プロローグ:最後の命令
◇◇◇
――忠誠を捧げた主は皆、死して。
――護ると誓った国は全て滅びた。
私は幾度、同じ過ちを繰り返すのだろう。
いつまで生き恥を晒し続けるのだろう。
……分からない。己の抱える“謎”の答えすら分からぬ男に分かろうはずもない。
だが、そんな私にも分かることが2つある。
恐らく、これからも我が魂は主君と共に終わる事さえ許されず。
そして間違いなく。我が忠義は主君の記憶を忘れはしない、と。
◆◆◆
「我が騎士ロイよ。よくぞ来てくれたな」
「ロイアール・ディ・ボウトマン、招集に応じ参上いたしました。何か御用でしょうか、我が君」
王家の者と招かれた極一部の者しか入れぬ離宮。
そこで我が君は……私が忠誠を捧げた主、エントリナル・フィン・フィネストリア陛下は待っておられた。
病に蝕まれ、歩くことすら出来なくなった身で。
初めて御逢いした頃から変わらぬ、鷹の如き鋭い眼差しで。
「まずは戦況を聞くとしよう。忌憚なき意見を頼むぞ」
この世は盛者必衰。春は必ず冬へと至り、命は必ず終わりを迎える。
国もまた同じ。清らかな水さえ逃れられぬように。
如何に優れた王を戴き、黄金の栄華を極めようとも。やがて内から腐りゆく。
「我が軍は既に壊滅状態。まともに継戦可能なのは私の第一軍およびエルダ卿の第八軍のみでしょう。そして、その奮戦も時間の問題。直に、この城は落ちます」
「相変わらずハッキリ言うではないか」
「御気分を害されましたか」
「否。余は貴君の正直さが好きなのだ。近頃はどいつもこいつも余の顔色を窺うばかりで虚言しか吐かぬが、貴君だけは変わらぬな」
「身に余る光栄に御座います」
そう、たとえ――
我が主の志に一寸の曇り有らずとも。
それでも、人の心は移ろい変わる。民も、兵も。
「されど、その正直さが余以外の……かつての主君の命ゆえ、となれば歯痒いものがあるな」
だが。そんな無情な世の中にあって尚、変わらぬ輝きを放つ存在がいる。
この気高き王然り、これまで仕えてきた王
「答えよ、我が騎士。余は貴君にとって何番目の主君であったか」
「――は。我が君は数えて7番目に仕えた主君であり……」
「そうではない。分かっておろうに。余は上から数えて何番目に優れた王であったかと、そう聞いておるのだ、天下の
その答えにくく、何とも意地悪な問いかけを前にして。
私は、頭の中を無数の想い出が蘇り、駆け抜けてゆくのを知覚していた。
◇◇◇
遥かな昔、初めて仕えた王“
『我亡き後、次なる王を探せ。世を導く新しき可能性に、貴様の力を存分に貸してやるが良い』
その命に従い、喪失感に塗れながらも大陸中を流離った。
そして。私は2人目の王に――“
『こんな…こんなものが忠義だとでも言うつもりか! 俺なんぞを庇って死ぬことが! 俺を残して死ぬことが! ふざけるのも大概にしろ!』
『死ぬな! 死ぬんじゃない、この不忠者が! お前が死んだら、誰が俺の道を理解してくれる!? 俺を、俺を独りにするな! 頼む、頼むから独りにしないでくれ……!』
あの日、私は最初で最後の『不忠』を犯した。泣きじゃくる王を残して、死んだ。
2人の王に仕え、その生涯は終わった――はずだった。
しかし、我が魂は亡き“原王”の元へ召される事は無く。
どういう訳か、記憶をそのままに全く新しい肉体へと宿った。
そうして。その二度目の生にて、私は3人目の王に――“
『誠に口惜しいのぅ。儂の覇道もここまでのようじゃ。限りある肉の身体が恨めしいわい。あと少しで、目指す世界が切り拓けたものを』
『のぅ、我が騎士よ。もしも再び、お主の生が続くのならば。三度目の生があったのであれば。その時は儂の夢を継ぐ王を見い出せ』
『この悲劇溢れる世界を平定し、儂らの目指した理想の国を…………』
彼の王は“戦王”の名に相応しく、遠征の途上、戦場にて息を引き取った。
最期に、見果てぬ“夢”を私へ託して。
『あはは、僕はきっと歴史書には愚かな王として……“愚王”として記録されるんだろうね』
『でも、それで良い。僕は愚王。それで構わない』
『けれど。どうか君だけは。君だけは、その名が持つ別の意味を覚えておいてくれ。何度生まれ変わっても、僕の歩みの真実を』
三度目の生。4人目の王――“『愚王』”は“真実”を託された。私は記憶し続ける役目を与えられた。
『とても悔しいわ。妾は貴方の一番にはなれなかったのね』
『でも――』
『――っん。……ふふ、これで妾は貴方の“唯一”でしょう?』
『他の女に浮気したら、絶対に許さないから』
四度目の生。5人目にして“唯一”の『女王』は、情熱的な口づけを残された。
血まみれの身体で、しかし――世界の誰より美しく。
あの艶やかな唇の感触は、今も鮮明に焼き付いている。
『なはははは! 一体全体、この絵は後世に如何ほどの価値となるのであろうな! この彫像は! この壺は!』
『芸術は人類の宝! 戦火に消えゆくは勿体なさ過ぎる! 戦などという愚かな所業とは比べるべくもない価値があるのだ! ……と、いうわけで!』
『――朕の宝を後世に残す大任、其方に任せる。しくじるでないぞ』
五度目の生。6人目の王――“文王”は“宝”を託した。
遥かな未来の人々へ向けた、時を超えた“贈り物”。その守り人を私は任された。
そして、今生。六度目の生にて――
◇◇◇
「……お戯れを。たとえ我が君の命であっても、主君を比べるなどと不敬な事は出来ませぬ。どうか御容赦を」
「ぬぅわははは! 流石に意地悪が過ぎたな、許せ!」
相変わらず、お人が悪い。
我が君は冗談を好み、よく私や臣下を揶揄って遊ばれていた。
……あぁ、何とも懐かしく眩い想い出だ。
この想い出も、私は忘れず抱えて進む。“『愚王』”の命に従い、全ての王の真実を記憶し続ける。
「しかし、冗談という訳でも無い。これだけ老いぼれて尚、まるで恋する生娘のような感情を抱いておる。まったく、貴君が女であれば迷わず正妃にしたものを」
「身に余る光栄ですが、それ以上は亡き正妃様に叱られますよ」
「それは何とも恐ろしいな! せめて側室と言うべきであった! ぬぅわはは…っ…ははは!」
昔から変わらぬ、高らかな笑い声。
そこに咳が混じり、夥しい血が吐かれたことを努めて無視する。
我が君は今、普段と変わらぬ会話を望んでおられる。己の肉体の限界など誰より承知の上で。最期の会話の相手に私を選んで下さった。
ならば、忠義に生きる私の為すべき事は明白。
どれだけ辛かろうとも。握りしめた拳から血が流れようとも。それでも、私は主君の望む私であろう。
「……さて。貴君の仕えた名だたる王たちに倣い、余も最期の命を与えるとしよう」
遂に、この時が来てしまった。
ああ、本当に。この瞬間の絶望感は筆舌に尽くしがたい。
この尊き王との時間が、もう終わってしまうのだ。
だが。
「――は。なんなりと」
その感情は決して表に出さない。
決して、いらぬ心労を主君に抱かせてはならない。
何故ならば。
今この時、この瞬間。死の間際にして、ようやく主君は俗世の全てを忘れることが出来るのだから。
王としての立場も、王としての使命も。あらゆる全てから解放され、ただ己の魂に正直になる。
ただの一人の“人間”として、根源の願いを口にできる。
魂が求める、真の願望を。
「ロイアール・ディ・ボウトマンに命ずる。
――。
…………それは、つまり。
「次の生では、貴君が王となるのだ。余は貴君が築いた国を見てみたい」
やはり、この御方は変わらない。
相も変わらず、突拍子もなくて無茶な命令だ。
いつだって私を奇想天外な発想で驚かし、振り回してばかりだった。
「返答は如何に? 我が騎士よ」
戸惑いはある。
私は徹頭徹尾、骨の髄まで“騎士”でしかない。
誰より近くで、尊き本物の王たちを見てきたのだ。私は自らが“王の器”ではないと知っている。
だが。
それが主君の、最期の命令であるならば。
「――必ずや。我が『
「そうか…余の名は“終王”か。最初の王にも一番の王にもなれなかったが…貴君の最後の王となれたのなら…悪くない、な…………」
◇◇◇
その後。
私は、“終王”の生前の遺言に従い、王族を守護しながら国を脱した。
こうして。7つ目の国も亡びた。
余生を主君の血筋を……彼の子や孫を護ることに費やし、死んだ。
◇◇◇
そして。もはや当然のように、八度目の生が訪れた。
七つの生の記憶が鮮明に思い出せることも変わらない。
ただ、一つだけ異なっていた事が――
「八度目にして初めてだな、これは」
覗き込む水面に映るは――少女。
栗色の髪と焦げ茶の瞳の少女が映っている。
そう。私は女として転生していた。
過去のネタ帳が発掘できたので書いてみた。