「なんだか今回は雰囲気がいつもと違いますね、髪でも切りましたか」
『いいえ特にはしていませんね、ですが確かになにかが違うような』
「うーんどういう事でしょう、考えてみると俺も体に違和感が」
『それは貴方の転生し過ぎが問題でしょう。甲殻類とか無機物とかになって感覚が普通な方がおかしいです』
「それは確かにそうですね」
『まぁ分からない事は放っておきましょう。その方が楽です』
「女神でも分からないことってあるんですね」
『とても多いですよ、例えば貴方がいつになったらここに帰ってこなくなるのかとか』
「おっと、それは早く転生先を選べのコールですね。それでは目安箱からゲサモリゲサモリ」
『なんですかその擬音は』
「さぁて今回は左ライトさんの『人気女性アイドル…』」
『ファンタジーな気配はないですが久々にまともそうな転生先ですね』
「『の自宅のドアチェーン』に決定ですね」
『取り消します。なんで妙な転生先ばかり選ぶんですか』
「掴んでしまったんですから仕方ないじゃないですか。にしてもドアチェーン…最低でも自分で動く機能程度は欲しいですね」
『ドアから離れた時点でドアチェーンでは無くなりますからね』
「これは厳しい判定。それならまぁオプションはある程度でいいですか」
『大丈夫だったらどうしてたんですか』
「最強の鎖アイドルを目指そうかと」
『現実に近い異世界でそんなもの受け入れられるわけがないでしょう』
◇
『なるほど、前世での繋がりがこうして話に関わって来るとは。このヒロイン力にはこれから目が離せませんね』
「ただいま戻りました、読書中でしたか」
『当然のように戻ってきましたね。はい、流行の作品を少々』
「俺も生きてた頃は漫画とか読んでましたけど、最近の流行は知りませんね。異世界転生モノはまだ流行ってるんですか」
『本元はだいぶ前に廃れましたね。今はそれらの派生が伸びているような形です。それで、今回はどうでしたか』
「いやぁ、あと数歩足りませんでしたね」
『どうしてドアチェーンであと数歩まで迫れるのか理解出来ないですね、報告をお願いします』
「はい、舞台は日本の首都、東京。電車が円を成して都内を巡り、大勢の人々が仕事に励む異世界でした」
『明らかに貴方が元々いた世界ですよね』
「いえ、残念ながら俺のいた世界には存在しなかった学校があったり大富豪がいたりして僕の故郷そのものではありませんでした。調べたら家の場所コンビニでしたし」
『貴方が2人いると仮定すると嫌な予感しかしませんね』
「本題に戻りまして、俺はこの世界の日本では中々に有名な元地下アイドルグループ『B小町』のセンターを務めるアイドル『星野アイ』の自宅ドアチェーンになりました」
『地下アイドル。元という事は現在進行形でアイドルというわけですか。中々の努力家であるようですね』
「星野アイはすごかったですよ。ビジュアルも声も仕草も、どこを取っても完璧なアイドルという感じでした。
アイドルとして活動して勝負したら女神様でも危ういかもしれません」
『なるほど憐憫の目ばかり向けてはられませんね』
「彼女が所属するB小町は東京ドームでライブを行うという社長の目標というか夢がありまして、共感できたのでアイの為に俺もドアチェーンとして支援は惜しみません」
『ドアチェーンに出来ることなんて精々鍵閉め程度でしょうに』
「一応オプションで1キロくらい伸ばせたので、忘れ物あったらカバンに入れとく位は出来ましたよ」
『伸びたら困るんですよドアチェーンは』
「アイが鍵を締め忘れても玄関ドアの転生者が自力で閉めるので防犯も完璧です」
『扉に転生する変態がまだいたんですね。それも一般家庭の』
「アイが内鍵した事に気づかず閉めた時が一番のピンチでしたね。扉は鍵を閉めるだけのオプションだったので」
『彼女も勝手に自分の家がオートロックになっていて驚いたでしょうね』
「案外なんとも思ってない感じでしたよ。天然な部分がありましたね」
『その異常な鈍感さを天然で済ませる貴方も大概ですね』
「まぁそんなこんなでアイドルらしく生活する彼女のいってらっしゃいからお帰りまでを玄関ドアさんと眺め続けていたわけですが」
『なんとも気持ちが悪い発言ですね』
「テレビへの露出も増え始めた頃、彼女は突如荷物を持って姿を消してしましました」
『ほほう、急展開ですね』
「そして1年したら子供を2人抱えて帰ってきました」
『さっきのセリフをこちらに移したい急展開ぶりですね』
「どうやら知らない男との間に子を儲けていたようですね」
『なんで自宅にいるのに相手を知らないんですか』
「聞いたら内緒って言われましたね」
『当然のように会話してますね貴方』
「勘違いしないで下さいよ、流石に俺も会話は念話でするぐらいの配慮はしてます」
『その部分は一切指摘してないんですが』
「ちなみに子供は転生者でしたね」
『家も子供も転生者とか彼女私生活を貪られすぎじゃないですか』
「名前は兄が
『ギリギリバランス取れてますね。現代でもかなり早いネーミングです』
「アイは所属事務所の手を借りつつ、2人の子供と共に1年の休養を感じさせないアイドルとしての実績を着実に残して行きます」
『言伝で聞いたんですかそれ』
「ドアチェーンの先に視覚を移せばテレビ見るのぐらい余裕ですよ」
『無機物としての生活に慣れすぎて融通効きやすいチェーンのことイージーゲームとか思ってませんか』
「その最中にも公表してない2人の存在を売ろうとした社長夫人を協力して味方に引き込んだりしました」
『流しましたね。というか公表してないんですか』
「アイ妊娠時点で16歳でしたからね」
『ワケアリがすぎる』
「色々とありつつも転生者4人でどうにか乗り過ごしてきた俺たちでしたが、一旦引っ越しを挟んで最大の事件が挟まります」
『当然のように扉の転生者との別れが挟まりましたね』
「これは残念でしたね、ほぼ固定された無機物でいつでも話せる相手がいるのはとても珍しいですから」
『貴方でも寂しさをまだ感じるんですね』
「まぁ引っ越し先には左太郎がいましたけどね」
『どうしてこのタイミングで同じ世界に妙な転生者が密集してるのでしょうか』
「シンクロニシティというやつですね。ともかくそんな引っ越し先で大事件が起きてしまいました」
『文春とかそういうスクープ目的のライターとかですか』
「ナイフ装備の武装ストーカーが家に来まして」
『思ってた10倍ぐらいの非常事態でした』
「それも熱心なストーカーで、いわゆる反転アンチとか言うんですかね。その過激派みたいな拗らせぶりで確実な殺意を滾らせてましたね」
『まぁ推しが子供を産んでたとなるとそうなる人も出ますよね』
「ストーカーがチャイム押して、アイがそれに対応するために玄関に来ましたので、俺は隙間が5センチ程度になる長さでチェーンをかけます。
ドアがあんまり開かなかったのに驚いたのかストーカーは一瞬固まりますが、すぐに隙間へナイフで刺突。ですが玄関ドアの能力『室内に対する攻撃の初撃を防ぐ』によって無力化されます」
『左ドアの方は何を思ってそんな能力を一般家庭の玄関ドアに実装したのでしょうか』
「しかしストーカーも殺すという意地があります。そそくさと扉を閉じようとするアイよりも力強く扉を押し開こうとしますが、俺がチェーンの猶予をどんどん短くするので開きません」
『ごく僅かに強すぎる気がしてきますね』
「ですが扉が閉じきるまで最後の2センチ、ストーカーが最後とばかりに再びナイフを隙間へ構えます。玄関ドアの能力は初撃のみが対象、そしてこの隙間ではアイへ確実に刺さってしまう」
『流石に速度制限があった訳ですか、ですがこうなると流石にアイへの被害は防ぎ切れないのでは』
「そう思った瞬間の事です、玄関から遥か離れた台所から今晩の食事であった鮭の切り身が飛来しました。
ここは任せろと言いながら隙間へ飛び込んだ切り身、5人目の星野家への転生者であった紅鮭師匠がストーカーのみぞおちへと致命の一撃を叩き込んだのです」
『当然のように現れましたね紅鮭。しかし切り身の状態ですか、今までにない変化球で現れましたね』
「あとは俺が準備していた『同じ階層のドアチェーンを支配下に置く』能力でストーカーを捕獲して、アイ達が警察へ通報し現行犯逮捕で一件落着となりました」
『なんなんですかその限定的すぎる能力。使い道がこのタイミング以外にないように思えますが』
「まぁドアチェーンが必要なタイミングってこういう場面にほぼ限られますし。ちなみにさっき閉じるの遅かったのはこれの準備してたせいです」
『貴方の判断ミスで紅鮭がまた転生する事になった訳ですが』
「そういう事もありますよね」
『こんなにも何回も転生するのはおかしい事を忘れないで下さい』
「おっと厳しい。さて、こんな事があった以上流石に引っ越しせざるを得ません」
『まぁ住所特定されていますからね。これからも住んでいくのは難しいでしょう』
「俺はアイドルの家のドアチェーンという概念なので引っ越しも大丈夫なんですが、問題だったのは左太郎の方でした。
彼女は偶然星野アイの家の玄関ドアになっただけの、マンションの玄関ドアへの転生者。生まれついたこのマンションから離れる事は出来ません」
『左ドアの方はこの転生で本当に成仏できると思っていたのでしょうか』
「自身が彼の能力によって一度守られた事実に気付いていたアイは『ありがとう…君のおかげで、アイは2人の、アクアとルビィのママを続けられる』と感謝の言葉を伝えてから、オートロック付きマンションへと引っ越しました」
『貴方と紅鮭にはまるで触れられていませんね』
「まぁ普通に考えてドアチェーンと扉が別の相手とは思いませんよね」
『確かに。貴方の妙な転生先に毒されすぎていましたね』
「あと紅鮭師匠は普通に存在を忘れられて翌日のマンション清掃で捨てられてました」
『身を張っても実利実益が得られるわけでないという事の証左ですね。そもそも回収されたとしても捨てられていたでしょうし』
「そしてここから引っ越し後の生活が始まったわけなんですけど…」
『なんだか含みを持たせた言い方ですね。何かあったんですか』
「いえ、逆に何も無くて困ったんですよね」
『ほう、それはどういう』
「アイの子供に転生した2人の内兄の方であるアクアがかなり頭が良くてですね、ストーカー事件の真犯人を探すのに協力させられたんですよ」
『確かに事務所ぐるみで隠してたのにバレるのは不自然ですからね。なんでそんな理論立てて思考できる人がアイドルの子供に転生したんでしょうか』
「社会の闇ですね。そんな訳で『人気地下アイドルのドアチェーン』という概念である事に気が付いたアクアにアイの言動を探るように求められまして、この時点で俺はアクア以外との会話が封じられました」
『そもそも受け入れてた星野家の3人以外と話したら即取替えでしょうしね』
「最初の家で社長にバレたときは家に塩を盛られましたよ」
『当然の反応でしかない』
「一回付いて来てたので疑われるのではと思ってたましたけど、アイは純粋なのでバレなかったですね」
『もう心配になるぐらいの純粋ぶりですね』
「真犯人周りはアイが口にしていた人物をアクアが調べて、出てきた顔の持ち主がドアチェーンの射程に現れたらだれかれ構わず半殺しにしてたら解決しました」
『そしてすごい雑に終わりましたね』
「『ドアチェーン意識分裂』のおかげで速く済みましたね」
『聞いたこともないオプション』
「本体があるアイの家から射程内のドアチェーンに分裂させた意識を置いておく能力です。擬似的な移動ができるようになりますが、これで意識が離れている間に本体が別のドアチェーンに変えられると無条件で死にます」
『そういえば概念への転生だったというのに今回も何故か帰ってきましたね』
「安心して下さい、こんな能力の使用ミスで死んだりしてませんよ」
『死んでた方が一家の為だと思いますが』
「そんな訳で解決した一連の騒動でしたが、その終わりと共に俺にも今生の終わりが訪れます。アイが女優への転向を発表したのです」
『アイの家だけで終わりだったんですね』
「はい、本来なら別のアイドルの家に移るはずだったのですが、アイの代替になれるアイドルがいませんでした」
『行き場を失って蒸発したわけですね』
「ルビィがもう少し成長してたらまだ生き残れたんですけどね」
『母親似の顔立ちでしょうしね』
「地下アイドル目指してたので、最後まで応援出来なかったのは残念でした」
『ドアチェーンがそんな真摯に向き合わないで下さい』
「実質家族ですからね」
『星野家からすれば何故かいる念話してくるドアチェーンですからね』
「最後のドアに関しては完全に普通のドアでしたし。左太郎はまだ多少話せましたけど、アイがアイドルを辞める頃にはアクアもルビィも中学生でしたから日中は寂しかった」
『それらが不満で今回も戻って来たと』
「そういう事になりますね。そういえばこちらお土産です」
『なんですかこの洋服は』
「アイが着ていたステージ衣装です。今際の際に渡してくれました」
『着ませんからね。絶対に着ませんからね』