隻腕の狼、テラに忍ぶ。 作:子犬
隻狼の方はそれなりにやっていましたが、アークナイツの方はまだまだ初心者のにわかドクターなのでどこか間違えている箇所がありましたら大目に見てくださると幸いです。
悲願成就。 その先
戦乱渦巻く日ノ本。
月明かりが、滅びゆく国に差していた。
その国の名は、──葦名。
国盗りによって興されたこの国も、内府軍からの侵攻を受け今や滅亡の瀬戸際。
戦果で得た国が、戦火に滅びる。
血生臭い、戦国の世にはままある事だ。
内府の火攻めにより焼け朽ちてゆく城の外れ──水手曲輪の抜け道の先。そこに広がるススキ野原で一人の隻腕の忍びが自らの首に刃を当てていた。刀身に赤黒い瘴気を纏った大太刀、【不死斬り】。尋常の術では殺すことが出来ぬ、死なずすらをも殺す刀である。
ふと忍びは目の前に横たわり眠っている主──九郎を見た。竜胤と呼ばれる呪われた血のもとに生まれ、"竜胤の御子"として生きてきた少年も、次は人として目覚めるであろう。
だが、これでは主の願いは成されない。主の願いは、不死断ち。すなわち呪われた不死の力、竜胤を断つことである。
竜胤の御子が人となった今、最後に残った不死の残党である己を斬ることで、主の大願は成されるのだ。
「最後の不死を、成敗致す」
主のため、葦名の城下を、死なずの探求に魅入られた寺を、深き谷や地の底を駆け回り、幾度死のうとも蘇るその身体で立ち塞がる全てを斬ってきた。
その果てに、悲願が成される。
主の悲願に尽力し、為す。まさに忍びの本懐であった。たとえその果てに、自らが死のうとも。
「──人として、生きてくだされ」
そうして少しの回顧を終えた隻腕の忍び──"狼"は、首にかけた不死斬りの刃筋を立て、力を込め、忍びとして鍛えた腕で一息に引き抜いた。
狼の意識は闇に沈み、その肉体は桜のように散っていった。
───────────────
狼はふと、地面の感覚や頬を撫でる風を感じ目を開く。自身はどうやらどこかの森の中に倒れているようだった。
狼の頭を疑問が埋めつくす。──なぜ、不死斬りで自らを斬ったというのにこうして生きているのか。
ひとまず身体を起こし自身の状態を確認すると、装束から持ち物、身体の状態まで自刃する直前のままであり、自らの首を斬るために抜き放ったはずの不死斬りも背中の鞘に収まっていた。
「どういう、事だ⋯⋯」
不死斬りの鯉口を僅かに切り刀身を確認してみるが、赤黒い瘴気は変わらず刀身を覆っていた。どうやら不死斬りの効果が失われていた訳では無いらしい。
──どこかで手順を間違えたか、或いはそもそも情報が間違っていたか。何にせよ、こうして自身が生きているということは不死断ちが成されていない可能性がある。
「御子様の元へ、戻らなくては⋯⋯」
ひとまず森を抜け、御子様の元へ戻らなければ。そして、次の手立てを───
「だ、誰かーーッ! た、助けてくれぇーーッ!」
そう考えた矢先、男のものであろう悲鳴が聞こえてきた。その方向を見ると、遠くで誰かが走っている影が見える。常人であればそれだけだっただろうが、忍びの目を以てすれば木々の向こうで籠を背負い、檜皮色の着物を着た壮年くらいの一人の男が何かから逃げるように走っているのが見えた。
逃げる男の後方を見れば、素早く動く影が二つ。身体中が毛で覆われ、四足歩行で目の前の獲物を食い殺さんと追いかけるその姿から野犬の類であると分かる。
──丁度良い、あの者に道を尋ねよう。そう考えた狼は腰から愛刀である【楔丸】を抜き、手頃な枝木を見つけると、左手の義手を鳴らし、手に勢いをつけてそれを斜め前方へと振り払う。すると、内に搭載された鉤縄が飛び、高所にある枝木を絡め取った。縄に巻き取られるようにして狼がそこに移動する。
そしてそこから、次の枝木へ、次の枝木へとほぼ音もなく飛び移り、移動していく。地に足付けず、移動するその様はさながら猿の様であった。
逃げ惑う男と、それを追う獣。さらにそれを追うようにして狼は移動を続ける。
やがてその姿がはっきりと見える距離まで追いつくと、男が野犬に今にも追いつかれそうになっていた。
狼は空中で義手を鳴らし、男を追う二匹の野犬の内の一匹に向かって左手を振る。すると義手から何かが勢いよく射出され、それはまるで吸い込まれるように命中し、野犬は倒れ、そのまま絶命した。
狼が使用したのは義手忍具【手裏剣】。義手の絡繰りに手裏剣車を仕込み、流れるようにして放つ忍具であり、それは跳び回る相手に対して有効である。
隣を走っていた仲間が唐突に殺された事で、もう一匹は脚を止め、慌てた様に周囲を見渡すが、狼はすでに野犬の頭上へと移動を終えていた。
枝木の上から野犬に向かって、跳ぶ。同時に、刃が薄く閃いた。
野犬の首に刀が突き刺さる。確実に急所を捉えたその一撃は、当然の如く獣を死に至らしめた。
周囲に別の脅威が存在しないことを確認した狼は、地面に横たわる二つの亡骸を一瞥すると、刃に付着した血液を払い、納刀した。
「ぜェ⋯⋯ハァ⋯⋯っ ハァ⋯⋯」
男の方を見ると、男は肩で息をしつつも、木に手をつき呼吸を整えようとしていた。
「⋯⋯おい、お主」
「ハァ⋯⋯ ふぅ⋯ ん? もしや、あんたが俺を、助けてくれたのかい?」
「っ⋯⋯ああ」
「そうですかい! いやあ、おかげで助かりやした。⋯⋯このまま奴らに食い殺されちまうかと思いやしたが⋯ 助けも呼んでみるもんですねえ!」
その男は汗に濡れた髪を額に張りつけながら、いい笑顔でそう言った。しかし、そんな男に対して狼は困惑したような目を向けていた。その理由は、目の前の男の頭。その上に"獣のような耳"があったからだった。葦名の地を駆け、様々なものを見てきた狼も、初めて見るそれに多少なりとも困惑せざるを得ない。
それだけでなく、男の話す言葉にも狼は違和感を覚えた。言葉の意味は分かるのだが、言葉が上手く聞き取れないことがあるのだ。
疑問は湧いてくるが、ひとまず目的を果たすとしよう。
「お主に、尋ねたいことがある」
「えぇ、もちろん! 命を救っていただいたんだ、俺に分かることであればなんだって答えやしょう」
「⋯⋯葦名へ帰る道を探している」
この男から葦名への方角を聞き出して、それから───
「あしな⋯⋯あしな⋯⋯ いやあ、すいやせん。生憎、俺はその"あしな"っつう土地は聞いたことがねぇ。役に立てず、申し訳ねぇ」
「⋯⋯何だと」
葦名を、知らない。もしや、葦名の名が届いていないほど遠くの地に蘇ってしまったのだろうか。
だとすれば、運がない。一刻も早く葦名に戻る術を見つけなくては。
「⋯その眉間の皺⋯⋯どうやら、あんたには事情があるように見える。それも、うんと大きな」
「⋯⋯」
「⋯⋯これから、どうするおつもりで?」
「⋯⋯葦名の地へ戻る術を探す」
感情も目的もわかりにくい狼を前に、獣耳の男は顎に手を当てどうしたものかと思案する。
「もうすぐ日も落ちる、ひとまず、今夜はどうぞうちへ上がっていってくだせえ」
「良いのか⋯⋯?」
「せめて、それくらいの恩は返させて頂きやすよ」
男はそう言うと、付いてきてくれと言って森の中を先導して歩き出した。狼は夜目が利くため夜の森でも難なく動くことはできるが、ここは見知らぬ土地である。
葦名に関する情報を手に入れることはできなかったが、この後もあの男に周辺の地理などについて尋ね、せめて現在地だけでも把握しなければ。狼はそんなことを考えながら男の後に続いた。
───────────────
「ここでさあ⋯⋯ 移動都市で暮らせれば天災にも怯えずに済むんですがねぇ⋯⋯ 俺には金も伝手も無いもんで⋯⋯」
男に付いて歩くこと数十分。道中に問題も起こることなく目的地にたどり着いた。
そこにあったのは簡素な板葺き屋根の二室住居と粗雑な小屋だった。恐らくここで男が暮らしているのだろう。
「ちと手狭ですが、ささ、上がってくだせえ」
男に促され、狼は住居へ足を踏み入れる。
中は床座と土間に分かれたごく一般的な様式で、葦名の地でもよく見られた形だった。
狼に続いて入ってきた男は土間に背負っていた籠を下ろし、床座に腰を下ろすと、狼にも座るよう促した。
「さてと⋯⋯ まずは、先程は助けていただいてありがとうごさいやした」
「⋯⋯構わぬ」
「それで⋯⋯あしな、でしたっけ? 俺は生憎その土地のことは知りやせんが、良ければそこの事を教えてくだせぇ。何か他に、力になれるかもしれねぇ」
「⋯葦名は───」
それから狼は、自分の知りうる葦名の地理、気候、大まかな歴史などを目の前の男に話した。男は終始、時折相槌をうちながら真剣に狼の話に耳を傾け、話が終わった後も、狼の話を踏まえた上で葦名の国に繋がりそうな情報を出そうと頭を拈ってくれた。
「うぅん⋯⋯聞けば聞くほど、そのあしなっつう国が分からねぇ⋯⋯ 険しい山と深い谷に囲まれた山国らしいのは分かりやした。 けどなぁ⋯⋯国盗りだの、内府の侵攻だの、そんな国は聞いたことねぇ⋯⋯ もしかしたら、俺が知らないだけで森を出れば誰かしら知ってるかもしれやせんが⋯」
「そう、か⋯⋯」
「──ずっと気になってたがあんた、随分と古い言葉を話すんだなぁ⋯ その言葉は相当"昔の極東語"ですぜ? 今時使ってる奴も少ねぇでしょうに、良くもまぁそんなに話せるもんだ」
「古い言葉⋯⋯」
「えぇ、俺は何とか話せてやすが⋯⋯ あんたが今後もその国を探すってんならこの森の外⋯⋯いや、この国の外に出たら通じねぇと思った方がいいかも知れやせん⋯⋯」
収穫が得られず、困り果てていた矢先そんな言葉を男からかけられた。昔の⋯⋯なんだろうか、上手く聞き取れなかったが、自身の言葉が"古いもの"であるらしい事は伝わってきた。
もしかしたら、ずっと男の言葉に感じていた違和感の正体はこれだったのかもしれない。時折聞き取りづらかったのは、単純に聞き取れていなかった訳ではなく、言葉が似ているだけで実際は違うものだったからなのだろうか?
「あんたの見た目もそうだ、見たところ種族が分からねぇ。 あんた、種族はなんなんだい?」
「⋯⋯種族とは、なんだ」
「種族のことも知らなかったんですかい⋯!? あんた、今までどんなとこで暮らしてたんだ⋯⋯?」
男は目を見開いて、顔を驚愕の色に染めながら狼を見る。
種族と言うと、同じような特徴を持つ生物の括りの事だろうか。だとすると自身は竜胤の呪いを受けてはいるが"人間"という事になる。だが、どうにも違うような気がした。
──もしかすると、目の前の男の頭にある"獣耳"。自身には無い異質なソレが、男の言う"種族"を分ける特徴なのかもしれない。
「⋯⋯あんた、それは世間に疎いどころの話じゃないですぜ⋯⋯」
「⋯⋯」
「───もしかすると⋯⋯いや、だが⋯⋯」
「⋯⋯?」
突然何かを呟きながら思案し始めた男を狼はただ見ていた。しばらくして、男は意を決したように息を吐く。すると着物から左腕を引き抜いて狼の前に差し出した。
「これが、分かりやすか⋯⋯?」
男の差し出した左腕には、一部、"黒い結晶"のようなものが体表に存在していた。それは外から刺さったようには見えず、まるで身体の内側から生えてきているように見えた。
「これは、どうした⋯⋯」
「⋯⋯ッ! あんた、これが分からねぇんですかい? 怖くねぇんですかい?」
「分からぬ⋯⋯」
「っ⋯やっぱりか⋯⋯」
信じられないものを見るような顔で狼を見ている男の目には、困惑や納得など、様々な色が見えた。
「⋯⋯これは、鉱石病って言いやす⋯⋯」
「おりぱしー⋯⋯」
「えぇ⋯ 罹ったら最後、段々と身体が源石に冒されていって終いにゃ周りに源石を撒き散らす新しい感染源になる不治の病⋯⋯」
「⋯⋯」
鉱石病(おりぱしー?)。またもや己の知らぬ言葉が出てきた。聞いたところ、身体が源石(おりじにうむ?)──あの黒い結晶のことだろうか──に冒されていくという随分と奇妙な病のようだ。
「⋯この病のことは⋯⋯ この世界に生きてるやつらはみんな知ってる⋯⋯ ───あんた一体、どこから来たんだ?」
「⋯⋯⋯⋯」
なんと、言うべきだろうか。狼も、この状況が普通ではない事くらいは察している。似ているようで何処か違う言葉。獣耳の男。聞いたこともない病。
ふと脳裏に浮かんだのは、あの荒れ寺にある「本物の仏」へ鈴を供えた時のそれだった。だが、すぐに心の内で首を振る。
あれは供えたものへの心象を思い返させる、そういった類のもの。故にいつも自らが知っている場所であったり、体験した修羅場であった。
だがこの状況は、明らかにそういったものでは無い。
「⋯⋯」
「⋯⋯言えねぇ、か⋯ まぁ、見たところあんたも相当参っちまってるように見える。 ⋯⋯ひとまずはうちで休んでくだせぇ。そしたらまた、探しに行けばいい」
「何故だ⋯⋯」
「んん?」
「何故、俺を助ける⋯⋯」
ここまで男と話す中で、狼が疑問に思ったこと。それは男の優しさだった。命を救ったとはいえ、今のところ自身への印象はどこから来たかも分からぬ怪しい男だろう。それにもかかわらず、目の前の男は怪しむこと無く、むしろ親身になって己を助けようとしている。
「そう言われましてもねぇ⋯⋯ 命を助けていただいたってのもありやすが、それ以上に、久方振りに人と会えたことが嬉しかったんでさぁ」
「人に⋯⋯?」
「えぇ⋯⋯ 鉱石病になってからは、この森でずっとひとりで暮らしてきたもんで⋯⋯」
「それは、何故だ⋯」
「そりゃ⋯⋯ ──あぁ、あんたは知らないんだったな ⋯⋯俺みたいに鉱石病の感染者になっちまうと、基本まともな扱いはされねぇ。この国はまだまともな方だが、差別が強ぇ国だと⋯⋯ 最悪、殺される⋯⋯」
「そうか⋯⋯」
狼が思っていたよりもずっと、この病が引き起こしている問題は大きく、根深いものなのかもしれない。
確かに、危険な疫病が発生した場合にそれについての正しい知識が理解されず、症状の重さや伝染性についての情報だけが広がってしまうと多くの地域で、疫病に罹った者達は激しい偏見や差別を受けることになるだろう。葦名では無いが、ある国では疫病が蔓延した際、罹った者の多くは疎まれ、差別されていたと聞いたことがある。
「⋯⋯」
「⋯⋯こんな話は止めにして、話を戻しやしょうか。これからどうやって、あんたはその国を探すのかって話だ。 早く、帰らねぇといけねぇんでしょう?」
「ああ⋯⋯」
「今夜はうちで休むとして⋯⋯ いつ頃出立しやすか?」
「明朝には出よう⋯⋯」
「⋯⋯分かりやした、それまでに俺もあんたの旅に役立ちそうなもん物置から探して引っ張り出してきやす」
男はそう言うと、膝を鳴らしながら立ち上がり外へと出ていった。どうやら外にあった粗雑な小屋は物置だったらしい。
外では既に日が沈み、住居の周囲には暗澹たる闇が広がっていた。夜空には星が瞬き、遠くには月のようなものが見えたが、混乱或いは精神的な疲労故だろうか。どうにも、それすら狼には違うもののように見えてしまっていた。
『はぐれ者のハル』
森で1人暮らす鉱石病感染者の男。
男は嘗て、旅人であった。
旅は村を飛び出した彼に、世界の広さと醜美を教え、
知恵を授けた。
今までに多くのものを見てきたが、
なかなかどうして、人は恨めぬ。