書き溜めていた分です。
推しの子の最新話が気になって仕方がないっ……というか二期が始まるまでには本編に突入させたい。
B小町というアイドルユニットを結成してからまだ日も浅い時期に鳴川 千十星──もといチトセはとある田舎に来ていた。
「にしてもよく個人の仕事取れたね? 私まだ無名のアイドルだよ?」
「ぶっちゃけ誰でもよかったんだよ。こんなど田舎の地域復興のコマーシャルなんて都会人は誰も来やしねぇ。だったら新人も新人、ど素人のお前に現場を経験させてやろうってこった」
「私のことをとやかく言うのは気にしないけど色んな所から袋叩きにされるよ? その発言は」
車に揺られること二時間。空港を後にしてロケバスに乗り込み打ち合わせをしているときにチトセが疑問を口にし同伴者の斉藤 壱護がそれに答える。
今回訪れた場所は宮崎県のとある田舎。なんでも過疎化が進む昨今に若い血を入れたいという町内会からの要請に苺プロダクションが名乗りを上げた。
「タダ同然の仕事だ、愚痴の一つもこぼしたくなる。それでも限定的だがテレビに映るんだぞ? もちっと喜べよ」
「はいはい、
「んなっ?! だーれがツンデレだ! ちょっと顔が良いからって何でも許されると思うなよっ?」
「あ、撮影終わったら宮崎牛食べたい」
「──駅弁なら許す」
「ほら、やっぱりツンデレだ」
「やかましいわっ!」
この二人、髪色は同じで親子に見えるかもしれないが血は繋がっていない。『苺プロダクション』というできたてホヤホヤの芸能事務所の代表取締役である壱護が餌を用意してそれにまんまと釣られた施設育ちのチトセはあれよあれよと言う間にアイドルのスタートラインに立ったのだ。加えて壱護がチトセの身元引受人となることで事実上、チトセにとって壱護は父親同然の関係になっている。
──そろそろ撮影開始しまーす。
スタッフの一声に先程まで朗らかだったチトセの表情が強張る。無理もない、なにせチトセにとっては初めての現場体験。どう向き合えばいいのか、何をすればいいのか、どんな表情をするのが正解なのか……白紙のノートとにらめっこしている気分だ。
「お前はいつも通りでいい。その才能に俺は惹かれたんだからな」
ぽんっと頭に手を添えられる。普段はポーカーフェイスが得意なチトセもこの時ばかりは余裕がなかった。壱護なりに気を使ってくれたんだろうなと手のひらから伝わる温かさにどこか安心した自分がいて。チトセは大きく深呼吸をして目を閉じる、そして。
──次に目を開けた時には両の瞳に星が宿っていた。
「セット崩れるから触んないで」
「へーへーその様子じゃもう大丈夫だろ──行って来い、お姫様」
「任せてっ! なんせ私は、完全無欠のアイドルだから!」
壱護が身元引受人となったのはチトセだけではない。実はもう一人、今はダンスに歌に四苦八苦しながら少しでも多くのステージの上に立つことを目標に一生懸命な少女がいる。
キラリと光るヘアピンがトレードマークのチトセが魅せる笑顔に壱護は思うのだ、もしもチトセとアイツが世間に知られるようになったら……革命が起こるのではないか、と。
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「離せぇぇっ!! 俺は大事な話をしたいんだっ! 邪魔するなぁぁっ!!」
無事に今日の撮影を終えて晩御飯は何にしようかと悩んでいたチトセの前に白昼堂々、スタッフに取り押さえられながらものすごい形相で暴れる白衣を着た青年がいた。
「ねぇいっちー、私ってそんなに有名なのかな?」
「ただのロリコンストーカー野郎だ、ほれ帰るぞ」
壱護は吐き捨てるような暴言を口にしてロケバスの方へと歩を進める。まだまだ小さな箱庭でくすぶっているチトセにとってファンとの交流はとても新鮮で貴重な体験だ。様々な言葉を短い時間の中で伝えられなんとか返事をする、来てくれたファンが気持ち良く帰れるように毎日毎日受け答えの勉強をするくらい『ファン』はチトセにとって大事な存在。
社長である壱護からは『なかにはファン以上の関係を迫ろうとする輩もいるから気をつけろ』と言われたのを思い出したがアレがその輩というやつなのだろうか。
「ねぇ、どうしてそんなに必死なの?」
「あっおいチトセっ! そんな奴はほっとけ! 危ないだろっ!」
壱護とは逆に今もなお暴れているファン? へ歩み寄るチトセ。ゆっくりと膝を折り顔を近づけるとさっきまでの勢いはどこへいったのか青年は言葉を失いただ呆然とチトセを見上げていた。
「ん? 私に何か用があったんだよね? 話してみて?」
「あ……や……その……」
「おいっ! いい加減にっ──」
「いっちーは黙ってて」
「ぐっ──チッ! おいアンタ、チトセに何かしたら地獄を見せるからな」
チトセから放たれる威圧感に壱護は一歩下がってしまう。ファンを大事にしたいという気持ちを理解しないわけではない、けれど世の中はそんな綺麗にできていない。ファンと称して近づき食い物にする人間だっているのだ、まだこの業界に片足を突っ込む程度のチトセに分かってくれと言うのは酷な話ではあるが。
「き、君に……会ってほしい子がいる。その子はB小町のアイのファンなんだ、彼女の話を聞かせてあげれば元気になるかもしれない、だからっ!」
「──いいよ」
「「……へ?」」
壱護と青年の声が重なる。青年の言葉に悩む素振りも困ったような顔もしない。即決即断、いつもライブ会場で魅せる優しい笑み。
「それで君と、その子が幸せになるのなら……私は本望だよ」
瞳に宿る星はより一層輝いていた。光さえも飲み込むほどの眩い眼光。きっとこの瞬間だ、青年──雨宮 吾郎がチトセの持つ天賦の才に魅了されたのは間違いなく、この瞬間だった。
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「だーかーらー! 縁の下の力持ちにしてリーダーのチトセだって!」
「あぁ……そういえばそんな名前の人いたかも。でもアイが一番だねっ!」
「きぃーっ! ちょっと雨宮先生、この子何なの?! さっきから私のことアイのオマケみたいに言ってくるんですけどっ?!」
「ま、まぁまぁチトセさん落ち着いて」
チトセの撮影現場から数分の所にある病院。吾郎のお願いを叶える為に壱護の説教を無視してやってきたものの……病室はカオスだった。
「アイはねっ! 歌も踊りも凄いんだよ? まだ粗削りな所もあるけどやっぱりこの容姿っ! もう完璧! 見てるだけで感激だよ!」
「あーはいはい、すごいすごーい」
B小町のメンバーが来てくれた。吾郎にそう言われたこの病室の主である天童寺 さりなは歓喜した。彼女は脳に重い病気を患っており歩くことはおろか立つことさえ困難な病人。そんなさりなもまだ身体が動くうちに行ったB小町のライブにて一瞬でアイの魅力に取り憑かれた。だから嬉しかった、もしかしたらアイが来てくれたのかもしれない、と。そして現れた少女にさりなはガッカリする。推しではない誰か──あぁ確かチトセとかいういつもアイの後ろで踊っているリーダーだったか。常にセンターであるアイが視界を占領するけれど時々はこのチトセという少女に視線を移すことがある。
その最たる例としてライブの進行係としてよく挨拶をしているがそのトークは何故か耳に残る。そしてその時だけはアイではなくチトセに目が釘付けになってしまう。しかし、とさりなは気持ちを切り替える。やはり最強はアイだ、だから認めない……アイよりも輝いているなんて認めたくない、推しとしてのプライドがさりなの心を黒く汚す。
だから今こうして来ているチトセなどお構いなしにテレビに映るアイの良さとやらを力説していた。
「はいそこっ! 真剣に聞きなさい!」
「はーい」
「はいは短くっ!」
「うっす!」
「変わってるじゃん!」
「賑やかだね……二人とも」
出会って数十分だというのにもう打ち解けている。吾郎は内心ヒヤヒヤしていた。さりなは可愛らしい女の子だがドルオタ、しかもアイを崇拝しておりアイを語るときだけは口調が荒々しくなる。
アイの話を聞かせれば……と老婆心からチトセをこの場に招いたは良いもののもしチトセに罵詈雑言を浴びせるようなことをしたらどうしようと気が気でなかった。
しかしそれも過去の話、目に映る二人の少女はまるで友達かはたまた姉妹のような雰囲気を漂わせ改めて吾郎はチトセの存在に凄みを感じた。
「せんせはどう思う? やっぱりアイが一番だよねっ! チトセは論外」
「俺はチトセさんも推していいかなって思ったよ」
「えぇ―せんせ趣味わるーい」
「いやいやその前に『論外』って何っ?! 先生、私可愛いよね!?」
「あ、ハイ……」
「自分で可愛いって言うところに差を感じるよねぇ〜アイはそんなこと言わないよ?」
「──いや言うよ?」
「……へ?」
チトセの真顔での発言にケラケラと笑っていたさりなは顔が引き攣る。
そして吾郎は察した──あ、これは恥ずかしいやつだ、と。
「なんなら『今日の私はめっちゃイケてる! 可愛さが限界突破してるぅ〜』とか言ってる」
「い、いやいやいや……そんなこと」
「『可愛く見られる角度はこうっ!』とか私に言ってた。まぁ親友っていうのを抜きにしてもアイが可愛いのは知ってるけどさ」
「しん……ゆう……?」
「あれ? 雨宮先生から聞いてない? 私とアイは同じ施設で育った者同士で言ってみれば姉妹みたいな関係だよ?」
「しまい……うそっ……」
「あ、あれ? お〜いさりなちゃ〜ん、戻っておいで〜」
チトセからの衝撃発言にさりなの瞳から光が消える。虚空を眺めているような呆然自失状態にチトセはさりなの顔近くで手を振って心配している。
「ありゃりゃ、これはアウトってやつですな雨宮先生」
「まぁ熱心なファンすら知らない情報だからね、当然の反応ってやつですよ」
「そういう先生はあんまり驚かないんだね」
「ま、俺は大人だからねっ! 全然、これっぽっちも驚かないよ!」
「先生嘘下手すぎ……」
視線が泳いでいる吾郎を見て呆れ顔で溜息をつくチトセ。
アイとチトセが施設育ちというのは公表されている。が、同じ施設で育ったというのは苺プロダクション──通称『苺プロ』しか知らない情報。別に隠す必要はないのだが隠す必要がないということは公表しなくてもいいということだ。ファンが知りたいのはどこで産まれどこで育ったのか、それだけなのだから。一部のファンはさらに深堀りして知りたがるだろうがどんな手を使ってアイとチトセの情報を手に入れたにせよ特別問題視することはない。
「うぅ……なんかめっちゃ恥ずかしい」
「あ、戻ってきた」
「マウントとろうとしたら逆にマウント取られたんですからね、そりゃ恥ずかしいに決まってますよ」
「私は別に事実を言っただけなんだけど……」
「チトセさん、今は何を言っても逆効果です」
「難しいね〜ファンとの交流って」
こりゃ参ったっ! とコツンと頭に握った手を当てるチトセ。それを見たさりなは煽られていると思ったのか次々とアイについての小ネタを繰り出すがその
さて、こうしてファーストコンタクトは無事? に終わりチトセは予約してあるホテルへ帰ろうとするが去り際にさりなに言われる。
「ねぇ、また会える?」
「ん~どうだろう。さりなちゃんがどぉ〜しても会いたいって言うなら会ってもいいよ?」
「〜〜っ!! もう知らない! チトセなんてどっか行っちゃえ!」
「はいはい、アイのオマケは静かに去りますよ〜だ」
頬を膨らませぷいっとそっぽを向いてしまうさりな。その姿にチトセは『可愛いところあるじゃん』と気付かれないようにそっとベッドに近づく。
「さりなちゃん」
「……なに?」
まだこちらを見ない。これはからかいすぎたかと反省しながらサイドの髪を留めていたヘアピンを外しさりなが被っているニット帽のエッジ部に挟み込む。
脳の病気ということは手術の妨げにならないように髪の毛を剃る。それを隠すためにニット帽を被っているわけだがさりなのニット帽の左側には親友のアイが髪留めとして身に付けているのと同じ変なウサギが付けられている。だからその近くにチトセの大事な私物を付ける。
「これ……ヘアピン?」
「そ、世界に一つだけのヘアピン。私とアイがアイドルをするってなったときに二人でデザインして作ってもらったやつだよ」
「そ、そんな大事なもの貰っていいの?」
「誰もあげるなんて言ってないよ? 貸してあげるだけ」
ようやくこちらに顔を向けたさりなだがチトセからの上げて落とす発言にまたも頬を膨らませる。
「ぶぅ〜じゃあなんで貸してくれるの?」
「さりなちゃんが病気を治して歩けるようになったら、今度はさりなちゃんが私に会いに来てよ」
「──っ!」
「その時までは貸してあげる。私にとってもそのヘアピンは特別な物だから……失くさないでよ〜?」
「な、失くさないよ! ずっとずっと身に付けてる!」
「そっかそっか。それなら安心だ」
初めはさりなが煽りチトセが煽り返す、どこにだっているであろう友達とも呼べる関係。しかし帰り際の今はまるで友達以上のナニかへと変わっている。
「チトセさん、斉藤さんが早く来いって言ってますよ」
ノックもせず慌てた様子で室内に入って来た吾郎はその雰囲気を感じ取っていた。けれどそれについては何も触れない、だってさりながあんなにも笑顔なんだから……それだけで充分だ。
「──あ、そうだ」
今度こそ帰ろうとさりなに手を振ったチトセだがドア近くで立ち止まり言い忘れていた事を伝える。
「さりなちゃんは将来アイドルになるんだよね? だったらさりなちゃんがアイドルになった時にそのヘアピンあげるよ」
「え……で、でもこれは特別だって」
「特別だからだよ。アイドルになったとき、その時初めてアイと私、そしてさりなちゃんは
「うん? ……わかった」
いまいちピンときていないさりなの困り顔にチトセは瞳に星を宿し笑みを浮かべた。
その一瞬の視線の交差、ただそれだけでさりなの心に刻まれた。
──チトセは完全無欠のアイドルであると。