『お前はクビになりてぇのか!? あぁ!? あかねの出てるリアリティショーが人気出てるって言うから観てみたら……なんだこれはァ!? 総出演時間10分もいってねぇんじゃねぇか!?』
自分なりに、努力したつもりだった。
『チャンスだって言うのにこれっぽっちも目立ってない!! マネージャーのお前がしっかりしなくてどうする!!』
『ですが社長……あかねも十分頑張って──』
『頑張るだけじゃ金にならないんだよ!!』
でもそれは、なんの慰めにもならなくて。お世話になっている人たちに、迷惑をかけるばっかりで。
『……ごめんなさい、マネージャー……』
『──っ、聞こえてたか……。あかねは、精一杯やってるんだ。気にしなくていい……ちゃんと俺が、防波堤になるから……』
頑張らなきゃ……もっと頑張って、爪痕を残さなきゃ。
【そういや居たわこんな子。あかねだっけ?】【あかね別に居てもいなくても同じじゃない?】【あかねOUTでいいから男新メン増やして~~】
そして私は、精一杯頑張った。番組が、その視聴者が求めている存在になろうと努力した。
──それでも、どれだけ頑張ってみても、空回りしてばっかりで。
『目立つためにはどうすれば良いかって? そりゃあ、ユキやカナから男を奪う悪女ムーブだよ。これが出来たらキャラが立つし、間違いなく目立てる──もちろん、これは指示とかじゃない。でも、こういうの出来る子が売れるんだよねぇ……』
『ゆきちゃんと……かなちゃん、から……』
ディレクターの方にも助言してもらって。求められる存在になろうって、収録のたびにアドバイスをいただいて、実践した。
【あかね 好き #今ガチ の検索結果はありません】
自分のことで精一杯で。あの日はじめて、マネージャーが社長に頭を下げているところを見た。きっと、それは初めてじゃなかった。
頑張らなきゃ……もっと、もっと。迷惑を、かけないように……。
そうして、今日。収録を午後に控えた週末の午前。何度目かも分からない、今日こそは……と言う気持ちを抱いて、私は事務所の応接室で立ったまま待機していた。昨日の夜に突然、マネージャーに呼び出されて。
こういうことは珍しくないけど、今ガチに出演が決まってからは覚えがない。だから……また、迷惑をかけちゃったんじゃないかって。そんな不安ばかりが頭で渦を巻いていた。……なにせ、マネージャー経由とは言え、用があるのは社長らしかったから。
カラカラの喉で、何度目とも知れない生唾を呑んだ。そしてついに、応接室の扉が音を立てて開いたのだった。
「おっ、おはようございます!!」
「おう、おはようございます。センセイ、こちらが黒川あかねです……あかね、顔上げてご挨拶しろ」
「は、はい……?」
緊張のままに深く腰を折るも、社長は意に介さずに私にそう言った。言われたままに顔を上げて……ようやく私は、社長が誰かと一緒だと気づいた。そして、それはマネージャーではなく。社長の言葉を咀嚼すれば、センセイ、と呼ばれるような立場のひとらしかった。
「はじめましてっ。劇団ララライにて役者をしております、黒川あかねと申します……」
「……はじめまして。苺プロダクション所属の心理カウンセラー、比企谷八幡です。よろしく」
苺プロダクション……その事務所には聞き覚えがあった。国民的アイドル、星野アイが所属する事務所であり。今ガチでも──かなちゃんと。女優有馬かなと恋愛ストーリーを繰り広げている俳優、星野アクアが所属していたはず。
「それじゃあ先生、私はこれで。事務室に居ますんで、何かあれば声をかけてください……あかね。こちらの比企谷先生がお前の話を聞きたいそうだ。劇団としてのメンタル……ヘルスケア? 支援強化の一環だ、協力して差し上げろ。いいな?」
「は、はい……っ」
他人が書いたメモでも読むような口調で、社長はそう言い残して部屋から立ち去ってしまった。応接室には、私と……心理カウンセラーだと言う比企谷先生だけが取り残されていた。
「急に押し掛けて悪かったな、改めて比企谷だ。すまんが少し付き合ってくれると助かる」
「私なんかで良ければ……」
比企谷先生はソファに腰を下ろして、対面に座るよう手で促した。それに軽く頷いて、私は先生の正面に座る。
……心理カウンセラー。どうして私に? そもそも、社長とはどういう繋がりで……いくつもの何故が、答えの出しようもないまま私を混乱させていた。
そんな私の胸中を見て取ったのか、あるいは事前に用意していたのか。比企谷さんは、自然な態度で……ともすればぞんざいにも見える仕草で、説明をしてくれた。
「何から話せばいいか……まず、苺プロ所属とは言ったが、業務委託でな。つまり自営業で、カウンセリングの仕事は常にある訳じゃない。今回お宅の事務所には、カウンセラーの売り込みに来たってところだ」
「なる、ほど……?」
それにしては社長の対応がやけに丁寧だったし、私に対する態度は投げやりにも見える。彼の言っていることがどこまで本当か判断がつかない。
けれど、そんな疑問にもまた、比企谷先生は先回りして答えてくれた。
「……ってのは、まぁ、建前なんだが。俺の友人に、以前この事務所に……劇団ララライに所属していた奴がいる。そいつが社長に対して、ちょっとした弱みを握っててな……こうして俺のワガママを通してくれたって訳だ。……いや、あいつの願いでもあるから俺だけのワガママってことも無いが……」
「ワガママ、ですか……?」
「あぁ。あんまり言い触らすのも恥ずかしいんだが……芸能界ってのはそこそこ闇深い界隈だ。分かるだろ? ……そこで、誰にも助けを求められずに自分を殺して──最悪なことに、比喩じゃ済まなくなるケースも
「自分を殺す……」
比喩じゃ済まなかった。つまり、芸能界で絶望して……自ら死を選んでしまった、人たちが居た。先生はそう
「それを、まぁ、減らせたらいいなって話だ。だから自分の手が届く位置に、それらしい人物、あるいは体制があったらアプローチをかけてる訳だな。今回の場合は、ようするにそういうことだ」
比企谷先生と、その友人は。私を──あるいは劇団ララライと言う事務所の体制を、カウンセリングで助けたいと思ってくれている……と。そういう、ことらしかった。
「あー……俺の言動について言いたいことがあるのは分かる。一応俺も、相応しい態度の訓練は積んだんだ……が、どうも評判が悪くてな。少なくとも、年少相手には自然体で接しろって口酸っぱく……なぁ黒川さん。迷惑じゃなかったらひとつ、女優として俺の態度に点数つけてくれないか?」
静かに先生の説明を聞く私に思うところがあったのか、先生はバツが悪そうに自分の態度の言い訳をした。かと思えば、その振る舞いが正しいのかどうか、私に判断して欲しいと言う。
自分なんかが……とは思ったけれど。先生に協力して差し上げろ、との社長の言葉が思い出されて。
「はい、私なんかで良ければ……」
そう答えるしかなかった。すると、比企谷先生はスッと背筋を正して、目元を柔和に細めて。口元に微笑を湛えて流れるように言葉を紡ぎ出す。
「それでは黒川さん。私の表情・口調・仕草等の振る舞いが、初対面のカウンセラーとして信頼関係を築く一助になるかどうか、率直にお聞かせいただけますでしょうか」
顔に、声に震えは見えない。訓練を積んだと言うのが事実なのは疑いようもない。……でも、どこか。先生のこれが評判が悪い、と言うのは直感的に納得してしまった。わざわざ私に意見を求めてくれたのだから、なんとなく、ではなく。しっかりと理解して、言語化しなくてはならなかった。
「えっ……と、その。確かに、自然体でお話ししている方が……親しみやすい、と言いますか。笑っているのではなく、笑顔を張り付けているように見える……かも知れません。微笑む練習をしたのではなく、そう見える表情筋の固定方法を習得した、みたいな……すみません! 生意気なことを……っ」
そこまで言ってしまってから我に返り、私は先生に頭を下げた。無礼講だと言われて真に受けるようなものだった。関係性を築けている間柄ならともかく、さほど関わりのない相手に許される物言いじゃなかった。
「いや、助かった。こうして初対面の人と話すたびに悪あがきしてるんだが……これでようやく諦めがつきそうだ。少なくとも、俺が愛想よくすると年下受けが悪いのは間違いない」
けれど、私が後悔に唇を噛む直前、先生はそう言ってまた肩の力を抜いた──それを見て。思わず私も、ほぅっと息を吐いて心を落ち着けることが出来た。
不愛想に見えて、相手に威圧感を与えない。先生はそんな不思議な人だった。
「まぁそんな訳だから、おっさんの
比企谷先生の言葉で、本題を思い出す。そうだ、彼は
「んで、だ──『今からガチ恋始めます』、通称"今ガチ"……黒川さんはこれに出演しているよな? 実は俺も、最初から追っててな……星野アクア、知ってる?」
「はい、共演者ですから……」
「気づいてるかも知れないが、俺が契約させてもらってる苺プロ所属の役者だ。事務所で顔合わせることもあって、年の差の割には仲が良くてな。いち視聴者として、今期の今ガチにはそこそこ詳しい……そこで、黒川さんが気になった」
「私が……」
ドキリとした。一抹の期待と、それを搔き消すほど大きな恐怖。視聴者から面と向かって名指しで、居なくても変わらない。居ない方が良い、と突きつけられることを恐れた。
でも、先生の口から飛び出た言葉は、まったく予想していないものだった。
「俺の目には、黒川さんが追い詰められているように見えた」
「──ッ」
「職業病ってヤツだな……黒川さんも経験あるんじゃないか? 役者をやるようになってから、舞台を純粋な気持ちで楽しみづらくなった。一般人として、観客席でただ享受すれば良いものを、女優としての自分が批評しちまうことは?」
もちろん、ある。セリフが飛んじゃったんだな。うまくリカバリーしたな。私がもしその役だったら──そんな経験は、数えきれないほどあった。
「だよな。俺みたいな、わざわざ芸能界に首突っ込んでカウンセラーやってる人間からすると、未成年の恋愛リアリティショーなんてのはまさにソレなんだよ。恋愛感情なんて繊細なシロモノを、多感な十代が切り売りして数字を稼ぐ。社会問題になったこともあるくらいにはデリケートなコンテンツだ……誰でも気軽にSNSで発信できる近年じゃ特にな」
胸が跳ねる。図星を突かれたような、言い表しがたい引け目を感じた。
【あかね 好き #今ガチ の検索結果はありません】
SNSで好ましい反応を求めて、期待するのがバカなくらいそれは無くて。逆の意見を見ては、頑張らないと……と焦燥感に苛まれる。
どうすれば良いか分からなくて、自分に出来ることを探して。何度も何度も、空回りした。
『目立つためにはどうすれば良いかって? そりゃあ、ユキやかなから男を奪う悪女ムーブだよ』
でもようやく、ひとつだけ具体的なアイディアを貰えた。今日の午後……今日の収録こそは、って。そう思って家を出た。
「だから……何度目かにはなるんだが、改めて営業だ。黒川さん──俺にカウンセリングを依頼してみないか? 初回無料、もちろんここで聞いたことは一切漏らさない。口でも、文字でもな。誰にも言えなかった悩み、苦しみ……そこまでじゃなくても、仕事に対する取り組み方だっていいんだ。なんなら、一般通過視聴者に対するアンケート程度でも構わない……俺に、黒川さんの話を聞かせて欲しい」
迷惑を、かけたくない。カウンセリングに応じたと言う事実すら、マネージャーに心配をかけたり、社長の不信感を買いかねない。
だから、カウンセラーの先生を呼んでまでお話しするような悩みは無い……と言いかけて──思考はそこで立ち止まった。
『仕事に対する取り組み方だっていいんだ』
『目立つためにはどうすれば良いかって? そりゃあ、ユキやかなから男を奪う悪女ムーブだよ』
ディレクターに、具体案を貰った。もしそれを私が実行したとして──今ガチの視聴者だと言う比企谷先生は、どう捉えるのかが気になった。
今ガチを盛り上げる悪女キャラとして、視聴者には受け入れてもらえるのか──目立って、マネージャーや社長を満足させることが出来るのか。聞いてみたく、なってしまった。
口の中は相変わらず、乾いたままだった。けれど、その言葉を口にしただけで──どこか、私の心は軽くなったような気がしていた。
「……今ガチで、試してみようと思っていることが、あるんです。これまでの今ガチを踏まえて……視聴者はそれを、どう捉えるのか。良かったら、ご意見をいただきたい、です……」
「──もちろん、聞かせてくれ」
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