1
高い所から落ちる様に目が覚めて、はっと目を開けてみるとふかふかの赤い絨毯の上に尻餅をつく様にして座っていた。寝ていた筈の教室よりもなお広く真っ白な壁に囲まれて、眩しい程に照明が光を零している。それは決して自分の知り得る場所ではなく、未だに夢の中ではないかと感じる程だ。見慣れぬ場所での現状を把握するために周囲を見渡していると、よく知るクラスメイトが何やら白を基調としたドレスを着た女性と話をしている。そんなに近い距離でも無いのに彼女の口から発せられた言葉は嫌によく通って自分の耳に届いた。
「──異界より選ばれし勇者様方、どうか我が国をお救い下さい」
ドッキリでもなければ、どうやら教室で寝ていたらクラスごと異世界に飛ばされたらしい。
◇
そんなあまりに衝撃的な出来事に自分の低スペックな脳味噌は処理落ちをしてしまったようで、異世界代表の女性が凄く大切な話をしていた様な気がするが右から左に通り抜け、大事なことは殆ど憶えておらず、また今となっては誰かに教えて貰おうにもタイミングを逸してしまっていた。
話が一通り終わった後に、クラス委員長の高町君やクラスカースト上位の鳴田君達のグループが中心となりクラスメイトの大部分と話し合っているのは何となく視界に入ってはいるが自分からそこに近づくのはどうにも億劫であった。悲しいことにクラスの中心人物とされる人物達とは特別仲の良い関係ではない上に、委員長の高町君には目の敵とまではいかないものの、あまり好かれていないのだ。
どうしたものか、部屋の隅でそんな風に所在なさげに立ち竦んでいると大部屋にある唯一の扉が開いた。何と言えばいいのか、全身を白を基調とし、キリスト系の教会で神父さんが着ている服をファンタジー風に改造しましたといった装束を着た人が10人ほど入ってきて、自分達を召喚したと説明した異世界代表の女性の後ろに整列した。
「それでは、今から勇者様方の祝福を確認致します。私の後ろに控えている神官前に並んで下さい」
その言葉にクラスメイトの一部が歓声を上げ我先にと件の神官の人達の所に並びに動いた。その行動を見て、他のクラスメイトもバラバラに追随する。流石にこの流れに乗れないのは不味いと感じ、何となく優しげな顔立ちのお爺さんの神官の前に並び順番を待った。
自分の前に並んでいるクラスメイトが教会で洗礼を受けるように祈る仕草をし、そこに神官が光の粒の様なものを振り掛けるとクラスメイトの身体が仄かに光を帯びる。そうして神官が当人にしか聞こえない様に何かを告げていく。クラスメイトの大半は告げられた言葉にどう反応してよいのか微妙な顔をし、少ない人数がその言葉にあからさまにガッカリしたり、声を上げて喜ぶ反応をしたりしていた。
「それでは楽にして、神に祈りを捧げて下さい」
自分の順番が回ってきた。神様の存在は信じているが特別に信仰をしている存在はいない為、どうしたものかと思ったが、自分のスタンスはどうでもよいかと前に並んでいたクラスメイトを倣い、手を組み膝をついた。
「では、貴方に授かった神の祝福を開帳致します。目を閉じて心安らかにして下さい」
そう声をかけられて、その言葉に従うとふわりと身体が軽くなった様な気分になる。目を閉じているからわからないが自分の身体も発光しているのかもしれない。そうやってじっとしていると頭の中に金色に朱色が混ざった様な美しい火が仄かに浮かび上がった。多分現実には短い時間だと思うが、自分の体感時間だと酷く長い時間その火を見つめていたと思う。ただでさえ夢のような状況なのにそれは更に現実味を曖昧にしている。夢見心地の中、その火に手を伸ばそうとした瞬間、唐突に肩を叩かれて現実に揺り戻された。
「大丈夫ですか?何やらぼんやりとされておりますが」
目を開けると心配そうな顔をした神官のお爺さんがいた。すみません、大丈夫ですと返事をすると気を遣った声色で無理をなさらずと労りの言葉を貰う。
「改めてまして、貴方が神より祝福されたものは『灯火』です。おめでとうございます、これは神より貴方が火に纏わる事柄に道があると世界に認められた証となります。貴方の進む道を照らす一助になるでしょう」
そう言って神官のお爺さんは微笑んでクラスメイトの元に戻る様に促した。なるほど、さっぱりわからない。なにやら大事な洗礼の様なものを受けたのであろうが自分も大半のクラスメイトと同じ様に少しも理解が追いつかず、微妙な顔をしていると思う。
「それでは勇者様方、全員の祝福を確認致しましたので今からお休みの為のお部屋の方にご案内させて頂きます。案内の者に付いて行って下さい」
この度は我が国の救いの声に応えて頂き誠に有難うございます、またご迷惑をお掛けし申し訳ございません。異世界代表の女性はそう言葉を結ぶと深々と頭を下げた。
2
「よっす、なんかめっちゃボンヤリしてるけど大丈夫か?」
召喚された大部屋から休む為の部屋へと移動している途中、クラスで1番仲の良い城戸から声をかけられた。こんな状況でも溌剌とした明るい雰囲気をして、そんな彼を見ると少なくともこの訳の分からない状況でも最悪では無いのではないかと気分が軽くなる。
「全然、正直この状況が夢じゃないかって今でも思ってる」
そう言葉を返すと、だよなー俺もそう思うと笑っている。
「ぶっちゃけさ、ラノベとかゲームでこんな状況はよくあるけど実際に自分達が巻き込まれると現実味がないよなあ、ただ実感はわかねえけど漠然と不安はしっかりと感じるし」
女子とかパニクって泣いてた奴もいたしな、と城戸の常にある明るい雰囲気を潜めて、思い詰めた表情を浮かべている。
「委員長や鳴田がさ、とりあえずクラスの皆をまとめてくれたから良かったもののさ、どう考えてもやべえ状況だし…これからどうなるのかとか家に帰れるのかとか心配ばっかり頭に浮かんじまう」
普段から見たことのない不安げな友人を前にどう言葉をかけてよいかわからなかった。こんな時に勇気付ける言葉の一つでも浮かんでこない自分の頭の不出来さが嫌になってくる。そうやってまごついていると城戸はパッと表情を明るくして笑いかけてくる。
「まあ、幸いお前も居るし、他にもクラスの奴らも居るから少しは安心かもな!俺一人だったら絶対どうしようもない感じになってたわ!」
そう言って再び持ち前の明るさを見せてくれる友人に少しばかり救われた気持ちを感じると同時になんとはなしに申し訳ない感情を抱いてしまう。貰ってばかりの自分は友人に何かをしてやれるだろうか、もしかしたら考え過ぎなのかもしれないがそう思わずにいられなかった。
◇
「そういえば、城戸は自分達が召喚された理由って聞いてる?」
取り留めのない話のなか、大部屋では聞けなかったことを教えて貰おうと思い尋ねる。その質問は予想だにしていなかったのか、城戸は目を大きく開き信じられない様な声色で言う。
「え、おまっ……、マジ?あの状況で何にも聞いてなかったのかよ……?」
城戸が呆れというよりはドン引きという表現が正しい表情を浮かべる。そこはかとない後ろめたさがあり、自分でも発言の愚かさは理解しているのでその言葉に思わず目を逸らす。
「ちょっと寝起きにショックが酷くて……」
そこには自分でも隠し切れてない程の言い訳がましさがあった。そんな自分に城戸はしょうがねえなあとばかりに眉間に皺を寄せると真剣な顔をして口を開く。
「ソティルさんが言うには…ああ俺たちをこの世界に呼んだ人、白い服着た女の人がいただろ?ソティル・ファナティア・ファトウスっていう名前らしい。あの人が言うにはなこの国を、世界を救う為に俺達を召喚したらしい」
縁もゆかりもない人間を呼び出し、救世の英雄をお望みとはなんとも…
「なんというか、やばい人過ぎじゃない?普通に考えて拉致同然に連れて来て、私達の為に死ねって言うようなものだよね」
「だよな、国を救う、なんてよくあるファンタジー的な展開だとこの先十中八九何かと戦うことになると思うし、なんかその為の力みたいなのも貰ったしな、どう考えても俺達の望ましくない状況は見えてる。なのにさ…」
ふと、城戸が口を閉ざす。言葉を選ぶような、どこか口に出すの憚る様な、そんな風に不安気な気配を覗かせ、周りにいるクラスメイトの耳には届かせない様に声を潜める。
「問答無用で拉致られて坑道の金糸雀にされるのがわかっていてさ、元の世界に帰れるかどうかもわからないのに…俺はあの人に、あの人達に敵意を持てないんだ…」
それが一番気持ち悪くて、一番怖いよ。城戸はそう囁く様に言い、目を伏せたのだ。
3
その後、休む為の部屋に着き城戸や他のクラスメイトと別れると思い出したかの様に疲労が襲い掛かってきた。幸い部屋は一人一人に与えられた個室であり、頭の中を整理するにはちょうど良いところであった。制服を脱がないまま寝具へと倒れ込む。
「迷宮の増加、魔獣の活性化、他国への牽制、災害の多発、その他諸々、か…」
城戸から教えて貰ったこの国が直面し、逼迫している問題、中でも真にこの国が滅ぶかもしれない原因となっているのが迷宮の増加であるらしい。多発する獣害や災害、他国からの干渉すらも迷宮がもたらす被害に比べれば軽微なものであるという。本当かどうかはわからないが迷宮の問題さえ無ければ自分達が呼ばれることはなかったらしい。つまりは戦力として当てに出来るかどうかもわからないものを召喚するという博打に縋るしかない程追い詰められている状況ということだろうか。
「いや、救世の勇者を召喚する由緒正しいものだったか?」
ソティルとかいう女性の言葉から相応のコストがかかる大規模な儀式ではないかと城戸が予測を立てていた、もしそうであるなら追い詰められた状況を覆せる存在を呼べる確信があったのだろうか。
「………考えてもわからんなあ、わからないことだらけだ」
加えて城戸の言葉を思い返す、自分達を召喚した女性やその関係者に対して敵意を持つことが出来ない……冷静に考えると確かにこれほど気持ち悪い、また怖いことはないだろう。よくあるファンタジーのお約束的な展開ではあるが普通に考えば誘拐犯である、しかも少年兵よろしく殺し殺される可能性の高い戦場に放り込まれる訳だ。如何に強力な武器を与えられたとして尋常じゃないストレスがかかるのは想像に易い。
「それなのに、それなのにクラスの誰一人大きな反発をせず協力的な姿勢をとってる…?」
異世界召喚という現実感が皆無である状況に実感が追いついていないだけであろうか、異世界という縁なき自分達にとって彼女達を敵に回すこと忌避する意識が無意識に存在しているからであろうか、もしそうだとしてもクラスメイト28人全員がそうなるか?自分達のクラスには非常に正義感の強い笹木さんや鳴田君、頭の良い委員長の高町君、また真田君や牧本君といった盗んだバイクで走り出すような素行の悪く我の強い者もいる、それなのに彼等ですら何の反発もせずに滔々と従っていたのは流石におかしいと感じる。
「あぁ、やっぱり駄目だ……何の感慨もない」
そして何より一番おかしいのは自分が何もおかしいと思わないところだ。そもそも城戸に言われるまでこの事実に気づくこともなかった。当然に召喚した彼女達の要請に応えようとしていたのだ。しかも、だ──。
「家に帰りたいと、考えすら浮かばなかった…」
家族のことを疎んでいる訳ではない。子どもじみた反発をしたことはあれど、決して嫌いだと思ったことはない。言葉にしたことはないが人並みに愛しているのだ。それなのにこちらの世界に来てから一度として思い返すことすらなかった。城戸は先程の話から家に帰れるか不安を持っていると言っていた、この差はなんだろか…何か大事なものを失ってしまったかもしれない、漠然とした不安が胸の内から広がり、ぐるぐると取り留めのない思考が回っていく。
そんな風に不安と恐怖とやるせなさから思考の海に沈んでいくと、ふと脳裏に
(嗚呼、いけない)
咄嗟にその