ニヤニヤできるといいな?
感傷的になったが故か、少しばかりしょんぼりとしているアイを慰めつつタクシーに揺られて数分ほどで運転手さんおすすめの食事処に到着した。
お昼が遅くなって申し訳ないと運転手さんに謝罪しつつ、少しばかり多めにお昼代を渡してから店の中へ。注文したのはお膳形式のランチでメインは高千穂牛の焼き物、さらには揚げ物枠で昨晩に続いて再登場したチキン南蛮をおいしくいただく。旅行中は何だかんだで疲れるからこういうガッツリしたもののほうがいいんだよね。
美味いものを食えば人間多少は気が紛れるもので、食べ終えたころにはアイの調子も少しは戻っているように見えた。とりあえずは一安心といったところだろうか。
食事を終えると時刻はお昼というよりおやつの時間に近づいていた。アイの母親関連のやらねばならないことは終わったのでここから明日の夜までは自由時間、つまりは観光の時間となるわけだが、正直なところ高千穂という町はそこまで広いわけではないのでタクシーで回ればせいぜい数時間で神社巡りはできてしまう。となれば調子が良くないのであれば今日敢えて無理する必要はないだろうとアイに聞いてみることにする。
「なあ、アイ。この後だけど今日は旅館に戻ってゆっくりするか?」
「え、どうして?」
食後の雑談の最後にそう提案してみると、アイは不思議そうな顔をしながら疑問を口にする。
「いやな、精神に負荷もかかってるだろうし、明日丸一日あるから今日は休むのもいいんじゃないかと思ってな」
「あー。うーん、どうだろ。確かにちょっとしょぼーんってなっちゃたけどねぇ……」
「んむ」
「でもさぁ、旅館にいてもやることなくて暇じゃない?」
「まあ確かに温泉入ったり二人でゆっくりしたりするくらいか」
「それはそれで魅力的だね」
二人で温泉入っていちゃいちゃした後、目に映るのは湯上りで火照った浴衣姿のアイさん。さぞ扇情的なことでしょう、即ベッドイン待ったなしですわ。なんかテンション上がってきたな!
「……翔君、ニヤニヤしてるけど何考えてるの」
「はっ!?」
「えっちなんだから、もう」
軽く頬を赤めて怒るアイさんはかわいい。でも口に出すと怒られるので素直に謝りました。その後もう少しだけ話をして、結局は時間がもったいないということで神社巡りに向かうことと相成った。行く先はお任せとのアイさんからお達しがあったので、ぼんやりと事前に考えていた回るべき神社を思い浮かべる。
高千穂で有名な神社はいくつかあるが、地名を冠する高千穂神社は宿泊する旅館から近いので明日に回すとして、まず行くべき神社は――まあ、決まってるわな。
会計を済ませた後、待ってくれていた運転手さんに頭を下げてからタクシーに乗り込み最初の目的地を告げた。
「最初は荒立神社までお願いします」
わかりましたと返答があってから、車が動き始める。
「最初は荒立神社? ってとこ?」
「うん。芸能や夫婦円満、縁結びにご利益がある神社らしいぞ」
「芸能? あらま、ぴったりじゃーん」
そう言ってからからと笑うアイさん。芸能関係のことには極力言及しないでほしいんだけどなぁと思いつつも、如何せんこの容姿だからタクシーの運転手なんてやってれば簡単に察しちゃうよなぁとも思うので気にしないことにする。
荒立神社には発進してから数分で到着した。曰く猿田彦命と天鈿女命が結婚をした荒立宮の跡地に建立されたということらしく、駐車場のすぐ真横に鳥居があり数段階段を登れば目の前に拝殿があった。
――無事に済むといいんだが……。
原作でも言及されたであろう神様――天鈿女命が祭られる神社。高千穂を訪れる以上参拝しないわけにもいかないから来てしまったが果たしてどうなることやら。尤も、相手は神様とかいう魔術もマシンガンも持っていない非探索者にはどうしようもない相手なので、対策もクソもあったものではないから考えても仕方のないことではあるのだが。
まあ、以前アイが受信したらしい電波の内容を聞くにこちらに対する害意は無さそうだから問題が起こることはないだろう。
境内に入って軽く周囲を見渡した後、最初にお参りを済ませ、名物を言っていいのかはわからないが木槌で心を込めて板を七回打つと七つの願いが叶うという七福徳寿板木を一緒に行う。次いで本殿の裏の森を散策し、その他の板木も見かけるたびにコンコンと打っていった。
「中々面白いな」
「ねー」
板木というシステム自体を初めて見たゆえかやってみると意外と面白かった。他の参拝客も俺たちと同じように板木を叩いており、周囲から聞こえるコンコンという音を聞きながら森林浴がてら林の中をゆっくりと歩く。一通り回った後に最後にお札でも買っていこうかと再び拝殿の前へと戻ってその隣にある礼所の中を覗き込んだ。
中には誰もいなかったが何種類ものお守りが揃えられており、不在の際は木箱にお金を納めてくださいと書かれた板が立てかけられている。
「どれ買う?」
「この後も神社回るんだよね?」
「そうだな。今日は天岩戸神社、明日は高千穂神社に行く予定だぞ」
「そっか。じゃあここで買うのは一個にしとこうかな」
そう言って頤に手を当てじっとお守りを見据えるアイ。
「縁結びは翔君居るから要らないよね。となると芸能のお守りがいいのかな?」
「子宝や安産なんてのもあるぞ」
「そ、それはちょっと気が早いんじゃないかな……?」
俺の言葉に頬を染めながら否定するアイさんだったが、その後に安産守りを手に取って「今後のことを考えればこれが……。でも、まだできてないし……」なんて小声でブツブツ呟いたりしてます。
お守りを両手に一個ずつ持ってうんうんと悩むアイをおもしれーなぁと思いつつ眺めていると、
「お守りをお求めですか?」
唐突に後ろから声をかけられた。振り向けば巫女服を着た年若い女性が一人、こちらに笑みを浮かべながら立っている。凛と立つその姿は一見しただけでも神に関わるものというような神秘的な印象を持たせ、また俗なことを言えばとんでもない美人さんだ。
髪は結い上げて笹の葉の装飾が施された簪でまとめられているが、それでもわかるほどに黒く艶やかに輝いている。服装に関してもただの巫女服ではなく所々に装飾品が飾られているもので、正月の神社で見かけるアルバイトさんの巫女服とは違い、儀式などで踊るときに着る正装とでも言うべきものを身に纏っていた。
もしかしたら今日は祭礼か何かがあるのかもしれないなと漠然と思いつつ巫女さんの美貌に目を奪われていると、「こんにちは」と巫女さんはにこやかにそう言ってからゆっくりとこちらに近づいてくる。
「随分お悩みのご様子ですが――あらあら、まあ」
アイが持っていたお守りを見たのか、そう言って巫女さんは頬に手を当てほわりと笑みを浮かべた。
「あっ! これは、その……!」
「うふふ、ここの安産守りはとても良く効きますよ。私が保証します」
「ほ、保証ですか?」
「ええ。私の経験談ですから間違いありません。どうやらまだ子は成してはいない様子ですが、これには子宝の加護もありますから。それに、」
そこで巫女さんは言葉を一度止めて、恥ずかしそうにしているアイに慈しむような笑顔を向けてから耳元に顔を寄せて何かを呟く。それを聞いたアイが急に頬を真っ赤に染めてパッと驚いたように視線を合わせると、巫女さんは一度だけゆっくりと頷いてからアイの手に握られていた芸能守りをすっと抜いて元の位置に戻した。
何やら動揺しているアイがあわあわとしていたが、それに気に留めることなく巫女さんが何かを唱えるとアイの手に残った安産守りがふわりと暖かい光を放った。当然のようにアイは驚いたが、何か行動を起こす前に光はゆっくりと収まっていく。
驚きの連続で口をパクパクとさせながらアイは巫女さんに視線を向けたが、その視線を受け止めながら巫女さんは優しく笑みを浮かべた。
そのまま数秒ほどじっと見つめ合っていた二人だったが、平静を取り戻したであろうアイが手元に残った安産守りを胸元に抱いてからぺこりと頭を下げる。巫女さんはそれに満足したように頷き、続いてこちらに視線を向けていつの間にかその手に握られていた神札を俺に差し出した。
ここまでくれば俺も察せざるを得ず、失礼のないよう両手で受け取ると再び満足にそうに頷く。
「それは私と夫からです」
「ありがとうございます。ですが、自分もよろしかったので?」
「ええ。貴方には必要ないかもしれませんが、念のために。その代わりと言っては何ですが、この子を大切にしてあげてくださいね。決して、決して悲しいことにはならないように……」
憐憫の表情を浮かべながらアイの頭を撫でる巫女さん――いや、もう天鈿女命と言ってしまっていいのかもしれない。
悲しいとは原作のことを言っているのだろう。果たして目の前の存在がその原作で言及されたものと同一のものなのかというのは物語に出てこない以上はわからないことではあるが、少なくともアイのことを見守り慈しむ意思があるであろうことは彼女の様子や表情からはっきりと察することができた。
正直この出来事が起きるまではこの神様がどのような存在で、アイに対して如何なる感情を持っているのかはわかっていなかった。だが、この感じならば少なくとも星野アイという女の子の人生を弄ぶようなことはないだろう。完全な味方かと言われると相手が相手である以上何とも言えないが、少なくともアイや俺に対して意図的に害を及ぼすことはないだろうと判断するには十分なやりとりではあった。
ならば気遣ってくれる相手には誠意をと、姿勢を正しはっきりと答える。
「必ず、幸せにしますので」
「信じていますよ。……御身、お大切に」
俺の言葉に頷くと、巫女さんは最後にもう一度だけアイの頭を撫でてからこちらに背を向けて歩いていく。
暫しその後姿を眺めていると急に強い風が吹いてきたので咄嗟に顔を庇う。風が止み、再び視線を前に向けた時にはもう巫女さんは姿かたちなく消え去っていた。
あの巫女さんが実際に存在する人間なのか、はたまた神様が具現化したのか、それは恐らく知る術はないだろう。だが、間違いないのは俺の手にはお札が、アイの手には何かしらの加護を受けたであろうお守りが握られているということだけだ。
「……何だったんだろう」
「まあ、世の中不思議なことはあるってことだな……」
そんなことを呟きながら、アイはただ驚きを、俺は驚きと共にある種の納得を感じながら俺たちは暫しの間立ち尽くすことになった。
「あー、気持ちいい……」
「まさかお部屋に露天風呂がついてるとは、贅沢だねぇ……」
風の音や時折塀の向こうを通る人や車の音を聞きながら、檜造りの湯船に二人一緒に身を沈めながらしみじみと話す。
神社の出来事の後、前日の着せ替え人形や母の実家のことも相まって流石に心身共に一杯一杯になりかけた結果、今日は観光せずにゆっくりしようという翔君の言葉に素直に従ってチェックイン時間早々に部屋に入った私たちは到着して早々に更衣室に飛び込んだ。
露天風呂なんて生まれて初めてで、外で裸になるという事実に恥じらいを禁じえなかったのだけど、身体を洗って翔君に抱えられるように二人で入るとやはり気恥ずかしさよりも安らぎが勝ってこうして露天風呂をゆっくりと楽しむことができている。
――精神安定剤だよねー、ほんと。
どうにも落ち着かなかった私の心も、お湯の暖かさと翔君のいつもよりちょっとだけ高い体温で優しくほぐされ、今はさざ波一つ立っていない。
このまま穏やかにこの時間を過ごしても良いのだけれど、そうするにはあの出来事はちょっと問題がありすぎたので、身体が温まってきたなーというところで意を決して口を開く。
「ねぇ、翔君。さっきのことだけどさぁ……」
「うん」
「あれ、ほんとに何だったのかなぁ」
お守りを買おうと思ったら突然とんでもなく美人の巫女さんが現れて、からかわれたかと思ったら買おうとしていたお守りが光って、優しく頭を撫でられた。まとめてしまえばこんな感じだが色々と突っ込みどころが多すぎる話だ。特にお守りが光った部分。
私一人だったら夢でも見たかと思って切り捨ててしまうところだが、今回は後ろに同時に体験した人がいるのだ。あれは間違いなく現実だと見ていい。
「神様やらなんやらってさ、居るとこには居るってことなんだろうな」
「そう、だよね。そう考えるしかないよね」
「ああやって直接見ないと信じれる話じゃないけどな」
「うん」
「とりあえず、家に帰ったら神棚買わなきゃな。あんなすごいものもらってしまったし」
「だね。あれはあのまま置いとくわけにはいかないもん」
翔君がもらった神札――神棚に入れて祭るものらしい――だが、なんというかこう、すごいのだ。その場にあるだけで存在感があるというか、妙に神々しさを感じるというか、人目につくところに置いておいてはいけないと一目でわかるくらいにはすごい。
ついでに私が買った光るお守りも、神札ほどではないが存在感があるので極力目につかないようにカバンの奥とかに入れておこうと思う。そもそも安産守りなんて関係者に見られたらまずいのだけれど、お守りというのは極力身に着けておいた方がいいらしいのでそこは上手いことやるつもりだ。
なんか大変なものをもらってしまった気がするが、それを通じてあの人は私たちを守ってくれるんだろうなと漠然と感じとれてしまう。実際にあの人に頭を撫でられた時まるでお母さんに撫でられたような、そんな懐かしく優しい感触だった。いつも見守っていますよと、そういうイメージが込められているような撫で方で思わず泣きそうになったくらいだ。
正直に言えば、神様なんて憎しみの対象にしたことがあるくらいには嫌な存在だったのだけれど、今回の出来事はその認識が百八十度変わるくらいのものだった。
――ただ、もし可能ならもうちょっと早ければな、って思っちゃうけどさ。
神様なんてものがいるなら、お母さんをもう少し長生きさせてくれても良かったのではないか。私とお母さんが仲良く暮らせるようにしてくれても良かったのではないか。
言っても詮無いことなのだろうけど、こういう考えに思い至るあたりやはり母に対しての割り切りができていないのだろうとつくづく思う。あんなに酷いことをされてきたというのにこう思ってしまうということは、やはり私もまだまだ子供なのだろう。
と、そこではっと正気に戻る。悪い方向に思考が飛んでいった結果、先ほどまで穏やかだった心が再び波打ち始めたのでまずいまずいと思考を打ち切る。お母さんのことは気長に考えていくって決めたんだからと、無理矢理脳内のバランスを変えるべく翔君の腕の中でくるりと回転して彼の首に腕を回した。
「ん、どうした?」
「んー、ちょっとね」
驚く翔君の顔を見てから、抱き着いて肩に顎を乗せて身体を密着させる。小学生の頃から何かあるたびに抱き着いてばかりいたせいか、これが一番私の精神を落ち着かせるのだ。
「はー、癒し癒し」
「それは結構なことで」
しばらく身体をぴったりとくっつけて精神力を回復させた後、お風呂から上がり浴衣を羽織って気だるい身体をベッドに横たえた。肌触りの良い布が浴衣の隙間から肌に当たりとても心地よい。
「あー、ひんやりして気持ちいい。今ならぐっすり寝れそう」
「晩飯ちょっと遅くして少し休むか?」
「多分寝たら起きれなくなっちゃうからダメ」
「ふむ、じゃあ我慢だな」
ほれ起きろーと手を差し出す翔君をちらりと見てから、そういえばと先ほどの出来事で気になったことを思い出したので、少しだけ考えてから逆にベッドをポンポンと叩いて横に寝るようにアピールする。
すると、翔君はため息を一度ついてからのそりとベッドに上がって私の隣に身体を横たえた。
「ほんとに寝ちまうぞ、これ」
「じゃあ寝なくても済むことすればいいんじゃない?」
「……本気か? まだお昼だし、風呂入ったばっかりだぞ?」
「だからこそ、でしょ」
汗を流したのだからやることは一つと、翔君の身体を転がして跨ぐように上にのしかかった。転がったせいで浴衣がはだけ、私の肌が露になりそこに翔君の視線が固定されたのがわかる。普段ならばこのままお互いに唇を合わせて行為が始まるわけであるが、今日はその前に一つ聞いておかねばならないことがあるので両手を翔君の頬に当てて無理矢理視線を合わせてから、ステージで使う仮面の笑顔を作ってにっこりと微笑みかける。
「ん? ど、どうした?」
「する前にさぁ、実は私聞きたいことがあるんだよね」
「聞きたいこと?」
はて、と翔君が疑問を浮かべたので、両手に軽く力を押して頬を狭めると「んむ!?」という声が出てきたが、構うことなく話を続ける。
「翔君さぁ、あの巫女さんに見惚れてたよねぇ……?」
「むっ!?」
私の言葉に盛大に動揺し始めた翔君。面白いのでムニュムニュと頬を押したり話したりしながら、言葉を続ける。
「隣に私がいるのにさぁ、別の女の人に見惚れるなんてどういうことなのかなー? おかしいなー? 子供作るんじゃなかったのかなー?」
「待て待て、それは誤解というもので」
「確かにとんでもない美人だったけどさぁ、一瞬でも放っておかれた私になんか言うべきことあるんじゃないかなー?」
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
すぱっと謝罪が出てきたのでよしとしようと、最後に頬を軽くつねってから手を離す。まああの人は私も見惚れたくらいだから男の人なら仕方ないのかもしれないけど、一応念のためにね。翔君の視線を奪われるなんて初めてだったし、相手は人妻っぽいけど芽は小さいうちに摘んでおかねばならないのだ。
「というわけで翔君、お仕事です」
「最高の仕事だな? とはいえ、時間はあるし飯食ってからでもいいんじゃないか?」
「前菜だよ前菜」
「俺は料理だった……?」
まな板の上の鯉ならぬ、ベッドの上の翔君である。まあ、食べられるのは私になるかもしれないけどね。
ほらほらと掛け布団を身体の下から抜き取って軽く折りたたんでから隣のベッドの上に置く。そして、再び翔君を転がして上に載ってから、開始の合図となる言葉を紡いだ。
「実はね、もらったお守りなんだけど安産だけじゃなくて子宝に恵まれる加護もあるんだって。だから、今日は頑張ってね?」
そう言って、驚いている翔君にキスをする。一度始まってしまえば二人の間を止めるものなどあるはずもなく、お詫びも兼ねてたっぷりと愛してもらうことになった。その後であるが、夕食が結構遅い時間になってしまったこと、ついでに言えば眠りにつくのもかなり遅くなったことは付け加えておくことにする。
まだ当分はエタらない程度にモチベがあるので安心してほしいところ。
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