「ねぇ、愛ってなんだろうね」
「お前」
「泣くよ? 天下の往来でギャン泣きするよ?」
「すんません勘弁してつかぁさい」
美少女を泣かすクソ野郎の構図になるのでそれはNG。下校中、相も変わらずつまらない話をしながらだらだらと帰宅していたわけだが、唐突にアイさんが軽そうで重い話題をぶっこんで来たのでついつい冗談で返してしまった。
心の底から愛してると言うこと。原作における星野アイの至上命題なわけだが、この質問が出たということはやはり俺というイレギュラーが混ざってもアイが求めるものは同じなのだろうか。
「しかし、唐突だな。いきなりどうした?」
「うーん。最近色々考えてたら、なんかそんな疑問が浮かんじゃってさ……」
「最近、ね。それはこの前の事案と何か関係があったりする?」
「そ、それは……。ある、けど」
頬を赤らめて、ちらちらとこちらを見ながら腕が触れる距離まで近づいてくるアイさん。可愛すぎかよ。もっかい抱きしめてやろうかホンマ。
とは言えこんなところでいきなり抱きしめれば事案リターンズであるので当然やらない――先日のあれからなんかお互いに距離感バグった気がするけど、気にしないでおこう。
さてさて、まずい方向に飛んで行った思考を戻してみるが、いざ考えてみると意外と難しい問題だなこれ。
「愛。愛ねぇ……」
愛とは何ですかと言われて即答できる人は中々いないのではないだろうか。漠然とこんな感じが愛ですよと言える人はいるのだろうが、人の内面の話であるから顕微鏡やら電波やらで観測できる類のものではない以上、明確な定義をもって答えることができるのは哲学をかじった人くらいかもしれない。またそれも様々な解釈があるだろうから、絶対にこれなんですっていう回答はないのではないか。
「哲学とか、そういう学問的な話ってわけではないよな?」
「うん、そういうのは難しくて逆にわからなくなりそうだし……。愛って感じ取るものなのかなとは思ってはいるんだけど」
「感じ取る……。まあ、そんな感じの印象はあるわなぁ」
言語化できないなら、感じ取るしかない。だが、それもまた主観的なものでしかない。
「なんか、人によって違いそうなんだよな。愛って」
「違うってどういうこと?」
「例えばそうだな……、恋人や夫婦の男女がベッドの上で色々するのは愛って言えるじゃん?」
「なっ!? そ、それはそうだけど、いきなりディープなのきたね!?」
「だってわかりやすいやん。具体的な行為だし」
極力あっけらかんと言うようにすると、「こ、行為って……」とアイは再び顔を赤くしてもじもじし始めた。流石に十歳のお子ちゃまには刺激的すぎたな?
「まあ、お前には当分関係ないからこれはいいとして」
「は? どういうこと?」
ドスが利いた声で問い詰めてくるアイさん。いや、だって俺ら十一歳だし。それになぁ? ちらと、一部に視線を向けてから、
「だってよ、星野……! 胸が……!」
「……」
瞬間、アイの眼に黒い星が宿り、問答無用とアイの肘が振りぬかれた。
「いっ!? てめぇ! 脇腹に肘はライン越えだろうが!」
「はぁ!? 先にライン越えたのそっちでしょ!?」
ぎゃあぎゃあと言い合いながら、ぷんすこぷんすこしてるアイを横目に道を歩いていく。しばらくしてぷんぷんくらいに収まってきたのを見計らって、改めて話を切り出した。
「さっきの話の続きだけどさ、例えばそういう行為は恋人や夫婦にとっては愛の形の一つとは言えるけど、でもそういう関係じゃなくてもそう言うことする人たちもいるじゃん? じゃあ、その人たちにとっては行為自体は愛じゃないよねっていう」
「うーん、確かに。同じこ、行為だけど、人によって見方も捉え方も変わると」
「そういうこと。まあこの件に関しては深掘りするとあれだけど」
「……なんか、お昼に話すことじゃない気がしてきたよ」
「それはそう。なんなら小学生が話すことじゃないな」
ぶっこんだの俺だけど。とりあえず「う、うん」って言いながら顔赤くしてるアイさんはかわいい。
まあでも愛を語るうえで切り離せない話だし、アイの地雷を踏まない範囲ではこれが一番わかりやすいからね、しゃーないんだわ。流石に親子の愛情みたいな話を俺からする気にはなれんのじゃよ。
「まあ、そんなに気になるなら、一度調べてみるか? 愛ってやつ」
「えぇ? 調べるって、本でも読むの?」
「いや、そんなものよりもっと便利なものがある。まあ、あとは帰ってからだな」
「で、これなの?」
「まあ、調べるなら一番手っ取り早いだろ?」
「そりゃそうだけどさぁ……」
施設に戻った俺たちは、荷物を自室に置いて早々に居間に集まっていた。目の前には文明の利器、世界を変えたパーソナルコンピューター様が鎮座している。とあるスポンサー様が「どうしても欲しい!」と騒いだ結果、施設職員さんの溜息と共に導入されたものだ。ちなみにまともに使ってるのは俺しかいない。
早速椅子に座ってパソコンを起動すると、画面が見にくかったのか横に立っていたアイが俺に覆いかぶさるように寄りかかってきた。腕を前に回し、顎を俺の頭に載せてきて、もう一人いれば団子三兄弟だ。
「重いが?」
「なんか言った?」
「いえ、何も」
ドスが利いた声にアイさんこえーと思いながら起動を待つ。しかし自然にこんな体勢になったけど、この子自分が何やってんのかわかってんのかな? めっちゃ良い匂いするし、後頭部にばっちり当たってますが。
流石に意識してしまって頬が赤らむのを感じる。というかアイさん、いつもパーカーとか着てるからわかりにくかったけど、がきんちょのくせに中々……。
「ううむ」
「どしたの? 急に唸っちゃって」
「いやぁ……。何でもない」
ここで口に出すのは流石に不味いと言うか、もったいない。俺も男なので、ね。
アイへの認識を改めたところで、画面が例の草原に変わった。インターネットを起動して、検索バーに「愛」と入れてエンターを押す。
「――なんか、当たり前のことしか書いてないね」
「そりゃそうだ。かわいがる、いつくしむ。まあ、そんなとこだわな」
「なんかこう、それはわかるんだけど、それをどう感じればいいのかというか、どんなものなのかというか……。そういうものが、こう、知りたいんだけどなぁ」
「難しいこと言うね、君……」
インターネットで検索したところで、所詮人が入力した辞書のようなもののわけで、その本質とかを捕える情報がそう簡単に出てくるわけではない。この時代の検索なら特にだ。
「まあでも、熟語とかで見たら結構面白いかもな。これ、意外と該当するのあるだろ」
「該当? どういうこと?」
「そうだな、純愛ってのはわからんけど……。親愛とか、友愛とか。ここら辺はワンチャン俺たちの関係ならあるだろ」
「そう、なの?」
「そりゃなぁ。兄妹愛、家族愛……は流石にちょっと重いか。ってどうした?」
そんなことを話してるうちに、急にアイがおとなしくなった。
あれ? 当たり前のことを言っただけだが、これもしかして一方通行だったか? 友達だと思っていたの俺だけだった? 泣いちゃいそう。泣かないけど。
「もしかして、俺と星野は友達じゃなかった……?」
「そ、そんなことないよ!」
でも悲しいので声に出してみると、慌てたようにアイは否定してギュっと抱き着いてくる。
「そんなこと、ないよ」
「……そっか、それはありがとう」
「うん……」
アイさんかわよ。
さて、必要な調べ物は終わったがどうしよう。さっき哲学的な方面はあまりと言っていたが、そっちの方も少し調べてみてもいいだろうか。
検索ページに戻り、少しばかりホームページを漁ってみるが、いまいちピンとくるようなものはない。適当にポチポチしていると、「ちょっと早い」と言われてアイにマウスを奪われる。そして同時に顔を頭の上から右肩の上に乗せ換えてきた。
――おおう……。
アイさん大胆だぁ……。役得だけどさぁ、ワイも男の子だからさぁ、距離感がこう、あるじゃん? 君マジで美少女なんだからさぁ? 言わないけど。
右を向けなくなったので、とりあえず左を向いてみる。すると、おばちゃんや施設のキッズ共が何故か微笑ましそうにこちらを見ているのに気付いた。そりゃ居間でこんなんやってたら視線も集めるわ。
「あー、アイさん。ちょっと周りを見てもらってもいいですかね」
「え? 周り?」
俺の言葉に、アイがパソコンから視線を外して周りを見る。
「ひえっ!?」
かわいい声出たなおい。
「俺の部屋でもいくか?」
「う、うん。そうする……」
視線を集めていることに気づいて流石に恥ずかしくなったのか、アイは素直に頷いた。
パソコンをシャットダウンし、後ろから生温かい視線を受けつつも俺の部屋へと移動する。そして、この間と座ってる場所を入れ換える形で向き合った。俺は普通にベッドに座ったが、アイは椅子を逆向きにして背もたれを抱えるように座る。ズボンとはいえはしたないですよアイさん。
「それで、多少は参考になったんか?」
「うーん、なったような、なってないような……」
「まあ、そらそうだわなぁ……」
ネットで調べるだけで理解できるならこの世の中勉強や経験なんて必要なくなっちまうよね。
「でも、愛には種類があるってことはわかったかも」
「確かに、一つじゃないってのは間違いないだろうなぁ」
「うん。でも、そのおかげでもっと難しくなっちゃった……」
背もたれの上の部分を使って項垂れながら、アイはぼんやりと空中を見ていた。
「私さぁ、お母さんに愛されてなかったわけじゃない?」
「……まあ、そうかもな」
「うん。だから、愛って何だろうって。愛されなかった私でも、愛を知りたい、理解したい、人を愛してみたいって思ったんだけどさ」
――十歳の女の子から出る言葉じゃねぇよなぁ……。
親に捨てられたという経験がアイの精神年齢を無理矢理押し上げてしまったのだろう。ここ数日のアイの言動からもそれはわかってしまう。なんとも悲しい気分になるが、アイの話を聞き続ける。
「さっきの話で、君は、親愛とか友愛とか、そういう愛を私に向けてくれてるって知ったじゃない? そして、きっと私も、君に対して同じ愛を向けてるのは間違いないわけで……」
「……なんか言葉にされるとすっげー照れるな?」
「それはそう」
改めて言われるとものすごく恥ずかしい。流石に顔も赤くなるわ。照れ隠しについつい口を手で覆うと、釣られるようにアイも腕に顔を埋めたが、すぐに気を取り直して話を続けた。
「その、私は愛されてて、誰かを愛することができるってことは理解できたんだけど、やっぱりこうなんというか、なんか違うというか……」
「よくわからない?」
「うん。はぁ、ホントに、愛って何だろうねぇ」
そう言って溜息をつくアイ。なんか原作では愛を知るって言う割とシンプルな問題だったのに、逆に複雑化してしまった気がしてきた。
「うーん。参考になるかと思ったけど、逆に難しくしてしまったみたいだな。すまん」
「調べたのは参考にはなったよ? でも、急に君に愛されてるって知ったからちょっと混乱してるだけ」
「……あの、ホントに恥ずかしいから、何度も言うのは勘弁してもろて」
確かに親愛や友愛はあるって言ったけどさぁ! こう何度も言葉にされると流石に恥ずかしいんだわ! 火照りだした顔を手で扇ぎつつ、そろそろ会話を切り上げようとする。
「あー、あっついあっつい。だからそろそろ星野さんには自室にお引き取り頂きます」
「何さ、部屋に来いって言ったのはそっちのくせに――あれ、もしかして照れてる? 照れてる?」
「お前だって同じだろーが。顔赤いぞ」
「そりゃそうだよねぇ。私、君に愛されちゃってるからなー」
「やめーや」
俺が勘弁してくれと手を振ると、アイは「ふふーん」と言って立ち上がる。そして何の躊躇いもなく俺の隣に座り腕を絡めた。
「あの、星野さん、流石にちょっと距離感がですね」
「いいじゃん、愛し合ってるんだし」
「語弊があるにもほどがあるんよ……」
いや嬉しいけどね? こうして懐いてくれるのは本当に嬉しいけどね? 心臓バクバクですわ流石に。アイさん自分の容姿の良さ理解してるくせにこういうことしてくるからホントよくない。
「でも、事実でしょ?」
「まあ、お前が欲しがってる愛とは違うものだろうけどな……」
「それはわかってる。でも、愛は愛、だよ。それに、少しでももらっちゃうと、全部欲しくなっちゃった」
「……欲張りだねぇ、星野さんは」
「そうだよ。星野アイは欲張りなんだ」
――ああ、原作で聞いたことある言葉だなぁ。
いたずらっぽく笑うアイはとても魅力的で、なるほど一等星の様に眩しいと評されるだけはあった。
アイを救うために仲良くなんて言っていたが、これはもう言い訳にしかならないだろう。俺自身の気持ちからして、もうこの子から離れたくないと思わされてしまった。既に焼かれてたつもりだったけど、今度こそ中心まで熱が通ってしまったのだ、もう戻ることはできない。
それでも何となく認めるのが悔しくて、せめてもの抵抗を口にする。
「お前の期待通りのものを、俺が与えれるかどうかはわからんぞ?」
「それは私の努力次第だよね。あ、努力は君にもしてほしいけど」
努力、もう必要ない気もするけどなぁ。この間は怖いって言ってたのに、今日の出来事のせいでアイさんニッコニコでもうイケイケどんどんって感じになっちまった。あの金髪のくそ野郎もこんな感じで落とされたんやろか。あんま想像したくないな?
はぁ、溜息を一つ。流石に展開が早すぎてもうどうにでもなーれと杖振りかざしたい気分になっていたが、その後に続いたアイの言葉で俺の心が凍り付いた。
「あ、でも一つだけ言っておかないと」
そう言って、アイは腕をほどいて立ち上がると、俺を真正面から見据えながらニッコリと笑った。
「君に裏切られたら私、死ぬからね? 多分、君と一緒に。それだけは覚えておいてね?」
――最後の最後に怖いこと言わないでくださいアイさん……。
黒い星が輝く瞳を直視できず、俺はただただ恐怖に震えるしかなかった。
オリ主・アイさん『上手に焼けましたー!』
お互い中までしっかり火が通ったので、次回あたりから中学生編開始したいね。