それから、わたしとジュプトルさんの、たった一度の大冒険が始まった。
あれはいつ頃だったでしょうか。
「ヒトの言葉を話すことができるポケモンがいる」という話題が、世間を賑わせる物種となっていた時期がありました。
懐疑的な意見が多数を占める中、高名な学者さんの幾人かは「そういうこともあり得る」と、液晶の向こう側で首を縦に振っていたのをよく覚えています。なにせその時の自分は年端のいかない子供でしたから、具体的にどんなことを話していたのか、文字通り「チンプンカンプン」でしたけれど。
今にして思えばあれは世間にとってくだらない、与太話にもならないような都市伝説の一種だったのでしょうが、それでも多くの老若男女を問わず熱心に聞きかじっていたように感じていました。当時の私は知る由もないことでしたが、そのころ巷では悲惨な失踪事件が相次いでいたらしいです。もしかしたら世間はただ、陰鬱な事件のことを忘れたい一心で、なんでもいいから心の安らぎとなり得る話のタネを求めて、それがたまたまこの話題だったというだけなのかもしれません。
そういうわけで、というだけのことでもないのですが、当時の私にとって「言葉を話すことができるポケモン」は大人ですら真剣に取り扱うホットな話題であり、それに加えて当時流行のアニメの影響もあってか、私はこの世の中に、言葉を話すことができるポケモンが存在することを露ほども疑っていませんでした。私の家に住んでいたポケモンたちは皆言葉を話すことはできませんでしたが、私は彼らがいつの日か流ちょうに話しかけてくることを今か今かと待ち望んでいたわけです。結局私が独り立ちして家を出るその日まで、彼らが口を開くことはありませんでした。
まあ、私はもう子供ではないので、今もあの話を鵜呑みにしているわけではありません。ありませんが、……じつのところを言うと、わたしは今も信じてはいるんですよ。
何故なら、一度会ったことがあるんです。言葉を話すポケモンに。
心優しい時のドロボウ。ジュプトルさんと一緒に冒険したあの日の夜の思いでを、私はまだ忘れてはいないのです。
〇
ジュプトルさんと会ったのは森の中でした。
夜の帳も降ろされた頃で、すっかりあたりは暗く沈んで、その暗さときたら、目と鼻の先にいるジュプトルさんの輪郭ですらも、霞んでぼやけてしまう始末でした。それでもわたしが一目見て彼を「ジュプトルさん」だと理解できたのはひとえに、日曜の毎朝に、重たい瞼をこすってまでテレビにかじりついてみていたとあるアニメに、彼がよく出ていたからに違いありません。
テレビの向こう側にしかいなかったジュプトルさんに会えたその喜びはひとしおで、わたしはもろ手と嬌声をあげてジュプトルさんに近づきました。
ジュプトルさんはギョッとして言いました。
「何故子供が……どうしてこんなところにいるっ!!」
ジュプトルさんに怒鳴られてしまったわたしはその場で号泣し、ジュプトルさんはしばらくわたしの傍で立ち往生することとなりました。
ジュプトルさんはなにも声をかけることなく、じっとただわたしをにらむばかりでした。でも、わたしが泣き止むまで立ち去ることもありませんでした。
「子供は嫌いだ」泣き止んだわたしを連れて歩き出したジュプトルさんは、開口一番にそう言いました。だけど、テレビの中のジュプトルさんも大概のひねくれものさんだったので、多分本心は違うのだと思います。
「嫌いだが、ふもとまで送ってやる。きみは親と一緒だったのか?」
うん。でもはぐれてしまったのです。
「どうしてこんなところにきたんだ」
どうしてこんなところに来たのか。わたしがどれだけ頭を揺すっても何も思い浮かびません。私は結局、ジュプトルさんの質問に答えることはできませんでした。
ですから「しらない」とそれだけ言うので精一杯なのでした。
「そうか……なるほどな」
「ジュプトルさんはどうしてこんなところにいるの?はぐるま集めはどうしちゃったの?」
「何の話だ?漫画か?」
キョトンとするジュプトルさんに、わたしは開いた口がふさがりません。
「えーーっ!!?忘れちゃったの!?」
「忘れるも何も、おれはもとより歯車なんぞ集めていない」
「じゃあ、世界はどうなっちゃうの!?ちゃんと思い出して!」
「しらん」
このままでは世界が危ないので、わたしは必死に、時の歯車を集めなければ星の時間がとまり世界が暗黒に包まれてしまうということを懇切丁寧に説明し、ジュプトルさんに記憶を取り戻すよう働きかけます。残念なことにジュプトルさんはその間、始終面倒くさそうにしていました。そして一向に記憶を取り戻した素振りを見せませんでした。
「なるほど、世界を救うために、ね……。そういえばおれも昔は世界を救うため、なんて馬鹿げたことを企んでいた時期があったな」
「……やめちゃったの?」
「ああ、やめた」
「なんで!?」
「無駄だったからさ。俺や博士が何をどうしようが、世界を救うなんてことはできなかったしな。むしろいたずらにことを引っ搔き回して事態を悪化させたかもしれない。世界を救うなんてことより、そんなことよりも大事なことをおれは学んだのだ」
「世界よりも大事なことってなに」
「自分のために生きることだ」
それは随分自分勝手な思想だなと思いました。
「世界を救うことが巡り巡って自分のためになるのなら、喜んで世界を救おう。だが、おれの見立てじゃ、おれが死ぬまでに世界が滅びることはない。ならば世界を救う必要などない」
やっぱりそれはジコチューだと思います。
「きみの言うジュプトルだって、話を聞く限りですら自分の勝手な思想のために多くの犠牲を他者に強いている気がするがな。それは自己中心的とは言えないのか」
「なにいっているかよくわかんない」
「だろうな。子供になにを言おうが無駄だってことはよくわかっている」
「……」
折角念願の、お話ができるポケモンに出会えたというのに、何だがあまり楽しくない旅が始まりそうな予感がしました。
そんな予感はあっさりと裏切られてしまいました。
わたしも目の前に突如、信じられない光景が広がってきたのです。
「わぁ!」
「どうした?」
わたしは感嘆の声をあげて、前を歩いていたジュプトルさんの前に躍り出ました。そこに先ほどの鬱蒼とした森の姿はどこにもありませんでした。まるで幾億のイルミーゼとバルビートが夜空に描く光のサインを丸ごと塗り固めたかのような、光り輝く化石がそこら中に散らばっていました。
森を包む一面の木の葉は月の光を浴びて、青白く光る銀河のように、風にさらさらと揺られて動いて、幾重にも押し寄せるさざ波のようです。
近くを流れる小川の水は、ガラスよりもずっと透き通って音もなくどんどん流れて、ときどき水面に紫色の燐光を浮かべるのでした。
信じられない光景に、わたしは興奮を隠しきれず、ついには走り出してしまいました。
「おい、離れるな!」
後ろからジュプトルさんの焦ったような声が聞こえます。ジュプトルさんもこの冒険を楽しめばいいのに。
「急にどうしたんだ」
「だって、すごいきれいな景色なんだもん!」
「そうか……」
「うん!」
「おれはここよりも美しい光景を見たことがあるが……」
ジュプトルさんは納得がいかないという風にそう言いました。ここよりもすごい光景!想像だにできない。
「わたしも早く大人になりたいなぁ。そしたらすぐにでも冒険に出られるのに……」
「確かに大人は自由でいい。だが、よりによってやることが冒険か?」
「うん!ポケモン図鑑をもらって、ポケモンと冒険にでかけるの!」
「ポケモン図鑑だと?あのくだらんおもちゃのことか」
わたしはいつかポケモン図鑑を手に、世界中を旅してまわり、いろんなポケモンに出会うのが夢でした。そのポケモン図鑑を「くだらない」と一笑に付したジュプトルさんに、わたしはさすがに怒りを覚えました。それはもう、目の前のきれいな光景を、一瞬忘れてしまう程に。
「くだらなくなんかない!研究の役にも立つんだから!」
「そんなわけないだろう。あれは……」
「もう、ジュプトルさんのことなんか知らない!!」
私は光る幻想の森の中を、一目散に駆けだしました。後ろからジュプトルさんの引き留める声が聞こえましたが、振り返らずに走りました。
息が続く限り走りました。
息が詰まって立ち止まったとき、もうジュプトルさんの声は聞こえませんでした。
「……」
わたしは息を整えてから、再び顔を上げました。さきほどと全く変わらないきれいな景色が広がっていました。けれど、初めて見た時のような感動は、もうどこにもありませんでした。それどころか、急に自分の身体が一回り小さく鳴ったかのような、不安や焦燥感が胸の奥からにじみ出てくるようですらありました。
やっぱり、ジュプトルさんがいないとだめなのかもしれません。少しだけ涙が出てきてしまいました。
さっきのこと、謝ろう。そして、一緒に冒険を楽しもうとおもいなおしました。独りより二人の方が、きっと何もかもが楽しいに違いないのですから。
わたしが踵を返そうとしたその時でした。
「おーぅい、そんぬぁところにいたのくぁ」
こかげから急に、パパが飛び出してきて、こちらに向かって手を振ってきました。
「パパ!」
わたしは嬉しさのあまり、パパに跳びついて、抱き着きました。温かい感触が頬に伝わってきました。
「すわぁがしたんだョ」
「はぐれちゃって、ごめんなさい。……ママは?」
すると、ママも隣の木の陰からぬっと姿を現しました。
「こくぉにいりゅわぁよ」
「ママ!」
パパとママはわたしの隣にやってくると、両手をがっちりと掴んで、もう離さないといった風で、わたしはふたりに大事に思ってもらえてると感じることができてとてもうれしいと思いました。
「さぁかえろぅ」
「うん!」
「たのしいぃあね」
「……あっ、でもちょっと待って、帰る前にジュプトルさんに謝らなきゃ」
わたしはパパとママの手を引っ張って、ジュプトルさんの元に連れて行こうとしました。きっと二人はジュプトルさんに会えばびっくりするに違いありません。二人とジュプトルさんが仲良くなれば、もしかしたら今後も近所付き合いができるかもしれないし、そうなったらいつでも会えるようになるかもしれませんでしたから。しかし、わたしがいくら引っ張っても、二人はびくともしません。
「だぇだめ。あくかぁえらぬぁいお」
「え……でも」
わたしを意に返さず、二人はもりの中をどんどん進んでいきます。その速さたるや、わたしは半ば引きずられるようにして、二人に精一杯ついていくのでやっとといったほどだったのでした。
ふたりに掴まれたわたしの手が痛くなってきて、涙がこぼれ落ちそうになってきた頃になって、ようやく二人は足をとめました。二人の目の前には暗い洞穴がありました。今にも吸い込まれそうなほどくらい洞穴です。私はいっそうの不安に駆られました。
「ねぇパパ、ここどこ?」
パパはなにも応えません。
「おうちに帰るんじゃないの?」
ママも何も言いません。いつもは必要以上にしゃべっているのに。
仕方がないのでわたしがもう一度洞穴に目を向けたその時、洞穴の奥から、一匹のポケモンがぬっと姿を現した。
「あっ!」
わたしはそのポケモンをよく知っていました。おおきな鼻に、黄色の身体。大きく出っ張ったお腹。くろいお腹と脚。スリープです。子供の夢を食べてしまう恐ろしいポケモンです。アニメでも幼いルリリを連れ去ろうとしていました!絶対に悪い奴なのです。
「パパ!ママ!あいつ悪い奴だよ!早くここから逃げようよ!」
わたしが手をどれだけ揺すっても、ふたりはうんともすんとも言いません。
「くっくっく、二人はねぇ、もう僕の言うことを何でも聞く道具になってしまったんだよ」
「!?」
スリープから、気味の悪い人の言葉が聞こえてきました。あまりの気味悪さに、背筋に何とも言えない悪寒が駆け巡りました。
わたしは泣きながら、なんどもパパとママに逃げるように催促しましたが、やはり二人は何も言わずに突っ立っているばかりで、わたしの手を掴んで一向に離そうとはしませんでした。
スリープがゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきたとき、わたしは恐怖による激しい身体の震えで、体が壊れてしまいそうでした。
「んん?尋常じゃなく恐怖してるね?」
不意にピタリと足を止めて、スリープは頭を捻っていました。
「解けかけてるのかな?まあいいや、じゃあ今度は怖くなくなるよう、もっとつよい魔法をかけてあげるからね」
スリープが片手を軽く上げると、地面から四つの人影がぬるりと姿を現し、私とパパとママの三人を取り囲みました。
次の瞬間、途轍もない吐き気と倦怠感が頭の中にさざ波のように押し寄せ、思わずその場にへたり込みそうになってしまいました。でも、二人が両側からしっかりとわたしの腕を押さえて、わたしは座ることすらできません。
「苦しいのは最初だけだからさ」
どんどん歪んでいく視界の中、スリープの声だけが頭に木霊しました。
最早上下の間隔すらありません。
もうだめだと、そう思った時でした。
白い影が、猫のような俊敏さで視界の隅を掠めました。歪む景色の中でみたそれは、最初は気のせいかと、そう思いましたが、隣に立って私の腕を捕まえていたパパとママが突然倒れ伏したことでハッとさせられました。
「えっ!?」
驚愕の声をあげたのは、わたしか、スリープか、それすらもわからない状況の中、突如私の身体は勢いよく後方に引っ張られて、かと思いきや、優しい感触に包まれて止まりました。
「趣味がわるいな」
朦朧とする意識の中わたしが顔を上げると、そこにジュプトルさんの顔がありました。あまりの安堵に、わたしはひしとジュプトルさんに抱き着いて離れようとはしませんでした。
「おい、あまりしがみつくな。動きづらい」一言文句を言わなければ気が済まないといった口調でジュプトルさんはわたしにそう吐き捨てた後、「そばを離れるなと言っただろう」
「ごめんなさーいっ!!」
「おい鼻水が付いたぞ、ふざけるな」
ジュプトルさんは力強くわたしを引き離したあと、改めてスリープと、四人の男の人たち、そしてパパとママを見据えた。
「あれはキミの両親ではない。そう魅せられているだけだ。スリーパーの『さいみんじゅつ』によってな」
パパとママじゃ……ない?
わたしは二人を努めてじっと見ました。暗くあたりが沈んでいるせいか、二人の輪郭も上手くつかめません。おかしいです、さっきまであんなにはっきり二人の顔が見えていたのに。
「あれれ、『さいみんじゅつ』にそんな力はないよ。いいがかかりは―…」
「確かに『さいみんじゅつ』にそのような効果はない。しかもポケモンの技や特性は元来人間には効果を発揮しにくい傾向にある。『さいみんじゅつ』も人間相手には単なる不眠治療のセラピー程度しか威力はない。通常であればな」
ジュプトルさんはあくまでも強気の態度を崩さず、スリープたちをじっと睨んでいました。わたしは、その場をなるべく動かないようじっとしているくらいしか、することがありませんでした。あとは「濡れてしまった服をどうごまかせばパパやママにばれないか」ということを、頭の片隅で少しだけかんがえていました。
「人間の科学力と計六体のスリーパーによる多重『さいみんじゅつ』の出力があれば、子供一人を洗脳して誘導するくらいの威力と指向性くらいは持たせられるんじゃないのか?」
「『子供一人』だと?」
スリープは鼻を激しく揺らしながら、不気味な笑い声をあげています。あの鼻から子供の夢を吸い取って食べているのだと想像すると、一層身震いが止まりませんでした。
「大の大人が一人加わったところで、何の問題もないよ!」
気が付くと、四人の男とパパもどきとママもどきが、一列に並んでいるのがわかりました。スリープは私たちに向かって何かをかざしています。遠目ではよくわかりません。何か、ひものようなものでしょうか。
一瞬の間が走ったその時、わたしの頭の中に消しゴムをねじ込まれたかのような不快な痛みが走りました。死んでしまいそうでした。おでこから大量の玉の汗がにじんできました。
今度こそもうだめだとうずくまったその時、一列に並んでいたパパもどきが、次いでママもどきが、突然吹き飛びました。そして、それと同時に頭の痛みが一気に引いていくのが分かりました。
ジュプトルさんが手を前にかざしているのが目に入ります。
「なっ!?」
「『ねこだまし』だ。貴様の多重『さいみんじゅつ』は出力や精密性は素晴らしいが、不安定。先制して隊列を崩せば簡単に不発させられる」
何を言っているのかはよくわかりません。しかし、きっとジュプトルさんが何かしたのでしょう。
「……くそっ、あいつを殺せ!!六対一だ!」
倒れたパパもどきとママもどきがよろよろと起き上がっています。はでに飛んだ割にまだまだ元気そうでした。残りの四人は元気いっぱいです。震え上がるわたしを、ジュプトルさんは勢いよく抱きかかえた後、後ろに下がりながら
……足で、軽く地面を踏みつけました。
すると、遅れて途轍もない揺れが襲ってきました。まるで大地がひっくり返ったナマズンのように、絶えず蠢ているかのような。そんな力強い揺れが。
「『じしん』は高威力、じめんタイプの範囲攻撃技だ。ひこうタイプ以外のポケモンに大きなダメージを与えられる。ただし味方にも攻撃が当たるので、そこには注意が必要だな」
「ぜ、全滅だと……」
揺れが収まったときにはすでに、起き上がってくる男の人は、一人もいませんでした。揺れが収まると、わたしはすばやく地面におろされました。
「こ、こんな小さな奴が!!」
小さな奴?
スリープはジュプトルさんよりもずっと小柄なように思えるのですが……。わたしの疑問を他所に、ジュプトルさんはバカバカしそうに口を開きました。
「持ち物を持たせれば、極端に攻撃能力が上昇するポケモンもいる。そもそも、ポケモンの能力と見た目にはそれほど相関関係がない。バトルの基本だろう……さてと」
ジュプトルさんはわたしを後ろに、ゆっくりとスリープに近づいた。スリープは小さく呻きをあげながら、後ずさった。
「確かお前は……フン、ガキが言うに『スリープ』だったか」
ジュプトルさんの右手に、緑色に光り輝くエネルギーが集まっているのが見えました。あれは……?
「さいみんポケモン、エスパータイプ。苦手なタイプはむし、ゴースト、あく」
翠に輝く木の葉の大群が、魚の群れのように、意思を持ったかのように、ジュプトルさんの周りに集まっていく。
「ところで、だが。コレの強みは豊富な技のレパートリーにある。現在存在が確認されている18種類のタイプの内16種類のタイプ技を習得することが可能な器用な奴だ。……当然、先ほどの三つのタイプ技も覚えている」
ジュプトルさんは、緑色の力が集まった掌を握り込み、構えます。それから、凍てつくような冷たい声を放ちました。
「貴様を殺すには、この技が相応しいだろう」
「ちょ、ちょっと待て!!」
スリープは慌てたように手を振り回しています。
「僕を殺すと、犯罪だぞ。捕まるぞ!」
「いまさらだな。おれはれっきとした悪人だ。殺人程度、どうということはない」
「悪人だと!?だったらなおさらどうして僕を殺すんだよ!」
「おれの害になるからだ」
「だ、だったらお前の悪事に協力してやるぞ!僕の技術を使えば……」
「断る」
「なんでだよぉ!!」
子供の癇癪のように地団太を踏むスリープに、まるでそうすれば誰かが許してくれるのだと本気で信じている子供のようなスリープに、ジュプトルさんはただまっすぐ見据えて構えていました。そして、肩をわずかに揺らしました。掌に集まった緑の閃光は極限まで凝集し、周囲の木の葉は限界まで加速しています。一度、テレビで見たことがあります。この技は、草タイプ屈指の威力を誇る特殊技。
「悪人なんだろうがっ!!だったら」
「おれは悪人だが、貴様はただの屑だ」
ジュプトルさんは、思いっきり光の塊をスリープに、投げつけました。
「おれの経験上、屑は生かしたままにしておくと碌なことがないからな」
ジュプトルさんの放った『リーフストーム』は、一点の光となってスリープを貫いて、吹き飛ばしました。
スリープはだいたい五秒ほど空中に放り出された後、地面にたたきつけられて、それからもう二度と起き上がってくることはありませんでした。
〇
「見えるか?」
「わぁ!」
わたしの眼下には、たくさんのポケモンたちがひしめき合っていました。見たことの或るポケモン。知っているポケモン。見たことのないポケモン。全く知らないポケモン。
幻想的な光の川床を流れる水のように、美しいポケモンの大群が押し寄せては流れていきます。まるで、ポケモンたちのお祭りのようです。
「まだ、しばらくは影響が残っているみたいだな。しかるべきところで治療を受ければ、何れは感知するだろう」
ジュプトルさんは、目の前の光景に圧倒されているわたしの背中を、そっと押しました。
「まあいい。キミもあの中に戻るといい。後は向こうが何とかしてくれるだろう」
「ジュプトルさんも一緒にいこう」
わたしは甘えた声を出しながら、ジュプトルさんの手を引っ張ったのですが、ジュプトルさんはピクリとも動きませんでした。やっぱり、ジュプトルさんはわたしのことがそれほど好きではないみたいです。
「俺にはまだ一仕事残っている。不本意ではあるが、奴の不始末を片付けてやろうと思ってな。ついでに奴の技術も接収だ。使う機会があるかはわからんが」
「じゃあわたしもついてく。用事が終わったら、一緒に行こうよ」
「……」
ジュプトルさんは不意にしゃがみました。それから、わたしの身長よりも低い位置に頭をもってきてから、わたしにゆっくりはなしかけてきました。
「何度も言っているだろうが、おれは悪人だ。……何故おれがジュプトルなのか、キミにはわかるか?」
わたしは首を横に振りました。
「ジュプトルという名前には、「ドロボウ」という意味がこめられている。泥棒というのは犯罪者で、悪い奴だ。おれもそうだ。そして、悪い奴はキミたちのような善良な人間を騙したり陥れたりして生きている。だから悪い奴は多くの人間に恨まれるし、悪い奴は社会を離れひっそりと生きるしかない」
「でも……ジュプトルさんは悪いポケモンじゃないよ」
「いや、悪い奴だとも」ジュプトルさんは少しだけ間をおいてから、話を続けました。「おれも若い頃は、自分が元は善良な人間だったのだと思っていた。悪いことをしているのは信じる者に裏切られたからで、悪人の仲間になったのは、そいつらをただ利用しているだけで仲間でもなんでもないのだと、今悪いことをしているのは仕方のないことなのだと、そう思っていた。でもそうじゃなかったことに気が付いた。おれは子供のころから、他人を見下し、虐げ、あやかり、信じるものを裏切って生きたのだと、今になってそれにようやく気が付いたのだ。だからおれは、今は自分に素直に生きているのだ」
世界平和などくだらない。
大層な思想もいらない。
ただ、自分の考えに素直に生きていく。自分が思った通りことを実現させていけばいい。
「そういうわけでおれはキミにはついていけないのだ。共にもいられない。御託を理解できなくてもいい。そういうものなのだと受け入れればいいのだ。世の中ままならないことがたくさんあって、これがそのうちの一つだということに過ぎないのだからな。それでも納得ができないのだというなら、キミにこれをやる」
ジュプトルさんはわたしに、謎の機械を手渡しました。
「これって……もしかしてスマホロトム!?」
「いや、それよりもずっと不便で使い勝手も悪くその割に面白みのないものだ」
「えー……」
「ポケモン図鑑だ」
「ええっ!?」
わたしはそれを聞いて、頭が沸騰しそうなほど興奮しました。これがあの夢にまで見たポケモン図鑑!!
「今時、スマホロトムさえあれば、似たような機能のアプリケーションをインストールすればいいだけだがな。そっちの方がずっと便利だ。だが、代わりと言っては何だが、そのポケモン図鑑は特別だ」
「どういうところが?」
「あらゆる地方のポケモンが収録されている。それに、おそらく世間的に未発見のポケモンの情報もいくつかは入っているな。そのほかにも、従来の進化キャンセル機能に加えシングル通信交換機能やボックス自動整理機能が……」
色々説明してくれているジュプトルさんには申し訳ないのですが、わたしが手元のポケモン図鑑に夢中であまり聞いていませんでした。
「こんなことを説明しても仕方がないか。まあいい、とにかくそいつをキミにやる」
「でも、ジュプトルさん「くだらないおもちゃ」っていってたよね。それなのにどうしてもってたの?」
「下らんおもちゃだが、おれはそれに二度敗北した。だから独自に研究、改良を重ね、常に肌身離さず持っていたのだ。結局オーキドの考えはまるで理解できなかったがな」
「なんだ、やっぱりジュプトルさんもポケモン図鑑が大好きだったんだ!」
「違う。全然違う」
ジュプトルさんはやれやれと頭の葉っぱを振っていましたが、やがて。
「それは餞別だ。じゃあな」
踵を返すジュプトルさんに、わたしは声をかけてひきとめました。
「まって!」
「なんだ……」
「やっぱりこれ返すから、一緒に着てっていうのは……ダメ?」
「ダメだ……というか、キミはそれをよっぽど欲しがっていたじゃないか。どうしてそれで満足しない。どころが手放すなど……。それほどおれとのかかわりが大切か」
「うん……」
「現金な奴だ……だが悪くはない」
ジュプトルさんは一歩だけ近づいて、わたしの頭に手を乗せました。大きな手でした。慣れない手つきで、乗せた後はすぐにひっこめられてしまいましたが、五本の指の力強さが感じられて、とても良い手だと、そうおもいました。
「さらばだ」
再び立ち去るジュプトルさんを、今度は黙って見送りました。
すると、ジュプトルさんは少しだけ立ち止まってから
「キミがそれをもって旅に出ることがあれば、いつの日か……また会うこともあるかもな」
「……ジュプトルさん!最後に一つだけ!」
涙を必死に堪えながら、わたしはジュプトルさんにずっと聞きたかった質問しました。
「ジュプトルさん以外に、言葉を話せるポケモンって、いる?」
「その図鑑に聞くといい。いつか必ず答えを示してくれるはずだ」
ジュプトルさんは笑ってそう言いました。そして、暗い闇の向こう側に姿をけしていってしまいました。
それから、わたしは意を決してポケモンのお祭りの中に飛び込んでいきました。そんな冒険に、私一人で立ち向かえる勇気が、こんなわたしに宿ったのはひとえに手元のポケモン図鑑が私に力をくれたからにほかなりません。
ポケモンたちの中に飛び込んだ私は、一瞬まばゆい光に包まれたかと思うと、しかしその次の瞬間にはベッドの上に寝かされていました。
わたしはそれから無事に本物のパパとママに会えました(一応、少しだけケイカイしていました。偽物かもしれませんでしたから)。
わたしの他にも、何人かの子供が同じ病院にいて、少しだけ彼らとは仲良くなりました。でも、なんだか辛い思いをした子もいるみたいで、それが気がかりで少しだけ憂うつな入院生活でした。
病院にいる間、あれは夢なんじゃないかと、ふと、そう思うことがあります。
しかし、夢ではない証拠があるのです。
そう、わたしの手元にはあのポケモン図鑑があります。ポケモン図鑑を起動させると、中は真っ白。ハテナばかり。
だけど、たった一つだけ名前が記されていたのです。
わたしとジュプトルさんの、初めての大冒険。その証拠が、ちゃんと記録されているあたり、どうやらこのポケモン図鑑は、本物で間違いないみたいです。
No.0253
ジュプトル
分類 :もりトカゲポケモン
タイプ:草
たかさ:0.9m
おもさ:21.6㎏
特性 :しんりょく
?特性:かるわざ
みつりんに せいそくする。 えだから えだへ とびうつりながら いどうして えものに せっきんする。
きょういてきな みがるさを もち からだの はっぱは ぶきだけでなく かもふらーじゅ にも てんよう かのう。
そのため しんりんで じゅぷとるを つかまえることは ふかのう に ちかいのだ。
おわり