隻腕の狼、テラに忍ぶ。 作:子犬
お待たせしました。
お気に入り、評価、感想等ありがとうございます。本っっ当に励みになります。
またまた遅れてしまって申し訳ないです。前話の「更新頻度を少しずつ上げていきたい」とは何だったのか……
時折身体が揺られるような感覚を覚える無機質な機内の座席に、狼は腰を下ろしていた。
任務の知らせを受けてからというもの詳細な内容の説明を職員から受け、狼自身も作戦に向けて準備を進めるなどどこか落ち着きのない日々を送ってきた。今回狼が参加することになったのは、いくつかの偵察隊による廃棄された移動都市の偵察任務。現地調査や、廃都市に取り残された者の保護などが目的らしい。初めての組織的な行動ということもあり漠然とした不安もあったが、それ以上の疑念や困惑が、狼の胸中には渦巻いていた。
狼は現在、作戦区域へ向けて空路で移動している最中だった。周囲に目を向けてみれば、今回狼とともに作戦に参加する三人のオペレーターたちが対面の座席に並んで座っている。
近くに立てかけられた長柄の斧槍のような得物が印象的な濃淡のある白髪のヴァルポ。その隣で言葉を交わす鈍色の髪のフェリーンと、弩に似た得物を携帯した長身で亜麻色の髪を持ったサルカズ。
そうして周囲を見渡していると、亜麻色の髪のサルカズ───狙撃オペレーターの『メテオリーテ』と目が合った。直後、耳元の装置から声が響く。
『あなたがオオカミ? 私はメテオリーテよ、よろしく』
それで───。とメテオリーテに視線を向けられた隣に座るフェリーンの少女───『ジェシカ』は予期せず自己紹介を促されたことで少し慌てたような表情を浮かべていたが、すぐに気を取り直し狼に視線を向けた。
『えっと、ジェシカっていいます。 よろしくお願いします……!』
彼女からは気弱そうな印象を受けたが、少し覗くことができた翠色の双眸は、確かにこちらを向いていた。
『……フロストリーフだ、よろしく』
最後に言葉を発したのはヴァルポの少女───『フロストリーフ』。静かに、だが確かに響くその声色からは戦闘経験に裏打ちされた落ち着きのようなものを感じる。そんな雰囲気を纏う彼女に対し狼は目を見開いていたが、同時にまだ年若いように見える彼女のような存在が武器を握り戦わなければならないという現実を見て、改めてこの世界の過酷さを認識した。
だが、なぜだろうか。彼女のこちらを見る目が、僅かに鋭かったように感じた。
「ああ……、よろしく頼む」
実のところ、作戦に参加するにあたり共に参加するオペレーター達の情報は確認していた。だがせっかく名乗ってくれたのだ、それをこの場で言うのは野暮というものだろう。
情報によればフロストリーフとメテオリーテは傭兵の過去を持ち、ジェシカもBSWと呼ばれる組織の職員のようだ。狼にとって、初参加の作戦を共にするオペレーターが頼りにできそうな者達だったことは僥倖だった。
その後狼は特に言葉を発することはなく、機内の様子を眺めながら過ごしていたが、フロストリーフから時折注がれる視線の意図は最後まで分からなかった。
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しばらく体を揺られた後、作戦区域に程近い場所まで来た時点で狼と三人は降機する。
「これは……」
廃都市に降り立った狼は、その様相を見て小さく呟いた。
立ち並ぶ建物の大半は大きく損壊し、通りにはその残骸が多く散乱していた。そして何よりも目を引くのは街のいたるところに存在する巨大な黒い石柱。天災の被害を受けた都市であることは事前情報として耳に入れていたが、こうも酷い状況を目にするとその凄まじさがよく伝わってくる。
四人は激励の言葉を残しロドス本艦へと戻っていく飛行装置を見送ると、作戦区域へ向けて歩き出した。
「そういえば、あなたって最近ロドスに来たのよね? 訓練はどれくらい受けているの?」
歩き始めた矢先、そのようなことをメテオリーテに問われた。彼女にとっては軽い確認程度だったのだろうが、その答えこそが狼の持つ疑念に繋がるものだった。
「いや…… まだ訓練は受けていない」
「え?」
「……なんだって?」
狼の抱く今回の作戦への疑念の一つ。それは、自身がこの作戦に参加していることそのものに対するものであった。
そもそも自身は本格的な訓練などまだ受けておらず、唯一したことといえば作戦記録なるものの閲覧を通じてロドスの戦い方についての理解を深めたくらいだ。そんな己がなぜ、この作戦に組み込まれたのか、不思議でならなかった。
最近ロドスに加入したということもあり、あまり訓練を受けることができていないだろうとは予想していたメテオリーテだったが、狼のまさかの返答にフロストリーフと共に驚愕に目を見開いていた。
「まだちゃんと訓練を受けてないオペレーターを送り込むなんて…… そんなことあるのかしら……」
「戦闘経験はどれくらいなんだ?」
「……二年程、極東で傭兵をしていた」
「他には? 何か特殊な経歴とか…… ほら、あっちで有名な傭兵団に所属してたとか」
「……特にない。 ただの、傭兵だ」
「そ、そうだったんですね……」
この傭兵という偽りの過去は、ロドスに入職する際に作り出したものだ。自身のすべてを覆い隠そうとするには心もとないものではあるが、過去の一部を偽るにはちょうど良いだろう。
もとより己は鉱石病を治療する為ロドスに来たウタゲの付き添いの身。そのため彼女に己の過去が原因で迷惑をかけることや、せっかく手に入れた居場所を失うことは本意ではなかったのだ。
「じゃあとりあえず、今回は私たちの後ろに───」
「───いや」
とはいえ、今や己もロドスの一員。作戦に参加した以上、これから同じ船で暮らすことになる者達の背中をただ見ているだけというのも忍びない。故に気付けば、声を出していた。
「……俺にできることはやろう」
「だが……」
「でも、ここにいるってことは外勤部やケルシー先生も許可したってことよね……?」
「! 確かに、そうですよね」
三人は顔を見合わせてしばらくの間話し合っていた。時折、「ケルシー先生が認めてるなら───」「それでも───」などと聞こえてきたが狼は特に口を挟むわけでもなく、ただ静かに判断を待っていた。
「……わかったよ、オオカミも手伝え」
話し合いが一段落するまでは周囲を警戒するなどしながらいつまでも待とうと考えていた狼だったが、フロストリーフからそう伝えられるまでそう長くはかからなかった。
狼は、他者から見て自身が怪しく映っているであろうことを自覚していた。そのため仲間から許しを得ることができるのか一抹の不安があったが、この時ばかりは‟ケルシー‟に対する信頼の一部が己にも向いていたようだ。
「承知した」
「……まだ聞いてなかったんだが、オオカミにはどんなことを頼めばいいんだ?」
「む」
許しを得た矢先にそう問われた時、狼は暫し黙り込み己のできることについて考え始めた。
嘗てそうしていたように刀を抜き、立ちふさがる敵を斬ることはできるだろうが、今回の作戦においては「戦闘はできるだけ避けろ」と指示されている。であれば、活かすことができるとすれば忍びとして身に着けた隠形だろうか。
「斥候としてであれば、手を貸すことができるやもしれぬ」
「偵察か?」
「ああ、必要であれば出てくる」
「それは助かるが……」
「俺も、この義手を確認しておきたい」
そう狼は告げると、義手を前方に振り払い鉤縄を飛ばした。それは精確に街灯をからめとり、その先端へ巻き取られるように移動した狼はすかさず建物の外壁へ跳躍し、さらに外壁を蹴ることで屋根の端へと手をかけた。
先日までエンジニア部へ預け、仕上がり次第で今後も武具を頼むか判断しようとしていたこの義手だが、どうやらロドスには優秀な技師がいるらしい。
動作は良好。鉤縄や義手忍具の機構にも問題は無く、むしろ預ける前よりも状態が良いといえる。
屋根の上に移動した狼は、進行方向へと続く屋根の道の先を見据えると前傾姿勢で走り出した。時に建物の間を跳躍し、周囲に目を向けながらどこか埃っぽく、淀んだように感じる空気を裂いていく。そしていくつかの通りを跳び越えた先で立ち止まり、後方の三人に向けて告げた。
「これで聞こえているか? ……周囲に敵の気配はない」
『……それは、確かなのか?』
少し遅れて、フロストリーフの声が耳元で静かに響いた。その声色からは通信機越しであっても猜疑の色が伺える。
「ああ、こうしたことには心得がある」
『……わかった。 今からそっちに向かう』
そう告げられると、通信が終了した。ひとまず、これから信頼を得ていくためにも新参として為すべきことに徹するしかないだろう。しかし、耳元で声がするというのはやはり慣れない。こればかりは慣れるまで時間がかかりそうだった。
狼が屋根の上から周囲を警戒していると、通信を受けた三人のものであろう足音が耳に入ってきた。狼は屋根から飛び降りると、三人の目の前へと静かに降り立つ。突然目の前に現れた狼に、多少の差はあるが三人は驚いたような表情を浮かべていた。
「ちょっと! 一言くらい声かけなさいよ!」
「すまない……」
「…はぁ」
メテオリーテからの叱責を受け、狼は自身の行動を省みる。やはり、忍びとして単独での任に就いていたためか、組織の一員として相応しい行動を心がけようとしたとて、ふとした瞬間にこうして抜け落ちてしまう。今後のためにも組織への適応を急がなければならないと考えながら謝罪した狼の姿を見ながら、フロストリーフは小さく溜息をついた。
そこから数十分移動した頃だろうか、その時狼の耳が、行く手から僅かな物音を捉える。短い間隔で不規則なそれが足音、それも複数人のものであることはすぐに分かった。
「……待て」
「そうだな。みんな、隠れて」
少し前を歩く、同じく足音に気付いたのであろうフロストリーフも狼に続いて指示を出した。突然の狼とフロストリーフの声にメテオリーテとジェシカも周囲の瓦礫に身を隠し、先の様子を伺う。二人の言葉に理由も聞かず咄嗟に従ったのはやはり訓練や経験によるものだろうか。狼が身を隠していた建物の陰から顔を覗かせると、それと同時に少し先の通りの角から目の位置に穴が開いているだけの仮面をつけた白装束の集団が出てくるのが確認できた。
数は4、得物は粗末な鉈のような刃物や弩が主だった。統率を執る者は確認できず隊列のようなものも見られないことから、歩哨のような集団なのだろうと狼は推察した。
「あれは……」
「やっぱりいたか、レユニオン……」
感染者組織「レユニオン・ムーブメント」。通称レユニオン。
作戦記録などの情報を閲覧した際も度々その名前が確認できたが、どうやら鉱石病に罹患したことで身分を奪われ、迫害される身となった者達によって構成された組織で、先日一つの移動都市を火の海に変えたようだ。感染者の権利を取り戻すことが目的らしいが、用いられる手段を見る限りではとてもそうは思えなかった。
そんなレユニオンの構成員である白装束の兵士の姿を認めた一行は、身を隠しながらもそれぞれの得物を持つ手に力を込めた。
「う、撃ちますか?」
「待って、ジェシカ」
手に握られた拳銃の安全装置を弾きながらジェシカがそう尋ねたが、すぐ近くに居たメテオリーテにより制止される。
「別の道を探すか?」
「ああ、そうしよう」
幸い、レユニオンの兵士達はこちらに気付く様なこともなく離れていった。
それと同時にフロストリーフが本艦へ連絡をすると、一行は瓦礫の陰から出て兵士達が消えていった方向とは逆へと足を向ける。それから、周囲への警戒は緩めずに通りを進んでいったがあれ以降敵と出会うようなことはなく、気が付けばもうすぐ日が傾き始めるだろうかという頃になっていた。
「……そういえば、あなたって極東にいた頃は個人で傭兵をやってたの?」
「ああ、そうだ」
建物の陰を進んでいた折、メテオリーテは狼にまたそう問いかける。狼とってこの手の質問は、自身を覆う嘘に綻びが出ることを防ぐためにもすぐに切り上げたいものであった。
「じゃあ、結構荒事にも慣れてる感じかしら」
「……多くを、斬ってきた」
「そう…… でも、傭兵は二年だけだったんでしょ?」
「ああ、しばらく極東を彷徨っていたがその後はある家に拾われた。 ……別段、珍しくもない話だろう」
「……ふーん」
その後はメテオリーテから何かを問いかけてくることはなく、自然と話は終わった。
荒廃し、無人となった街並みを歩き続けしばらくすると、幅の広い水路とそこにかかる橋に辿り着く。
「ここから二手に分かれよう。 ……私たちが水路の向こう側を担当するから、ジェシカとオオカミはこっち側の残りの区画を頼む」
「承知した」
「わ、わかりました……!」
「二人は本艦への定期報告に合わせて私に報告して。 それと、何かあったときは直ぐに報告することも忘れるな」
「それじゃ、そっちは頼んだわよ?」
そう告げると、フロストリーフとメテオリーテは橋の向こう側へと消えていった。残された狼とジェシカの間には静寂が満ちる。
「えっと……」
「……よろしく頼む」
得物を考えれば妥当な判断だろうが、少しぎこちなく感じるなんとも不思議な組み合わせだった。
幸い先程まで集団で行動していたおかげか、二人になってからもぎこちなくなる様なことはなく着実に作戦の工程をこなしていったが、狼はその過程においてレユニオンの兵を度々発見することはあったものの、その他の取り残された者達を発見することはなかった。そのことにわずかな違和感を覚えたが特に気にすることはなく、次第に意識は別のものへと向いていた。
「ジェシカ殿」
「? なんでしょうか?」
「お主が使っているそれは… 銃、なのか?」
「はい、そうです。 ……やっぱり、珍しいですか?」
ジェシカは自身の持っていた拳銃を、狼に向けて差し出してみせる。
狼の知るものよりも随分と小さく、携帯性に優れているように見えるそれはジェシカの手の中で確かな存在感を放っていた。
「こうして見るのは、初めてだ」
「使っている方も少ないですからね」
「もしかして、興味が……?」
「……ないわけではない。だが、俺には扱えん。それはそういうものなのだろう?」
それはこの世界に流れ着いて幾らかの時が経過し、この世界について探り始めた時のこと。その過程で見たこの大地の姿、遥かに進んだ文明は狼に衝撃を与えた。彼女の持つ銃も、その一つだ。
一時は銃に対し興味を持ったこともあったが、それにかかる費用、そしてそもそも自身に“適性”がないことを知り今ではそれも薄れてしまった。
そうして言葉を交わしながら、ジェシカと狼はさらに先へと進んでいく。見れば、少し前までは辛うじて見上げる位置にあった日も最早沈みかけており、遠方の空が淡い橙色に染まっていた。
「……少し、冷えてきたな」
「そうですね……」
狼がそう呟くとジェシカは吐き出した白い息を眺めながら、手のひらをこすり合わせてそう言った。二手に分かれてからというもの、徐々に気温が下がっていることを狼は感じ取っていたがここまでの気温の低下は予想していなかった。この急激な気温変化の影響か、通りの先にはさながら冬の早朝のような霧が発生している。
「日が沈めば、さらに冷えるぞ」
「少し急ぎましょうか……」
日没によるこれ以上の気温の低下は作戦遂行に支障をきたすやもしれない。そう考えた狼がジェシカの様子を窺うと既に頬は赤くなり、心なしか体も少し震えているように見えた。
狼が忍びとしての修練を積み、駆けた葦名は山がちで、雪深い土地であったためこの程度の冷気であればさほど問題ではないがやはりすべての者がそうではないようだ。
「ジェシカ殿、これを」
「え?」
狼は自身が着ていた上着───ロドスから支給された制服───をジェシカの肩にかけた。
ジェシカの得物のことを考えれば、身体───特に手先の震えは敵と相対した際大きな問題となるだろう。何か他の要因があったのであればまだしも、それが寒さによるものであるのならばいくらでも手の施しようがある。
「あ、ありがとうございます…… でも、これじゃオオカミさんが……」
「良い、寒さには慣れている」
「そうですか…… それでは、少しお借りします」
「……ああ」
ジェシカは申し訳なさそうに笑いながらも、狼に対し感謝の意を伝える。それは一見何でもないようにも見える一幕であった。 ───しかし、狼は気付いていた。寒さを前に、わずかに震わせる身体の奥。彼女の目と表情、そこを確かな不安の色が支配し始めていることに。
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「ねぇ…… 彼、どう思う……?」
ジェシカ、オオカミと別れてから十数分。寂れた市街の中を進みながら、メテオリーテが隣を歩くフロストリーフに問いかける。
「チームになった以上ある程度信用してるけど……まぁ、あれは嘘だろうな。 ……あれが訓練もまともに受けてない戦闘経験二年の傭兵? そんなわけないだろ?」
「それは私も同感ね。 何かの冗談かと思ったわよ」
二人は、今回作戦を共にすることになった謎の男への疑心と猜疑をこぼしていく。普段であれば作戦を共にするオペレーターへの疑念など滅多に漏らさないものだが、それほどまでに件の男は奇妙で異質だった。
「何かを抱えてるのはみんな同じだけど、彼は何か……」
「初任務なのに緊張も感じられないし、身体の使い方と勘の鋭さからして相当の経験を積んでるのは間違いない。 けど、それ以上にあいつのあの気配……───」
フロストリーフは大通りの先、進行方向を見据え、脳裡に件の男を浮かべながら静かに呟いた。
「───あんなものを、私は感じたことがない」
メテオリーテはその呟きに対し何かを口にすることはなかった。だが、言葉にはせずとも静かな同意がそこにはあった。
『別の記憶・方舟の異客』
別の誰かが残した記憶
心残り、あるいは執念と呼べるもの
鬼仏で心中に宿せば、狼の姿を変えられる
ただし、能力に影響することはない
これは、変事に巻き込まれたある異客の記憶
この装束は、たとえ絶望の只中にあって尚
一筋の光を見出し歩み続ける、
明日を望む者たちの装いである
閲覧いただきありがとうございます。
改めて、更新が遅くなってしまい申し訳ないです……
毎度毎度、期間があいてしまうせいで書き方を忘れてしまうのが本当に良くないですね。
今回の後書きにある「別の記憶」はロドス制服をイメージしました。