星野アイを救いたいだけのお話   作:でぃあ

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最新話でアイの解像度は上がったけれど、だからと言って書きたいアイが書けるわけではないという。
正直かなりの難産でした。


003

大丈夫?

 

――大丈夫。

 

辛かったね。

 

――そうだね。

 

できることは何でも言ってね。

 

――何かあれば。

 

部屋に引きこもってる間、様子を見に来てくれた職員さんたちがかけてきた言葉にこう返した。わざわざ心配してくれるのは感謝してる。でも流石に、誰かに会いたいとは思えなかった。

 

だって、一番会いたいと思ってた人は会いに来てくれなかったから。

 

カーテンを閉め切った暗い部屋の中、ベッドの上に寝ころびながら目を閉じて思い返す。

 

暴言は何度も言われた。

 

――その度に謝った。

 

殴られたことも何度もあった。

 

――泣かないように我慢した。

 

お前なんていらないと、明言されたこともあった。

 

――それでも信じてた。

 

「そう、信じてた。でも、結局それは私がそう思いたかっただけなんだよねぇ……」

 

思わず口にした独り言は、何かに反響することもなく、消えていく。

 

昨日の夜は衝動的になってしまって頭もごちゃごちゃだったが、一晩経つと私の思考はあっさりと冷静さを取り戻していた。

 

――まあ、心の奥ではこうなるの、わかってたんだろうなー。

 

あれだけのことをやられてきたのに、どうして迎えに来てくれるなんて思っていたのだろう。あの人の人生において私が必要のないものであることなんて明白で、それは今までの言動で示され続けてきたのに。

 

朝起きると、母は大体家にいなかった。

 

だから私は冷蔵庫にあるコンビニのお弁当や冷凍食品を温めて食べた。

 

お昼になると母も大体家に帰ってきていたけど、すぐにベッドに転がり込んでいた。たまに知らない男の人が一緒にいて、変な目で見られるときもあったのでそういう時は挨拶だけして部屋にこもった。その後は何故か母に叩かれることが多かった。

 

夜、起きてきた母はたまにご飯を作ってくれた。お世辞にも上手とは言えなかったし、会話もほとんどなかったけれど、家族と食べる食事はおいしいと思えた。

 

――今思えば、小学校に入ってすぐくらいまではそれなりに幸せな家庭であったのかもしれない。

 

でも、母はどんどん変わっていく。

 

着ている服や小物は小さい私でもわかるくらい上等なものに見えたが、種類があまり増えなくなった。

 

よく男の人に電話をしていたが、媚びるような優しい声を出していたかと思うと、電話が終わった後には急に怒りだし、飛び出るようにでかけていった。

 

母はとても綺麗な人だったけれど、こういったことが続くにつれて表情は硬く歪んでいった。

 

家にいる時間は減り同時に母と会う機会も減っていったが、この頃になると会う度に殴られるようになったので、正直母がいないことにホッとすることの方が多かった。

 

お金だけは置いていってくれたのでご飯を食べることはできたけど、そのお金の額はどんどん減っていって、一日何も食べれない日もあるようになった。

 

そんな感じで生活が荒んでいったある日、母が窃盗で捕まった。正直驚きはなかった。

 

何やかんやあり施設に入ることになって、今までとは違う場所で暮らすことに不安でいっぱいだったけれど、すぐにその不安は解消された。暴力を受けることはないし、食べ物に困ることもない。施設のみんなは騒々しいけれど優しかったから。

 

本当に居心地は良かった、それこそずっとここに住んでもいいと思えるくらいには。

 

でも、それでも、思ってしまう。ここの人たちは家族ではないと。

 

だから期待していたのだ。母は迎えに来てくれる。仲が悪かったとしても、自分が娘であると、家族であると思ってくれていると。もしかしたらこれからは仲良く生活できるかもしれないと、何の根拠もなく思ってしまっていたのだ。

 

でも、それはただの願望で。

 

結局、私は母に愛されていなかった。母にとって私は【要らない子】だったのだ。

 

――ああやっぱり、ちょっときつい、かなぁ……。

 

何となく察していたことでも、こうして突き付けられてしまうと心が締め付けられる。

 

悲しくて、苦しくて、寂しくて、そして何よりも空しい。

 

父親はわからない。祖父母にも会ったことはないし、兄弟もいない。唯一の家族と言えたのが母親で、それも今ではいなくなってしまった。

 

親に愛されることがなかった私が誰かを愛することなどきっとできなくて、つまりそれは一生一人で生きていかなければならないということ。きっと、とてつもなく空虚な人生になるのだろう。

 

――死にたいとは思わない。でも、生きている意味も、わかんない。

 

「一人ぼっちなんだなぁ、私」

 

堪らず、声が出た。

 

 

 

 

 

次の日の朝、カーテンから差す日差しで目が覚めた。すでに朝食の集合時間は過ぎていて、普段ならもうすぐ学校に向かう時間だったが、流石に今日は行きたいとは思えなかった。

 

「星野、起きてるか?」

 

そんな時、ノックと共に部屋の外から届いた声に咄嗟に身を起こす。

 

聞こえてきたのは、この一年で最も聞きなれた声。学校でも、施設でもほとんど一緒に生活していた彼の声だ。どうやら心配になって様子を見に来てくれたらしい。

 

正直言って誰とも会いたくない。だが、彼に関してだけは流石に迷う。

 

母を待っていた間、学校から帰ってきた後に雑談相手になってくれたし、私が衝動的に施設を飛び出した時もすぐに追ってきてくれたのは彼だった。

 

――そういえば、まだお礼を言ってなかったっけ。

 

雨に打たれていた私にわざわざジャケットをかけてくれて、傘を差してずっと待っていてくれた。そんな彼に何も言わないというのは流石によろしくないよねと、ドアを開けるべくベッドから身を起こす。すると、それと同時にドアの前から人が離れる気配がした。

 

――ありゃ、行っちゃったか。まあ、学校に遅れちゃうしね。

 

何か用があるならまた来るだろうと、再びベッドの上に寝転がる。すると、しっかり寝たはずなのに眠気がやってきたので、私はそれに抗わなかった。

 

再び起きたのは昼過ぎで、部屋から出ると私を見た職員さんは駆け足で寄ってきて再び気を使ってくれた。それにお礼を言ってからお手洗いやら歯磨きやらを済ませる。その後、お昼ご飯はいるかと聞かれたが、食欲は流石に無かったので飲み物だけ確保して部屋に戻った。

 

しばらく一人で居たいと言っておいたので、この後はそっとしておいてくれるだろう。

 

ベッドに腰掛け、一息つく。さて、一人になったはいいが、何かやることがあるわけでもない。体調不良なら素直に寝ていられたが、生憎と二度寝までしたせいで眠気は全くと言っていいほどなかった。ならばと、何か本でも読もうかと改めて立ち上がろうとして、やめる。読んだ本ばかりだ、いまいち気が乗らない。

 

じゃあ勉強でもするかと机を見て、やめる。本を読むより気が乗らない。

 

部屋の中にはベッドと勉強机、本棚くらいしかないので暇つぶしの道具がないのだ。居間に行けばテレビはあるが、きっと職員さんの視線が気になってゆっくりできないだろう。

 

どうしようもないので、とりあえずベッドに寝転がった。

 

――まいったなー、これなら学校行ったほうが良かったかも。

 

はぁと思わずため息が出た。こうして何もしていないとどんどん憂鬱になってくる。目を閉じると思い浮かぶのは母の顔、ついでに流れてくる暴力シーン。寝ることができればこんなことにはならないのだが、寝れないのだから仕方がない。

 

諦めて、思い出したくもない情景が脳裏に過っていくのを受け入れる。

 

――きっつー。これぜーったいトラウマになるよね。

 

今の自分はさぞひどい表情をしていることだろう。しかし、拒絶したところで逃れることなどできるわけがない、私はこれからこの酷い思い出と共に何十年も生き続けねばならないのだ。

 

――死にたいとは思わない、か。いつまでそんなこと考えてられることやら。

 

また一つ、ため息をつく。でも、ため息をつけば少しだけ心が楽になるから、どうしても止められない。

 

だって、少しでも気を抜けば騒いだり、大声で泣いたりしてしまいそうだ。

 

それはダメだよねぇと、苦笑い――できているかわからないけど――と共に思う。

 

施設の人たちも私の扱いにさぞ困っていることだろう。

 

だから、この感情を晒さないために私は鎧を身に着けることにしようと思う、笑顔という名の【嘘】の鎧を。

 

笑っていれば、きっと心配されることは無い。あの子は大丈夫だと思ってくれるはず。そうすれば、そこまで干渉されることもなく、無駄にこのことをほじくり返されることなく暮らせるはずだ。

 

鏡を取り出し、笑顔を作ってみる。母に怒られないように笑顔を作る習慣はあったが、その度に不気味と言われていた。確かめたことは無かったけれど、なるほどこうして見てみると確かに不気味だ。口元と頬は上がっているのに、目が全く笑っていないのだから。

 

これは結構時間がかかるかなと考えていた最中、

 

「星野、大丈夫か? 腹とか減ってないか?」

 

聞こえてきた声に相変わらずだなぁと、思わず笑みがこぼれた。

 

――あ、今のは良かったかも。

 

今の笑顔を参考にしようと決意しつつも、まだ私の鎧は完成していないので今は顔を合わせることはできない。申し訳ないとは思うが無視を決め込むと、しばらくして気配が遠ざかる感じがした。

 

彼は優しい人だ、顔を合わせれば気遣ってくれるのだろう。正直その言葉はきっと煩わしいだろうけど、それでも、その思いは無下にはできない。

 

だから、私は笑顔で答えるのだ。大丈夫だと、私のことなんか気にしなくていいのだと思ってもらうために。

 

母に怒られないように笑っていた経験がここで生きるとは思わなかった。

 

丸々一日かかりはしたが、そのおかげでそれなりに満足のいく笑顔が作れた。だから、もう大丈夫だと思って外に出たのに、

 

「――無理に笑わなくて、いいんだぞ?」

 

どうして君は、私の鎧を壊そうとするのだろう。

 

 

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