星野アイを都合良く助けたかっただけ 作:サザンドラ
プールと銃口「名前のない関係」より
書くとき聞いてたの
同上
Vaundy「不可幸力」
fhána「ムーンリバー」
恋は魔物「あなたには関係ない」
夕日が差し込むベランダで、一服。
冷たい風が火照った体と茹だる感情の温度を冷ましていく。
本当にマジであの女。自分の面の良さを自覚しすぎだろ。どうしたらこっちが動揺するかとか、理解しすぎなんだよ。
生きてきた年齢で言うのなら相手は二周り以上歳下なのに、どうしてこうもいいようにされているのか。
俺が精神的に未熟だから? 当たり前だろうが。
俺みたいな凡人の精神が五十年やそこらで成熟してたまるか。
所詮俺を含めた世の中の大人の大多数は、大人のフリをしたガキだ。俺なんかはいい例で、いい歳してゲームに熱中出来るのがその証拠である。
そうだ。人間として未熟だから、逆に自分が取り零すことも理解していたし、起こる問題の全てを解決できるだなんて思いはしなかった。
ルビーとアクア、その前世である天童寺さりなと雨宮吾郎については救う気もなかった。
それでも思ってしまったんだ。
自分が出会った星野アイという少女に、無責任にも「ただ生きていて欲しい」と。幸せになって欲しいと。
そんな風に命の選別をしている俺の心は薄汚れているのだろう。
けれども、彼女はそれでも知りたいのだという。
ならば、俺という人間の浅ましい本性はいつか彼女によって、ことごとく暴かれてしまうのだろう。
やると言ったからにはやってしまうのが、彼女だ。完璧主義もいいところである。
怒るだろうか。軽蔑するだろうか。
そんな彼女の顔を見るのは、酷く辛いことなのだろうけれど。
「まあいいか」
彼女に糾弾されるのなら、それも悪いことではないのかもしれない。
ただそれでも……
「何がいいの?」
リビングからベランダにひょっこりと星野が現れ、俺の隣に立ちながらそんなことを聞いてきた。
「なんでもねえよ」
言いながら、タバコの火を消そうと灰皿に手を伸ばす。
するとそれを見た星野が「吸っててもいいよ?」と言った。
「いや、お前に煙吸わせるわけにいかんだろ」
「そうじゃなくて、綾時くんがタバコ吸ってるところ見てたいなって」
「なんだそれ」
まあ、そういうことなら遠慮はしない。
一口煙をのんで吐き出す。これの何がそんなにいいのかわからないが、星野は楽しそうに聞いてくる。
「何吸ってるの? ブンタ?」
「ブンタってお前……」
いつの時代の略し方だよ。今時の子はセブンスターのことブンタじゃなくてセッターって呼ぶぞ。いやどうなんだろう。もしかして、セッターが返り咲いたようにブンタ呼びの時代が再来しているのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は首を横に振った。
「違う。ハイライト」
そう言って青線の入ったパッケージを見せてやる。
「あ、なんか見たことあるかも」
そりゃそうだろうな。
「結構人気のある銘柄だからな。ラム酒の香りが好きで、こればっか吸ってる」
「へー、美味しいの?」
「んー、まあ。甘い方だからな。タールきついからあんまり人には勧められんが、俺は好きだ」
前世からこれが吸い慣れてるってのもあるんだろうけど。
吸った後に残る苦さが苦手って人もいるだろうから。
「ふーん?」
星野は不思議そうな顔をしながら、ハイライトのパッケージを手に取り一本出して、葉の部分に鼻を近づけた。香りが気になったらしい。
「いい匂い」
「なんだ、興味あるのか?」
そう俺が聞くと、彼女は小さく頷いた。
「吸ってみるか?」
「いいの?」
……良くはねえな
タバコは体に百害あって一利なしってのは本当だ。世の中にはその一利を見出すやつもいるが、そいつらは往々にして喫煙者である。
実際気分のリセットとタバコを吸うロマンだけで、俺も吸ってるところあるし。
何より星野にタバコを吸わせたと知られたら双子に怒られそうだ。
だが……
「吸いたいってんなら一本やるから吸ってみりゃいい。止めはしねえよ」
「うん、じゃあ一本だけ」
ライターを渡してやると彼女は手に持っていた一本に恐る恐る火をつけて、煙を吸い込み……勢いよく咳き込んだ
「はは、急に吸いすぎだって」
「そんな、けほッ、こと言ったって、ん、初めて吸うんだもん……」
「ま、そうだな。初めてのやつは大抵そうなる」
加えて、初めてには向かない強いタバコだから、なおしんどいだろう。きっとヤニクラもしているはずだ。
「どう吸えばいいの?」
しばらくして落ち着いた星野がそう訪ねて来た。
それに俺は吸い終えたタバコの火を消して灰皿に捨てて、一本取り出して火をつけてから答える。
「んー、まあ最初だからな。煙を全部吸い込むんじゃなくてゆっくり口に含むみたいにして、そのままちょっとずつ吐き出してみな」
いわゆるふかしタバコってやつだ。これなら初めてでもタバコは吸いやすいし、肺喫煙よりリスクもない。
慣れてきたら肺喫煙じゃないと吸いごたえを感じなくなるが、一本吸うぐらいなら十分過ぎるだろう。
俺がやってみせると、星野は真似るようにタバコを咥えた。
「ん、ふう……」
「おお、そうそう」
白い煙が星野の口から吐き出されて、風に流されて夕空へと消えて行く。
「どうだ?」
「美味しくない……くらくらする……」
「だろうな」
これを美味いって感じるの喫煙者だけだから。
正常な感覚を持ってくれていてよかったなーと思いながら、俺はまた煙を吸い込んだ。
身内に喫煙者がいて副流煙とかで慣れてると、初回から肺喫煙がいけたりタバコをうまく感じたりするからな。
「無理そうなら残り吸うけど」
「うーん、じゃあお願いしようかな」
「あいよ」
星野からタバコを受け取り、一度火を消して自分の吸っていた分を吸い切ると受け取った方に再着火して吸う。
すると、何か思い出したように星野が「あっ」と言った。
「間接キス」
「んぐッ!?」
急に何を言い出すんだこいつは!
「お前な……」
「あはは、やーい動揺してやんの〜」
そう言ってニヤッとからかってくる星野に、イラッとするがよくよく見れば彼女も彼女で耳を赤くしていた。
自分も恥ずかしいなら、言わなければ良かったのにと思いつつ、俺は赤くなったその耳を優しく引っ張った。それだけで彼女は驚いた様子で「ひゃっ」と可愛らしい悲鳴をあげた。
「どの口が言ってんだ? なあおいアイさんよ」
「え、っと、綾時くん? 怒った?」
「いんやあ? 全然」
三十路にもなってガキ臭いからかい方しやがってとは思うけどな。
こんなことで怒ってたまるかよ。
「ったく、男慣れぐらいしてるだろうに、こんなことで一々赤くなんなっての」
「そういうそっちも女慣れしてる癖に、動揺してたじゃん」
「……うっせ」
今生は未経験だからいいだろ別に。
前世でこそ人並み程度にそういうこともあったが、相手の方から寄ってくるような容姿でもねえし、そういう気がなきゃ恋人すら出来ない。
まあ、全くなかったかと言えばそういうこともないが。
「二児の母の癖に処女みてーな反応してるお前よりはマシだろうが」
一先ず、そう返して煙を吸った。
……なんかちょっといつもより煙が甘い気がする。
「もう、それ普通にセクハラだからね。それに誰にでもこうなわけじゃないよ」
言いたいことを言えて満足しぼんやりとしていると、星野はそんなことを言った。
「……お前、そういうこと言ったら勘違いするやつ出てくるぞ」
「それこそ、どの口が言ってるのって話じゃない?」
「……?」
俺がいつそんなこと言ったよ。
「やっぱり自覚ないんだ、まあいいけどさー」
「なんだそれ」
「……いいんだよ、私だけ知ってれば」
そう言って星野は笑う。
何とも言えない微妙な気分になった俺は、顔を逸らして深く煙を吸い込んだ。
メンタルリセットにはやっぱりタバコが一番いいな。落ち着く。
「ね、綾時くん」
またぼんやりとしていると、袖口を引っ張られて意識を戻される。
「んだよ……」
「綾時くんってどうしてタバコ吸ってるの?」
「……」
それ聞くんだ、と思いながら俺は少しため息混じりに煙を吐き出した。それから、ゆっくりと言葉を探してなんでもないことのような態度で口を開く。
「一言で言うなら、郷愁みたいなものなんじゃねえかな」
少し前までなら特に理由はない、なんて誤魔化しの言葉を口にして本音に近い部分を彼女に語ることはなかっただろう。
けれども、今の彼女にそれをしても無駄だ。多分、こちらが引いた境界線なんて簡単に踏み越えて来てしまうから。
「郷愁?」
「そ、郷愁。ノスタルジーってやつだ」
前世と相似点はあれど、多くのことが前世と違う世界で、ただ唯一感傷に浸れる瞬間が、俺にとってはタバコを吸っている時ってだけの話。
前世でやったゲームは純粋に楽しんじゃうからな。ストーリーゲーのクリア後はそりゃ感傷的にもなるが、労力が違い過ぎる。
それにそういうことでもないんだ、これは。
……人は誰かを忘れる時、声から忘れて行くのだという。
俺がどれだけテレビで彼女を知っていても、彼女の声から受け取る現実の印象をすり減らしたように、ここで過ごした三十年は俺から過去の人間の声を忘れさせていく。
いや、もう声だけじゃない。顔すら思い出せなくなっていた。
夢で彼らの顔が見えなかったのは、きっとそのためなのだろう。
「つまり、だ。俺にとって、タバコを吸うってのは忘れたものを数える時間なんだよ」
忘れることを悲しいなんてもう思わないけれど、忘れてしまったことを寂しいとは思ってしまうから。
「そっか」
星野は意外なものを見たとでもいうような顔をしてから、少し寂しそうに、そう返事した。
彼女はこの話を聞いて何を思ったのだろうか。俺が語った本音をどう受け取ったのだろう。
ただきっと何か誤解しているのではないか、とそんなことを思いながら、苦笑する。
「今日ばっかりは理由も違うけどな」
「え……?」
呆気に取られたという反応を返す星野の額を軽く突いてやる。
俺が語ったのは普段、というかタバコを吸っている大元の理由でしかない。
つまるところ、一回一回には別の理由があったりもする。気分を落ち着かせる、なんてそのいい例だろ。吸い慣れてからは、単純にニコチンに体を支配されてるってのもあるな。
そして、今の場合、吸ってる理由は目の前の彼女が元だ。
「お前のせいだよ、アイ」
別にこいつがタバコをうまく吸えなくて、だから代わりに吸っているなんて状況の話をしているわけじゃない。
別に一生独り身で居るとかそんなことを考えているわけでもないからな。人並みにドキドキはするし、心が揺れないわけじゃない。
つまるところ、ついさっき不覚にもときめいたわけだ。
だいたいなんだよ、心に触れたいって。恥ずかしいわ。どこかの恋愛映画に出て来そうなこと真っ直ぐ言いやがって。
ちょっと喜んじゃった俺、マジで恥ずかしい。
「嬉しいやら恥ずかしいやら、ここまでしてやられたのは初めてだ」
前世を含めてもな。
そういうの誤魔化して、冷静になりたいから一人でタバコ吸ってたってのに、結局ここまで来やがって。いや、来んなとは言わなかったけど、タバコ吸って来るって言って「いってらっしゃい」って返されたら来ると思わねえっつの。
つーか、だいたい。
「お前がいるのに寂しいとか、んなこと思うはずねえだろ」
俺は星野が生きていてくれるだけでよかったのに、一度切ったはずの関係を無理矢理繋ぎ直そうとしてまで、彼女はこうして一緒に居てくれようとする。
それがどれだけのことか、きっと彼女にはわからないだろうし、わからなくてもいい。
星野アイという存在に、勝手に俺が救われているだけ。だから、そこに感謝こそすれどそれ以上を求めるのは烏滸がましい。なんて、そう思えればよかったはずなのに、正直今はそれが本当の気持ちなのかもわからないが。
そんなんだから、隣に彼女が居て寂しいなんてことはあり得ない。
「……ずるいなあ」
ぽつり、星野が呟いて体を寄せてくる。
「ずるいってなんだよ。こっちからすりゃお前の方が……」
「ううん、ずるいよ。綾時くんの方がずっと」
食い気味に発せられた言葉は咎めるようなものではない。その声はむしろ明るくて、確かな喜色を宿していた。
「綾時くんにとってはそういうことを言うのが、当たり前のことかもしれないけどね。言われた側は違うんだよ」
「いや、だから……」
「私はね、恥ずかしくないわけじゃないし、嫌われるんじゃないかって不安にもなるんだよ? でも、近づきたいから結構頑張ってるんだ」
星野は眼下に広がる夕暮れの景色を眩しそうに目を細めながら見つめながら、でもさ、と口にする。
「君は私がどう思うか、とか全く気にしてないでしょ」
「まあ……」
思ってること言ってるだけだし。仮にそれで星野に嫌われても、俺が星野のことを大切だって部分がズレるわけでもないのだから、さして問題はない。
「俺はお前にはなるべく正直でいたいからな」
「私は嘘吐くのに?」
「それはお前の生き方の話だろ。別にいいよ、そんなん」
それで自由に生きていられるのなら、見つけた生き方に「それは違う」って嘘をつく方がナンセンスだろ。
それに別になんてことはない。俺がそうしたい理由は、
「……俺は、ただ大切にしたい誰かを大切にしてるだけだ」
嘘はとびきりの愛だと豪語する彼女と同じように、俺は正直でいること、それぐらいしか、誰かを大切にする方法なんて知らないから。ただそれだけの理由でしかない。
タバコの火を消して灰皿に捨てて、星野の方を見れば彼女は俯きがちで言った。
「だから、言われる方の気持ちもちょっとは考えてよ」
「いやッ……! あ、その、すまん……!」
見たことがないほど顔を真っ赤にした星野に、慌てて謝罪する。
今のはどう考えても俺の方が悪かった。
「ああもう……ずるいよ、綾時くんは本当にずるい……」
「ちょッ、だから悪かったって」
怒ったように脇腹を小突いてくる星野をどうにか宥めようとする俺と、それでも小突くのをやめない星野。力は入っていないのだが、近い距離だから結構痛く、割としんどかった。
そんな夕日のそそぐべランダでの喧騒の中、小さく本当に小さく星野が何事かを呟いた。
「もう、本当に離したくなくなっちゃうじゃん」
囁くよりも小さなその声は、鳥の鳴き声と自分の悲鳴に紛れて、俺の耳に届くことはなかった。
Q.配信切り忘れたらどうなった
A.マブダチ宣言が世間に発信され、伝説になったかも
Q.最後のセリフの意味
A.己の刀に従いました
再会して一週間ぐらいでこれって……なんかじゃない?
タイトルはだいたいオリ主目線で想像しやすい曲を選んでます。
作業用は逆の視点のものもありますが、あくまで私のイメージする像でのものなので、解釈違いはご容赦ください。
またオリ主の二人称が地の文と台詞で違うのは意図したものです。よろしくお願いします。
癖の話ですが、竹馬の友である男女のどちらか一方が自分の感情が「友情」だけではないと認識するのも好きです。あとヤンデレじゃないのに愛がでかくて太くて重いやつも好きです。
己の刀に正直であれ。
私からは以上です。
次回、放送事故。