甘い話が唐突に書きたくなったので、自分でアイドルになるとは言ったけど不安もあるよねというお話を一つ。
ついでに恋人の周りにかわいい女の子が増えて、破滅的な思考が芽生え始める激重アイさんを添えて。
施設に戻り普段着に着替えを済ませた後、俺たちは定位置である俺の部屋のソファーに並んで座っていた。
「んふふ~、おじさんの顔面白かったねぇ」
そう言ってニヤニヤしているアイを横から見守りつつ、先程のことを思い出す。
交際継続の確証も得られたし、今後の成果次第だが苺プロに対して口を出せる可能性も確保できた。成果としては理想的、完璧に近い内容と言えるだろう。尤も、あんな交渉ができるのは今回一回限りで、次からは先方も俺に対して警戒してくる。だから再び交渉が必要になる前に、ある程度の信頼関係を作らなければならない。これからは勝負の一か月になる。
施設の方はアイの付き添いという形で伝えれば許可が出るし、事務仕事自体は前世で腐るほどやってきたのだから、そこまで心配はしていない。ホームページを作ったり会計処理、電話応対なんかは大きく変わることがないだろうから問題ないと思う。しかし、経験してきたものと業種が違うのでそこだけは正直不安があった。暗黙の了解とか、そういうのがわかってないからね。
「ちょっと、聞いてるー?」
「ん? ああ、考え事してた」
「むぅ。彼女ほったらかしにして、思考の旅に出ないでくださーい」
「はいはい。ごめんごめん」
そう言って、アイの肩に手を回し引き寄せた。これからはお互い忙しくなるだろうし、こういった時間は恐らく貴重なものになってくる。自分達で選んだ選択ではあるが、寂しいものは寂しいからね。今のうちに少しでもアイさん成分補給しておかないと。
「――珍しいね、君からこんなことするなんて」
「まあ、これから忙しくなるし、俺もこういうことしたくなるのだよ」
「そっか、そうだよね。じゃあ、今のうちだねぇ」
驚いていたアイだったが、俺の言葉を聞いて納得すると笑みを浮かべながら俺と対面になる様に膝の上に乗ってきた。
「――流石に、この体勢は恥ずかしいんだが」
「私だって恥ずかしいよ。でも、嫌じゃないでしょ?」
「そりゃあ、もちろん」
ふふとアイが笑うと、「よろしい」と言って俺の首に両腕を回してきた。預けられた体重が心地良い。
――あー、彼氏彼女してんなぁ。前世じゃこんなこと考えられなかったわ、幸せが過ぎる……。
脳内に作られたお花畑が満開になった。この幸福感をアイも感じててくれてると嬉しいなと思いながら、顔を擦り付けてきたので頭を撫でる。そうしてしばらく穏やかな時間を過ごしていると、アイがポツリとこぼした。
「これからどうなるんだろ。こういう時間も、あんまり取れなくなるのかなぁ……」
「まあ、今までのようにはいかないだろうな」
「そうだよね……。少し、寂しい」
「後悔してる?」
「……ちょっとだけ」
表情は見えなかったが、アイの腕に力がこもる。
「でも、いつかは必ず来ることだし。ここでアイドルやらなくても、バイトや就職すればそうなるでしょ」
「それはそうだな」
「うん。だから、それはいいんだ。どちらかと言うと、ホントにアイドルできるかって不安の方が大きいかも」
「不安、かぁ。じゃあ……よっと」
恋人が不安を感じているならここは男の見せ所だなと、背中に手を回してソファーに寝転がる様にアイを押し倒す。
「えっ? えっ?」
突然のことに顔を真っ赤にするアイさん、かわいすぎる。
「どっ、どうしたの急に……?」
「いや、そういえばお仕置きがまだだったなと」
「お、お仕置きって……?」
顔を赤くしながらも困惑するアイ。しかし、何かを期待するようにこちらを見ていたので頬に手を添えると応じるように目を閉じた。
唇を触れさせる。普段はすぐに離れるが、今日は少しだけ長く味わった。顔を離すと惚けた表情が目に入り、堪らず再びキスをする。もう一回長く、最後に少しだけ唇を舐めると、アイの身体がビクリと跳ねた。身体の熱がさらなる行為を煽ってくるが、流石にこれ以上はまずいのでアイごと身体を起こし、押し倒す前の体勢に戻る。
「――ビックリした」
「お気に召した?」
「召しました……」
アイさん両手で顔覆ってるけど、隙間から見えてるところが林檎みたいだね。俺も多分相当赤いけど。慣れないことはやるもんじゃないなと思うが、アイさんが喜んでくれたのでよかった。ほっと一息ついてから、行動の意図を口にする。
「働き始めるとさ、きっときついこととか嫌なこととか、結構経験すると思うんだよ」
「えっ?」
突然の言葉に再び困惑の表情をするアイ。俺はそんなアイの髪を梳くように撫でながら、続ける。
「だから、辛くなったらいつでも頼ってくれな。俺、こういうことしちゃうくらいアイのこと大好きだからさ、どんな話でも聞くから」
「っ!? ――君はさぁ、どうしていつも、私が欲しい言葉をくれるかなぁ……」
「思ってることを言ってるだけなんだけどね」
何度でも言うけど、言葉にしないと伝わらんから。中学生がお仕事するんだから不安も大きいだろうけど、愚痴を言える人が一人でもいれば多少なりとも精神衛生上はいいだろうし。俺も一緒に事務所に行くから、少しでも楽な気持ちで活動してほしい。
「これから、一緒に頑張ろうな」
「うん……」
熱っぽいアイの視線を受けながら、決意を新たにする。その後はいつもより長くイチャイチャした。エッチなことはしてないよ! 節度は大事だからね! ギリギリだったけど!
苺プロの事務室。その隅に置かれたソファーに座って勉強をする振りをしながら、私は激動の半年を思い返している。
私を含む四名で創立された新アイドルグループ「B小町」が活動を始めて早半年が経った。
アイドルなのだからそれはそれはとても輝かしい活動を――なんてこともなく、私は日々レッスンと営業に勤しんでいる。たまに何組かのアイドルが集まって行うライブに参加することがあるけれど、単独で行うにはまだまだ危うい。
とは言え、こんな状況ではあるがマネージャーのミヤコさんが言うには順調すぎるらしい。要因として集まった四人のレベルがそれなりに高かったということもある。歌は高峯、ダンスはニノ、ファンサービスは渡辺。そして得意分野では一歩譲るがどれも卒なくこなせる私。グループとして見事にバランスが取れていた。尤も、それ以上に社長が営業に専念しやすい環境ができているのが大きいらしいけど。
営業は佐藤社長、私たちのマネージャーはミヤコさん、そして――事務は翔君。私がアイドルになった時に彼も一か月お試しでタレントの名目で苺プロに入ったけれど、一週間で専用のデスクとパソコンが追加されていた。社長曰く「絶対に逃がさん」らしい。
働ける時間は、平日は放課後の三・四時間くらいで、忙しい時は学校を休んででも事務所に行っている。土日はタレントの名目を保つためにたまに歌の練習をする時以外は朝から晩まで事務所に篭っている感じだ。
学業はどうした学業はと突っ込みを入れられてもおかしくないが、そんな彼曰く学校よりも仕事の方が面白いらしい。私が同じことを言えばきっと何言ってんのって返されるだろうけど、テストで学年一位の人が言うとそうなんだと納得させられてしまう。
形だけ眺めていた参考書から視線を外し、デスクで電話応対をしている彼の方を見る。中学生なのにスーツを着込んで仕事をしている姿はどう見ても社会人のそれで、身長が高いことや大人びた顔であることも相まって、一見すればミヤコさんより年上に見られることもあるだろう。
異質だと、つくづく思う。私もそれなりの過去を持っているけれど、彼の能力や立ち振る舞いはどう見ても同い年に見えなかった。これは初めて会った時からずっと思ってきたことだが、この半年は特にそう感じてしまう。
彼が何かしらの秘密を抱えていることは何となく察しているのだが、その中身までは今まで一度も中を窺わせるようなことを言ったことがないのでわからない。
人間誰しも人に言えない秘密を持っているものだ。私だって母と過ごしていた時のことを誰かに話したいとは思わない。でも、秘密を知りたいと思ってしまうのもまた事実で、それが恋人となればなおさらだ。せめて私にくらいは話してくれてもいいんじゃないかと思ってしまうのは、やはり私がまだまだ子供だからだろうか。
もしかしたら、聞いたら意外と簡単に話してくれるかもしれない。でも、逆に拒絶されたらどうなるだろう。
彼が何かを考えこんでいる時に時折見せる強張った表情。瞳の中に見える黒い星、殺意すら感じる凍り付くような視線が私に向けられてしまったら、その場で呼吸ができなくなってしまうかもしれない。
――ああ、でも、悪くない。あんな視線を私に、私だけに向けてくれるなら、それを感じながら死ねるなら、なんて……!
ゾクリと背筋が震えるのを感じ、無理矢理身体の疼きを抑えながらため息をついた。
ダメだ。本当にダメだ。冷静になれ、私。
最近はどうも思考が危ない方向に突っ走る。私はこんなに愚かしいことを考える人間だったのかと嫌になるが、同時にそれも仕方ないとも思ってしまう。だって、自分の恋人が自分以外の女の子とよく話すようになったら、誰だってそうなるだろう。
アイドルになる前は友人がいない私に気を遣ってくれていたのか、いつも私の側にいてくれた。でも、こうしてお互いに働くようになってから私は彼の側にいる時間が減り、彼は私以外の女の子との関わりを多く持つようになった。B小町の面々なんて最たる例だろう。
こうなることは想像できていたし、ある程度の覚悟もしていた。そして、彼があの子たちにそういう感情を向けていないのもわかっている。
でも――逆はまだよくわからない。だから怖いのだ。B小町のメンバーはみんなかわいい子ばかりで、あの子たちが本気で彼を誘惑するようなことになったら、もしかしたら彼が奪われるかもしれない。
そんなことはあり得ない、彼が裏切るはずがないと理性は言っている。だが、私の中の黒い部分がこう囁くのだ。そんなことになる前に、裏切られる前に、いっそ、と。
「あー、もう。ダメだぁ……」
言葉を吐いて、思考を止める。こんなに汚い感情が自分の中から溢れてくるなんて思いもよらなかった。しかも全く根拠がなく、自分の妄想の産物というのが救えない。あまりの情けなさに背もたれに寄りかかると、デスクの方から声が飛んできた。
「ん? 勉強わからないとこでもあったか?」
「ううん、そうじゃないのー。ちょっと病みモードに入ってただけ」
「病み? どしたん、話聞こうか?」
「大丈夫ー」
そう言ってひらひらと手を振ると、「そっか」と一言だけ返ってくる。コロンと横に転がって背もたれに覆いかぶさって、そのまま前を見ればパソコンに向かう彼の横顔が目に入ってきた。既に見慣れたはずなのにどうにもかっこよく見えて、じっと見つめてしまう。
どす黒くて汚い感情に染まりかけていたのに、彼とちょっと話しただけでこれだ。彼と会ってからというもの、時折妙に感情の振り幅が大きくなる。嫌なことがあって最悪の気分で施設に帰っても、彼に少し抱きしめてもらいながら撫でられれば幸福に支配されてしまうほどに。
――私、ちょろいなぁ……。
自覚していたことだけど、自分のちょろさに涙が出そうになる。堪らず深いため息が出た。
まだまだ駆け出しではあるけれど、アイドルをしているのは結構楽しい。でも、こういう思考の迷路に迷い込んでいるときは、アイドルになったことを後悔することがある。
アイドルになるのは私が決めたこと。そんな私のために彼は一緒に頑張ってくれているのに、そんな彼に私は汚い感情をぶつけようとしている。本当に救えない。
――嫌な女だな、私。
いっそのこと、私と彼だけの世界があればいいのに。そうすれば、きっとこんな思い悩むことなんてないのだから。
全く以て意味がない、不毛なことを考えながら、私は再び憂鬱感に包まれるのだった。
シリアスな展開でもネタを仕込めるなら仕込んでいくスタイル。
こっからガンガンスピード上げていきたいけど、きっとだらだらするんだろうなぁ……。