※「pixiv」にも掲載しています。
「……と、いうわけだよ。今は
「……はあ」
「ぜひ! プリンセスの
一方的にかけてこられて、一方的に切られた。そもそも彼女がなぜ私の番号を知っているのか。
私が担当していたファインモーションがトレセン学園を卒業してはや五年。アイルランドの王族の血を引く彼女は、レースの世界に飛び込むことを許されたものの、それは引退した後にきちんとアイルランドの顔としての役割もこなす、という条件付きだった。結果、オフの日には彼女はのびのび走っているものの、今やメインの任務は駐日アイルランド大使。アイルランドと日本の友好のため、日々奔走している。ある意味走ってはいるのだが、彼女にとってそれは走るうちには入らないだろう。今でもファインはお姉さんと定期的に電話をしているようだから、わずかな変化を姉なりに感じたのだろう。突然お姉さんの方から電話がかかってきたのだ。
「……って、言ってもなあ」
トレセン学園の生徒だった頃の彼女は、アイルランドの王族と聞いてなるほどなあ、と思う程度だった。正直なところ、そんなに高貴な人と会ったことは今までなかったし、SP隊の人たちにずらりと護衛されても、いまいち実感は湧かなかった。ファイン自身がかなり気さくで、やりたいことを気ままにやってのける子だったからだろう。しかし、駐日大使としてのファインに接するとなると話は別だ。ファインをここに連れて行けば喜ぶだろう、とあれこれ想像するのは簡単だが、それを行動に移すのは困難を極める。相手は外国要人なのだ。
「トレーナー♪」
「わっ!?」
と思っていたのだが、どうやら彼女にその常識は通用しないらしい。トレセン学園の一トレーナーの予定を把握することなど、学園外のファインには難しいはずなのだが、夕飯でも食べに行こうと外出したところを彼女に捕まった。
「お久しぶりです。ご同行、してくださる?」
「え、どこへ……」
「日本文化を勉強する会です♪」
このまま超高級懐石料理屋へ二人で会食か、と考えてしまったが、ファインに限ってそんなことをするはずはなかった。そのままSP隊長さんの運転するリムジンに乗せられ、帰宅ラッシュで混み合う都会ど真ん中の道を威圧しながらぶっ飛ばす。アイルランド大使とその付き人がこんなことをしていいのか、というのはさておき。
「突然誘拐するような形となってしまい、申し訳ございません」
「ホントですよ」
「殿下のたってのご希望ですので……」
「あの、どこに向かってるかだけ教えてもらっていいですか」
「殿下が最近注目しておられるお店へ。高級店ではございません、ご安心を」
あれよあれよという間に目的地に着き、リムジンはどこにでもあるコインパーキングに
「家系ですか」
「家系です」
「私、前に家系食べてめちゃくちゃお腹壊したんですけど」
「では普通・固め・普通で行きましょう。いいですか、普通・固め・普通です」
「はあ……」
「殿下は全マシにされると思いますが、お構いなく」
ファインは無類のラーメン好きだ。それは彼女の学生時代から分かっていたことなのだが、まさか公務の合間に元トレーナーを連行して行くのがラーメン屋とは。特製ラーメンのチャーシュー増し麺大盛りを背脂多め・麺固め・味濃いめで注文し、自分でコップに水を汲み、意気揚々とライスを注ぐファインを見て、私は閉口する。家系にライスはマストということで、私もファインのお茶碗に比べれば気持ち程度ではあるが、いくらかよそってきた。
「ふんふ~ん♪」
大人になっても、大好きなラーメンを前にしたファインは子どものようで、待つ時間さえウキウキしているのが隣でも丸分かりだった。店員さんの手つきは慣れていて、四人分それぞれオプションが違うのにてきぱきと盛り付けが進んでゆく。あっという間に私たちの目の前に丼が並べられた。その中でもファインのものは一際異彩を放っていた。量と匂いが桁違いだ。
「いただきま〜す♪」
私たちを置いて、早速ズバズバとすするファイン。私も慌てて一口。固めに茹でられた、小麦の風味たっぷりのコシのある麺がスープを持ち上げ、豚骨の旨みが口の中に洪水のように押し寄せる。
「……っ!」
もう一口。ついでスープを少し。家系ではマストと言えるほうれん草もぱくり。おいしい。背脂を減らしたおかげか、店員さんが四人の中で唯一人間の私に気遣って背脂をさらに減らしてくれたのか、くどさがまるでなく旨みを感じるのに集中できる。チャーシューも脂身ではなく肉肉しさを前面に押し出したタイプ。ファインがぱくぱくとライスを口に運んでいるのを見て、慌てて私も真似をする。すごい、すごく美味しい!
「トレーナー殿……これほど夢中になって召し上がられるところ、初めて拝見いたしました」
「え、そ、そう、かな?」
「ウマ娘はどういうわけか、このようなラーメンをついつい食べてしまう習性があるのですが……トレーナー殿にも理解いただけて、何よりです」
「そ、そっか。美味しいもんね?」
たぶん後でお腹は壊すのだろうけれど、今めちゃくちゃ美味しいことを考えれば別にいい。久しぶりにファインたちと一緒にご飯が食べられたし、最近は担当の子の大きなレースが続いていて、緊張して寝不足になっていたからリラックスできてありがたい。
「トレーナー!」
「うん?」
「家系はね、こうやってライスをかき込むのが流儀なの!」
ファインの方を見ると、彼女のお茶碗はさっきとまるで様子が変わっていた。ライスはスープでしっかり染まり、その上には粗挽きコショウ、おろしニンニク、豆板醤。それを器用に海苔で巻いて、ぱくり。あまりに背徳的な味なのが容易に想像できる。明日は人に会ってはいけないかもしれない。
「ほら、トレーナーも」
「うん……」
ええいままよ、と私も同じ容量で海苔巻きを作って口に運ぶ。さっきスープで感じた豚骨の旨みに、薬味の複雑な味が合わさってさらに暴力的な味わいが襲いかかってくる。それをスープでひたひたになった海苔の香りが包み、鼻から抜けてゆく。なるほどこれは、ライスをよそってきて正解だった。私は食が細い方なのでそんなに要らないが、このお店はラーメンを注文すればライスを無料で食べ放題なのも嬉しいポイントだ。
「ふう、ふう」
フードファイターよろしく食べ進めてゆくファインを横目に、私は少しずつ食べ、無事完食。今までラーメンは普通盛りでも最後が苦しく、そういう食べ物なんだとばかり思っていたが、今回は最後まで100%美味しいという気持ちで食べられた。それはファインと久しぶりにご飯が食べられたからか、美味しいラーメンだったからか、あるいはその両方か。ファインも余裕を見せながら口を拭き、完食。さすがウマ娘、胃袋から違う。
「……改めて、お礼申し上げます。殿下のご要望に沿っていただき」
「いえ、私は」
私はそのままリムジンで学園まで送ってもらえることになった。私には拒否権もうなずく暇もなく連れてこられたので、ご要望に沿ったかどうかは疑問だが。どうしても私の隣に座りたいと譲らず、座ったら座ったで満足そうに私に体を預けて眠るファインは、とても穏やかな表情をしていた。
「やはり殿下は……トレーナー殿の隣にいらっしゃると、普通の女の子になりますね」
「そう、なのかな」
「殿下は幼い頃より帝王学を徹底的に学んでおられます。いついかなる時も、国を代表する存在として、緊張感を持たれて公務に当たられている……それだけに、すごく珍しいことなんです」
「安心、してくれてるのかな?」
スーツは人の気持ちをいかようにも変える。自分も、他人も。ネクタイを締め、シワひとつないスーツを着込み、「国の代表」の一人であることを常に意識して仕事に当たる。それは育ち盛りの女の子たちの人生を何年か預かることよりも、ずっと気が張ることなのかもしれない。
「……また、ご一緒できればいいですね」
「よろしいのですか?」
「ファインがわがままで、実は駄々っ子だってことは、私も分かっているつもりですから」
「承知いたしました。…………では」
余韻に浸っていると、いつの間にか学園の門が見えていた。自主トレに励む担当の子たちも、そろそろクールダウンに入っている頃だろう。ファインをそっと寝かせて、SP隊長さんに別れを告げ、私は門をくぐる。次はどんなラーメンをファインと食べようか。私は早くもそんなことを考えていた。