そこまですればさすがのモングレル先輩も観念するんじゃないっスかねぇ! なお話。
「ヤッちまったなぁこれ……」
早朝、というか、まだ空がうっすらと白み始めたばかりの、もしかするとまだ深夜と呼ぶのかもしれない時間帯。
連れ込み宿のベッドの上で、俺は全裸で頭を抱えていた。
傍らには、すやすやとあどけない顔で眠るライナ。
こちらはシーツをしっかりと体に巻き付けてはいるものの、その下はおそらく俺と同じく全裸だろう。
つまり、朝チュン。まごうことなき朝チュンである。
そう、ライナと朝チュン。ライナなら俺の隣で寝てるよである。
こうして見るとかわいい顔をしてはいるんだが、種類としては幼さが感じられるかわいさの、どう考えても手を出しちゃいけない感じのするライナと、朝チュン。
これでこの状況が一見それっぽいだけで実は昨夜はど健全に過ごしていて、汚したかなんかで服を脱いでいただけなら良かったんだが、そうではなかった記憶がきっちりがっつりある。
はい、ヤりました。俺が犯人です。ライナははじめてでした。なのに健気に不器用に笑って俺を受け入れてくれたライナはもう世界一かわいかったです。……死にたくなってきた。吐きそう。
「あの薬草酒とかいうの、ぜってーヤバイ成分入ってただろ……」
酒のせいにするな。それがお前の本性だ。
そう自分で自分に言ってやりたいが、いやでもあれは絶対に普通の酒ではなかったと主張したい俺がいる。
いやだって。いくらライナがかわいくても、むしろかわいいからこそ、俺なんかが手を出すわけにはいかないだろ。普通にダメだろ。
俺は、抱えている秘密も多い。結婚する気も子孫をのこすつもりもない。なかった。
血統を抜きにしたって、いつまでもブロンズでぬるーく生きているようなうだつの上がらない俺なんかが、こうもまっとうにかわいい若い女の子と釣り合うわけがないんだから。
なのに、俺みたいな半端モノの雑種が、結婚してすらいない相手の処女を、避妊もしないで食い散らかすとかさぁ……。
あまりにも最低が過ぎる。どう責任とるんだこれ。
こんなこと、普段の俺なら、絶対にしなかった。
原因は黒靄市場で買った謎の薬草酒だ。と、思いたい。
飲みはじめは良かった。
爽やかな飲み口、カッと喉が熱くなる濃い酒精、それを胃に落とした後ふわりと鼻を抜けていく
この世界では珍しい程うまい酒に、ついつい杯が重なった。
最初は宿の自分の部屋で一人手酌で飲んでいたのに、飲めば飲む程、ああライナに会いたいな、会わなくちゃ、絶対に会おうという気になって、そこからライナと合流して……、あれはどこの酒場だったか、一部記憶が曖昧なんだが、飲み直したんだったな。
店の許可を得ていたのか得ていなかったのかそもそも持ち込んで良い店だったのかも不明だが、あの薬草酒も持ち込んで飲んでいた気がする。
そう、それで、ライナが妙にかわいく見えて、
「ぐぉおおお……!」
そこまで思い出したところで思わず呻き声をあげてしまったほど、馬鹿みたいにライナを口説いた記憶がある。
『好きだ』『かわいい』『本気だ』『ずっと好きだった』『ライナだけだ』『結婚して欲しい』『愛してる』
この辺りを、何回も何十回も言った記憶がある。
「いっそ殺してくれぇ……。嘘、ではないんだが、絶対に言うつもりはなかったのに、どうして昨日の俺はあんなことをぺらぺらと……!」
ライナもライナだ。あまりにチョロすぎる。こいつこれで口説かれたからな。口説いた記憶がある。
いや、酔っ払いが発した、こんなペラッペラの口説き文句で口説き落とされないで欲しい。挙句、連れ込み宿なんつー下心しか感じない所までまんまともつれ込まれるなんて。
危機感はどこやったんだ。よく今まで無事だったなこいつ。
やめろ。そんな将来性も甲斐性もないしょうもないおっさんにほいほいついて行くんじゃない、ライナ……!
記憶の中のライナにいくら呼びかけても、ライナはまんざらでもない表情でてれてれするばかりで、あっさり俺に宿に連れ込まれ、そして、……ああ。ヤリました。俺が犯人です。
俺の隣ですやすやと眠っている素直かわいい純朴なお嬢さんを、俺の毒牙にかけたのは俺です……。
もしや、ライナもあの酒を飲んでいたのか……?
薬物(?)飲ませて前後不覚にしてヤッちまうとか最低極めてんな、俺! 立派な犯罪じゃねーか!
「……これ、どうするんだよ……。いや本当に、ここからどうするのが正解だ……? 結婚……? いや、俺と結婚することがライナにとってプラスになるとはどう考えても思えん……」
デキてなかったら、まあまだ良い。
犬に噛まれたということで忘れてもらって、金なり俺のを切り落とすなりライナの気の済むように落とし前を付ければ良いだけだ。
もしこれでデキてたら……。
サングレールとのクォーターだ。そいつの髪は何色だ?
髪色からわからなくとも、俺みたいな雑種が父親だと知られたら、きっとその子は生きづらい。
まともな職に就けるのか? 結婚は?
その更に子ども、どこか遠い遠い子孫で、急に先祖返りしたらどうする?
そんな懸念から、その子が将来俺の血のせいで苦しむことになったら?
「先輩! 好きっス!」
頭を抱えているところにそんな力強いライナの声が聞こえてきて、ハッと顔を上げた。
気づけば、シーツで肩までぐるぐる巻きになったライナが、ベッドの上に座ってこちらを見つめている。顔色は悪くない。
「ら、ライナ……。起きてたのか。ああいや、起こしちまったのか。その、すまん。いや謝って済む問題でもないんだが、い、痛いとことかないか……?」
「どことは言いづらい部分が、めっちゃヒリヒリしてるっス! 関節も違和感ある感じで、正直あんま歩きたくないっス!」
俺がそろりと尋ねると、ライナは元気いっぱいに負傷を訴えてきた。
全裸のなんのと気にしていられる立場でない俺は、ざっとベッドの上から飛び降りて、床で土下座をきめる。
「すまん。本当に申し訳ない。めちゃくちゃがっついたし割と無理をさせた記憶がある。治療院、いやポーションか、ああいやその前にもう手遅れかもしれないがせめて掻きだして……」
「先輩! 好きっス!」
再度突拍子もない事を叫んだライナに、そろりと顔をあげるも、彼女はびっくりするほどいつも通りの表情で、ニコニコと笑っている。
「お、おう……。どうしたライナ、さっきから。いや、お前も混乱してるのか。してるよな。不安だろうが、できる限りのつぐないはするから、まずは治療を……」
「先輩! 好きっス!」
建設的な話をしようとした俺を遮って、ライナは三度そう宣った。
「おいどうしたライナ! お前、どういう壊れ方をしてるんだ!? ショックなのはわかるし俺と口もききたくないのかもしれないけど、いくらでも罵ってくれてかまわないからせめて会話を成立させてくれ……!」
思わず立ち上がりそう叫び返すと、ライナはぱっと恥ずかし気に目を背け(見えてしまったのだろう。重ね重ね申し訳ない)、耳まで真っ赤にしながらぼそぼそと言う。
「会話を成立させてくれてないのは、モングレル先輩の方っス。私は、先輩の事が好きだから、昨日のことは気にしてないって意味ス。というか、私のことを、だ、……抱いておいて、その絶望した表情はひどくないっスか?」
「……マジか。ライナ、そこまで俺の事好きだったのか……?」
ライナの主張を聞いて、俺は呆然とそう尋ねていた。
ライナが飲んだかは結局わからずじまいだが、あの薬草酒の効果が無くとも、ライナは俺とそういうことをしてもかまわないと……?
信じがたい気持ちの俺の目の前で、彼女はあっさりと、しかししっかりと頷く。
「さっきからそう言ってるっス。というか、昨日はあんなに喜んでくれたのに、なんで好きって言っても返してくれないんスか……? やっぱり、昨日のは酔った勢いで本心じゃなかったとか、私とのことは遊びだったとか、そういうのスか……?」
「違う! ……それは違う絶対に違う。俺は、本当にライナの事を大切に思っている。お前のためになら死んだってかまわない程度には、だ。……ただ、だからこそ、俺みたいなのは、お前に触れるべきじゃないと……」
「先輩! 好きっス!」
おいどうした。そういうBOTかお前は。
俺がシリアスに振ろうとすると自動で好きだと叫んでくれるシステムか?
ああでも、そうだな。ライナはずっとこう言ってくれていて、それに対する返事が欲しいのだとさっき言っていた。
ならばとりあえず、ごちゃごちゃと理屈を並べる前に、まずは素直な感情を吐露しよう。
「……俺もお前が好きだ」
「じゃあそれで良いじゃないっスか! 私はモングレル先輩が好き。モングレル先輩は私が好き。想いあっている同士なら、昨日のことは、別に間違いでもなんでもないっス!」
けれど、と続けようとした俺を遮って、元気いっぱい、力強く、ライナは断言した。
彼女の隣に腰掛け、ライナがもそもそとわけてくれたシーツの端で腰回りを隠してから、ゆっくりと彼女の説得にあたる。
「そんな単純なことじゃない。俺はたまたま運良く乗り切れたが、サングレールの血が入っている人間は、それだけでただいきづらい。ライナが良いとしたって、こういうことをすれば、子どもができる可能性がある。その子の将来は? さらにその子どもは? と考えると……」
俺の言っている意味が分かっているのかいないのか、ライナはどこか深刻さのかける表情で、うーんと首を捻った。
ぽん、と手を打って、彼女は言う。
「そういえば、この前レゴールまで、うちの兄貴が来たじゃないっスか。それで、ちょっと考えたんスけど、私とゴディンおじさんとの結婚ってあり得たのかもしれないなーって」
「……ライナは、その人のことが好きだったのか?」
どう見ても嫌そうだったし結果断っていたが、結婚の可能性があり得たというなんて、そういうことだろうか。
そう思って尋ねたのに、ライナは心外だ! とばかりの実に嫌そうな表情で首を振る。
「まさか。むしろ嫌いっス。ゴディン
ならばなぜ。
その疑問に答えるように、ライナはぽつぽつと続ける。
「でも、モングレル先輩と出会わなくて、先輩が私にギルドマンとしての生き方を教えてくれなくて、夢破れてしぶしぶ村に戻っていたら、そういうこともあったかもなって話っス」
「でも、今のライナは、アルテミス所属の立派なギルドマンで、兄貴だって追い返せたんだから……」
「そうスね。でも、それ全部、モングレル先輩のおかげだと、自分は思ってるっス。もうね、ゴディンおじさん、何も良いとこないんスよ。歳もあれだし、別にお金持ちでもないし、性格が良いわけでもないし、見た目も年相応……、どころか、モングレル先輩と比べちゃうとかなり不衛生で不潔な感じで」
「それは、確かに良いとこなしだな。ライナとは到底釣り合わない」
俺が同意すると、ライナはしたり顔で頷いた。
「って思うじゃないっスか。でも、兄貴や村の中では妥当なんス。しかも、村に帰ったら、街でギルドマンしていた経験なんて、都会で遊び歩いていたとしか評価されないっスよ。そういう弱い立場で、好きでもないそういう人と結婚する。しなくちゃいけない。そんなの、最悪だと思わないっスか?」
「最悪、だな。お前の処女貰っちまった立場としては、俺のせいでという気持ちがある分余計に、田舎でそういう女だと思われながら生きるなんざ、想像するだけで胃がキリキリするぜ……」
「あははっ。ほら、それと比べたら、モングレル先輩との結婚、別に悪くないどころか、すごく良い感じっス。少なくとも先輩は、私にギルドマンやめろだの田舎帰れだの、言わないじゃないスか。それに、サングレールとのハーフだとしても、先輩は私の好きな人っス。結婚したら、きっとしあわせになれるっスよ。少なくとも、ゴディンおじさんとよりはよほど」
なるほどな。
ライナの価値をわかっちゃいない最悪な村の最悪な兄貴の元に戻って、最悪の条件で最悪の男と結婚する。
ライナがあったかもしれないというそれよりは、アルテミスのみんながいるこの街で、まあうだつがあがらない亭主になるかもしれないが好いた男と結婚するというのは、まだ多少マシだろう。
俺なら少なくとも、ライナのことを大切にする。めちゃくちゃ大切に扱う。こいつが苦手なら、家事全般は俺が主体でやろう。
子どものことはデキているかどうかもわからないのだから、後で考えるしかない。とりあえず今は、この事態の責任をとるべき。なのかもしれないという気になってきた。
というか。
「……そうか。俺は、ライナの好きな人なのか」
改めてその事実をかみしめるように呟けば、ライナはにやーっといたずらっ子のように笑う。
「何回も言ってるじゃないスか。先輩! 好きっス! 愛があれば、たいていのことはどうにかなるっスよ。きっと」
「俺もお前が好きだ。……どうかなぁ。うちの両親、けっこうギスギスしている時もあったぜ? それこそ、人種の違いを越えてまで愛し合って結婚しただろうに」
「よそはよそうちはうちっス。観念して責任とって欲しいっス」
「早くも母親っぽいこと言うなよ……。ああ、そうだな。お前がそこまで言ってくれてるのに、ぐずぐずぐだぐだ言ってたら、かっこ悪いよな」
俺が観念すると、ライナはぴたりと固まった。
そこから、じわ、じわ、と喜びをかみしめるように明るい表情に変わっていく彼女に微笑んで、きちんと告げる。
「ライナ、俺もお前が好きだよ。俺と、結婚してくれ」
俺からのプロポーズへの返事の代わりに、ライナは満面の笑みで俺の胸に勢いよく飛び込んできて、ぎゅう、と俺に抱き着いた。
……けっこう大切な話をしていたはずなのに、理性もろともなにもかもを忘れそうになるから、一刻も早く服を着て欲しい。勢いでシーツが置き去りにされてんだよ。
くっそ。ぴちぴちすべすべの肌しやがって。