星野アイを救いたいだけのお話   作:でぃあ

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遅くなりましたがオリ展開だから許してほしい。


020

翌日。私は翔君と二人で母の住んでいたマンションへと足を向けていた。

 

荷物や家具がどれくらいあるかわからないのと、私たちだけでも荷物のまとめやごみの分別はできるので、まずは偵察ということで車を出してもらう前に見に来ることにしたのだ。あとは冷蔵庫の中身は早めに片づけないといけないしね。

 

大家さんに事前連絡をしておいたので鍵はすぐに借りることができた。母の住んでいた場所は都内によくある単身者向けのアパートの一階で、早速部屋の中へと足を踏み入れる。

 

「……ここに、お母さんが住んでたんだね」

 

「そうだな。しかし、何というか……」

 

「うん。物がない、ね」

 

部屋の中に入って最初に思った感想がそれだった。

 

間取りは1LDKで玄関から入ってすぐにあるリビングには炊飯器や電子レンジといった最低限のものしか置かれていない。コンロや水回りもあまり汚れていないところを見るに、しっかり掃除をしていたと言うよりはあまり使っていなかったと言うべきだろうか。

 

冷蔵庫を覗いてみてもアルコールやつまみになるようなものがほとんどで生ものはほぼ入っていなかった。食事は基本外で済ませていたのだろう。一緒に暮らしていたころの記憶でも母は料理はあまり得意にしていなかった印象があるので、一人で生活するようになってからもそれは変わらなかったのかもしれない。

 

続いて奥の寝室へと足を向けてみたが、ここもやはり物が少ない。家具以外に部屋を飾る小物の類が見当たらず、女性の部屋としては殺風景に思える。人を呼んでいるような感じもしなかった。

 

「本当に、無駄なものを置いてないって感じ」

 

「だなぁ。めっちゃ親近感湧くわ」

 

「君の部屋もこんな感じだもんね」

 

「俺の場合は仕事や趣味がパソコンだけで完結してしまうからな。他に理由が無いわけでもないけど……。まあ、実際こういう生活楽だぜ」

 

「でも物が少ないと寂しくない?」

 

「小物増えると掃除が面倒なんよな……」

 

部屋にベッド以外はプラスチック製の箪笥と本棚とパソコン机しかない人が言うと実に説得力があった。良い意味でコンパクトな生活をしていると言えるのだろうけど、ここの部分に関しては一緒に暮らしていた頃の記憶とは全く違う。

 

あの頃住んでいた部屋は人を呼ぶことが多いため掃除はしっかりされていたけど、色々な意味で物が多かった。生活に必要なものはもちろん、それこそ使ったところを見たこともないような家電や家具も置いてあったと思う。

 

それと比べれば、部屋がきれいなのは一緒だが物の数があまりにも少なすぎた。無論当時とは経済的な面でも違いがあるのだろうけど、それにしてもここまで印象が違うとは。

 

――本当に、一体どういう心境の変化があったんだろうね……。

 

同じ人の部屋とは到底思えないが、こうして考えていても仕方ないので片付けを始める。翔君にリビングの方を頼んで、寝室は私が担当だ。

 

まずは服の類を捨てるものと残すものでベッドの上にまとめていくのだが、その中にちょこちょこと見覚えがあるものが見受けられた。その度に一緒に暮らしていた時の記憶が思い返されて切なさや辛さを感じ胸が締め付けられる。この服を着て殴られたこともあれば、抱きしめられたこともある。複雑な思いがこみ上げてきて手が止まってしまうが、これは自分でやらなければいけないことだと無理矢理手を動かした。

 

見覚えがないものは恐らく使うことがないので処分することになるだろうが、記憶にあるものは少しだけ、取っておこうと思う。服を見て思い起こすのはやはり辛い思い出が多いが、それでも少しだけとはいえ幸せなことも思い返すことができるのだ。それ故か、最終的には捨てることになるのだろうけど、今すぐに捨てる気分にはならなかった。

 

服の整理は意外とあっさりと終ったので、次いでドレッサーだ。化粧品や小物、珍しいものでは私が変装の時に使うようなウィッグなんてものもあったが、これは流石に捨てることになるだろう。奥に眠っていたアクセサリー類――これもまた、幼少時に見覚えがあるものだった――は持って帰ることにする。

 

母が華やかな生活を送っていた頃の名残か見るからに良さげなものが幾らかあったが、その中でも目に付いたのがネックレスとペンダントだった。それぞれ赤と水色の宝石が中央に添えられており、高級そうな箱に入れられていたところを見るにそれなりに値が張るものだったのだろう。

 

――これ、懐かしいな。

 

今思えば私がまだ小さい時、まだ生活がそこまで荒れていなかった頃に母は好んでこの二つを身に着けていたように思う。あの頃の母はまだ私に笑顔を向けてくれて、それ故か母の胸元で輝いていたこの二つのアクセサリーは妙に印象に残っていた。

 

これを私が身に着けることを母は許してくれるだろうか。そんなことを思いながら、ネックレスとペンダントを箱に収めた。

 

この他に目立ったものはなく、押し入れにも寝具などしか入っていなかった。途中でお昼ご飯を食べに行った後、午後からも作業を続けて寝室のあらかたを片付け終えた私は持って帰る貴重品類をリュックの中に入れておこうとリビングに行く。すると、家電類を片付けていたはずの翔君がテレビの横に置かれたCDコンポの前でじっと座っていた。

 

「あれ? 翔君どうしたの?」

 

不思議に思って近づいてみれば、翔君は何か手に持って難しい顔でそれを凝視している。

 

「なあ、アイ。社長って、お前のお母さんに連絡先とか会社教えてたっけ?」

 

「うーん、ちょっとわかんないな。急にどうしたの?」

 

「……これ、中に入ってたわ」

 

そう言って、翔君は私に一枚のCDを差し出す。それはあまりにも見覚えがありすぎるもので、それが何かを理解した瞬間、私はたまらず膝から崩れ落ちた。

 

「嘘……」

 

翔君が私に差し出してきたのはB小町の最新のシングルの限定版だった。これはライブ会場の物販でしか買えないはずで、これがここにあるということは母はライブ会場に来ていたということになる。

 

「これ、どういうこと……? お母さん、ライブ見に来てたの……?」

 

「誰かから譲ってもらった可能性はあるかもだけど……。それでも、ライブに来ていた可能性は高い、だろうな。他にも数枚あったよ」

 

「そんな……」

 

ちょっと社長に聞いてみると、翔君が携帯電話を取り出しつつCDを私に手渡した。それを震える手で受け取って改めて確認してみるが、どう見てもライブ会場でしか買えない小冊子にメンバーのサインがしてあるものだった。

 

突然のことに感情がぐちゃぐちゃになっていく。

 

私、ちゃんと探してたはずなのに。

 

毎回必ずお客さんの顔を見ていたはずなのに。

 

気づかなかった? 私、お母さんに気がつかなかったの?

 

押し寄せる絶望と怒りの津波が私の冷静さを押し流していく。そこに社長との電話を終えた翔君が追撃の言葉を口にした。

 

「アイ。やっぱり、社長はお母さんに連絡先は教えていなかった……というか、養子縁組の手続きをするときもすでに音信不通で、連絡を取ったこと自体がないらしい」

 

「……じゃあ、お母さんは自分でB小町のことを知ったってこと?」

 

「恐らくは、そういうことになるだろうな……」

 

「そっ、か。じゃあ、お母さんは、私のこと探して、見つけてくれてたんだね……」

 

偶然か、それとも必死に探したのか。どのようにして母がB小町のことを認識したのかを知る術は最早無いが、ただ一つわかるのは母が私を見てくれていたということだけだ。

 

――でも、私はお母さんのことを見つけることができなかった。

 

ちゃんと探していたはずなのに。どうして、一言でも声をかけてくれなかったのだろう。声を聴けば必ず、私は気づいたのに。絶対に気づくことができたはずなのに。どうして。

 

上手く隠してきたはずの悲しみが、心の奥から湧き上がってくる。今までは極力気にしないようにしていたのに、こんな事実を前にしては流石に無理だ。いくら私が嘘をつくのが上手くても、こんな感情を抑えることなんてできやしない。

 

「ぅ……」

 

涙が流れる。せめて泣き声だけは抑えようとぐっと歯を食いしばったが、それは無駄な行為だった。

 

だって、まるで当たり前のように、私は翔君に抱きしめられてしまったから。

 

――ああ、前もこんなことあったな……。

 

ずるいと思いながら彼の肩に顔押し付けて、私は涙を流す。

 

お母さん、どうして。

 

そんな言葉と共に嗚咽を漏らしながら、私は只々翔君の腕の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

それからどれほど時間が経ったかはわからないが、私が抑え続けてきた悲しみを吐き出しきるまで、私が泣き止むまでずっと、翔君は背中と頭を撫で続けてくれていた。

 

感情を吐き出し、何とか落ち着いてきた私が身体を離そうとすると、それを妨げることなく翔君は背中から腕を離した。とはいえ私の涙はまだ止まっていなくて、それを確認したのか身体が離れた後もまるで親が子供を宥めるように優しく頭を撫でる。

 

「ん。もう、大丈夫」

 

「そっか」

 

暫くされるがままになった後に私がそう言うと、翔君は最後に一撫でしてから手を離した。

 

涙をぬぐい、はぁと一息吐く。溜め込んでいたものを吐き出せたような気がするが、気が楽になったかというとそうでもなかった。むしろ抑えてきた悲しみという熱量を一気に解放したせいでその部分がぽっかりと空いてしまって、心が一気に冷えていくような感覚を覚え身体がぶるりと震えた。

 

「……今日はここまでにしとくか。一回帰ろう」

 

「そう、だね」

 

私の様子を見てか翔君が帰ろうと言ったので素直に頷く。流石にこの精神状態でこの部屋の片付けを続けれる気はしなかった。

 

荷物をまとめた後、大家さんに鍵を返そうとしたが何度も来るならそのまま持っておいていいとのことだったので遠慮なく鍵を預かり、お礼を伝えてからアパートを後にする。荷物もあったのでタクシー拾ってサクッと帰宅した。

 

「ごみとかのまとめは俺がやっとくから、アイは少し休んでおきな」

 

「ううん。タクシーの中で思ったけど、何かしてないとどんどん気持ちが沈んじゃいそうだから……」

 

「……そっか。じゃあ、やっちゃおうか」

 

帰宅して早々ではあるが今はとにかく何かをしていたい。翔君の気遣いを断って持ってきた荷物を居間で広げ改めて仕分けをしていく。

 

その途中、母の遺品を片付けているという事実に悲しみが押し寄せてきて、見覚えのあった服に少しだけ顔を埋めてみると何となくではあるが懐かしい匂いがする気がした。洗剤や箪笥の匂いだとはわかってはいるのに、それでも昔を思い返してしまうあたり本当に精神状況が良くないようだ。

 

堪えることもできずただ涙が流れるに任すと、すぐに気づいてくれた翔君にまた慰められる。

 

「ごめん。私、また……」

 

「いくら泣いたっていいだろ、こんな時は」

 

「おかしいな……。昨日までは大丈夫だったはずなんだけどな……」

 

「……結構無理してるようには見えたぞ」

 

「ほんと……?」

 

私の問いに翔君は無言で頷く。

 

そうだった。この人は私が無理をしている時の嘘はいくら取り繕っても見破ってくるのを忘れていた。こんなこと、この人を信じようと思った時に思い知らされていたはずなのに。こんなことも分からなくなっているなんて、今の私は本当にダメになっているようだ。

 

「私、ちょっと休んだ方がいいかな……?」

 

その言葉は、母が亡くなってから初めて素直な気持ちを声にできたものだったと思う。

 

「難しいとこだな。本当に休みたいなら休むべきなんだろうけど……。さっきアイが言ってたようにさ、何もしてないときの方がきつい時ってあるから」

 

「うん……」

 

正直、休めと言われても何をすればいいのかわからないというのはある。身体を休めるという意味は当然あるだろうけど、何もしていなければそれ以上に心が疲れてしまいそうだ。

 

「それならレッスンとかで身体動かしてた方が気が紛れるとは思うな。人によりけりだからアイにとって最善かはわからないけど……」

 

「そう、だね。ならもうちょっとだけ、頑張ってみようかな……?」

 

「うん。前にも話したけど、きつくなった時は必ず言ってくれよ? 俺も極力側にいるようにするけど、気づけないこともあるかもしれんから……」

 

「翔君なら私よりも先に気づいちゃいそうだけどね」

 

「流石にそれはどうだろう?」

 

そう言って首を傾げる翔君を見て、思わず笑みがこぼれた。少しだけ気が晴れた私は「ありがとね」と一言お礼を言ってから、再び手を動かす。

 

片付けを終えるとちょうど夕方近くになっていたので久々に二人一緒に夕食を作って食卓を囲み、お風呂に入った。久々に心穏やかな時間だった気がする。

 

母の部屋から急いで処分しなければいけないものは今日のうちに全部持って帰ってきたので、もう慌てて片付けをする必要はない。後は無理しない程度に仕事や学業と並行してやっていけばいいのだから、先ほど無理をしていると明言された手前、今日は早めに休むべきだろうとお風呂の後の身体のケアを終えたら早々に翔君の部屋へと向かった。

 

部屋に入るとベッドに座って彼を待つ。そこでいつものように相変わらず物が少ない部屋だなぁとぼんやり思うわけだが、なんてことのない普段通りの思考が最悪のトリガーになってしまった。

 

――お母さんもこんな部屋で、一人で寝てたんだよね。

 

そのことに思い至ってしまった私の心は直後、絶望的な闇に雁字搦めに囚われる。

 

常々感じていた母に対する罪悪感が母のリアルな生活感を感じたせいで増幅され、母を見つけることができなかった後悔がそれを加速させた。

 

母は私を捨てたが、私は母に手を差し伸べられなかった。もっと早く社長に頼んでいれば、面倒とは思いつつも母を探してくれただろう。そうすれば死ぬ前に一言でも話せたかもしれないし、何なら母を病院に連れて行って突然亡くなることを防げたかもしれない。

 

結局私は、口では会いたいなんて言いながら母のために努力をしていなかった。その結果が取り返しのつかないことになってしまったのだ。

 

――寂しかっただろうな……。

 

あんな部屋で何年も一人で生活してたなんて、絶対に心細かったはずだ。

 

――私は、何を浮かれていたんだろうね。

 

母が幸せだったかどうかはわからないが、人付き合いを好んでいた母にとっては間違いなく一人暮らしは寂しかっただろう。だというのに、私はこうして愛する人の腕の中で幸せに眠りにつこうとしている。

 

私は何もできなかったのに、私だけが幸福になろうとしている。こんなことは母に対しての暴挙に等しい。許されていいはずがないではないか。

 

自分への怒りをぐっと抑えた後、ベッドから立ち上がり勢いそのままに部屋を出た。するとちょうどこちらに向かってきていた翔君と鉢合わせになる。

 

「翔君」

 

「おう、どうした? まだなんかあった……、本当にどうした?」

 

私の様子を察してか、翔君が言葉を止めて真顔で問いかけてきた。それに努めて冷静に淡々と答える。

 

「ごめん、今日から一人で寝るね」

 

「……えっ!? な、なんかあったのか? いや、俺なんかした……?」

 

「翔君は何もしてないよ。でも、私がそうしたいだけなの。おやすみ」

 

そう言い切ると、翔君の答えを聞かずに隣の自室に入ってすぐにベッドの中に潜り込んだ。

 

翔君には悪いことをしてしまった。でも、今の私に彼の優しさや温もりは毒だ。もしいつものようにそれに包まれてしまったら私は罪悪感で死にたくなってしまうだろう。とてもではないが私の心が耐えられる気はしなかった。

 

――ごめんなさい、翔君。お母さん。ごめんなさい。

 

毛布に包まり、凍えるように冷える心を少しでも温めようと身体を丸める。

 

あまりにも辛くて、寒くて、寂しい。

 

この数年幸福に浸ってきた私にはこの孤独感は耐え難いものがある。だが、今の私にはこの苦しみこそが望ましいものだった。




うちのアイさんは幼少期に救われて人間関係に恵まれたせいで感情を隠す必要がなくなってしまった結果、原作に比べてちょっとだけメンタルが弱い女の子になってしまった。

最近は原作でアイさんの深堀が始まったので、ここのアイさんはアイさんしてないけどもう最初から設定ぶっ壊してるから許してほしい。

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