時系列的には、『新時代』をリリースしてトップ歌手になったあたりを想定しています。エレジアの真実を知る前です。
映像電伝虫がわたしを再び世界とつなげてくれて、いくらかの時が経った。
トーンダイアルの売れ行きも好調で……って言っても、たったの二人暮らし、お金なんてそんな沢山あっても仕方ないけれど、それでも、歌が売れるというのは、とても嬉しいものだ。
だって、わたしの〝世界〟がみんなに認められているっていう、なによりの証拠なのだから。
少し前に出した〝新時代〟の売れ行きでいえば、それこそ飛ぶ鳥を落とす勢いで、わたしの知名度も、かなりのモノになっていた。
このタイトルの曲が、わたしの飛躍のきっかけになったのは、ある意味運命なのかもしれない。……まあ、運命なんて、信じていないけれど。それでも、少しだけ嬉しかった。
そして少しだけ、安心する。
同時に、胸を締め付ける思いも、ある。
あの人は、こういった感性を持っていなかったのだろうか。──あるいは、持っていても、ああするしかなかったのか。
あの日、何があったのか、未だにわたしは知らない。
──大きく息を吸って、吐き出す。
……もう、いい。別にいい。
今、こうして歌を歌って、みんなと音楽を共有できているのだから。みんなに、歌を聞いて笑顔になってもらっているのだから。
だから、あの時のことがどんなことだったとしても、大丈夫だ。今、わたしは満足している。
頭を振って、心の奥底に眠る不安に蓋をする。
鎌首をもたげようとしたそれは、わたしの意志には逆らえないようで、心の中で不満そうに小さく身動ぎをした後、おとなしく丸くなった。
今度は小さく息を吐いて、わたしは机の上に置かれた紙に目線を落とした。
意識を過去に飛ばしかけたのは、〝これ〟のせいだ。
いわゆる、インタビュー用紙というヤツだ。新進気鋭の
タダでプロモーションをしてくれるなら、こちらとしてもありがたい。
新聞というメディア媒体は、普段は映像電伝虫を見る機会のない人とか、音楽を聴かないような人に、興味を持ってもらうきっかけになるかもしれない。
そう張り切って回答に臨もうとしたまでは良かったのだけれど、わたしはその時まで知らなかったのだ。
わたし自身のことを回答するってことは、即ちわたしの内面と過去を精査する必要があるってことで。
まあそんなこんなで、ついこの島で音楽配信を始める前のことまで意識を飛ばしかけてしまったということだ。
思考の脱線はよくない。集中力が足りない証拠だ。
一度目を閉じて、頬を軽く叩いて、ゆっくりと目を開ける。
よし、集中だ。
『誕生日は?』……十月一日。
『身長は?』……一六九センチ。体重を書く欄は──ないか。じゃあ、次。
『出身地は?』……うーん、困った。知らないから……ヒミツ☆、で。
『趣味は?』……それはもちろん、歌うこと!
『好きなもの』……かわいいもの、かな?
『キライなもの』……──海賊。
『座右の銘』……楽しんだもの勝ち! ……って、これ、ここまで音楽に関係ある質問?
……まあ、いいか。
次にいこう、次。
そうやってプロフィール的な質問に答えていくと、ようやく音楽にかかわる質問が出てきた。
『歌うようになった時期やきっかけは?』
『今までの曲で、特にお気に入りの曲は?』
『いい曲ができるのはどんな時?』……
文章で答える質問にも、テキパキと回答を書き込んで、ようやく、最後の質問。
『初ライブは、どんな最高の舞台にしたい?』
ペンが、止まる。
思考が、止まる。
原因は、わかっている。
初ライブ。
頭の中が真っ白になって──、
「──あっ」
気が付けば、その回答欄には「初ライブは、思い出の中に」と書かれていた。
……書いたのは、わたしか。
海の向こうを想って、わたしの胸がどうしようもなくざわついた。
心臓の少し下、鳩尾の少し上の辺りを、きゅうっと締め付けるような、悲しいような、寂しいような、不快ではないけれど少しだけ苦しい感覚。
ノスタルジーとでも言うのだろうか。……わたしに故郷なんてないというのに。
わたしは机に頬杖をついて、窓の外へと視線を投げた。
どこまでも青い海と、蒼い空が交わる一線をじっと見つめて、思いを馳せる。
ライブとは何か。
定義は人によって違うだろうけれど、少なくとも、家族の中で歌うことを、ライブとは言わないだろう。
自分の意志でステージに立って、自分だけの舞台で、自分の歌を歌う。
わたしはそれが、ライブだと考えていた。
だから、わたしの初ライブは、もう、遠い昔に披露していた。
『行こう! おれ、おまえの舞台、いっぱい知ってる!』
たった一人の観客が、そう言って用意してくれた舞台。
眩暈がしそうなほど、心を打つ景色。
最高のステージ。
過ぎ去った日の出来事だから──というわけではない。
あの日のライブは、わたしとあいつだけのものだ。
誰にも、侵されたくはない、大切な思い出。
『もっとステキな景色もしってるわ』なんて強がってみせたけれど、わたしは、あの日のあの場所以上に素敵な場所を知らない。
だから、もし、今後最高のライブを開くとしたら──。
水平線から目を離して、わたしは「ふ」と息を吐いた。
そんなの、叶いっこない。だって、もうあいつがどう生きているのか──あるいは、死んでしまったのかさえ、わからないのだから。
でも、もしもそれが叶うのならば、わたしは、あの時誓い合った夢を叶えて、もう一度あの場所で、あいつの前で、あの歌を唄いたい。
「……あんたがあの場所を教えてくれたから、あそこがわたしの原風景なんだよ」
小さな呟きが、潮騒と海風によってかき消される。
わたしはペンを握りなおすと、ペン先にたっぷりとインクをつけて、『初ライブは、思い出の中に』を塗りつぶした。
その下に、夢のようなライブ、と書いて、ペンを置いた。郷愁も、夏空の彼方へ──。
わたしは伸びをして、椅子から立ち上がった。
さよならノスタルジー。夢を叶えるためにも、わたしは音楽に戻ろうか。
お読みいただきありがとうございました。
7/19はちょうどルフィとウタの誕生日の中間にあたる日なのだそうですね。そのため、この二人の関係性についてのお話を投稿させていただきました。楽しんでいただけたなら幸い。