1話:リユネちゃん10歳(精神年齢XXX歳)
女の肉体として転生した――とはいえ、為すべきことは変わらない。
瞼の裏に王たちの輝きが焼き付いている。彼らの遺した命令を覚えている。ならば、私は私だ。この程度のことで動揺するようでは、かの王たちの臣下を名乗ることは許されない。
それに、私は何より鮮烈な“唯一”の『女王』――ルティエラ・リ・カーネリア様の生涯を記憶している。女は男に従う生き物とされた時代に、その細腕で世界の全てを振り回してみせた真紅の女王。「男性らしさ」「女性らしさ」を笑い飛ばし、唯一つの「自分らしさ」を突き通した。世界で最も我儘な少女の、あの紅い唇を覚えている。
そんな私が「女だから」などという理由で王となることを諦めるわけがない。それは『女王』の王道を否定することであり、『終王』の命令を反故にすることであり、何より――偉大な7人の王に仕えた私自身の“誇り”を蔑ろにする行為であるのだから。
故に、私は王を目指す。亡き『終王』の最期の命令に従い、私の国を築く。
未だ、私のような者が『王』となるイメージは湧かない。私の本質は騎士であり、王に非ず。七王の有していた、あの輝かしい光が私の内にはない。私なぞが王となるのは民たちへの裏切りではないのかと――そんなことを思いさえする。
それでも私は、『終王』が最期に望まれた願いを果たす。これは義務、責務、使命、運命、その何れでもない。これは忠義であり、感謝であり、そして私の誇りである。あの綺羅星の如き王たちに仕えることができた名誉。それこそが私を突き動かす信念なのだろう。
そうだ。私は必ず成る。かつての王たちに恥じぬ『王』に。
そうして、いつの日か私は語るのだ。主たちの前へ頭を垂れて、私の歩んだ旅路の物語を。長い長い、この旅路の終わりの果てに。死後の魂にのみ許された、かの安らぎの地にて。胸いっぱいの誉れと、ありったけの感謝と、そして僅かばかりの誇示と共に――。
その為にも、如何なる不条理も不可能も打破して突き進まねばならない。常識に囚われているようでは、かの王たちに並び立つことなど永遠にできはしないのだから。
しかし――あぁ。
「……ふむ。随分と服飾の技術も発展したものだ。原王陛下も必ずや御喜びとなられるだろう」
姿見を覗き込みながら、用意された服を一枚一枚身につけていく。
ベージュの
いずれも目を見張る技術が用いられている。丈夫でありながら、実にしなやか。光沢は清流のせせらぎにも似て、温もりは春の木漏れ日のようである。
これを王侯貴族でも何でもない、一般の民草が身に纏うとは驚愕の一言に尽きよう。自らに合う服がないと駄々をこねた挙句、素っ裸で脱走することも珍しくなかった原王陛下でさえ、このクオリティには舌を巻かれるはずだ。……いっそ勢い余って、国中の衣服を買い占めてしまわれるかもしれない。私が無駄遣いだと咎めると不貞腐れて――あぁ、まったくもって想像するに容易い。山のような服の中に埋もれて籠城を開始するところまで目に浮かぶようで、知らず笑みが零れた。
原王の治世より二千と余年。連綿と続く民たちの営みが、この繊維一本一本に編み込まれている。昨日よりも今日を、今日よりも明日を。よりよい未来を目指して進み続ける民たちの研鑽の軌跡が、ここにはある。そのことが唯々、愛おしい。
彼の王たちの民ではなくなり、王たちの名が歴史書の文字の羅列となろうとも。それでも民たちは、かつての王たちが敷いた道の上を、かつての王たちが目指した果てへと向けて進むのだ。これを愛さずにいられようか。
――あぁ、駄目だ。顔がにやけて止まらない。
姿見に映る顔は実に締まりがなく、だらしなくて見るに堪えない。まったく、これでは変態の面構えではないか。
「すー……」
息を一度、大きく吸う。
落ち着け、忠節の騎士。他国との会談や式典に参加した時を思い出すのだ。王の傍に控える者として相応しき振る舞いを、表情を、行動を――。
「はー…………よし」
吐き切ったところで、赤いネクタイを締め、次いで金色の校章をブラウスに嵌めた。
なるほど、“
“制”とは即ち、掟。掟とは王の命令である。
“
「着替え終わりました、父上、母上」
ところで、6人目の王である『文王』、モアラーン・ラ・モアカルチャー様は、何より文化芸術を愛される御方であった。
かの王はまた、文化の根底を成すのは学問――すなわち教育であると考えられ、民たちの学びの機会を尊ばれた。学び舎を築き、法令を整え、国内全ての子供たちに平等な学びの機会を与えようと試みたのである。
モア様は常々言っておられた。子は可能性の種であり、知識は水、その先に至高の芸術の花があるのだ――と。
芸術に耽溺して政を疎かにした王――史書における『文王』様の評価は概ね、斯様の内容である。
然れども、純然たる事実として。モア様の治世以降、大陸の識字率は大いに向上し、今もなお学問分野は凄まじい発展を続けている。
まぁ、畢竟。何が言いたいのかと言えば。
「まぁまぁ! まぁまぁまぁ! 制服姿よく似合ってるじゃないリユネ! ねぇ、お父さん!」
「……うぅ、ぐすっ。本当に…うっ……よく、似合って………ひぐっ」
「こら! 何をメソメソ泣いてんだい、みっともない! そりゃあ中々会えなくなるけど、別に嫁入りってわけでもないんだ! 笑顔で送り出してやんな!」
「よ、嫁…嫁入り……っ…嫁入りなんて父さんは絶対認めんからな!!」
「例え話だよ、この馬鹿!」
この時代、この国においても、一定の年齢に達した子女は学び舎で学ぶことが一般的なのである。
生を重ねて数百年。今更学ぶことも無いように思うのが正直なところではあるし、数年も学び舎に拘束されている期間は無駄にも思える。例えば、『戦王』ベツルルム・ウォー・グエーラ様は今の私の年齢の時には既に、戦場に出て武勲を挙げておられた。
ましてや女の身で王となることは男の場合よりも難易度が高い。特別な血筋というわけでもないのなら尚更。時を無為に消費している暇などないのだ。今すぐ戦場に飛び出して武勇を馳せるなり、あるいは災厄級の怪物を打ち倒すなり、そういう実績を積み上げていかなければ王に至ることは難しかろう。
だが――
しかし――
「ふふ。大げさですよ、父上。ちゃんと手紙を書きますし、長期の休みの際は必ず戻りますから。……だから、母上も泣かないでください」
――こればかりは、どうしようもない。
一人娘の成長に喜ぶ、この眼前の両親の涙をどうして裏切れようか。
仮に私が戦場に行きたいなどと口にすれば、この二人に心労をかけることとなる。悲しませてしまう。
平凡にして善良な彼らは、唯々純粋に、心の底から、愛娘が学校へ通う年齢まで成長したことを喜んでいるに過ぎない。
子の成長を喜ぶ父母――それは、かつての王たちが求めた民の平穏の形そのもの。これを壊すことなど、できようはずもないではないか。
故。せめて卒業するまでの間は、1人の孝行娘であろう、と。そう決めた。
こうした経緯があって、私リユネ・ヴィッチプライドは、この10歳の春、学校へと入学することと相成ったのである。
【以下、後書き】
覚えてくださっている方がおられるかは分かりませんが、お久しぶりです。
学生モラトリアムを満了し、頼りない小舟で社会に飛び出して。
ようやく一先ずの落ち着きを手に入れました。
これより創作活動を再開する所存です。