いつになったら他のヒロインを登場させれるのか……果てしなく遠すぎてテンションが下がってしまう。
けどもう少ししたらあの子が……うん、頑張ろう。
アイとチトセが歌番組の生放送に出演している間、自宅にて斉藤 ミヤコは爆睡していた。
「ベビーシッターなんて……やったことないのに……なんでわたしがぁ……」
育児を押し付けられもがき苦しむ悪夢を見ながら、ではあるが。
『本日活動再開となったアイさん! 大丈夫? ご飯ちゃんと食べてる?』
『はい! 今日もいっぱい食べてきました!』
そんなミヤコは無視してテレビに齧り付いているアクアは前世そして転生した今でも推しの母親、星野 アイの動向が気になっていた。
「よかった……ちゃんと上手くやれてるね」
この家で過ごすようになって少し、母親としてのアイはお世辞にも良いとは言えない。もちろん育児放棄をするとか子どもに興味がないというわけではなく『母親としての自覚』がまだ足りていない。
子どもを産む前と変わらないその天真爛漫っぷりには安心感はあるがその反面心配もあるわけで。
『そうそう! ご飯といえばこのあいだ
『ウチノコ?』
「ぶっ──!?!」
『猫ちゃんのことですよ。なんでも休養中に飼い始めたらしいです』
『あ、なるほど〜』
『そうっ!! 猫ちゃん!』
『あ、ハイ……』
チトセの咄嗟の機転で事なきを得たがアクアの心臓は喉から飛び出しそうなほど心拍数が急上昇してしまう。
やはり駄目かもしれない、これからはメディアに出る頻度も多くなるかもしれないのにこんな調子でやっていけるのか……
──だって星野 アイは欲張りだからっ。
かつて病院の屋上で見せたとびきりの笑顔。そんな彼女の幸せを最優先に考えるアクアもただ見守ることしかできない今の姿では協力のしようがない……歯痒い気持ちではあるが曲が始まりパフォーマンスを披露するアイを観て別の気持ちも湧き上がる。
「あの社長も酔狂だよな。こんなのバレたら全て失うリスクもあるってのに……でも分かるなぁ、
幸せで満ち足りた笑みをしてしまうアクア。アイドルとしてステージに立つアイを遠くからではなく今は近くで見守れる……その嬉しさは第三者が聞けば頭のネジがとんでるのでは? と言われるかもしれないほどの極論だがあまりにも強い光の前では人はただ焦がれる。羽が焼け落ちると分かっていてもなお止まれない蛾のように。
──アクアを殺した相手に感謝してしまうほど、現状に満足してしまっている。
もしもこの生まれ変わりが
「──待って」
「……ん?」
B小町のパフォーマンスをしっかりと拝ませてもらうため、静かに観ていたアクアの背後で可愛らしくも少し怒気を孕んだ声がアクアの耳に入ってくる。
「Nステもう始まってるじゃん! どうして起こしてくれなかったの?!」
「……」
「きゃー!! やばっ! ママかわいすぎー! 視聴者全員億支払うべき!」
歌番組『Nステ』が始まる前には起こしてくれと言われていたアクアはその依頼主を起こそうとしたが全く起きる気配がなかった。だから諦めてしまったけれどどうやらその事にご立腹のようだ。
「生放送はリアタイに意味があるってのにどうして起こしてくれないかな? このカラダ無駄に眠いんだからお互いに協力しあおうよ!」
「俺は何度か起こしたぞ」
「──え、マジ?」
乳児なのに流暢に会話するアクアの妹、ルビーはテレビに映るアイを観てテンションが最高潮だ。
「アクアは誰が推しなの?」
「アイ」
「わっかるー! ほら今の見た?!! ターンの時の表現力まじやばない?! 鬼気迫りすぎてもはや鬼っ! やばいオムツ替えたのに失禁しそう!」
「お前少しは落ち着けよ……」
身体全体で嬉しさを表現する妹にアクアはつくづく思う、こんなアホではなく普通の子どもを産ませてやりたかったと。アクアと同じどこぞの誰かの生まれ変わり……しかもアイの熱心なファンというダブル役満のような奇跡的な運命にただ呆れるしかない。
「だってアイの子どもになれたんだよ? こんなの幸せすぎて禿そう」
「凄まじいな、ドン引きだよ」
「アクアだってそう思うでしょ? ──あ、でももう一つ幸せな事があるよ」
「なんだよ?」
ここまでアイの信者ならば子どもとして生まれ変われて幸せというのはまぁ分からなくもない。しかしもう一つと言った、アクアが考えるにまた一から人生をやり直せる事への幸せを言うのだろうなと思っていた。
「
「──っ?!」
「いやぁ〜もう感無量だね。これからはいっぱいチーちゃんに甘えるんだぁ〜」
「そ、そう……か」
雷が落ちたような衝撃。アクアは呼吸すら忘れてルビーを見る。前世でチトセの事をよく知るアクアは推しにはできないけれどアイと同じかそれ以上に気にかけていた。あまりチトセの迷惑にならないように大人しくしくしていたし怪しがられない程度に何をしたいか身体で表現もしていた。とはいえチトセの育児スキルというのは思ったよりも高かったようでオムツの交換も食事も一を言えば十してくれるほど察する能力が上振れていた。
さて、そんなチトセの知られざる一面を知ったアクアだがルビーが『ちーちゃん』と口にしてある一人の少女と重なる。十二歳という若さでこの世を去ってしまったアイに憧れチトセを好きだった少女、そんなことがあるはずがないと思っているのに懐かしさでやや感傷的になってしまう。
「チーちゃんはさ〜ママの影に隠れがちだけど実はすっごくダンス上手いんだよ? 顔隠してバックダンサーの仕事もしたことあるって言ってた!」
「へぇ……それは初耳だ」
「あとねあとね! チーちゃんの可愛いところは──」
チトセを語る熱量が凄い。アイが推しだろうにもしかしたらチトセも推しなのか、いや絶対そうだろう。握手会とかイベントでチトセと会話して沼にハマった可能性が高い。彼女の人を惹き付ける容姿と瞳、トーク力はかなりのものだ、アクアもそれにあてられた。だからこうしてチトセについて語ってくれるルビーを『同胞』として接することができると思うと素直に嬉しい。
……しかし本当によく喋る妹である。もし天童寺 さりなが生きていたらマウント合戦を始めてどちらかが泣く展開までは想像できてしまう……アクアはそんなあるはずのない光景を脳裏に思い浮かべてルビーの話に相槌を打ちながら聞いていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「アクア〜哺乳瓶持ってきたよぉ〜」
「ばっぶ……」
無事に生放送を乗り切ったアイとチトセは束の間の休息をとっていた。とはいえ子どもの世話をしている手前、完全な休みとは言えないがアイにとっては子どもとの触れ合いこそ至高のひと時なのだろう。それは友人であるチトセも同じで今はアクアのミルクを作って抱っこしながら哺乳瓶をアクアの口に当てている。何度か当てては離しを繰り返して喉に詰まらせないよう気を配りながら。今日もチトセの育児に隙はない。
「アクアってほんと哺乳瓶好きだよね〜。私のおっぱい嫌なのかな?」
「私なら喜んで吸うけどね」
「私もちーちゃんのおっぱい吸いたい」
「……がちトーンで言わないで。あと目が怖い」
「えぇ〜じゃあおっぱい触る〜」
「はいはい、アクアの食事が終わったら好きなだけ揉ませてあげるから」
「にっひひ、役得やぁ〜」
食事している所を介抱されながらアイドル二人に見られるのは恥ずかしいけれど、推しに授乳させるのはもっと恥ずかしい。見た目は乳児でも中身は大人なのだ、もし授乳なんてしようものなら大人としての一線を超えてしまう気がする……アクアはミルクを一心不乱に飲み干して一息ついた。
「すっげ〜飲みっぷり」
「いっちーの真似はしないほうがいいよ」
「ちーちゃんも佐藤社長殴る時に口調似るよ?」
「マジか気をつけよ」
「ほらそっくり」
「しまったついクセで……」
ステージの上で見せる笑顔とはまた違う、『魅せなければいけない』笑みではなく他愛もない事で頬が緩む日常の笑みを拝むことができている。アクアはそれだけでお腹がいっぱいになってしまう……のだが、不安がないわけではない。
アクアは前世の記憶をもつ生まれ変わり、その気になれば歩けるし喋れる。しかしそんな事をしようものなら物珍しさで人体実験をさせられるかもしれない、だから秘密がバレないよう今日も赤ちゃんのフリを続けている。
──そしてもう一つ。
「おぎゃー! おぎゃー!」
「ルビーはおっぱいかな〜?」
「おんぎゃー!」
「アイ〜そろそろ仕事だから授乳終わったら準備してね」
「はいよ〜」
授乳している妹も生まれ変わりであるということ。チラリと授乳シーンを見ると妹のルビーが横目でニヤリ……とほくそ笑んでいる。ルビーの前世が男だった場合、アクアは怒り狂ってしまうかもしれない。
「ルビーはちーちゃんすき〜?」
「あうっ!」
「そっかそっか〜わたしも〜」
受け答えが即座にできる乳児に違和感はないのか……偶然と切り捨てている可能性もあるがアクアは内心ヒヤヒヤしている。
ルビーが前世の記憶をもつ生まれ変わり、それに気づいたのは意外にも早かった。
アクアが今の状況を受け入れ始めて少し経った深夜のある日。アイを起こさないように注意しながら自宅を探索していると台所で何やら騒いでいる人物が。
『はぁ?! 死ねよブス! ママの才能と美を理解しない類人猿がっ! 運営に贔屓されるのはもはや必然なんですけどっ?!』
『鏡見てからもう一回おんなじこと言ってみろよこのブスばばぁっ!!』
乳児がスマホを巧みに操作してB小町のアンチ相手に壮絶なリプ合戦を繰り広げていた──というかルビーその人である。
『お前、俺と同じか?』
『……え、赤ん坊がしゃべったー?! きもっ!』
『お前もだよ』
双子だからそうなる可能性も考えていた、しかしルビーの中身は相当にキャラが濃い。アクアのように周囲に気を配るという注意力がないように思えて不安なのだ。
「ミヤっちー、ご飯作っといたから寝かしつけたら食べてね」
「すみません……気を使っていただいて」
「もうっ、ミヤっちはマネージャーだけど私たちのお母さんなんだよ? 子どもが親の世話するのは当然じゃん!」
「それ今の年齢だと逆のような気がするんですけど」
「あれ、そうなの? ……あぁそういえばそうだったかも。うん、今のナシで」
「は、はぁ……じゃあお仕事頑張ってください」
「あいっす! アイー! 行くよー!」
「ほいほーい。今日は別々だよね」
「そ! 途中まで乗せてってもらうから。よろしくね、いっちー」
「お前にはガソリン代払ってもらおうか」
「いっちーの血を給油口に入れる?」
「冗談の域を越え過ぎなんだよおめえは!!」
大人たちはワイワイと騒いでいてその中心にはチトセがいる。壱護もミヤコも、そしてアイも笑っている。アクアとルビーが産まれる前からきっとこんな日常を過ごしていたのだろう、そう思わせてくれるほどこの者達は間違いなく『家族』としての幸せを手に入れていた。たとえ血は繋がっていなくても強く結ばれた紐は簡単に解けないのと同で確かな絆がそこにはあった。
「なぁ、お前も少しは遠慮しろよな」
ミヤコを残して仕事に出掛けた後、授乳による満足感で頬がユルユルのルビーにアクアはここぞとばかりに小言を言う。
「なんで? 娘の私がママのおっぱい吸うのは自然の摂理なんですけど? 与えられた当然の権利なんですけど?」
「……」
自重してくれたら……そんな気持ちで言ったのに返ってきたのは真顔と娘だから当然だろ、という否定できない言葉だった。
確かに事実なのだから間違ってはいない、けれどルビーは生まれ変わりで前世の記憶も持っている。それならば年齢は分からないが授乳なんて恥ずかしいことを積極的にするルビーに羞恥心はないのかとアクアは絶句する。
「お前って前世は女?」
「うん」
「ならまぁ……ギリ許せるか」
「おたくの嫉妬キモーい! ま、いい年した男が授乳とか倫理的にヤバいもんね〜! あーよかった! 合法的におっぱい吸える女で!」
「俺の倫理観だとそれもアウトだけどな」
呆れはしたがルビーの前世が女であることは分かった。それだけでもアクアのストレスが少し和らぐ。もし男だったら……とても人様にお見せできない光景が広がっていたかもしれない。
「ママも可哀想……自分の子どもが自分のオタとかマジでキモいもん。ママは私が一生守るよ……」
「絶対お前のほうがキモいよ」
前世ではきっとアイを陰ながら見守る親衛隊の如くアンチを殲滅する頭のネジがぶっ飛んだ女だったのかもしれない。そもそもアクアの前世で女のアイドルオタクはいなかった……いや、一人いた。しかもルビーと同じようにアイの推しが一人。
「──! おむつ交換したいから向こう行って!」
「はいはい」
いくら中身が成長していると言っても身体は乳児。まだ発達していない筋肉を自在に制御することは不可能なのは当然、だから非常に不愉快だが生理現象時はおむつを交換してもらわなくてはならないので叫ぶしかない。
「はぁ……なんで私がこんな仕事……」
そして先ほどまで談笑していた斉藤 ミヤコは内心疲れ切っていた。この女性、社長夫人という立場を利用して美少年と仕事ができると思って旦那の壱護と結婚したというのに与えられたのは子どものお世話。育児のイの字も知らぬミヤコの目が日に日に死んでいくのは同情すらしてしまう。
「チトセさんには大丈夫って言ったけど……いった、けど……無理に決まってんだろっ!! そんで父親不明の片親とか闇深すぎだっつーの!! そもそも私はベビーシッターやりに嫁に来たんじゃねぇぇ!!」
チトセは出来る限りミヤコに負担がかからないよう双子の世話をしてきた。料理も洗濯も育児も仕事がない間はアイに代わって完璧にこなしていた。ミヤコに育児のやり方を一から説明していたため家にいなくても部屋が散らかっている事はない。しかしミヤコ本人にやる気がないためチトセのフォローも虚しく精神を削られていた。
──そして今日、ついにストレスが爆発したのだ。
「ママに尽くせるなんて幸福以外の何物でもないでしょ、脳おかしいんじゃないの?」
「いや、彼女の言っている事には正当性が見受けられる」
その光景を目の当たりにした当事者の双子はそれぞれ意見を吐露する。
「あー……てかこれって不祥事の隠蔽よね……ふふ、へへっ……文◯にこのネタ売れば大金持ちに……」
「うわやばっ! どうする殺す?!」
「いや無理だ……体格差がありすぎるっ」
「冗談で言ってるけどもしかしてそっちは本気っ?!」
ミヤコの存在を無視はしていなかった。が、壱護やチトセがいるから下手な動きは見せないと思っていただけに今回の騒動は予想外だ。放っておけば危険なのは間違いない、しかしむしろこの状況はチャンスなのではないか……アクアは思考を巡らせ策を練る。
「──あっ! どうすんの?! あいつ母子手帳めっちゃ撮り始めたんだけど!」
「……よし、俺に考えがある」
迷っている暇はない、危険な賭けだが今のミヤコの方がもっと危険だ。これから先のアイの人生に大きな傷跡を残してしまう事に比べればアクア達の秘密を打ち明けることなど小さきことだ。
「ふ、ふふっ……コレを売ったお金でホスクラの……本担を月間一位に押し上げて……ふへへっ」
「哀れな娘よ、貴様の心の渇きはシャンパンでは癒えぬ……」
「──だ、誰っ?!」
度重なるストレスが暴走を招いてしまったが、ミヤコも自身の行動がおかしいと少しは思っていた。だからこそ悪事の現場を見られた事への罪と驚きで瞬間的に声のする背後へ振り返る。
「──は?」
「わ、我は天の使いである……貴様の狼藉、見過ごすわけにはいかぬ!」
「い、いやいや……は?」
青天の霹靂、ミヤコはそれを体験した。だってありえない、なぜアクアとルビーがテーブルの上でこちらを凝視しているのか。どうして……乳児がそんなにもペラペラと言葉を発せられるのか、訳が分からないことだらけでミヤコの脳は一時フリーズした。
「あ、あぁ分かった。これドッキリでしょ! アイさんの出る番組でマネージャードッキリとか! あるある!」
そして出した結論は『ドッキリ企画』。そもそもそんな企画が収録なんてされていたらアイに子どもがいるとバレてしまう。ミヤコがそれを証明してしまっているのだからまずありえない、けれど今のミヤコはまともじゃない。ドッキリだと思わなければアクアが話しかけているなんて到底受け入れられない現実逃避だった。
「ほらほらルビーちゃん、テーブルの上に乗っちゃあぶな──」
「慎め。我はアマテラスの化身、貴様らの言う神なるぞ」
「……はぇ?」
ひとまずドッキリだった、という体でミヤコは意識を切り替え乳児がテーブルの上にいては危ないと思って手を伸ばした瞬間、ルビーに払いのけられさらに唖然とする。
「貴様は目先の金に踊らせれ天命を投げだそうとしている」
「て、天命……」
「星野 アイは芸能の神に選ばれた女。そしてその子らもまた大いなる宿命を持つ双子。それらを守護するのが汝の天命である」
ミヤコの目にはソレが異常に見えた。乳児が語りかけている……そんなものは通り越してルビーの話を聴かなければならない、目を背けてはダメなのだと直感した。とはいえそう思うようになってしまったのはストレスで理性を失いそうになったために取り戻すキッカケとしてではあるが……どうやら別の方向へと思考が飛んだらしい。
「貴様の行いは神に背く行為……このままでは汝に天罰が下るであろう」
「て、天罰っ?! 天罰ってなんですか! 具体的にはっ?!」
「死ぬ」
「そう、死ぬ!」
「いやぁぁ?! 超具体的!」
まともな思考ができていればミヤコもこんな話など鼻で笑っていただろう。しかし何度も言うが今のミヤコはまともじゃない、何かに縋らなければ身も心も崩壊していた。全てを察しての言動ではないが結果的にはアクアとルビーの体を張った作戦は成功したと言える。
「私……どうすれば」
大の大人が乳児相手に助けを乞う、これを壱護やアイ、チトセに見られたら精神病院に連れて行かれ隔離されていたかもしれない。斉藤 ミヤコという女性は本当に苦労人だ。
「簡単な事……母と我々の秘密を守るのじゃ。そしてこの子らを可愛がり言う事の全部をきくのじゃ」
「全部ってお前……」
「さすればイケメン俳優との再婚も夢ではないぞよ」
「──マジですかやります! 何でも言う事聞きます! 靴の中敷きも舐めます!」
「そこまではせんでよい」
結局、アクアとルビーには神様が宿っていてミヤコはその神様の天命を遂行しなければ幸せな未来は訪れない、という解釈で今回の騒動は幕を下ろしたのだった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆
虫の大合唱が響く深夜。乳児の睡眠というのはいつ起きていつ寝るか不規則だ。今こうしてアクアが目を覚ましてしまうのも乳児特有の事象なので特に気にはしない。
「……ん?」
誰もいないリビングで少し休もうかと中に入るとどうやら先約が居たらしい。ソファーの下でだらしなく涎を垂らして寝ている妹だ。
「妹、か」
どちらかと言うと娘ができた、の方が正しいのかもしれない。けれど不思議なもので妹という存在に『兄として』の気持ちが芽生え始めている。たとえ前世の記憶を保有していても環境が変われば気持ちも変わるのだとアクアにとって貴重な経験が追加された。
──アイちゃんは唯一無二のアイドルだよ。
アイドルオタクの妹、しかもアイが推しで暴走しかける。
──チーちゃんはね、お姉ちゃんって感じがする。
チトセの事も知っていた。お姉ちゃんというのは共感できる、アクアも前世では年齢を忘れて甘えてしまったことがあるからだ。
──二人とも世界一大好きだけど、それと同じくらいせんせのこと好きだよ?
アイとチトセが強すぎて随分と霞んでしまうが好意を向けられるのは悪い気がしない。
「もし、生きていたなら……喧嘩が多いかもしれないけどルビーと良い友達になっていたかもな。そう思わないか? さりなちゃん」
「……んぁ? なぁに……呼んだ?」
「呼んでねぇよ。寝るなら布団で寝ろ」
「あぁ〜い」
アクアはまだリビングに居るようでルビーは眠たい目を擦りながら寝室へ向かう。
──もし、運命の分岐点があるとするならここが一つ目だったのかもしれない。
「さりな……か。そんなわけないよね、さりなは前世の名前だし」
アクアがルビーの呟きに耳を傾けていたら、ルビーがアクアに聞き返していたら……未来は変わっていたのかもしれない。いたずら好きな神様がそうさせたのか、それとも必然だったのか──どちらにせよ歯車は今ようやく動き始めた。