一番星と一等星。   作:果実味

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第四話 噛み合う歯車

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアとルビーのヲタ芸が世に出回ってから一年。ファンとしての本能が一世を風靡する事になり苺プロダクションでは問題視されたが怪我の功名ともいえる爪痕は残せたようで。

 アイの知名度は跳ね上がり今ではモデル、ラジオ等など……小さいながらも確実に仕事を増やしている。

 そして今日、その集大成とも言える仕事のためにミヤコが車を走らせているのだがそこにはアイだけでなく双子の姿もあった。

 

「いいですか二人とも。どーしてもと言うから連れてきましたけど現場でアイさんのこと『ママ』なんて絶対言わないでくださいよ」

 

 ミヤコのハンドルを握る力が強くなる。一年ほど前にやらかした失態、社長の壱護からの説教はそれはもう泣いても許してくれない凄みがあったためにミヤコは二度と過ちは犯したくないと心に誓っていた。

 

「現場では私の子どもという設定を忘れないでください」

「はいはいママ〜」

「ママお小遣いちょーだーい」

「ママー私ハーゲン◯ッツ食べたーい」

「……何この地獄絵図」

 

 横と後ろからママプッシュが止まらない。調子づかせると手が付けられないのは双子だけではなかったのかと改めて産みの親であるアイの遺伝子の強さに驚愕したミヤコであった。

 

「苺プロのアイです。本日はよろしくお願いします」

 

 双子と大きな子どもを相手に車を走らせること約一時間。四人が降り立ったのは都心から離れた緑豊かな山の中。使われなくなった校舎を改造し見事に現代風の内観となっている。

 

「……」

「どうかしましたか、監督?」

「いや、別に」

 

 アイが挨拶を終えると無精髭で仏頂面、おまけに髪も長くいかにも外見は気にしていないという男がアイの後ろにいる双子をじっと見ていた。

 この男こそ今回のドラマを取り仕切る監督なのだが近寄り難い雰囲気を醸し出しておりルビーが『なんか怖そう』とアクアに耳打ちしている。

 

「この子供は?」

「あっ、この子達は私の子で……」

「マネージャーが子連れで現場に、ねぇ」

 

 ギロリッと監督に睨まれミヤコと双子は背筋をピンッと伸ばして内心『マズい』と気が気でない。ちなみにアイはスタッフと撮影の打ち合わせがあるとのことで席を外している。いやむしろこの場に居ない方が余計な火種を生む可能性が減るので良かったのかもしれない。

 

「──働き方改革ってやつか!」

 

 閃いたっとばかりにキメ顔の監督。何一つ正解していないがとりあえずそう思ったのならそう思い込ませようと三人の意見は一致した。

 

「にしても……ここが現場、か」

 

 それから少し経ち。衣装やメイク直しをする部屋で待機するよう言われていたアクアとルビーだったがそこにいた女優に手厚い抱擁を受けたため恥ずかしさで部屋を出てしまったアクアは再度『現場の雰囲気』というものを確かめていた。

 

「不思議だよな。校舎の中ってこんなにも大きかったっけ」

 

 思い出すは学生時代の記憶。何の変哲もない机を見て自身よりも身体一つ二つ大きい。焦燥感……この場合は苛立ちではなく星野 愛久愛海として生きていく不安がどうにも拭い去れない。

 

「──ん? なんだマネージャーのガキじゃねえか」

「──ひっ?!」

 

 やるせない気持ちに脱力しながら下を向いていると、突然後ろから声をかけられ反射的に振り向きそして小さな悲鳴を上げる。

 声の主はそんなアクアの心境などお構い無しで距離を詰めそして膝を折り見下ろしてこう言った。

 

「居るのは構わねぇが泣き出したりして現場止めたら叩き出すからな」

 

 もしアクアが生前の姿であったとしても涙目になっていたかもしれない。中腰で台本を丸めて肩をポンポンと叩く監督の姿はその容姿も相まって一昔前のヤンキーのそれである。

 

「す、すみませんすみません! 我々は赤ん坊ですがそのような粗相は決して致しませんので! 現場の進行を妨げないのは最低限のルールだとは重々承知しておりますはい! ですので弊社のアイを今後ともご贔屓によろしくお願いしますはい」

「──めちゃくちゃ喋る赤子だなオイっ!」

 

 一呼吸入れることなくマシンガンのように思いつく限りの言葉を並べたが監督にツッコミを入れられ我に返る。

 

 ──や、やべぇ……赤子じゃないってバレたか? 

 

 自宅では妹のルビーが遠慮なしにアイやチトセにアタックしていて転生者、あるいは頭がバーストした赤子に見られるのではとヒヤヒヤしている。しかしアイは『やばっ、うちの子天才?』と思われており常識人のチトセに関しては『るびぃ〜かぁ〜あい〜』と、もはや疑うことすらしていない親バカっぷりである。

 そんな日常を過ごしてきたアクアの油断、加えて咄嗟の事で思考が追いつかず矢継ぎ早に捲し立てるものだから疑われても仕方がない。

 

「どこで覚えたそんな言葉!?」

「ゆ、ユーチューブで少し……」

「すげぇな今のユーチューブ! 時代だなぁ」

 

 少しだけ冷静さを取り戻したアクアは目を丸くして噛みついてくる監督に当たり障りのない、しかし大抵は納得するであろう嘘で乗り切ろうとしていた。

 

「早熟な子供ってのは今まで見てきたことはあるがお前みたいなのは初めてだ。演技とかするのか?」

「い、いえ演技は……」

 

 無難に危機を脱しようとしたのにかえって監督の好奇心に火を付ける形となってしまいアクアはされるがままに持ち上げられ質問に答えていく。

 

「逸材だな……画面としておもしれぇ」

「あ、あはは……どうも」

「なんかにつかいてぇ……っし! おいがきんちょ、これ俺の名刺だ。どっかの事務所に入ったら連絡しろ」

 

 ようやく解放される、降ろされてからそのまま逃げようかと思ったがさらなる追撃にこの場から離れられない。

 

「い、いえ……仕事を振るなら僕じゃなくてアイの方に」

「……アイ? あーあのアイドルな」

 

 それまでアクアに向けていた好奇の目から一転、目を細めアクアから視線をズラしてポツポツと語り始める。

 

「顔は抜群に良い。運が良ければ生き残れるだろ」

「顔は抜群なのに運?」

「いいか? 役者ってのは三つある」

 

 そう言って三本の指を立てて順番に説明していく監督。

 

 ──一つが看板役者、二つが実力派、三つが新人役者。

 

「看板役者、実力派ってのはこれまでの実績と経験がモノを言う人間だ。お前がアイを推すのは否定しねぇけど、そもそもスタートラインにすら立っちゃいねえ。だからあとは運ってこった」

 

『あれを見ろ』、と監督が指差す方へアクアが視線を動かすと腕組みをしながらカメラマンと話すいかにも『偉い人』が新人役者たちを見ていた。

 

「新人の中で誰が生き残れるか、生き残れたとして大成できるかどうか……いわば投資だ。一人でも大成したならそれで大成功ってわけだ。分かるかがきんちょ、アイが居るのはそういう世界だ。何かしら一流を持ってなきゃ成功しない」

「……へぇ。じゃあアイは一流だね、アイドルとして」

「いやお前、アイドルの一流っつたってな……」

 

 あまりにも早熟すぎる子供、そう思っていた監督だがこれはいよいよ重症らしい。アイに向ける期待が上振れすぎている、もしアイが大成しなければ下手するとコイツも一緒に落ちていくのでは……そう危惧していた監督はどうしたもんかと目を輝かせてある一点を見つめるアクアに倣って視線を動かす。

 

 ──驚いた。

 

 その一言に感情の全てが集約される。

 

「演技は並だが……いやに目を引く」

「でしょ?」

 

 初めから登場していたのではないかと錯覚するほど違和感が無い。それだけではない、本来なら主役に注目したい場面であるはずなのにどうしてかアイの言葉、視線、動きを目で追いたくなる。

 

「さっきこんな事言ってたよ」

 

 そう言って視線を再度アクアに戻しその言葉を待つ。どうやらアクアの推しは中々に逸材だったのかもしれない、内から溢れ出さんばかりの興味を何とか抑えながら早く続きを言えと急かしたくなる。

 

「ステージの上からだとどの角度からも皆んなに可愛く見てもらわないといけない。けど今はたった一人(カメラ)に見てもらえれば良いわけだからMVと同じ要領でいいならむしろ得意分野だっ、てね」

「……MV感覚かよ、時代だなぁ」

「めっちゃ出来良いから! 絶対見たほうがいいよ!」

「あ〜はいはい。暇があったらな」

「それ見ない奴のセリフ!」

 

 プンスカと怒るアクアの頭をガシガシと手で押さえつけてから監督はもう一度だけアイを見る。

 

「アイ……か、おいがきんちょ。アイのいるグループ名はなんだ?」

「はぁ? ……B、小町だけど」

「B小町ねぇ。どっかで聞いたことあると思ったがやっぱりそうか」

 

 どこか哀愁を漂わせながら監督はどこかへと去っていった。最後に喉に引っかかる言葉だけを残して。

 

 ──大変だな、アイの事務所は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 

 ──一ヶ月後。

 

「さ! オンエアーだよ! ママいっぱい撮ったからねぇ〜見せ場あるといいんだけど」

「ママの演技楽しみ!」

 

 あの収録から時間は流れアイが出るドラマの放送日。ルビーを真ん中としてアイとアクアが並んでその放送を今か今かと待ち望んでいた。

 

「あ! このシーンだ!」

 

 そうして始まったドラマはいよいよアイが登場するシーン。たとえ脇役だろうとアイの容姿を見れば気になってどこの子なのかを調べるはずだ。そうすればアイは瞬く間にスターへの道を歩み出せる、アクアとルビーは胸の高鳴りを抑えきれずいよいよ登場した我らが母の姿に大歓喜──

 

「「……え?」」

 

 したのはあまりにも一瞬だった。

 

「──えっ?! これだけ?!」

「ワンシーンちょびっとだけじゃん!!」

 

 早すぎる退場。しかもまともに映ったのも画面の端で一時停止しなければ分からないほどのお粗末な扱いだった。

 

「私、演技下手だったかなぁ?」

「そ、そんなことないよママ! ママはすっごく良かったよ!」

「ありがとルビー」

 

 さて、このような結果に一番納得していないのがアクアである。おもむろに紙切れを取り出してミヤコから取り上げた(半ば強引に)スマートフォンで電話番号を入力、数回のコールの後に向こう側から声が届く。

 

『は〜い、もしも~し』

「ちょっと監督! あれなに?!」

『なんだ早熟ベイビーか。あれってなんのことだ?』

 

 ルビーがアイを慰めている間に部屋を移動してから声を荒げた。

 

「ドラマだよ! アイ全然使ってないじゃん!」

『あ〜あれな、いい仕上がりだったのに残念だな』

「じゃあどうして!」

『主演の女優は会社が『可愛すぎる演技派女優』つって売り出してる子だ。なのに同じフレーム内にそれ以上の存在がいたら何かと問題だろ?』

「なら監督は……アイが、アイの容姿が問題って言いたいの?」

『そういうこった。あの場においてアイは可愛すぎた、ただそれだけだ』

「……納得いかない」

 

 顔が良ければ、演技が上手ければそれで評価される舞台が芸能界というものではないのか……勝敗が始まる前から決まっている出来レースじみたこのやり方にアクアは僅かに期待していた芸能界の『表側』すらも疑い気持ちが沈んでいく。

 

『芸能界に夢見るのはいいが芸能界に夢を見る(・・・・)のはやめとけ。そこはアートの場じゃなくビジネスの場だ』

「……」

 

 決して甘い世界ではないとはアクアも理解していた。誰もがテレビに映るわけではない、その裏には何十、何百人と遥か高みにある玉座を狙って日々奮闘している。アイもただ容姿が良いからだけではない、人を引きつける魅力は容姿に限らず雰囲気や仕草からも得ることができる。B小町のリーダーであるチトセも同じだ。圧倒的なセンターが居ながらも個人で仕事を貰い休む暇なく働いている。チトセの場合は容姿云々よりもその溢れ出すカリスマ性に惹かれてというのも一理ありそうだが。

 とにかく監督の言う『ビジネスの場』というパワーワードを聞かされてはアクアもただうなだれて落胆するしかない。

 

『だがまぁ、そっちの主張も分かるし悪いと思ってる』

「……?」

 

 打つ手なしか、そう判断したアクアは通話を切ろうとしたが監督の含みのある謝罪に指を止めて傾聴する。

 

『替わりと言っちゃなんだが──アイに仕事を振りたい』

「っ!! ほ、ほんと?!」

 

 まさに捨てる神あれば拾う神あり。思ってもみないチャンスにアクアの口角は最大限上がる。

 

『ああ、映画の仕事だし文句ねぇだろ?』

「う、うん! 文句なんて全然! じゃあさっそくアイに──」

『ただし!』

 

 意気揚々とアイのいるリビングへ駆け出そうとしたが監督の待ったにアクアの足は止まる。

 確かに監督はこちらの意を汲んでくれている、しかし同時に『ビジネスの場』であるとも言った。となれば当然何かしらの代償は必要だろう。アクアにできることはあまりにも少ない、しかしアイが輝けるのなら大抵のことは耐えられる……そう決意した。

 

『お前も出るのが条件だ』

「……え?」

 

 決意して五秒といったところか。アクアの気持ちが少しずつ沈んでいく音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

 

 アイの知らないところでアクアが動いていた夜、同時に苺プロダクションの事務所内で金髪に短髪、そしてサングラスをかけた社長──斎藤 壱護は深刻な表情で眼前の人物を見ていた。

 

「なぁ……決意は変わらないのか?」

 

 返事はない。しかし首を縦に振り意思を示す。

 

「スカウトしたときの話、覚えてるか? 俺はお前に三つの選択肢を出した。一つ、スカウトを断って今まで通り施設で暮らす。二つ、アイドルとしてデビューしいつかはアイドルタレント的な道を進めと言った。んで三つ……はぁ」

 

 最後まで言うことなくため息をもらす。今の壱護の心境は複雑だった。これほどの逸材ならいつか事務所を引っ張っていく出世頭として大成する、まず間違いなくアイドル界では伝説になるのではないかと思えるほどに。

 そしてその予想は半分当たりで半分は予測不可能といったところ。なにせポテンシャルの高さで言うのなら不動のセンターと何ら遜色ない、しかし予測不可能と判断したのは皮肉にもソレが原因だというのだから笑えない。

 

「アイドルを卒業して役者の道へ進む……だったよね?」

 

 蛍光灯に反射したヘアピンがキラリと輝く。まるで作られた人形のような整ったパーツ、白磁の肌は化粧などしなくても完成されている。そして一番目を引くのはその瞳、宝石のようにキラキラと美しい碧眼は見る者を魅力する魔性の眼だ。

 

「お前を初めて見た時に決めていたんだ。育て上げるのなら役者としてってな」

「えぇ〜? いっちーはアイドルにしか興味なかったんじゃないの?」

「例外ってのはいつの時代も突然来るもんだ」

 

 壱護の薄ら笑いにつられてクスクスと笑う少女──チトセは一呼吸おいてから真っ直ぐに壱護を見つめこう言った。

 

「だけど、いっちーの夢を叶えるまではアイドル続けるよ。それが私にできる最大限の親孝行だと思うから」

「……その夢が叶わなかったとしても、か?」

「叶うよ。だってB小町にはあの子がいるじゃない」

 

 迷いはない、戸惑いすら感じさせない凄みに壱護は思わず息を呑む。これ以上は何を言っても無駄だよ、そう思わせる雰囲気は十代の子どもがそうそう作れるものじゃない。であるならばそのカリスマ性はどこで培われたものなのか……聞いてみたい。もし許されるのであればチトセの全てを知りたい。

 

「だぁっークソッ! 割り切ったつもりだったのによぉ! これじゃ他の連中と変わんねぇなおい!」

「えぇ……急に怒ったりして何なの? 情緒不安定?」

「るっせーこの無自覚クソアイドル」

「──カッチーン。今のは殴っても私悪くないよね? ね?」

「待て待て! 今のはその……あれだ、言葉の綾ってやつだ。それよりチトセ、これからの事はどうするんだ? ん? ちゃんと聞いてやるぞ」

「いっちー……」

「やめろ。そんな目で俺を見るな」

 

 殴られまいと机に額を擦り付けてから話題を逸らそうとしたがどうやらチトセには哀れに思われたらしい。

 

「で、だ。ひとまず今受けている仕事は継続、時期をみて少しずつ仕事を減らしていくってプランか?」

「まぁ……そうなるかな。さすがに役者やりながら今のタスクこなせるほど器用じゃないし」

 

 ──嘘つけ。その気になればボロボロになるまで働くだろうが。

 

 声に出そうになったのをなんとか喉で押し留め考えるフリをしながらチトセの次の言葉を待った。

 

「ほんとは、ね……今の仕事続けたいの。スタッフの人は優しいし私自身も肌に合ってるっていうか……」

「なら、無理に役者を目指さなくてもいいんじゃないか? いつでもとは言わねぇがお前はまだ十代だ。焦る必要もないだろ」

 

 本音を言えばチトセにはこのままアイドルとして大成しやがてはテレビに引っ張りだこの『超大物芸能人』という泊を付けてやりたい。それが不可能ではないことを壱護は本人には言わないがそうなると信じている。これはこの業界に居続けた経験と親として子に向ける愛情、その両方からだ。

 

「それじゃダメなの。だってアイが……輝けない」

「っ……またそれか」

 

 ここにきて壱護を苛つかせる発言が飛び出してきた。チトセという少女はいつだってアイを中心に考えている。何をするにもアイが〜アイが〜とまるで呪言のように呟きアイの影に隠れようとするのだ。その結論に至る経緯は分からない、分からないが壱護にとってそれは声を荒げたくなるくらい頭にくるものだった。

 

「二言目にはアイ、アイってよぉ……てめえは芸能界を舐めてんのか?! そうやって積み上げたモン全部捨てて他の奴に譲るってのか? あぁっ?! そんなのは優しさでもお人好しでもねぇ、ふざけてるって言うだよっ!」

 

 もはや制御できない怒りを拳に宿し思いっきり机を叩く。それでもチトセは顔色一つ変えず壱護の睨みを真正面から受け止めた。その態度が火に油を注ぐ結果となるのは目に見えていると理解しているのに。

 

「てめえはあれかっ? 自分のおかげでアイがスターになれたって優越感が欲しいのか?! そのためなら自分を捨てれるってそう言いたいのかよっ!」

「……」

 

 頭の中が沸騰しそうなほど熱い。

 違う……チトセはそんなことを考えるような子ではない、分かっているはずなのに言わずにはいられない。反論したいのならいくらでも聞く、本当はこうでありたいんだという野望があるのなら持てる力を全て注いで支えてやりたい。だから何か言ってくれ……悲痛な叫びを言葉にできずただ乱暴な言い方でしか伝えられないもどかしさに壱護は言いながら目頭が熱くなる。

 そして、その想いに彼女はこう答える。

 

「私は……アイの奴隷(しんゆう)だから」

「んなっ……」

 

 ──全てを許す慈愛の女神のように、チトセは優しく微笑んだ。

 

「いつかアイは大きな舞台に羽ばたいていくの。私はそれを照らす道標でいい……でもねいっちー、役者をやりたいって気持ちはアイのためじゃないよ? 私が、心の底からやりたいっ! って思えるものなんだ。うん……わがままだってのは分かってる、だけどこの想いだけは信じて欲しい」

 

 頭の熱が急速に冷めていく感覚。里親として引き取ってからはや数年、ここまで自身の願いを訴えてきたのは初めてではないだろうか。アイのようにあれが欲しいこれが欲しいと我欲のためではなく家族に必要な物しかお願いしてこない他人行儀だったあの少女が……今は自分の為に懇願しているではないか。

 

「はっ……ははっ……」

 

 笑わずにはいられない。ようやく少女の内にある欲とやらを引き出してやったのだからその満足感は想像を遥かに超えている。

 壱護は見上げながら気持ちを整理するとおそらく笑っているのが不気味だったのか呆気にとられた表情のチトセにニヤッと口角を上げてこう言い放つ。

 

「信じるもクソもねぇ。スカウトした時点でお前の成功は九割保証されてる。じゃあ残りの一割は何かだって? んなもんあとは──俺がお前を信じるんじゃねぇ、お前が俺を信じて進むだけなんだよ! 分かったか自己満足なクソアイドル様よぉっ!」

「──っ!!」

「仕方ねぇから愛娘(・・)の成長を特等席で見てやるよ! 泣いたって容赦しねぇから覚悟しとけ!」

 

 ビシッと人差し指をチトセに向け白い歯を見せる。家族と言うにはどこかちぐはぐだった壁をぶち破る起爆剤になる予感がした。

 ここまでやる気になったのだから絶対に逃がしはしない、この暴れ馬の手綱を握れるのは自分しかいないのだとそう言い聞かせる。

 

「クスッ……いいよ。私、泣かないから」

 

 発破をかけられたチトセも壱護の気持ちに満面の笑みで答える。

 

 ──舞台で魅せる瞳の奥の星を輝かせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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