタンホイザさん。レースの際の状況判断が遅くなりますからね」

「えへへ……ごめんなさい。でも私、大器晩成?ですから大丈夫ですっ!」

 

 クラスに居たウマ娘達は目を丸くし、キョトンとしていた。 

 タンホイザの発言に先生は呆れてため息をつく。

 

「マチカネタンホイザさん、貴方まだデビュー前でしょ?レースの判断と大器晩成は関係ありませんからね」

「むむむ、反論されちゃいましたかぁ〜」

 

 クラス内は先生のツッコミに笑いに包まれる。

 タンホイザには何かしらの癒しがあるのだろう、彼女の事を嫌う者は居ない。 

 ここに居る多くは来年のクラシック戦線三冠レースの第1戦である『皐月賞』の出場枠18人に参加する事を目標とし、また彼女達は『三冠ウマ娘』を目指している。

 ライスシャワーは前走、しかも新バ戦の次のレースで11着を取ってしまった。

 朝からライスシャワーは不安で頭が一杯だったのだ。

 

「――――ャワーさん」

「ライスがもっとしっかりしないと……負けたらトレーナーさんが不幸に……」

「ライスシャワーさん!」

「…………ほえ?」

 

 ライスシャワーは呼ばれている方を見ると、先生が微笑んでいたが、目が笑っていなかった。

 周りのウマ娘達は心配そうにライスシャワーを見ている。

 

「ライスシャワーさん?」

 

 ライスシャワーはハッと気づき、名前が呼ばれた方を見ると、目の前に先生が立っている。

 ライスシャワーはすぐに立ち、返事をする。

 

「ひゃっ、はい!!」

「何をぼーっとしてるんですか、前走は確かに残念でしたけど次もありますから、今は授業に集中してください……ではライスシャワーさん、クラシック三冠の最後のレースの名前をお答え下さい」

「はい、『菊花賞』……です」

「ええその通りです、よく出来ました。着席しても大丈夫ですよ」

「し、失礼します……」

 

ライスシャワーはすぐに座ると外を眺めながら小さい声で呟く。

  

「………早くライスもトレーニングしたいなぁ」

 

 

 

 同じ頃、ライスシャワーのトレーナー室前。

 他のトレーナーがあるトレーナー室前をゾロゾロと取り囲んでいる。

 するとそこにたづなさんがやって来る。

 

「どうされましたか皆さん?」

「アレを見てくださいよ、たづなさん。完全に任侠のセットですよ」

「あんなの許可が下りたのですか?」

 

 そう周りに言われ、たづなさんはそっと部屋を見ると床半分が畳、そしてもう半分がカーペットが敷かれ、高さが低い重厚な木のテーブルと黒い革で出来たソファがそのテーブルの周りを囲んでいる。

 壁には掛け軸や神棚が飾られ、窓はブラインドで閉まっている。

 まるでヤクザの事務所みたいなトレーナー室であった。

 

「こ、これは一体どういう事ですか!」

 

 そう怒鳴りながらトレーナー室へと入る。

 そこにはオレが弁当を食べている最中だった。

 

「ふぁ………ふぁふなさん!?……んん、いきなり怒鳴りながら入ってきてどないしたんや?」

 

 オレはちゃんと話そうと口に入っていた食べ物をすぐに飲み込む。

 たづなさんはオレに近づくと、睨みつけながら叱り始める。

 

「なんですかこの部屋は!」

「え、何って……オレのトレーナー室やけど……?」

「そうじゃありません!内装です!確かに自由とは言いましたが……完全に反社じゃないですか!!」

「お、気づいてもうたか!ウチの大好きなVシネの事務所を出来る限り再現したんや!どや、めっちゃええやろ!!」

 

 他のトレーナーは予想は当たっていたかの様な反応をしながら苦笑いをしていた。

 その中の一人が話し始める。

 

「まあ、Vシネマ流行ってますからね……部屋の改造許可は下りてるんですか?」

「もちろんや、この承諾書やろ?」

 

 そう言ってオレは机から一枚の承諾書を他のトレーナーに見せる。

 そこにはどのように部屋を改造出来ることが書いてある文章と理事長のサインがその書類には書いてある。

 周りはそれをよく読み、頷き始める。

 

「まあ、これなら別に問題無いな。ごめんな食事中に」

「大丈夫や、そんなん気にせんといてぇな」

 

 他のトレーナーはその書類を見て、皆は納得したのか部屋からゾロゾロと帰って行く。

 たづなさんはすぐに納得するトレーナー達を見て呆気にとられていたが、我を思い出したのかすぐにオレに頭を下げる。

  

「わ、私も失礼致しますね!ご迷惑お掛けしました」

 

 たづなさんが部屋から去って、部屋の中は数秒ほど沈黙し、オレは緊張から解放され溜め息を吐く。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ、Vシネマが流行ってて良かったわ。こんなんで誤魔化せたのは幸いや。なんでかマッポのガサ入れより緊張したわホンマに」

 

 すると突然再び扉が開く。

 オレはまたたづなさんが来たと思い、出入口の方へと振り向く。

 

「またかいな!許可は取ったんやから許して……ってライスやんか」

 

 そこに居たのはライスシャワーだった。

 彼女は下を向き、まるで落ち込んでいるようだった。

 

「なんや、どないしたんや?」 

「あのね、ライスも休暇届出して次のレースに備えたいなぁって思ってね、ここに来たの……」

「そんな事か。別に特訓は放課後やトレーニング時間のときでええやろ」

「ダメなんです!」

 

 ライスは突然叫ぶ。

 オレはいきなりのライスの叫びに椅子から落ちそうになる。

 

「あ、ご、ごめんなさい……ライス驚かせちゃったね……?ライスはね、トレーナーさんが居たからライスはレースにも出る事が出来た。だからライスが勝ってトレーナーさんを幸せになって欲しいんだよ……」

「だからそれは別に休暇取ってトレーニングしなくてもええやん?」

「ダメなんです……ライスの次のレースは2週間後だから時間がありません……だから…………」

「ホンマ言う事聞かんなぁ?無理に特訓させてお前が壊れたらどないすんねん!もう二度と言わせんな、休暇は取らん!!ほらはよ教室に戻れや!!!」

 

 オレはそう言いながら机を強く叩く。

 オレは女の子に対してこんなに怒鳴りつけた事に少しだけ罪悪感を感じたが、ライス嬢の為やと思って諦めるやろと心にそう言い聞かせた。

 しかしライスはこのトレーナーの言葉に食い下がろうとしない。

 

「でもね、ライスはトレーナーさんの為に……」

「別にええねんオレは関係ないやろ。ライスは何を焦っとんのか分からへんけど、次同じこと言ったらこっちにも考えがあるんやからな!」

 

 そうオレはライスを睨みつけると、ライスは悔しそうな顔を一瞬見せるが、すぐに普通の表情へと戻る。

 

「はい、ライスはもう二度と言いません。失礼しました……」

 

 そう言ってライスはオレの部屋から飛び出して行った。

 オレは頭を抱えながらため息を吐く。 

 

「……そない、悔しかったんやな前のレース。でもまだデビューして間も無いんやからまだチャンスあるんや。次のレースはちゃんと考えてるから心配せんでええちゅうのに」

 

 

 

 一方、ライスシャワーは悩み、焦っている。

 短距離路線ではあるがニシノフラワーやミホノブルボンなどの強いウマ娘が活躍し始めるということはこれから他の距離でも強いウマ娘達、特にサクラバクシンオーやマチカネタンホイザが現れていく様になる。

 せっかく他のウマ娘より早くレースデビューして稼いでいた差が少しずつ縮まっていけばクラシックレース参加への切符を失うことになる。

 レースに不利な小柄な彼女にとってそのようなものは脅威でしか無かった。

 

「トレーナーさんは分からず屋です。クラシック戦線は限られたウマ娘しか出れないのに……今回はトレーナーさんを悲しませないようにライス一人で強くならなくちゃ……抜け出す力とスピードを手に入れないと……」

 

 ライスシャワーは深く考え、そして決める。

 

「トレーナーさんに秘密でトレーニングすれば、勝った時に喜んでくれるかもしれない……うん、ライスがんばるぞーおー!!」

 

 ライスはそう自分を励ましながらどこかへと向かった。 

 

 




明日、芙蓉ステークス
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