もうこれ無理だゾ。
「西門より伝達! 負傷者多数! 至急応援求むとのことです!」
「東門に新手が出現! オークの大群です! 少なくとも千を超える数です!」
「南門、もう限界です! このままでは突破されます!」
「団長! 北からドラゴンが!」
次々に入ってくるのは、こっちが押し込まれているという報告。
絶望的な状況に絶望的な状況を塗り重ねる地獄の大行進。
そして、そんなクソッタレな報告が行き交う本陣の中央。
そこそこ豪華な椅子に腰を下ろし、矢継ぎ早に入る報告に耳を傾ける少女。
腰まで伸びた赤く燃える髪。
王族の血統を証明する金色に光る瞳。
腕を組み、鎧に隠れた豊満な胸を張り、自信に満ち溢れた様子でウンウンと頷くは、我らが魔界戦線防衛軍を率いる第三王女殿下リレイム様。
「────うむ!」
報告に耳を傾けていたリレイム様は、深く強く頷いた。
静まり返る天幕。
次に発せられるであろうリレイム様の指示を聞き漏らすまいと、伝令たちが耳を澄ませる。
リレイム様は左後ろに控える俺へと振り返る。
目が合った俺に向かって、リレイム様は口を開いた。
「どうしよう参謀! 何も打つ手がないぞ!」
「諦めてください、姫様」
天幕が、阿鼻叫喚の渦に包まれた。
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魔王軍が攻めてきてから今日で3日。
人間界と魔界の境界線に位置する我らが王国は、たちまち大混乱。
特に俺たちがいるこのモウムーリ砦は、目の前がすぐ魔界という最前線クソッタレな立地であった為、人類で最初に魔王軍の襲撃を受けることになった。
幸いにも、というべきか。
それとも不幸にも、というべきか。
奇しくもちょうど最前線の軍を率いる姫様ことリレイム様とその参謀である俺が、視察の為にこのモウムーリ砦に訪れていたタイミングでの魔王軍襲来だった。
王族の末っ子リレイム様は、それはもう血気盛ん。
幼い頃より騎士団に混じって、剣を振って槍を振って弓を使って狩りに出て……
と、もうやりたい放題。
末っ子が可愛い国王夫婦や兄姉も、リレイム様のわがままを聞きたい放題。
そうして気付けば一軍の総司令官を任されるくらいの実力と人望を勝ち取ったのが、リレイム様だった。
ちなみに、狩りの最中リレイム様に鹿と間違われ脳天を射抜かれそうになったのが、俺ことマイケル。伯爵家の一人息子である。
今思い出してもゾッとする。
「このバカ女! 人と鹿を間違えるなタコ!」
「私、王女。お前、不敬」
「申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!!」
暴言吐いた相手が王女様だったという衝撃の事実。
あの時は死を覚悟した。
なお、リレイム様にガツンと言う気概を認められて、リレイム様の遊び相手として抜擢された。
なんでや。不敬の塊やぞ。
王族に付き添うなんて胃腸が悲鳴を上げて溶け出すレベルの緊張キンチョール。
とはいえ王族からの命令を「イヤです」なんて言えるはずもなく。
木剣持ったリレイム様に騎士ごっこと称して叩きのめされるのは日常茶飯事。
軍師ごっこと称して俺に無茶ぶりの要求をするなんてことも当然。
なぜかお茶会の給仕から茶菓子作りまで、使用人紛いのことまでさせられた。
終いには軍を率いて最前線で敵とドンパチ剣戟を繰り広げ、なぜか俺も巻き込まれる始末。
そうして気付いたら、立派に一軍を率いる姫騎士さまになっていた。
ついでに腰巾着の俺は参謀として抜擢された。
なんでや。俺、軍略とか何も知らんぞ。
そんなこんなで、リレイム様の就任した軍が守るモウムーリ砦へ初めての視察に来たタイミングで魔王軍の侵攻が始まったのだった。
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「もうダメだ、おしまいだぁ!」
「ママー! ウーウウゥー!」
「エンダァァァァァァイヤァァァァァァァァァァァ!!」
阿鼻叫喚の様相を呈する天幕内。
その中央に鎮座する俺の主君ことリレイム様に紅茶を渡す。
「いやぁ、参っちゃったな参謀」
「参っちゃいましたね、姫様」
「「ワッハッハ!」」
自分の分も淹れた紅茶を飲み干す。
麦茶だコレ。
「なんでそんな能天気に笑ってるんですか!?」
伝令の1人が掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
「いやだって、どうせ死ぬんなら嘆いても始まらないだろう?」
空になったティーカップを俺に投げながら、リレイム様が言う。
いや投げんな。この茶器けっこう高かったんだぞ。
「嘆き悲しむくらいなら、最後の最期まで笑って敵に立ち向かうべきだ。違うか?」
「俺はさっさと逃げるべきだと思います」
「ド阿呆。四方を敵に囲まれているのに、いったい何処から逃げると言うんだ」
残念ながら、俺の提案は却下されてしまったようだ。
「敵は無限に湧いて出てくる。どれだけ倒しても、この3日間戦いっぱなしだ」
そう。
これでも俺たちは頑張った。
最前線のココを抜かれれば、魔王軍はたちまち王国内を蹂躙するだろう。
民草を守る為、そりゃもう必死で戦った。
矢や魔法をこれでもかと打ち込み、城壁を登ってくる敵を剣や槍、盾でもって押し返した。
油の入った壺を投げ、火矢を放ち敵を燃やした。
砦を守る兵士全員が一丸となり、それはもう死に物狂いで戦った。
それでも敵の数が減ることはなかった。
倒しても倒しても、地平線の向こうから溢れ出てくる魔物の軍勢。
圧倒的なまでの物量差。絶望的なまでの戦力差。
むしろよく3日間も保った方だと褒めてほしい。
まともな軍師もいない、姫様と腰巾着がトップの軍隊がここまで戦えたのは奇跡と言っていい。
その奇跡を起こした一端は、間違いなくリレイム様のおかげだろう。
王族として人々の頂点に立つ術を熟知していた。
また、幼少期から鍛錬に明け暮れるリレイム様には熱狂的な信者も多かった。
リレイム様は兵士を鼓舞した。
その存在そのものが、兵士にとっての憧憬であり、尊敬であった。
その口から紡ぐ言葉の1つ1つが、彼らの心を奮わせた。
まあぶっちゃけ、士気ブチ上げからのノリと勢いでどうにかするしかなかったわけだ。
無理だったけどね。
兵士たちは限界が近い。
いや、とっくに限界を超えている。
元より勝てる見込みの薄い戦いだ。
士気を保つにも限度がある。
士気が下がれば、気力で動かせていた身体は止まってしまう。
身体が止まれば、後に待っているのは敗北と蹂躙の地獄のみ。
現在の我が軍は、その一歩手前までやってきていた。
「断言する。この戦い、もはや我が軍の勝利はない」
元より勝てる見込みの薄い戦いだ。
敵の奇襲、こちらの準備不十分。
戦力の違い、数の違い。
それでもここまで守った。
よくやった、と褒めてほしいくらいだ。
もう諦めていい。そう言われればどれほど楽だろうか。
「だが、それが諦める理由にはならない」
しかしこの鬼畜なお姫様は、俺たちにまだ戦えと命令する。
それは何故か。
俺たちの背中には、国民数百万という膨大な数の生命がかかっているからだ。
「全兵士に伝えろ」
『死ぬまで戦え。
祖国を守る為。
家族を生かす為。
友に泣いてもらう為。
誇りを持って死んでくれ』
伝令が散る。
天幕に残ったのは俺とリレイム様のみ。
無言で鎧を締め直すリレイム様と、茶器の磨き残しがないか確認する俺。
カチャカチャという金属音が響く。
「────よし、行くぞ参謀」
「ちょっと待ってください。あと5分でスコーンが焼けるんで」
アフタヌーンティーに欠かせないお茶菓子の完成まで持ち場を離れるわけにはいかない。
そう主張する俺を呆れた顔で見て、リレイム様はため息をついた。
人の顔を見てため息とはなんと失礼な。
「……それが焼けるまでには終わる。さっさとしろ」
「仕方ない。ササッと終わらせてお茶会を始めましょうか」
床に落ちていた傷だらけの大盾を担ぐ。
剣を鞘から抜いたリレイム様の隣に立ち、主君を守れるよう気合を入れた。
「この戦いが終わったら、私からお前に言いたいことがある」
「知ってますか姫様? それ、俗に『死亡フラグ』って言うらしいですよ」
「それは縁起が悪いな。では無かった事にしてくれ」
顔を見合わせてニヤッと笑う。
姫様が天幕の外へ飛び出た。
それと同時に俺も走り出る。
すでに砦内に侵入している魔物たち。
城門はとっくに破られたらしい。
あちこちで兵士たちと斬り結ぶ音が聞こえる。
混乱の中にある砦内を、リレイム様と共に駆ける。
バサリッと一際大きい羽音。
俺たちの目の前に降り立ったのは、報告にあったドラゴン。
史上最強のモンスター。
空を統べる圧倒的強者は、姫様と俺を見下ろして口に炎の吐息を蓄える。
「これだとスコーンが丸焦げになってしまいますね」
「違いない。どれ、1つ火力の調節方法を教えてやったらどうだ?」
「勘弁してください。俺まで丸焦げになっちゃいますよ」
「ちょっとくらい焼けた方が良い男になるんじゃないか? お前は色が白すぎる」
「じゃあ日サロに行く金をくださいよ。もちろん経費で」
姫様とドラゴンの間に大盾を構える。
こちらの迎撃態勢が整った直後、ドラゴンが大きく口を開けた。
この世の生命すべてを焼き尽くす業火の吐息が、俺と姫様に襲い掛かる────
バスッ
────瞬間、空から降ってきた閃光がドラゴンの首を斬り落とした。
「お待たせしました。【勇者】ユースティティア、救援に参りました」
白銀に輝く鎧を身に纏った少女がいた。
雷を操り、光の如く空を駆ける。
我ら人類の最終兵器『勇者』。
「では、殲滅します」
そう言い残し、勇者は再び大空に舞った。
砦のあちらこちらで上がっていた味方の悲鳴が、歓声に変わっていく。
あれだけいた魔物たちが、みるみるうちにその数を減らしていく。
「………………勝ったな」
地面にへたり込んだ姫様が、ポツリと呟いた。
その顔に浮かぶ疲労と安堵に、俺はようやくこのクソッタレな戦いが終結したことを悟った。
「………………とりあえず、スコーンでも食べます?」
「いただこう。熱々の紅茶と一緒にな」
人類と魔王軍の戦いはまだ始まったばかりだ。
これからも、魔界との境界を守るよう任された俺たちは苦難の中を進むことになるだろう。
でも、今日だけは。
自分へのご褒美に、甘いジャムをたっぷり塗ったスコーンを頬張るとしようか。
「あっ。ごちそうさまでした」
勇者がすべて平らげていた。
「「私(俺)のスコォォォォォォォォォォォォォォン!!」」