隻腕の狼、テラに忍ぶ。 作:子犬
思ってた以上に遅くなりました。
お気に入り、評価などなど、とても励みになります。ありがとうございます。
最近はエルデンリングのDLCだったり、某図書館バトルシミュレーションゲームの情報でかなりわくわくしてます。
更新頻度についてはこれから少しずつ上げて行けたらいいなと思っているのでよろしくお願いします。
⋯⋯一年以上更新がなかったら失踪したと思ってください。
やがて██に至る目覚め
古い記憶を写した夢が端から霧散し、急速に意識が覚醒していく。瞼を開いた一瞬間は暗闇を映していた目も、直ぐに夜目が利きその殺風景な自室を映すようになった。寝台の上で背中を預けていた硝子窓から少し離れ、背後を見れば、星が瞬く薄明の空の下に命なき荒野が果てなく広がっている。
狼は新たな拠り所として、とある企業に根を下ろしていた。その名は"ロドス・アイランド製薬"。鉱石病治療などを目的とする者達が集う組織である。
───この世界に流れ着いて、凡そ八年目の事だった。
微かな駆動音と共にゆっくりと流れ行く荒野を暫く眺めると、寝台から降りた狼は照明のスイッチに向かった。そして最早見慣れた文明の光のもと、身支度を済ませていく。髪を結い、支給された制服と外套に袖を通した狼は、襟巻きを掴みながら廊下へ続く扉を開いた。
日が昇るまではまだ少し時間がある為か、薄暗く伸びる廊下には自身以外の姿は見えない。狼はこの後の予定までの多くの時間をどのように消費しようかと思考した時、ふと艦内に存在する数多くの施設についての説明を先日受けたことと同時に、それらの施設に対し多少の興味を持っていたことを思い出した。
ロドスの一員となってから一週間と少し。まだ艦内の構造を把握しきれていないため、探索ついでにそれらの場所へ立ち寄ってみようと思い立った狼は、外套の左袖を不自然に垂らしながらゆっくりと廊下を進んでいった。
昇降機などを利用しながら思っていたよりも広大な艦内を歩く事、数十分。狼が前を見据えると廊下の向こうに目的の場所が見えてきていた。扉の前にたどり着き、近くに記された"訓練室"の文字を確認した狼は扉の開閉操作を行う。すると、空気の抜けるような音と共に横へ開いた扉からは、予想に反し光が溢れ出した。
まだ日が昇るには少し早いこの早朝。そんな時間に起きているのは己か一部の者のみと思っていたが、どうやら先客がいたらしい。
一体どのような人物が利用しているのか。僅かに興味が湧いた狼は、少し覗いてみることにした。しかし、訓練室に入室すると同時に視界に入ったのは、広々とした空間とそこに並べられた訓練で使用するのであろう様々な種類の設備のみで、先客の姿は見えなかった。もしや自身の思い違いであったかと狼は考えたが、少し周囲を見渡してみると別の扉を発見する。どうやらこの部屋だけでは無いらしい。
狼は早速発見した扉に向かった。扉に近付くにつれ人の気配は大きくなっていき、目の前に立つ頃には微かに足音のようなものが耳に入るようになっていた。
この先に居る。狼はそう感じると同時に扉を開いた。
「⋯⋯!」
「ん? ⋯⋯あ」
扉の先は白い構造物が立ち並ぶ広い空間だった。おそらくこの場所では様々な状況を想定した実戦的な訓練を行うことが出来るのであろうが、そんな情報は目の前の人物と目が合った瞬間に掻き消えてしまった。同時に、胸中に憂いが滲んでくる。
艶やかな桑染の髪に、足元に揺れる蛇の如き尾。瞳を見開き驚いたような表情でこちらを見つめていたのは、狼がこの世界に流れ着いてからの大半を共に過ごした少女。
───『ウタゲ』であった。
「ウタゲ殿⋯⋯」
「おはよ〜 オオカミ。 もしかして、オオカミもここが気になって来た感じ?」
「⋯⋯ああ、そうだ。 だが、何をしていた?」
「オオカミに昔教えて貰った技の確認だよ。 最後にやったのが極東にいた頃だったからさ、久しぶりに確認しときたくて」
「そうだったか⋯⋯」
確認していた技とは、彼女がまだ幼い頃から自身が指南していた基礎的な体術や剣術の事だろうか。汗によって額に薄く張り付いた髪や息遣いから察するに、かなりの集中と質を伴った鍛錬を行っていたのだろう。
そうして短い会話していると、ウタゲの目は次第に狼の左腕に向けられていった。
「それでさ、その左手はどうしたの⋯⋯?」
「これか⋯⋯」
狼が入室してからというもの頻繁に視線が向けられていた左腕には本来忍び義手が装着されているはずなのだが、そこにはまるで中に何も無いかのように袖が揺れているだけだった。
「⋯⋯昨日、ロドスのエンジニア部なる場所に整備の依頼をして来た」
「あー、エンジニア部ねー。 でもいきなり義手預けちゃって良かったの? アレ、大事なやつなんでしょ?」
「聞けば、その者達はどうやらここの武具の整備や製造を担っているらしい。 ⋯⋯俺の手では手入れにも限りがある、腕が良いのであれば今後武具の調整で頼りに出来ると思ってな」
「なるほど、そういう事ね。 でも残念だな〜 オオカミが来るんだったら相手お願いしたかったのに」
恐らく義手の無い狼に頼むことが憚られたが故の配慮なのであろう。だが、片腕だけであっても出来ることはある。そう考えた狼はウタゲに提案した。
「⋯⋯手合わせならば受けよう」
「えっ、いいの?」
「ああ」
「じゃあ⋯⋯ お願いしようかな⋯⋯?」
思いがけない狼の言葉に一瞬面食らったような表情を浮かべていたウタゲだったが、直ぐに訓練用の武器を用意し、狼に手渡した。
それは打刀を模した物で、少し軽いが打ち合うには問題無いものだった。
「もっかい聞くけどさ⋯⋯ ホントにいいんだよね?」
三間程の間合いをとったウタゲは残る不安を拭い去るように、その瞳を向けながら狼に問う。
「構わん、来い」
「⋯⋯うん、わかった」
狼の言葉を聞いたウタゲは、眼を閉じ、息を吐く。再び開かれた眼は鋭く研ぎ澄まされ、つぶさに狼を見つめていた。その視線を受けた狼も、得物を構える。
「───行くよ」
そう告げた直後、ウタゲは勢いよく前方へと踏み出した。その力強い踏み込みにより生じた加速は狼との間合いを瞬時に詰め、横方向の斬撃へと繋げる。
それを難なく弾いた狼だったが、やはり片腕のみの力ではいなしきることが出来ず、体幹を少しずらされてしまった。それでも直ぐに持ち直した狼はすかさず反撃に出る。暫く斬撃と弾きの応酬が続き、訓練場内には武器同士の甲高い衝突音と鋭い息遣いだけが響いていた。
次に攻勢に出たのは、狼だった。狼はウタゲの攻撃を弾くと同時に足元への横薙ぎを放つ。ウタゲは飛び退くことで回避したが、狼はそれを追撃するように飛び込み、初段となる蹴りを叩き込んだ。さらにそれを起点に二発の蹴りへと繋げ、ウタゲを追い込んでいく。
「っ⋯⋯」
狼の連撃を辛うじて防ぎきったウタゲは瞬時に狼と距離を取る。すると、得物を腰の位置にとり、構えた。
───それはさながら、居合の構えだった。
その時、狼はまた胸の奥でじわりと滲むものを感じた。
先ほどとは打って変わり、一切の音が消え去ったかと思う程の静寂が訓練場内に広がる。ウタゲの瞳が狼を見つめ、張り詰めた空気が場を支配した。
「──ふッ!」
瞬間、ウタゲの得物が薄く閃き、狼との距離が縮まると高速の十文字が放たれる。その速さは、葦名流の遣い手の中でもそうは居ない域にまで達していた。
しかし狼の目はそれを見切り、少しのふらつきはあったものの危なげなく弾く。
【奥義・葦名十文字】。最後に見た頃よりも遥かに研ぎ澄まされたその刃を受け、狼は僅かに眉を顰めた。勿論彼女に気取られないよう一瞬の内に留めたが。
狼の胸中に滲む憂いの一つ、その原因は他ならぬウタゲの剣の腕についてだった。あの夜、ウタゲの生家に身を置く事の対価として、剣を彼女に指南することを示され、それを受け入れた。確かに、ウタゲに"才能"がある事を見抜いた上で、剣を教えようとしたのは自分自身だが、初めは護身程度に留めようと考えていた。だが、自身の教えを容易くものにし上達していくウタゲに、狼は次第に興が乗ってしまったのだ。───或いは、剣を教える時ばかりは自身を取り巻く状況に対する焦燥から逃れることが出来たからかもしれない。
そうして腕を磨き続け、才能を開花させたウタゲはついに葦名流の免許皆伝を果たしてしまった。
今の彼女を見ていると、本当に己は正しい事をしたのか、それを誰かに問いたくなってしまう。
己はもしかしたら本来開花するはずのなかった才能を開花させ、ウタゲの生き方を歪めてしまったのではないか、そう思えてならない。
不死に魅入られた者達や、国を守るため力を求めた者達。そのような者達を見て、斬ってきた狼は人の生き方を歪めることの恐ろしさをよく理解していた。だからこそ、己のウタゲへの過去の行いが、心に瑕疵をつくっていたのだ。
連続した甲高い金属音が空気を揺らすと同時にウタゲの手から得物が弾かれ、それが離れた位置に落下した時、狼の得物の切っ先はウタゲの喉元へと向けられていた。
「うーん、ダメかぁ〜⋯⋯!」
「⋯⋯腕を、上げたな」
数秒の沈黙の後、仰向けに倒れたウタゲは胸を上下させながらも笑みを浮かべ、そう零した。だがやはり自身の技を容易くいなされた事は面白くないのか、その表情は何処か悄然としている様にも感じられた。
「⋯⋯ねぇ、オオカミ、 ⋯⋯どうだった?」
「⋯⋯どう、とは?」
「ほら、最後に見てもらったのなんて結構前じゃん? だから動きとか良くなってるかな〜って」
「ああ、良い身のこなしだった」
「⋯⋯ホントに?」
「攻守の判断がまだ十分ではないが⋯⋯ あの踏み込みは悪くない」
「そこがまだ甘いかぁ ⋯⋯なんか、こうしてアドバイス貰うのって久しぶりだから懐かしくなるな〜 ありがとね、オオカミ」
「⋯⋯礼には及ばん」
狼もこの偶然始まった早朝の修練を通して、自身の今後やウタゲとの関わり方について考えることが出来た。
「俺はもう行くが、まだ続けるつもりか⋯⋯?」
「うん、アドバイス貰えたからね。 折角だからあとちょっとだけやってこうかな」
「⋯⋯そうか、無理はせぬようにな」
「分かってるって。 こんな時間からありがとね〜」
そんなウタゲの声を背に、狼は訓練室の出入口へと向かう。今回のように剣を交えたのは彼女の言った通りかなり久しい事だった。それに起因するものかは定かでは無いが、狼は不意に自身がこの世界へ流れ着いてからの月日を思い返していた。
八年の月日が狼に与えたものは、枚挙に暇がない。
ウタゲとの出会いで得た剣術指南役という身分に、このテラと呼ばれる大地についての知識など、得たものは多い。
───だが、八年という月日は長すぎた。
葦名への道のりを掴めずにいた間にも、時間の流れは容赦なく狼を先へと押し流して行き、ついに焦燥と失意を募らせた狼は、過去不死斬りによる自刃を考えたことがあったが、それが成されることは無かった。それをするには些かこの世界に多くのものを残しすぎていたのだ。
そして、新たな身分が齎した今までとは異なる生活は、狼の牙を鈍らせた。剣の指南や日々の鍛錬によって勘が鈍らないよう努めてきたが、それでも少しずつ、少しずつ、牙が錆び付いていたことを狼は感じ取っていたのだ。
───少なくとも、かの剣聖を圧倒した程の無双などは過去のものとなって久しいだろう。
主とは再び離れ、幾多の月日が経過して尚葦名への道は掴めずに居た狼だったが、決して葦名への帰還を諦めたわけではなく、鉱石病に感染してしまったウタゲの治療の為に所属したこのロドスで、オペレーターとして勤めながら少しずつ調査を進めようと考えていた。
だが、ただそれだけで居ることを、狼の心は許さなかった。この大地を見つめる中で源石や天災、鉱石病。そして感染者と呼ばれる者達について知った狼は、大地を取り巻くそれらの問題に対し自身のやり方で向き合ってみようと考えたのだ。
無論そこに同情といった念がない訳では無い。ただ、為すべきことを為す。その言葉は主なきこの大地においても、狼にとって確かな指針となっていた。
葦名への帰還が叶おうが、何も果たせず道半ばで斃れようが、ただその時まではこの大地の行く末を見届ける事を、狼は選んだのだ。
この世界に流れ着いた者として。
何より、生涯の主に恥じぬ様に。
訓練室から廊下へ出ると既に日が昇っていたようで、橙色の光が廊下を照らし、疎らだが人通りも見えるようになっていた。
この後の予定まではまだ時間があり、かと言ってそれまでの間する事も浮かばないため、少し早めの朝食をとることにした狼が食堂へと足を向けたその時、外套の衣囊に入れていた端末から電子音が響く。右手を使い、慣れない手つきで端末を開くと、一件の通知がそこにはあった。初めは今日の業務内容やそれに類するものであろうと考えていたが、どうにも毛色が違う。怪訝な表情を浮かべながらその内容を確認した狼は己の目を疑った。
その内容は任務について。初めての実戦への参加であった。
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「オオカミ⋯⋯」
訓練室を去っていくオオカミの背中に伸ばしかけた手を下ろし、握り締める。
オオカミと出会ってから今までの生活は、楽しいものだった。
出会った頃のオオカミはいつも眉間に皺を寄せ、何やら思い詰めたような、難しげな表情を浮かべていた。初めこそ別段気にすることは無かったが、多くの時間を共にしていくうちに、いつしかその表情を柔らげてあげたいと思うようになっていった。
それからは普段の稽古以外にも、積極的に話をしてみたり、時には一緒に外出をしてみたりもした。しきりに周囲を見渡しながら街を歩くその姿は今でも思い出せる。その甲斐あってか次第に眉間の皺も薄くなり、オオカミの人となりも多少理解することが出来た。だが、同時に自分がオオカミのほんの一端しか知らない事もまた理解してしまった。
オオカミは、過去から現在まで一度たりとも身の上について話すことは無かった。自身が背負っているのであろう何か大きなものを、他人に分けるということをしなかったのだ。───それが、堪らなく悔しかった。
眉間の皺は薄くなっても、未だその瞳には何処か陰りがある。狼が背負っているものに対し果たして自身が力になれるかはまだ分からないが、それでも、あの人の支えになりたい。まだ見た事のない、あの人の笑う顔を見てみたい。そんな願いを胸に、再び剣を構えた。
『作戦記録』
作戦映像を記録した情報記憶装置
使用すると、経験値を獲得する
経験とは、成長の端緒であるが
それらは往々にして得難い
これはそれを得るための誰かの記憶、
あるいは遺志である
「⋯⋯一体なんだ? この義手は⋯⋯」
ロドス本艦の一角に設けられた鍛冶場で、義肢を着けた一人のフォルテ───ヴァルカンは頭を悩ませていた。その手には、まるで人のそれの様な偽骨を使用した義手。手入れは行き届いているものの、傷や錆が散見されるそれは異様な雰囲気を纏っていた。
つい先程、いつものように整備が必要な武器達が届けられたのだが、その際にエンジニア部のオペレーターが申し訳なさそうに渡してきたのが、この義手だった。話を聞くと、整備を依頼され持ち込まれたものだったようだが、内部の機構が余りにも複雑なため分解はおろか洗浄すらも出来なかったらしい。
義手についてわかっていることを質問すれば、どうやらこの義手は機械部品を一切使用していないのにも関わらず、本物と見紛うほど完璧に腕としての役割を果たしていることに加え、この義手には鉤縄などの装備も搭載されているらしい。
「見たことの無い技術だ⋯⋯ なるほど、彼が困り果てるわけだ。これは下手に触っていいものじゃないな」
自身の知るいかなる技術とも一致しない未知の技法。もしも詳細な解析をすることが出来れば、その技術を幅広い分野に応用できるかもしれない程に革新的なものだ。この義手を作った技師は紛れもない天才だろう。
だが最早恐ろしい迄に精巧なこの義手は、内部機構を下手に調べようとすると破損し、最悪の場合そのまま修復が不可能になってしまう恐れがあるため、この義手に対する作業は慎重に行う必要があった。
「一体、誰が依頼したんだ?」
ヴァルカンはこれ程の義手を持ち込んだ依頼人の名を確認するため、依頼内容が記された書類に手を伸ばす。
「⋯⋯オオカミ、か」
予想はしていたが、やはり聞いた事のない名だった。ロドスに所属するオペレーター達の武器の整備や製造を引き受けてきたこともありオペレーター達の名はそれなりに覚えていたが、それでも心当たりがないということは最近ロドスに加入したオペレーターなのだろうか。
「是非とも話を聞いてみたいものだが⋯⋯ ひとまず今は、最善を尽くすとしよう」