“怪盗”ドンキホーテ・ドフラミンゴ   作:ladybug

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Let's play it by ear.

 

 

 世界(ところ)は変わり、ウタワールド内のエレジア城。地下に張り巡らされた道を数名の闖入者が走っていた。

 考古学者ニコ・ロビンの知識を頼りに動く麦わらの一味、そして“衛星糸(サテライト)”によって紡がれたドンキホーテ・ドフラミンゴの分体である。

 

 現状の打開策を求め動く麦わらの一味達の下に、少年サイズの“衛星糸”がたどり着いたのはつい数分前。

 チョッパーにより暗渠に棲まうネズミ達からも情報を集め、一同はエレジア城の奥深くに座す閉架書庫へと調査の手を伸ばすこととなった。

 

 ジンベエの手により壁をぶち抜いた一行は、辺りを警戒しつつ書庫へと侵入する。

 書庫の広さに圧倒されたナミが呆然と呟いた。

 

「立派な書庫じゃない。こんな状況じゃなきゃお宝の一つや二つ見つけたいところだけど……」

「これ全部資料か? これだけある中からどうやって探せばいいんだよ!」

 

 ナミとウソップが頭を抱える傍らをロビンは進む。

 

「手分けするにしても急いだ方がよさそうね」

 

 いつも穏やかに微笑んでいる口元には僅かな強張り。“衛星糸”や政府筋の情報によれば、残された時間は少ないという。

 ロビンは現実世界で先行調査をしていたというドフラミンゴの分体へと問いを投げかけた。

 

「ミンゴ君。あなた、当たりはついている?」

『1階は音楽理論が主だ。歴史関係は2階だとボs……ローが言っていた』

「トラファルガー・ロー? あの人が現実世界のエレジアにいたの?」

『そうだ。歌声の届かない場所に籠って仕事をしていたらしい』

 

 小さなドフラミンゴが石畳の上へ降り立った。腕を組んで仁王立ちしているが、サイズも声もまさに子どものため、いまいち迫力に欠ける。

 普段とのギャップ、そして予想外の愛らしさ。思わず頬が緩んでしまうロビンだ。

 

 しかし、発言の中に気掛かりなポイントが一つあった。トラファルガー・ローの『仕事』とやらである。

 

「あの人がウタに協力しているならば、ブラフとも考えられない?」

『いや、それはねェ。ローとウタじゃ方針が違う。奴は今頃、ウタをさりげなく妨害するか、都合のいいように誘導してるはずだ』

「あら。あの人を信じてるのね」

『馬鹿言え』

 

 口をへの字にまげるドフラミンゴに微笑み返し、ロビンは書庫を見渡した。

 ドフラミンゴ、ひいてはトラファルガー・ローの言を信じるならば、求める情報は2階部分にあるはずだ。

 

「みんな、2階へ上がりましょう。1階は後回しでいいわ」

 

 呼びかけに一同の声がぱらぱらと返ってくる。既に2階にいたウソップとナミ、そしてチョッパーが手を振って合図を送っていた。

 ロビンは手を振りかえしながら階段を登る。その後にフランキーが続いた。

 

「そういやよ、ミンゴは何を探しにここへ来てたんだ。怪盗業の一環か?」

『ベポの付き添いついでにな。お宝というより情報目当てだ』

「あなたの知りたいこと、ね。気になるわ」

『少しばかり昔の史料だ。エレジアには直接関係ねェが……世界政府の手が伸びてねェ()()記録に用がある』

 

 天井に糸を掛けながら進む“衛星糸”が答えを返す。受け答えは大人びた様子で、その表情もサングラスに隠れて窺えない。

 せっかく愛らしいサイズなのに、と少々残念に思うロビンだ。

 ただ、ドレスローザでの『ごっこ遊びの怪盗業事件』以降、猛特訓して技を磨いていたドフラミンゴの姿を知っているため、口に出したりはしない。

 ついでに言えば、大人びた態度がかえって逆効果であり、少年期特有の背伸びした雰囲気を醸し出していることについても黙っている。

 

『じっと見て何だ。何が言いたい』

「能力を使い続けていて疲れはしない? 来て、抱っこしてあげる」

『何でだよ。いきなり何言ってんだ』

 

 ミニドフラミンゴが身を引く。彼は飛び退いてロビンの伸ばした手から逃れ、さらにはフランキーの肩に乗り身を隠した。フランキーの頭を盾に隠れる姿は警戒心の強い猫のようだ。

 覗き込もうと爪先立ちになるロビンを見下ろし、フランキーが笑う。

 

「勘弁してやれ。ちびっこでもこいつァ男だ。女に見せたくない顔ってのがあるんだよ」

『子どもじゃねェしそんな理由でもねェ! このロボ! 変態! 全身鉄野郎!』

「んー、褒め言葉が染み渡るぜ……」

 

 ロビンからは見えないが、何やら可愛らしい表情をしているようだ。

 残念だが、あまりふざけている場合でもないだろう。自重を胸に前を向き、ロビンは2階を埋め尽くす書架をざっと見回した。右手の棚に歴史書の類がまとめられているようだ。

 

「トラファルガー・ローの言う通りね。助かったわ。ミンゴ君、教えてくれてありがとう」

『どういたしまして、だ。大して絞れちゃいねェけどな』

「それで? おれ達ァ具体的にどんな本を見つけりゃいいんだ?」

 

 フランキーが何気なく手に取ったのは淵が綻びた紅い本。元は箔押しだったのだろう背表紙には見慣れぬ名が記されている。おそらくは古い伝記の類だ。

 本を受け取ったロビンは軽く中を検めた。やはり過去の英雄について記された書籍のようで、興味深くはあるが今求める情報は載っていない。

 書架の間を進みながら、ロビンは呟く。

 

「かつて引き起こされた世界滅亡の危機──その時、“ウタウタの実”の能力によって“何か”が行われた。その記録が確認できれば」

『現状、どいつもこいつもウタワールドに引き摺り込まれてるんだ。今起きている事態そのものが世界の危機じゃねェのか』

「そうね。ただ、人々が眠りについただけでは終わらない何かが……」

 

 ロビンはいくつかの本を開いては閉じ、必要な情報を拾い上げて吟味する。

 やはり、過去のエレジアでも同様の事件が起きていた。

 ウタウタの実の能力者によるテロ、あるいは暴走。人々を眠りのうちに引き込み、現実世界を消し去ろうとしたその暴挙。

 何らかの手段によってエレジアの人々は事態を脱した。そして、事件後の復興には長い年月がかかっている。

 

 復興?

 人々は眠っていただけなのでは?

 

 ロビンは眉を顰めた。

 手に取った本を開く。事件そのものの記述は不自然に落丁しているものの、続く頁に事件後のエレジアの様子が記されていた。

 

「これを見て。事件直後の町を描いたものよ」

『……ひでェ有り様だ』

「こりゃあどういうこった。四皇同士が衝突してもこうはならねェだろうがよ」

『“ウタウタ”の能力は、能力下にある人間の身体を自由に操れる。全員で暴動を起こして戦争でもやらかしたなら、あるいは』

 

 声を低くして呟く少年の頭をぐしゃりと撫で、フランキーが腕を伸ばす。

 ロビンの背が届かない棚の上部から本を取り出し、彼はにやりと笑った。

 

「そうなる前に解決すりゃいいだけのことよ。それに、ウタの目的は現実世界の破壊じゃねェんだろ?」

「そうね。彼女の目的はあくまでウタワールドによる新時代の創出。現実世界のことは二の次、だといいのだけれど」

 

 フランキーから本を受け取ったロビンは、話を続けながらも目を走らせる。

 まただ。落丁のように数頁の記載が飛んでいる。さらには黒塗りで潰されている箇所が散見された。潰されているのは数音節、おそらくは1つの単語だろう。

 現実世界でないとはいえ素手で古書に触れるのは躊躇われる。しかし、四の五のいってもいられない。ロビンは黒塗りの箇所へと指を滑らせ、ヒントを探りはじめた。

 

「ここにウタウタの実の能力者が何かを使ったと記されている。だけど、肝心の『何か』がわからない」

「黒塗りの中身が分かればいいのか?」

「ええ。指の感覚頼りでなんとか……」

『代われ。おれがやってみる』

 

 ドフラミンゴの分体がフランキーの腕を伝って降りてくる。彼は小さな右手で頁に触れ、左手を宙に浮かせた。しばらくすると、左手が動き、その指先から糸が紡がれる。

 糸は白と赤の二色を編む形で形を成し、ある時点でふつりと切れた。

 白の生地、そして微かに盛り上がる赤の刺繍。頁に残った僅かな凹凸を紡いで再現したようだ。

 隙間風に攫われた刺繍をアームで掴み、フランキーが怪訝そうに問う。

 

「絵か?」

「いえ、違うわ。古代文字よ」

『古代文字……?』

 

 3人で雁首突き合わせて刺繍を覗き込んでいると、階下から呼び声が聞こえた。

 ブルックだ。

 

「ロビンさーん! こちらにも能力者に関する記録がありますよ!」

『音楽史にか?』

「推測ですが、ウタウタの実の能力者に関する特殊な楽譜があったのかと。楽譜そのものは見当たりませんが、記述が気になったもので」

 

 麦わらの一味の音楽家、ひいては世界的奇才でもあるブルックの言だ。早めに確認しておくべきだろう。

 頷いたロビンは手すりから身を乗り出し、ブルックへと呼びかける。

 

「ごめんなさい。手間をかけて申し訳ないのだけど、こちらに持ってきてくれると嬉しいわ」

「はいはいただいま」

 

 軽い足取りで走り出したブルックを見下ろし、“衛星糸”が階下へと声をかけた。

 

『そこ、気をつけろよ』

「はて? 気をつけろとは──ああ、床が捲れていましたか。危ない危ない」

『老眼か? いや待て、その目は本当に見えてるんだろうな』

「心配ご無用、視力には問題ありませんよ。この通り、両の眼はくっきりはっきり! なーんて私ってば目玉ありませんけど!」

 

 確かにくっきりはっきりがら空きの眼窩である。

 ゴキゲンにスカルジョークを飛ばすブルックを見下ろし、小さなドフラミンゴが眉を顰めた。

 

『呑気なこと言ってないで足下を見て歩け。危なっかしいったらありゃしねェ』

「ヨホホ! これは失礼、お気遣いをどうも。ですが、これでも私、転んで砕けるほどヤワではありませんよ?」

『そこは心配してねェよ。そうじゃなくて、お前の足下にセンサーが仕掛けられてるだろうが』

「センサーですか。それまた何の」

『防衛装置の』

「……ハイ?」

 

 ブルックの歯がかちんと音を立てた。

 同時に地響きが轟き、薄暗い書庫の奥で影が揺らぐ。

 見れば、柱に設置された彫像の目に不穏な光が灯っていた。

 

「あらら。やっちゃいましたかね」

『やっちまったな』

「「知ってたんなら先に言え!!!」」

 

 ブルックの傍を駆け抜けながら両翼が怒鳴る。至極当然の苦情だったが、小さなドフラミンゴは我関せずだ。

 

『ちなみにおれは戦闘力皆無だ。お前らでなんとかしろよ』

「三刀流“極虎(ウルトラ)()り”!」

 

 “衛星糸”の妄言を完全に無視しゾロが跳躍。迫り来る彫像へ必滅の斬撃を加えた。崩れることすら許さない鋭利な一撃だ。斬られた彫像が何もできないままに動きを止める。

 しかし、二の矢三の矢と言わんばかりに彫像が複数体動き出すではないか。

 

 だが、問題はない。

 麦わらの一味が誇る戦力はゾロだけではないのだから。

 

 舞い降りた若武者の背を飛び越え、空を駆ける影。サンジが宙を蹴りつけて跳躍、炎の軌跡で空を焼きながら舞い上がる。

 

「“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)揚げ物盛り合わせ(フリットアソルティ)”!」

 

 煉獄の炎纏う連続回転蹴りが炸裂。ゾロが切り伏せた彫像の両脇、2体の彫像が同時に沈黙する。

 刀を構えたまま口の端を上げるゾロの傍ら、華麗に舞い降りたサンジが顔を顰めた。

 

「どうやら──」

「おかわりが必要みたいだな」

 

 両翼の言う通り、彫像達が連鎖的に稼働し始め、その数は数十を超える。この書庫には余程重要な情報が残されているらしい。

 彫像の1体が2階の侵入者達に気付き、その首を擡げた。彫像の両目に剣呑な赤の光が収束し一際強く輝く。

 

「おっと」

 

 フランキーがロビンと“衛星糸”を庇うように抱き抱えて数歩横へ回避。次の瞬間、空気を焼く熱線が放たれた。

 熱線は3人が元いた場所に殺到。本棚の一部を焼き切るだけでなく、石畳を沸騰させガラス化させるほどの威力だ。

 フランキーに抱えられたまま、“衛星糸”が目を剥いて叫ぶ。

 

『地下書庫でビームだと⁉︎ 情報ごと消し飛ばすつもりか!』

「なんだァ? 装置があることは知ってるくせに、どう動くかは知らなかったのか?」

『……ローが先行して停めてやがったんだよ』

「あァ、また過保護か」

 

 場違いなまでに冷静に納得されたせいだろうか。“衛星糸”が青筋を立てて抗議する。

 

『ローとは偶然会っただけだ! 奴が先回りしておれのために動いてたわけじゃねェ!』

「偶然にしちゃ出来すぎてるがなァ」

 

 暴れ続けるミニドフラミンゴ、そしていまだに本と刺繍を見比べ続けているロビンの二人を抱えてしゃがみ込み、フランキーが呟いた。

 自他共に認める変態ながら常識人でもある彼としては、トラファルガー・ローの動きも気になるらしい。

 

「エレジアに集ったのは偶然にしても、だ。向こうがお前の気配を察知して先回りした可能性はねェのか?」

『それは……ないとも言えねェが。そうだとしたら、何のために』

「さァな」

「案外、ミンゴ君と会ってお話ししたかっただけかもしれないわよ?」

『そんなわけあるか!』

 

 唾を飛ばして怒鳴る“衛星糸”を地面へ転がした後、ロビンの肩についた埃を払い、フランキーが尋ねる。

 

「ロビン、離れてもいけそうか?」

「ええ。避けるだけなら何とかなりそう」

「そうか。ちびっこミンゴ、ロビンのことは頼んだぞ」

『ちびじゃねェ。何度言わせる』

「分かってらァ。お前も立派な男だ」

 

 フランキーが少年ドフラミンゴの肩を叩き、激励のサムズアップをかました。

 

「信じてるぜ、兄弟!」

『いや兄弟じゃねェし気色悪いこの手を退けろ』

「よし。じゃあちょっくら加勢してくる」

『よしじゃねェよ、聞け!』

 

 フランキーは妙に眩しい兄貴な笑顔のまま、鋼鉄の身体で軽々と手摺を飛び越えていく。

 身のこなしに反し重い音を響かせて着地した彼は間髪入れずに両の手を閃かせた。

 

「“ストロング(ライト)”! “ウェポンズ(レフト)”!」

 

 鎖と発火の音を派手に鳴らし放たれた拳と砲弾が彫像数体を纏めて粉砕する。

 彫像達は瓦礫となって崩れ落ちるのみ。

 さすがの破壊力だ。たまたま下を通過していたブルックが生き埋めの危機に瀕している以外はファインプレーである。

 

「生き埋めの危機! あっでも私、生き埋め似合いそう!」

 

 動転したのか呑気なのか、ブルックがどうでもいいことを叫んだ。外れかけた下顎を支えた妙な姿勢のまま、彼は一目散に階段へと走り出す。

 

「ロビンさん! ひとまずこれを──」

 

 手にした音楽史をロビンへ渡すべく階段を駆け上がるいなせな白骨、その頭上に影が差した。

 手近なセンサーの前をあらかた浚えて横切るものだから、数多いる彫像の注意を一身に引きつけてしまったのだ。これまた当然の流れである。

 

「おっと、これはまずいですね」

 

 のんびりと呟くブルックへ彫像達が殺到。斧や槍、剣など圧倒的な物量が叩きつけられたことにより階段が崩壊した。

 舞い上がる塵芥の紗幕でよくは見えないが、人間が巻き込まれていたらば間違いなく骨の髄まで木っ端微塵である。

 

「いやー! ブルック、嘘でしょ⁉︎」

「ままま待ってろ! 今助けるからな!」

「医者ー! おれだったァー‼︎」

 

 ナミとウソップ、そしてチョッパーが2階の手すりから身を乗り出して叫ぶ。半分涙目で腰が引けているくせにいの一番に他人の心配をしているところが彼ららしい。

 同じように階下を見下ろしていた“衛星糸”がのんびりと呟いた。

 

『この場合、必要なのは医者じゃなくてゴッドじゃねェか』

「なな、なにゆえおれをご指名⁉︎」

『そりゃまァ手先が器用そうだから』

「……して、ミニミンゴ君や。その心は?」

『砕け散った骨格標本はもはやパズルだろ』

「おめー人の心ないんか!」

 

 ウソップが半泣きで絶叫する。

 なかなかの修羅場だが、いくら分体といえど、あのドフラミンゴが無遠慮極まりない発言をするわけがない。

 話半分に“衛星糸”の言葉を聞き流したロビンは空の一点を見上げ、安堵に胸を撫で下ろした。

 

「ミンゴ君、悪い冗談はよして」

『フッフッフ、悪い。あんまり慌てるもんだから、つい』

「もう……皆、大丈夫よ。ほら、あそこ」

 

 ロビンの指差す先、蠢く彫像達の上空に人──否、骨影。呑気に踊るゴキゲンなブルックだ。

 正確には踊っているわけではない。両手両足の関節が訳のわからない方向に曲がっているため、踊っているように見えるだけである。

 彫像の攻撃を避ける度にその身体は跳ね上がり空を舞う。

 

 不自然なフォームだ。

 まるで吊り上げられたかのようである。

 

「市場で見たことあるわね、ああいうオモチャ」

「ロビン……」

 

 ぼそりと呟くロビンを見つめ、ナミが口を開いた。ツッコミでも入れようとしたのだろう。だが、続く言葉を見つけられないようで、彼女は半笑いのまま視線を逸らした。

 その間も世にも奇妙な骨ダンスは続く。

 

『骨だけに関節の可動域が広いな』

「いやいやチョッパー、あれ大丈夫なのか? あっ膝が変な方向に」

「骨だからって際限なく動くわけじゃねェぞ。ただ、自在に外れて筋肉の制限を受けないってだけで擦れたらまずいんだ。うわっ肘が真後ろに」

『成程。骨が削れない程度に抑えておくか』

 

 ウソップとチョッパーが気を揉む中、不穏な言葉をこぼして“衛星糸”が指を振るう。

 

 目をよく凝らせば見えるだろう。

 きらりと光る、糸一筋。

 

「ヨホ、ヨホホホ! 天にも昇る心地とはこのこと! いえ、私、天には昇れてないんでした!」

 

 ブルックは“衛星糸”の操る糸に吊るされ、空中ステージを駆け上がるかのように右へ左へと振り回されていた。自身の意思とは関係なく身体を操られているわりに余裕そうだ。

 面白くなかったのか、ドフラミンゴの分体が小声で呟く。

 

『本人も楽しそうだし、このままおとりになってもらおうか』

「こら、おいたは駄目よ」

『だって、あの骨、自力で回避できただろうが。おれがサポートするのを見越して笑ってたぞ』

「ええ、そうよね。あとで注意しておくから、今は許してあげてちょうだい」

 

 ナリが小さいため、どうにも子ども扱いしてしまうロビンだ。そもそもブルックにも問題があるため、教育的指導も中途半端になってしまう。

 当のドフラミンゴも満更ではない様子で口の端を歪めているからタチが悪い。

 

 彫像達の攻撃を捌き切ってブルックを遠くの床へと降ろし、小さなドフラミンゴが気取ってポーズをとった。舞踊を終えた紳士の姿勢そのものである。ブルックにも同じポーズをとらせているあたり、余裕が見てとれた。

 ダンスのついでにブルックから掠め取った本を両手で掲げ、少年は笑う。

 

『ほら、学者殿。お求めの音楽史だぞ』

「ミンゴ君ったら手癖が悪いわ」

『そりゃまァ怪盗だからな』

 

 この男、当初は幼少期の姿になることを恥じていたくせに、ここ最近は愛らしさをうまく利用する方向へシフトしている気がする。

 思わず笑ってしまい、ロビンは咳払いして階下の様子を窺った。

 

 2階にいるのはナミ・ウソップ・チョッパーにロビン、そして自称戦力外の“衛星糸”。残りのメンバーは全員彫像と戦っている。

 相当な戦力だ。しかし、彫像が数で勝る分、万が一がないともいえない。

 

 加勢すべきだろうか。

 資料を探す手を止め両手を構えたロビンだったが、服の裾を引いて止める者がいた。

 

「行っちゃ駄目だぞ。ウタを止めるにはロビンの知識が必要なんだ」

「だけど……」

「駄目だ。早く打開策を見つけねェと、本当に手遅れになっちまう」

 

 スカートの裾を掴んだチョッパーが囁く。

 医者である彼は早い段階でウタの異常に気付いていた。“衛星糸”による情報共有でネズキノコの件を知り、ウタの命の期限が刻一刻と近付いていることも把握している。

 分野は異なるものの専門家同士だ。ロビンの肩から力が抜けたことを確認し、チョッパーが明るい笑顔を浮かべた。

 

「頼んだぞ、ロビン!」

「そうそう、直接戦闘は男共に任せましょ」

「おう、ロビンには指一本触れさせねェから安心しろ!」

 

 チョッパーに続き、ナミとウソップが立ち上がる。どちらかといえば戦闘を嫌う面子ではあるが、それでも一味の一員として荒波を乗り越えてきた実績が彼らにはあった。

 何とも頼もしいことだ。

 微笑んで頷いたロビンを見届け、3人がそれぞれの行動を開始する。

 

「“柔力強化(カンフーポイント)”!」

 

 蹄の音も勇ましく駆けるチョッパーが手摺を飛び越え身を踊らせた。空中で姿を変えた彼はミサイル飛び交う嵐の真っ只中へと突っ込んでいく。

 

「ほわちゃ! わたたたッ!」

 

 一味を襲うミサイルの悉くに蹄を蹴り入れ、その軌道をずらして周囲を援護。さらに、着地と同時に膨れ上がり筋骨隆々の人型へと形態変化を重ねる。

 

「負けねェぞー!」

 

 気合い十分、チョッパーは突進してくる彫像を真正面から受け止めた。

 轟音を立てて衝突する両者。拮抗し鬩ぎ合う力の激突に石畳が捲れ上がり弾け飛ぶ。

 

「うおりゃー!」

 

 膂力勝負に勝ち、ついには像を跳ね除けたチョッパーが鬨の声をあげた。

 

 しかし、その背を狙う影あり。

 動き出した彫像の足下から小さな植物達が飛び出す。人型の植物達は彫像の手足を掴んで拘束。像が動きを止めたところにチョッパーの裏拳が炸裂し、顔面を粉砕された1体は脆く崩れ落ちた。

 

「よーし! これが“緑星(みどりぼし)”『ヒューマンドレーク』の底力ってなもんよ!」

「やるじゃない。でも、あっちは放っておいて大丈夫なの?」

「あっち?」

 

 2階からの援護に徹するウソップが拳を突き上げながら首を傾げた。

 ナミが指で示す先には目を光らせる彫像が2体。どうやら集中的にビームを撃ち込むつもりらしい。

 4つの赤が光を収束させ激しく輝く。

 

「大丈夫じゃねェ! チョッパー、上に跳べ!」

「へ? そんな急に言われても」

 

 唐突な指示に狼狽し、チョッパーが足を滑らせた。重力強化で身体が重い上に蹄も引っ込めてしまった彼は見事に転ぶ。これでは格好の的だ。

 

 焦るウソップがパチンコを担ぎ、倒れ込んだチョッパーの真下へと種を撃ち込んだ。

 

「“緑星(みどりぼし)”『トランポリア』!」

「うわあああ!?」

 

 チョッパーの身体が跳ね上げられ、あられもない悲鳴を上げながら天井へと飛んでいく。

 ウソップ特製紐なし逆バンジーのおかげで間一髪、チョッパーは回避に成功。数多のビームが地面を焼き焦がし、書架を切断した。

 しかし、チョッパーの受難は終わらない。

 

「おち、落ちる! あれ? 飛んでる? やっぱり落ちてる!」

「おっと、こりゃいかん」

 

 混乱したまま受身も取れないチョッパーの真下にジンベエが掌底を叩き込む。

 

 渦巻く衝撃波は落下する巨体を見事キャッチ。

 そして中空へとリリースした。

 

「なんでだーァ!?」

 

 ビームが再到来していたためである。

 純粋なる善意で放たれた拳により上へと吹き飛ばされ、最終的に2バウンドした後、やっとジンベエに受け止められた時、チョッパーは既に青息吐息だった。

 青鼻どころではない。顔面蒼白である。

 

「おえ、酔った……」

「すまんのう。大事はないか?」

「うう、ありがとう。これくらい大丈夫だ」

 

 “柔力強化”に戻ったチョッパーがふらふらした足取りで両拳、否、蹄をかち上げる。まるまるした形態だけに格好がつかないが、見ようによっては酔拳のように見えなくもない。

 酒精ではなく三半規管の影響なので何をどうしようもないのだが。

 えずくチョッパーの背を摩りつつ、ジンベエが仁王の如く唸りを上げた。

 

「構えい。次の手勢が来るぞ」

「おう。2階には上がらせねェからな!」

 

 ジンベエとチョッパーが半ば崩壊した階段の前に立ち塞がり、彫像達の侵攻を阻んでくれる。

 彫像本体の攻撃を押し留めてくれるならば、あとはビーム等の飛び道具にだけ気をつけていればいい。

 階下の様子を窺っていたナミが天候棒を取り出した。

 

「“蜃気楼(ミラージュ)=テンポ”」

 

 一振りのうちに揺らいだ空間がナミとロビン、そして“衛星糸”を隠す。援護と撹乱に忙しいウソップと離れ、3人は移動を開始した。

 

「さてロビン、進捗はいかが?」

「仕掛けと大枠は分かってきたわね。あとは、計画の穴と、能力の弱点が分かればいいのだけど」

 

 ロビンはナミと囁き合う。下手に独自行動をとると蜃気楼の範囲からはみ出てしまうため、2人の距離は限りなく近い。

 同じく効果範囲内に収まるべく飛ばずに小さな足で走る“衛星糸”が気になり、ロビンは再度提案した。

 

「ねえ、ミンゴ君。抱っこ……」

『いらねェって言ってるだろうが』

「照れなくてもいいのに」

「やだかわいいー、じゃなくて。あんた、本体と同じ程度に思考できるって言ってたわよね」

 

 つまり、26才児。

 胡乱げな目でみるナミに対し、小さなドフラミンゴが胸を張って主張した。

 

『そうだ、おれは立派なオトナだぞ! 子ども扱いするんじゃねェ!』

「いやこれどっちかしら。むしろあやしいわ」

 

 ナミが頭を捻る。無駄話をしながらも目は本の背表紙を追い、真剣さを失っていない。

 

「ロビン、ウタウタや事件以外のキーワードはある? 私も探してみる」

「そうね。ただ、古代文字で表記されているから見て覚えてもらった方がいいわ」

 

 ロビンは先程の刺繍を胸元から取り出した。白地に赤で綴られた文字は古代文字であり、ナミや“衛星糸”には解読できないのだ。

 

「OK、覚えた。ところでこれ、何て読むの?」

「トットムジカ、よ。意味はまだわからないけれど、楽譜が関係しているのかもしれない」

「どういうこと?」

「ブルックが見つけた音楽史の中に記載があったの。選ばれた能力者だけが奏でることのできる、禁断の歌──」

 

 ロビンは散りばめられた情報を繋ぎ合わせて推測を述べる。

 かつてウタウタの実の能力者が齎した圧倒的な破壊。ウタワールドのみにとどまらないその力は、禁断の歌を通じて現実世界でも発揮されるのではないだろうか。

 

『うん? 待てよ』

 

 刺繍を眺めていた“衛星糸”がぽつりと呟く。

 

「どうしたの?」

『この文字列、見たことがある。あれは──』

 

 少年は眉間に皺を寄せて唸り始めた。

 

 その間も階下では激しい攻防が続き、火花と土煙が立ち上る。

 

 灼熱が広がる1階。

 煙を突き破るようにして一際強大な巨像が2体現れ、雪崩落ちる本を踏み潰し一味へと迫る。

 巨像を迎撃すべくひた走る両翼へ数多のミサイルが撃ち込まれた。全弾回避は可能、しかし爆発で書庫そのものが崩れては元も子もない。

 瞬時に判断したゾロが一閃。

 悉く両断されたミサイルの残骸、その隙間を縫うように一切の躊躇なくサンジが疾駆する。

 

 巨像2体が鈍い音を立てて攻撃を再開。

 2階諸共灰燼にするつもりか、巨像の1体が大剣を振り上げた。

 

「させるかよ!」

 

 自らも炎を巻き上げてサンジが跳躍。瞬く間に巨像へと肉薄し、爆炎を纏う脚が大剣を圧し折った。それだけにとどまらず、灼熱の一撃が巨像の首を襲う。

 

「“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)首肉(コリエ)ストライク”!」

 

 頭部を一蹴された巨像が大きくよろけた。

 だが、それでもなお侵入者を排除せんと右腕を伸ばしてくるではないか。

 流麗に着地したサンジの傍らをゾロが駆ける。若武者は自身を掴もうとする腕そのものを蹴り付けて上空へと飛んだ。

 

「一刀流“馬鬼(バキ)”!」

 

 縦一閃で放たれるは力強い唐竹割り。切断された巨像の腕が書架を巻き込み崩れ落ちていく。

 

 巨像2体が繰り出す猛攻撃。それを押し留める両翼を狙い、他の彫像達が行動を開始した。

 大物取りを担う二人を支えるのは、一味の年長者達である。

 

「“魂の(ソウル)パラード”『アイスバーン』!」

 

 体勢も低く抜刀したブルックが彫像達の間を滑り抜ける。黄泉の冷気纏う魂が剣に乗り、辺り一体を凍結させた。

 たまらず滑る彫像達が辿り着くのは歴戦の戦士ジンベエ、そして一味が誇るアニキの下だ。

 どっしり構えたジンベエが分厚い掌の一撃で衝撃波を見舞う。

 

「魚人空手“鮫肌掌底(さめはだしょうてい)”!」

 

 大気中の水分を振動させて放つ一撃。辺り一体を撓ませるほどの威力を誇るその衝撃に相乗りし、フランキーが出撃した。

 射出されたかのように飛び出した鋼鉄の身体は砲弾よろしく激しく旋回。螺旋を描いて光を放つ。

 

「“ラディカルビーム・大回転(ジャイアントスラローム)”!」

 

 過剰戦力な上に大技も大技である。

 派手に熱線を撒き散らし上空から彫像達を焼き切っていくのはいいのだが、天井付近の壁まで巻き込んでしまい、ついには崩落が始まった。

 

 迫る崩落の危機に、上階のロビンは唇を噛み締める。

 まだだ。まだ打開策を見つけられていない。

 焦る彼女の下、思考の海に沈んでいた“衛星糸”がはたと手を打った。

 

『上だ! おい、おれを持ち上げろ!』

「どうしたのよ。疲れちゃった? やっぱりロビンに抱っこしてもらいたいわけ?」

『違うわ!』

 

 激しく否定するミニドフラミンゴを抱え、ロビンは立ち上がる。上空を睨みつける少年の視線につられ、彼女もまた天井を見上げた。

 

「あれは……?」

 

 階下の炎に炙られ、薄らぼんやりと天井が照らされている。そこに刻まれていたのは大掛かりな文字群だった。壁画の一種だろう。

 

『暗いな。ゴッド、ゴッドはどこだ!』

「ここだぞ! どうした?」

「天井の絵を見たいの。お願いできる?」

「お安い御用だ!」

 

 広範囲にわたる壁画を照らすべく、ウソップがその場を転がり弾薬を放つ。

 

回転(ローリング)火薬星(かやくぼし)”!」

 

 一撃で天井一体に火を灯してみせたその技巧に“衛星糸”が賞賛を贈った。

 

『やるじゃねぇか、さすがゴッドだ』

「そうだろうそうだろう。でもなんだろうな、ミンゴの期待が他の誰よりも重い気がする……」

「全部応えてるんだから問題ないでしょ。走るわよ、ウソップ」

「おう! でもどこへ?」

 

 物思いに耽りかけたウソップへとナミが駆け寄る。弾薬を射出した姿勢のまま転がっていた彼を引き起こし、有能な航海士は階下の惨状を指した。

 

「このままじゃ生き埋めになっちゃう。二人がヒントを探る間に退路を確保するの!」

 

 駆け出した二人を見送る余裕もなく、ロビンは集中する。手すりに飛び乗った“衛星糸”が抑揚を抑えて呟いた。

 

『ライブ前、ローがあの壁画を見ていた。さっきの文字列が紛れてる。あってるよな?』

 

 言葉もなく頷き、ロビンは壁画が示す古事を読み取っていく。その傍らで万が一解読が間に合わなかった時のためにと“衛星糸”が糸を紡ぎ始めた。壁画の後半から複製しているらしい。

 

「人の恐れ、人の迷い、トットムジカの──」

 

 集中する二人を守り退路を確保すべく、一味が一丸となって動く。戦闘を続ける者、外部へ連絡を取る者、撹乱する者。彼らの支えがあってこそ、ロビンの知識は生きる。

 

「────大丈夫。読み取れたわ」

『こっちも完成だ』

 

 壁画の全容を刺繍で再現した大判のハンカチを振って“衛星糸”が笑った。得意げなその顔はやけに愛らしい。

 思わず破顔したロビンだったが、階下から呼ぶ声に気付き、慌てて手すりを飛び越える。

 

 ナミがブリュレと話をつけてくれたようだ。

 “ミラミラの実”の能力によって鏡世界(ミロワールド)に退避し、安全な場所へ移動する算段らしい。

 

 糸を伝い滑空する“衛星糸”と共に、ロビンはブリュレの下へと走り抜けた。

 

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