ほぼ書きなぐり。
滝のような雨が降り続く森を2つの人影が歩いていた。背の高い人影と、小柄な人影。ともにフード付きのマントを被っているが、この雨ではほとんど意味をなしていない。
「クソッ、クソッ……! 今日中にはバルバリ砦についているはずだったって言うのに。この雨のせいで予定が狂いやがった!」
背の高い人影は大声で悪態をつきながら、足元の泥を蹴散らすようにして歩いていた。彼の予定では今日の昼には砦に到着し、余裕をもって戦闘の準備をおこなうことになっていた。しかし今の時刻と現在位置から、今日中に砦にたどり着くことは不可能であった。
「っ……」
対照的に、小柄な人影は何も言わず、雨に打たれながら俯いて歩いていた。その息遣いから、余計な言葉を発することができるほどの余裕がないことがわかる。
「畜生、もう日が暮れるじゃないか!」
背の高い人影は吐き捨てるように叫んだ。すでに日は沈み、あたりは暗くなり始めている。夜の森を、しかも雨の降る中歩くことは危険である。彼は周りを見渡し、そして近くの岩壁に洞窟の入り口のようなものを見つけた。
「チッ……、あそこで今日は休むぞ」
舌打ちをしながら、背の高い人影は洞窟の中へと入っていった。彼の予定では今夜は砦のベッドを借りて寝るはずだったが、この雨のせいで予定が狂い、もはやそれどころではない。彼の機嫌は最悪だった。
「クソッ……!」
もう一度大声で悪態をつくと、背の高い人影は雨で重くなったフードを脱ぎ、洞窟の地面にたたきつけた。フードの中から、雨に濡れた黒髪が垂れ下がる。
背の高い人影は、国を危機に陥れる魔王を討伐するために旅を続ける青年、ギフラであった。ギフラは荷物をまとめて地面に放り投げると、そのままドカッと洞窟の地面に座り込んだ。そして、やや乱暴に水筒を取り出すと、水を喉に流し込む。
「はあ……、最悪だ……」
ギフラは呟くようにそう言うと、空になった水筒を放り投げた。水筒が転がった先には、ギフラの後ろをついてきていた小柄な人影が座り込んでいる。
「はぁ……はぁ……」
小柄な人影は、ギフラと対照的に苦しそうに息をしていた。その息づかいからは、彼女の疲労が伝わってくる。彼女はずっとうつむいており、その表情をうかがい知ることはできない。
「チッ……、おい! 何休んでるんだ。早く火を起こせ。それから水を汲んで来い」
ギフラは小柄な人影に向かって、吐き捨てるように言った。しかし、小柄な人影からは何の返事も返ってこない。
「おい、コルネ!」
ギフラはもう一度、今度は語気を強めて怒鳴った。すると、小柄な人影……コルネはゆっくりと顔をあげた。幼い顔立ちが露わになる。
コルネはギフラに従者として従う治癒術士だった。ギフラは彼女が魔王の封印に携わった一族の出身であり、魔王の討伐には欠かせない存在であると聞いていたが、不器用で要領の悪いコルネのことは煩わしく思っていた。
「っ……、わかり、ました……」
コルネはか細い声で答えた。そして、ゆっくりと立ち上がると、洞窟の奥の方に向かっていく。彼女の長い金髪からは水滴が滴り落ちていた。コルネは小柄な体躯に不釣り合いな大きな荷物を降ろすと、火打ち石を懐から取り出した。
「おい、早くしろよ」
コルネが火打ち石を打ち鳴らす音が洞窟内に響き渡る中、ギフラは苛立ちながら言う。すでに日は沈みきっており、あたりは完全に暗闇となっていた。洞窟の中は寒く、雨に濡れた二人の体温と体力を奪っていく。
「おい、コルネ!」
なかなか火が点かないことに苛立ち、ギフラは語気を強めて言った。
「ごめん……なさい、あの……もう少しで……」
コルネは消え入りそうな声でそう答え、また火打ち石を打ち鳴らす。そしてやっとのことで、小さな炎が灯った。洞窟の中がわずかに明るくなる。
「ったく……遅すぎるんだよ!」
ギフラは苛立ちながらそう言うと、コルネが起こした焚火の前に座り込んだ。
「ふぅ……」
火を起こし終えたコルネも、ギフラのすぐ隣に腰を下ろす。彼女の顔は青ざめており、先ほどより体調が悪そうに見える。
「おい、何座ってるんだよ。水を汲んで来いって言っただろ」
「ぁ……」
ギフラにそう言われ、コルネは慌てて水筒を拾うと、洞窟の出口に向かって歩き始めた。コルネが暗闇に消えていくと、ギフラは一息つく。
「ったく……」
しばらくした後、水筒を持って戻ってきたコルネからそれを受け取ると、彼は水を喉に流し込んだ。そして大きくため息をつく。
「明日は絶対にバルバリ砦まで行軍するからな。これ以上予定を遅らせるわけにはいかないからな」
「……」
ギフラの言葉に、コルネは小さくうなずいた。
翌日、目を覚ましたコルネが感じたのは、ズキズキとした頭痛と悪寒だった。
(あれ……? 体、おかしい……)
コルネはそう思いながら、ゆっくりと体を起こす。そして、自分の額に手を当てた。
(熱い……)
彼女の手のひらに、明らかに平熱ではない温度が伝わってくる。彼女はすぐに、自分の体温がかなり上がっていることに気づいた。
(風邪……引いちゃったのかな……?)
コルネはそう思いながら洞窟の出口の方を向いた。ギフラはすでに起きており、焚火の前で剣の手入れをしている。コルネは昨日のことを思い浮かべた。雨の中を長時間歩き続けたため、彼女の体は想像以上に疲弊していたのだろう。
「あの……ギフラ、さん」
コルネは焚火の前に座っているギフラに話しかけた。ギフラはコルネの方を振り向き、返事をする。
「何だ?」
「あの……、私……」
コルネはそこで言葉を詰まらせた。そして、そしてそれまでよりもさらに小さな声で続ける。
「ご、ごめんなさい……、熱があるみたいなので……今日はここで休んでもいいですか……?」
ギフラに体調が悪いことを告げると、彼はチッと舌打ちをした。
「お前、昨日の俺の話聞いてたか? 今日中に砦まで行軍するって言ったよな?」
ギフラは強い口調で言う。
「うん……」
「それなら今日は休みたいなんて言葉が出るのはおかしいだろうが」
「でも……」
「でも、じゃねえよ。体調管理なんて基本中の基本だろうが。それを怠ってなに甘えたこと言ってんだよ」
「っ……」
ギフラの言葉に、コルネは言葉を詰まらせた。反論しようにも熱で頭が回らず、うまく言葉を発することができなかった。
「いいか?俺たちは今魔王を倒すために旅をしてるんだぞ?こんなことで足止め食らってたらいつまでたっても魔王のもとにたどり着けないだろうが」
「うん……」
コルネは唇を震わせながら、小さな声で返事をした。涙腺が緩み、今にも涙がこぼれ落ちそうになる。
(そんなこと……わかってるもん……)
コルネは心の中でつぶやいた。しかし、今の彼女はその反論を口に出すことができない。
「おい、泣いてる暇があったら早く準備しろよ。出発するぞ」
ギフラはそう言うと、さっさと荷物をまとめて洞窟の外へと出て行った。
「ぁ……、待って……」
コルネは小さな声で言ったが、ギフラは振り返ることなく、そのまま洞窟の外へと行ってしまった。
(おいて行かれちゃう……!)
旅慣れていないコルネは、ひとりおいて行かれたら何もできないしどこにも行けない。慌てて寝具を片づけ、荷物をまとめる。しかし、頭痛と倦怠感で体に力が入らず、思うように動くことができない。
(あたまいたい……)
視界がぼんやりとし、荷物をまとめるのにいつもより時間がかかってしまう。ちらりと外を見ると、ギフラの姿が徐々に小さくなっていくのが見えた。
(早くしないと……)
コルネはそう思うと、ゆっくりと立ち上がった。そして、ふらつく足取りでギフラの後を追う。
「はぁ……はぁ……」
コルネは息を切らせながら森の中を歩き続けた。足元がおぼつかず、何度も転びそうになる。昨日の雨は止んでいたが、地面はまだぬかるんでおり、彼女の足を汚した。
「はぁ……、あっ……」
小石に躓き、バランスを崩して地面に倒れこんだ。泥で服が汚れる。しかし、彼女はすぐに立ち上がると、再び歩き始めた。
「おい、遅いぞ」
コルネがやっとのことでギフラに追いつくと、彼は不機嫌そうな声で言った。
「ごめん……なさい……」
弱々しく返事をするコルネ。しかし、ギフラは彼女の声など耳に入らないかのように、再び歩き出した。コルネもその後をついていく。
「はぁ……、っ……」
彼女の口からは苦しげな吐息が漏れる。熱で頭がぼーっとし、体中に力が入らない。コルネはフラフラとした足取りでギフラの後をついていく。
(あたまいたい……きもちわるい……)
コルネは今にも倒れそうだった。足元がおぼつかず、視界がぼやける。気を抜くとその場にしゃがみ込んでしまいそうになる。
(もう少し、もう少しで砦に着くから……)
彼女は自分を鼓舞するように心の中でつぶやく。そして、重い足を一歩ずつ前へと進める。そんな時だった。
「チッ……、モンスターか!」
「ぇ……?」
ギフラの舌打ちが、コルネの耳に入った。そして、彼女はとっさに顔を上げる。
(モンスター……?)
彼女の視線の先には、3匹のオークが道を塞ぐようにして立っていた。手には斧を持っており、こちらに敵意を向けていることがわかる。
(もう少しなのに……!)
もう少しで砦にたどり着けると、そう思っていた矢先のモンスターの襲来。熱と疲労で弱気になっていたコルネはその場に立ち尽くしてしまった。
「おい、強化!」
剣を抜いたギフラの指示にコルネは咄嗟に杖を構える。しかしコルネの頭は朦朧としており、うまく魔法が発動しなかった。
「え……? あれ……?」
「何やってるんだ!」
ギフラの怒号が響くが、コルネは茫然とした表情で立ち尽くすばかりだ。
「強化魔法くらい使えるだろ!」
「ご、ごめんなさいっ……」
(なんで……? うまくできない!?)
いつもなら簡単にできるはずの強化魔法がうまくできない。頭が重く、集中力が保てない。コルネの目に涙がにじむ。
そうしているうちに3匹のオークは一斉に斧を振り上げて襲い掛かってくる。
「ぃゃ……」
小さく悲鳴を上げて目を瞑るコルネ。
しかしオークの斧がコルネに振り下ろされることは無かった。
「クソッ!」
ギフラが悪態をつきながらコルネを突き飛ばす。足元が覚束ないコルネは簡単に地面に倒れた。それによってオークの攻撃は空を切った。
「オラァ!」
その隙を見逃さず、ギフラがオークの心臓に剣を突き立てる。
「あああ!?切れ味ぃ!」
ギフラの剣は一撃でオークを絶命させたが、強化魔法の乗らなかった剣の切れ味はいつもより悪く、オークの体に突き刺さったまま止まってしまっていた。ギフラは怒りの滲んだ声で叫びながら絶命したオークの体を蹴り、強引に剣を引き抜いた。そしてその勢いのまま剣をフルスイングして2匹目のオークの体を斜めに真っ二つに切り裂いた。そして剣はそのまま地面に突き刺さって今度こそ抜けなくなった。
「オオオォォッ! 死ねよクソブタがァ!!」
武器を失ったギフラに向かって最後に残ったオークが武器を振り下ろすが、ギフラはオークの懐にもぐりこむとナイフを抜いてオークの胸を突き刺した。オークが胸を押さえて後退りすれば、ギフラは地面に刺さった剣の柄を握ると思いきり引っ張って引き抜き、ナイフの柄尻に打ち付けた。ナイフが深々と突き刺さったオークは背中から倒れて動かなくなった。
コルネはその一部始終をぼんやりと見守っていたが、剣を収めたギフラが彼女の前に立つと、我に返りギフラを見上げながら口を開いた。
「ぁ……」
しかしコルネが何か言う前にギフラの手がコルネの髪を乱暴に掴み、強引に立ち上がらせた。
「ぅぁあっ……!?」
「おい、今の戦いはどういうことだよ。やる気あるのか?」
「ご、ごめんなさっ……」
ギフラはコルネを怒鳴りつける。熱と倦怠感で朦朧としているコルネの頭は混乱し、謝ることしかできなかった。
「謝ればいいと思ってんのか? お前、何のためにここにいるんだよ!」
「ぅ……、ごめんなさっ……」
「だから謝れば済むと思ってんのかって聞いてんだよ!」
ギフラはコルネの髪をさらに強く引っ張り、コルネの顔を覗き込む。コルネの目からは大粒の涙がこぼれ、顔は苦痛に歪んでいた。
「ぁ……、ごめんっ……なさい……」
「クソッ! もういい!」
ギフラは吐き捨てるように言うとコルネの髪を放した。そして崩れ落ちるコルネをに背を向けて歩き出す。
「ぁ……、待って……」
「悪いと思ってるなら座ってないでさっさと歩けよ」
「ぁ……」
コルネはよろけながら立ち上がると、覚束ない足取りでギフラの後をついて行く。彼女の頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられなかった。彼女の足を動かすのは、ただ置いて行かれたくないという恐怖心だけだった。