正月。アクセルの街は、年末のドタバタが嘘みたいに浮かれていた。
屋台は出る、酒は出る、門松は出る。出る出る詐欺じゃなくて、全部出てる。
で、俺――佐藤和真はというと。
「……結局、普段通りだな」
バイトをして、アクアの無駄遣いに頭を抱え、めぐみんの爆裂魔法に付き合わされ――そして、ブレーザーさんが空を飛ぶのを眺めに行く。
正月だろうが何だろうが、うちのパーティは平常運転。
平常運転のくせに、事故率だけは年中無休で高い。
そんな俺の前に、ギルド受付嬢が満面の営業スマイルで依頼書を差し出した。
「カズマさん、年始限定の緊急依頼です。報酬、良いですよ?」
報酬が良い。
この言葉に反応しない冒険者は存在しない。俺も例外じゃない。
「……いくらだ?」
「二十五万エリス。追加条件を満たせば、三十万エリス」
「よし受ける」
即答した。
アクアが横から覗き込む。
「えっ、ちょっと! 何の依頼よ! 正月なんだからまずはお雑煮とかおせちとか――」
「金があればおせちは豪華になる」
「正論やめて!」
受付嬢は、咳払い一つで依頼内容を読み上げた。
「依頼名:鏡餅ゴーレム回収。暴走して倉庫街を荒らしている鏡餅ゴーレムを――“破壊せずに捕獲して回収”してください」
「……捕獲?」
俺の眉が勝手に寄った。
この世界の“捕獲”って、大抵面倒なんだよ。倒すより難しい。倒した方が早い。倒したくなる。でも倒すと怒られる。
「はい。正月の奉納用に用意された鏡餅が、魔力を吸ってゴーレム化したようで。破壊すると街の人たちが泣きます」
めぐみんが、腕を組んで自信満々に言った。
「ふふっ。つまり、爆裂魔法の出番ですね!」
「出番じゃねえよ! 真逆だよ!」
俺が突っ込むと、めぐみんは真顔で言い返す。
「ならば……爆裂魔法を“使わない”という、究極の我慢を見せる時ですね!」
「言い方が格好いいだけで我慢は我慢だろ!」
ダクネスが胸を張る。
「捕獲、いいじゃないか。私は拘束が得意だ。縛る、抑える、押さえつける――」
「それはお前の趣味だろ」
アクアはなぜか目を輝かせた。
「鏡餅! 食べられるの!? 食べられるのよね!? やったぁ!」
「食べるな。依頼物だ」
そして最後に、無言で椅子から立つブレーザーさんがいた。
相変わらず言葉はほぼ分からない。だが、雰囲気で分かる。
――狩る気だ。
「ストップ! 今回は破壊禁止だから! 刺しちゃダメ! 槍で貫くのダメ!」
「ジュワ……」
返事っぽい音は出した。
出したが、納得しているかは怪しい。危険なほど怪しい。
倉庫街に着くと、いた。
鏡餅ゴーレム。
でかい。白い。つやつやしてる。
二段重ねの餅に、橙っぽい何かが頭に乗っている。しかも、ぬらぬらしている。完全に“食い物”の見た目なのに、動くたびに地面がズン、と震える。
「……なんで食い物がこんなに怖いんだよ」
ゴーレムは倉庫の壁に体当たりし、木箱を粉砕していた。
周囲の商人たちが悲鳴を上げて逃げ回っている。
受付嬢の追加条件はこうだ。
“可能なら、鏡餅の形を崩さず回収すること。形が綺麗なら追加報酬。”
ふざけるな。
戦闘中の鏡餅に「形を崩すな」とか、牛に「息するな」って言ってるようなもんだ。
「よし、作戦だ」
俺は手早く指示を出す。
「ダクネス、前に出て引き付けろ。餅が突っ込んでくるのを受け止める――いや、受け止めなくていい。避けろ。受け止めるな」
「受け止めたい!」
「黙れ。めぐみんは爆裂禁止。代わりに足止め系――」
「……小規模魔法は苦手です」
「役に立て!」
「アクアは浄化で“滑り”を落とせるか試せ。餅がぬめってるのが厄介だ」
「任せなさい! 女神の浄化で鏡餅を清めて――」
「清めるのはいいけど溶かすなよ!」
最後に、俺はブレーザーさんを見た。
「ブレーザーさんは――捕獲だ。刺すな。破壊するな。分かった?」
「……ジュワ」
怖い。返事が軽い。軽すぎる。
だが、ここで俺は思い出した。
キャベツ狩りの時、ブレーザーさんは槍を“釣り竿”みたいにして捕獲していた。
「そうだ。釣りだ。釣りでいける」
俺はブレーザーさんの手元を指差した。
「槍を伸ばして、先端で引っ掛けて、引き寄せる。分かる? 釣り!」
「ジュワァ……!」
目が……光った気がした。
いや、気がしただけだよな? うん。気のせいだ。そうであってほしい。
開戦。
ダクネスが真正面に立つ。
「来い! 鏡餅! 私を食べ――」
「食べるな! 受け止めるな! 避けろ!」
俺の叫びが遅かった。
鏡餅ゴーレムが突進し、ダクネスに――
「ぐはぁっ! なんだこの粘着力は! 体が……離れない……!」
ぺたり。
餅がダクネスに張り付いた。
ダクネスは恍惚の表情で震えている。
「最高だ……押しつぶされる……いや、包まれる……!」
「今それ言ってる場合か!」
めぐみんが慌てて詠唱しようとして、俺に睨まれて止まる。
アクアが浄化を放つ。
「セイクリッド・クリエイト・ウォーター!」
水が飛んだ。餅が濡れた。
結果。
餅が、さらに、ぬらぬらになった。
「悪化してるじゃねえか!」
「えっ!? 清めたのに!?」
「清めた結果ツヤが出たんだよ! 食欲そそる方向に清まるな!」
その瞬間、ブレーザーさんが動いた。
「■■■■■■■■■■■―――!」
叫んだ。
そして光の槍が伸びた。伸びて伸びて、まるで釣り竿のようにしなって――先端が鏡餅ゴーレムの側面に、ぐさり。
「よし! 引け! 引いてこっちに寄せ――」
俺が言い切る前に、異変が起きた。
槍が、抜けない。
餅に、刺さったまま、離れない。
しかも、引けば引くほど――餅が伸びる。
「伸びる! 鏡餅が伸びる! しかも切れない! 切るな! 切れたら形が崩れる!」
ブレーザーさんが力任せに引く。
鏡餅ゴーレムが、びよーん、と伸びた。
「うわああああああ! それ、餅の形じゃなくて餅の人生が崩れてる!」
ダクネスが張り付いたまま叫ぶ。
「カズマ! 私も伸びる! 伸びているぞ!」
「お前は黙ってろ!」
そして最悪の展開。
餅が槍を伝って、ブレーザーさんの腕に張り付いた。
「やめろ! ブレーザーさんが餅まみれになる!」
だがブレーザーさんは止まらない。狩りスイッチが入っている。
入っている上に、今は捕獲だから「刺す」より「引く」に集中して、さらに力が出ている。
結果。
鏡餅ゴーレムは引かれ、ぶん回され、倉庫街の空を――
「投げるなぁぁぁぁぁ!!」
ブレーザーさんの勢いで、餅が空中で回転した。
回転しながら、ダクネスが張り付いたまま一緒に回転した。
「うおおおおお! 眩暈がする! 最高だ!」
「最高じゃねえ!」
めぐみんが目を輝かせた。
「素晴らしい! あれは爆裂魔法にも劣らぬ回転――」
「劣るわ! 何も解決してねえ!」
アクアが泣き叫ぶ。
「やだぁ! 餅が飛んでくる! お正月が襲ってくる!」
鏡餅ゴーレムが着地し、地面が震え、周囲の木箱が割れた。
商人たちの悲鳴が増えた。
俺は頭を抱えた。
「……捕獲って、こんな地獄だったか」
このままじゃ、形どころか倉庫街が終わる。
俺は現場判断を下した。
「アクア! 檻! 例の檻持ってこい!」
「えっ、また私を入れるやつ!?」
「違う! 鏡餅を入れるんだよ!」
「信用できない!」
だが、檻はある。なぜならアクア用に常備されているからだ。
悲しすぎる現実。
ダクネスがようやく餅から引っぺがされ、ずるずると地面を滑って戻ってくる。
「カズマ、檻なら私が持つ!」
「お前、今日は役に立て。頼む」
めぐみんが腕を組む。
「ふふっ。捕獲なら、私の知恵が必要ですね。カズマ、ここは餅の弱点――“冷えると固くなる”を利用しましょう」
「冷やす魔法、使えるのか?」
「使えません」
「役に立て!」
そしてブレーザーさん。餅まみれで息を荒げている。
「ブレーザーさん! 釣りは失敗だ! 今度は“誘導”だ! 檻の中に誘導する!」
「ジュワァ……!」
納得したのかしてないのか分からないまま、ブレーザーさんは槍を構えた。
頼むから刺すな。刺すなよ。
俺は鏡餅ゴーレムの前に立ち――もちろん距離は取って――囮の声を出す。
「おい餅! こっちだ! ……えーと、餅って何で釣れるんだ!? きな粉か!? 砂糖か!? 正月の恨みか!?」
「カズマさん、餅に恨みがあるの?」
「今ある!」
アクアが檻を地面に置き、浄化の水を檻の周りに撒いた。
「これで滑って檻に入るはず!」
「それでうまくいったら苦労しねえ!」
だが、奇跡が起きた。
鏡餅ゴーレムはぬめった地面で踏ん張れず、ずるっと滑り――檻の方へ。
「よし! 今だ! ブレーザーさん、押せ! でも刺すな! 押すだけ!」
「■■■■■■■■■■■―――!」
ブレーザーさんが叫び、槍の柄で――押した。
押した、はずだった。
だが、槍の先端が、ほんのちょっとだけ、餅に触れ――
ぺたり。
餅がまた槍に張り付いた。
「やめろぉぉぉ!」
俺の叫びもむなしく、ブレーザーさんが反射的に引く。
引いた結果、餅が檻の中へ――入った!
「入った!? 入ったぞ!」
次の瞬間。
アクアが転んだ。
転んで、檻に手を突いた。
そのまま檻の扉が閉まった。
「え?」
檻の中には、鏡餅ゴーレム。
そして、なぜか、アクア。
「ちょっと待って!? なんで私も入ってるの!? うそでしょ!? 正月早々、女神が鏡餅と同居!?」
鏡餅ゴーレムが、檻の中で、もぞもぞ動いた。
そして、ぺたり。
アクアに張り付いた。
「ぎゃああああああ! やだやだやだ! カズマさん助けて! 私、鏡餅に食われる! いや食われるならまだいいけど、張り付くのは嫌ぁぁぁ!」
「食われるのも嫌だろ!」
めぐみんが目を輝かせる。
「……なるほど。アクアが橙の代わりになるんですね」
「ならない! ならないから!」
ダクネスが感心したように言う。
「素晴らしい。正月の供物に女神が組み込まれるとは、まさに神話的だ」
「神話にするな!」
結局、俺たちは“捕獲成功”として鏡餅ゴーレムをギルドに引き渡した。
形は――まあ、形だ。二段は保っている。上の橙枠は、アクアだ。青いけど。
受付嬢は笑顔が引きつっていた。
「えー……確認しますね。鏡餅ゴーレムは回収。破壊は……していません。形も……一応……」
「一応って言うな」
「ただし、橙が……女神……」
アクアが檻の中で叫ぶ。
「私は橙じゃない! 女神よ! 早く出して! ねえ! ねえってば!」
受付嬢は深呼吸して、事務的に言った。
「追加報酬は無しで二十五万エリスです。あと、檻の清掃費が差し引かれます」
「差し引くなぁぁぁ!」
俺が叫ぶ横で、めぐみんが満足そうに頷いた。
「今年も良いスタートですね」
「どこがだよ!」
ブレーザーさんは餅の残骸が腕に付いたまま、首を傾げて言った。
「……ジュワ?」
いや、俺に聞くな。
俺が聞きたい。
――どうして正月の捕獲依頼で、女神入り鏡餅が完成するんだよ。
その日の夜。
俺たちの食卓には、差し引かれたはずの“鏡餅の欠片”が、なぜか山盛りで並んだ。
「いただきまーす!」
「食うなって言っただろ!」
めぐみんは嬉しそうに笑い、ダクネスは餅の粘着を名残惜しそうに眺め、ブレーザーさんは無言で餅を見つめている。
アクアだけがまだ檻の中で、青い顔で叫んでいた。
「ねえ! 私の正月どこ!? ねえってばぁぁぁ!」
俺は天井を仰いだ。
「……まともな正月は、うちには来ないのかよ」