ハニートラップ、という言葉がある。
はちみつのように甘い罠。
スパイが色仕掛けで対象を誘惑して情報を盗んだり、弱みを握ったりして脅迫したり、もしくは美人局(つつもたせ)。
そこからはじまり、色仕掛けをし、対象を惚れさせて利用すること全般を指すイメージを抱く人も多いかもしれない。
ドラマや映画などの非現実の世界でそのようなことが描かれることもあるし、実際にひっかかったという話も……同僚から聞いたことがある。
悲しい話だ。
人の心を騙すような罠をしかける人がいるなんて。
そう思っていたけれど、今自分は痛感していた。悪意のない罠もあるのだということを。
肩に感じるぬくもり。健やかな寝息を発するピンク色の唇。丸い青い瞳は今は閉じられ、長いまつげが白い肌に影を落としている。
「マー、ヤ?」
「…………」
どきどきしながらそっと声をかけるも、返事はなかった。どうしたものかと悩みながら、その顔を見つめる。
ここ最近は、騎士の叙勲や行政特区の件で忙しくてろくに学校に行けていなかった。マーヤに会うのですら久しぶりだった。
今日は授業代わりの課題を提出するためマーヤに手伝ってもらっていた。
『ごめん。君も忙しいのに』
『気にしないで。私よりあなたの方が大変でしょ』
そう上品に笑ってくれていたけれど、やはり疲れていたのだろう。彼女の顔はやや青白く見え、目の下には隈がある。
『いいか、枢木。お前も気をつけろよ。一見無防備に見える女に』
ふと、頭の中にそんな声が響いた。あれはいつの話だっただろうか。同じ名誉ブリタニア人に言われた言葉。
その時はなんとも思わなかったけれど、なぜか今、思い出してしまった。
(いや、もちろんマーヤはそんな人ではないけど)
彼女の場合は、なんの意図もない天然だ。自分を罠にかけて陥れようとはしていない。
つまり僕のことを信頼してくれているということであり、
「まったく意識されてないってことだよね」
はぁっと深い溜め息が漏れる。わかっていたこととは言え、改めて知らしめられると思うところはある。
これが意図してのハニートラップというものであったとしたら、少なくとも自分のことを男として意識してくれているということになるけれど、マーヤの場合はそうではないのだ。
「んっ」
「! っとと?」
マーヤがみじろぎ、その体が倒れていく。支えようとしたものの、思いの外顔が近くて体が固まった。
その間に彼女の上半身は倒れ込む……自分の膝の上に。
「まっ、マ、マーヤ?」
結構な衝撃があっただろうに、マーヤはまだ目を開けない。これはまた相当無理をしたに違いない。
(忙しい中でも例のはまっているっていうゲームでもしたのかな?)
どきどきしながら見下ろすと、心地よさそうな顔をしているマーヤがいて思わず片手で顔を覆う。
(可愛い)
無防備すぎる姿に、自分の顔が真っ赤になっているのを自覚する。口元もにやついてそうだ。
課題のことなんて忘れて……というか、集中できるわけもなく、その顔を見つめる。
時間が止まったかのような感覚に陥る中、黒い髪の一房が彼女の柔らかそうな口元を覆ったのが見えた。
自然とその髪を手に取り、甘い香りに引き寄せられるようにそっと口づける。
ハニートラップ、はちみつのように甘い罠。
もしもこれらの行動が罠であったとしても、どうしようもないなと降参するしかない。
以前も書いたハニートラップ・スザク編でした。
スザク(ブリタニア軍)の場合は、メインストーリー考えるとハニトラはしゃれにならないんですが……まあまあ、細かいことはいいっこなしで。
昔はスザマヤ想像しづらかったのですが、他の方のスザマヤのおかげか、目覚めてきた!