あと一言だけ言わせてください、どうしてこんなのが伸びてるの???(純粋な疑問)
理子、お前が"灘"を継げ
「ね、夏油ってさ…格闘技好き?」
「うん?突然どうしたんだい?」
そう、最初に切り出したのは天内である。
まだ傷が痛むのか、その表情は少し硬いものだったが、それでもその笑顔は、夏油にはとても眩しく、輝いて見えるものだった。
銃弾によって刻まれた、額に走る直線と、そして熱によって爛れた皮膚を隠すように、頭部に巻かれた包帯の先が、風で靡く。
呪術高専、そのグラウンドに目を向けながら、会話は続く。
「最近ちょっと興味が湧いたから…かな、それに…そのおかげで助かったみたいなものだしね」
「あ、あぁ…あれは流石に驚いたよ…」
「あの後の黒井も凄かったね」
あの後、復活した五条と挟み撃ちにする形で、完膚なきまでに叩き潰した男。
その、"術師殺し"の哀れな負け試合を眺めていた天内よりも、あの場で一番騒いでいたのが黒井だった。
頭を撃たれた。いくら銃弾を滑らせて致命傷を回避したとしても、それでも出血は防げないし、肌は爛れるものだ。
そして何より、下手をすれば天内は死んでいた、その事実がとても恐ろしかったから――
「悟もポカンとしてたね…いやまぁ、理子ちゃんは非術師なんだから当たり前だけど」
「こっちの方が重症だー…って言いたそうな顔してたね」
今思い返しても、その時の黒井の慌てぶりは異常なものだった。
半狂乱になりながら、予め持っていた包帯を引っ張り出して、天内の頭部をギチギチに、問答無用に巻き付けて。
そうしてやっと終わったと思ったら、再び別れる直前に見せた、あれを超えた大号泣で天内に抱き着く。
その時ばかりは、五条も天内も、痛みを忘れて唖然としたものだ。
「そのせいかしばらく、家から出してもらえなかったんだよね…」
「しょうがないさ。軽傷とはいえ、女の子の肌に傷が付いたんだから」
心の底から、真摯にそう思って彼は言っているのだろう。
その女たらしな笑顔と言葉に呆れて、天内は目の前の光景を眺めて、夏油は会話を続ける。
「にしても、スリッピングアウェーか…」
「そうそう、こう…身体が勝手に動いた…みたいな?」
「そ、そっか…」
いや、それでも銃弾に反応できるのはおかしいだろ。
そう内心で思いながら、夏油は目の前のグラウンドにいる、2人の男に目を向ける。
まだ日差しがそこまで強くない、朝の青空の下で、彼らは戯れていた。
「はい1本取ったー!うっわ七海身体細すぎねぇ?」
「~ッ…~~~!」
「悟、ちょっと強く決めすぎ」
「あ"?これでも駄目なのかよ!?」
見事なまでの卍固めを披露しているのは、"術師殺し"の襲撃を経て、反転術式に覚醒し更に最強に近づいた男、五条悟。
そしてそんな男の剛腕によって、身体を絞められている金髪の七三分けの男、七海は顔を怒りで染め上げながら、必死にタップを繰り返していた。
そんな、ありふれた日常の、青春の一コマ。
「お~、あれが卍固め…」
「起源はヨーロッパ…だったかな、実は男女で絞める時のコツが違ってね…」
目の前の光景に目を輝かせる天内に、夏油は楽しそうに解説を続ける。
そう、夏油の趣味は格闘技である。勿論肉体を鍛え上げ、筋肉量を増やすようなことも好きだ。
だがそれ以上に好きなのが、格闘知識の収集で。
そして、その中には――
「あ、そうだ理子ちゃん」
「ん?どうしたの?」
「あの…銃弾を滑らせたスリッピングアウェー…あれの名前を教えてくれないかな?」
ニコリ
と、凄まじい圧を感じるほどの笑顔を向けながら、夏油は天内の顔を覗き込むようにして、そう問う。
一瞬びくりと、天内は身体を震わせて、すぐに口笛を吹きながら、視線を逸らした。
そして、絞り出すような声で、返す。
「し、知らない…何も覚えてない…」
「確か…弾丸すべりだっけ?」
「し、知らないのじゃ…」
「なんだっけ?灘し…」
「し…知らない…知ってても言わない…」
天内の肩をガシッと掴み、そのままゆっくりと距離を近づけながら、夏油は問う。
その顔には、先ほどとは比べ物にならないほどの圧が秘められていた。
「理子ちゃん、灘神影流を…どこで知ったの?」
「…い、インターネットで…」
「おい、俺も聞きてぇんだけど?」
「ひっ!?」
背後から聞こえる、もう1つの声。
振り向けば、そこには逃げるように後退した天内の背を、いつの間にか立っていた五条が受け止め、その青い瞳が覗き込む様子が。
夏油ほどではないが、間違いなく五条の目にも、疑惑と好奇の光が宿っていて。
「かび臭ぇ本にも載ってない、あとクソみてぇな掲示板、それに噂話でしか聞かねぇアホらしい武術ときた…」
「正直半信半疑だったんだよ、今まではね」
ギラリと、両者の瞳が強く光る。
「でも、君は技名までしっかりと言ったよね?」
「馬鹿正直にペラペラとな」
夏油の両手が、天内の腕を。
五条の両手が、天内の足を。
「とりあえず…」
ガシッ
「さっさと…」
ガシッ
――そして、一気に持ち上げて。
「吐けー」
「話せー」
「 う あ あ あ あ あ 」
懐かしの、雑巾絞りが炸裂した。
シン・陰流
それは呪術界に古くから伝わる、ある結界術の流派。
呪術全盛、平安の世で生み出された、
己の領域を形作れず、凶悪な呪詛師たちの餌となっていた弱者を救うため、"縛り"によって強度、そして使い勝手を強化している。
それこそが"一門相伝"の縛りであり、そもそも自分で結界を生成できる強者が、その呪力運用や結界術を真似たり、教授するといった例外を除き、この領域を故意に門外へ伝えることは禁止されている。
そして、今問題となっている――
「んで、それから数百年?が経ったころ、ある流派が生まれた…ってことになってんのか一応」
「生まれた…というのは?」
「文字通り、噂って意味でも、作られたって意味でも」
自販機で購入したコーラを片手に、そう語る五条に、夏油は問うた。
「いつから?」
「わっかんねぇ、実は平安時代から既にあったってのと、生まれたのは実は最近で、しかも60年前だって言う奴もいる…とにかく情報がバラバラなんだよ」
「それが、灘神影流」
「そ、一子相伝の暗殺拳」
――灘神影流
偶然か、それとも故意のものか、呪術界を古来より支えてきた、シン・陰流と類似した名前、そして共通する門外不出。
今でも呪術界で静かに語られ、そしてある物好きな子供たちが仕入れる、噂話の1つとしても存在感を放つ、その武術。
五条は顔を顰めて。
「一子相伝の暗殺拳…ってのも、どこから出てきた情報かわからん、しかもどれもが噂話に過ぎず…まともな書物もないときた」
「いや、"火のない所に煙は立たぬ"だ。その噂自体がどこから出たのかも…」
「そこがまた厄介なとこでな」
そもそも、呪霊や呪術といった概念は秘匿され、一般人に知られることはない。
呪霊ではなく、"お化け"や"妖怪"…そして"学校の七不思議"やら"都市伝説"と、その形を自在に変えて、人々の間で形作られる。
恐れは記憶だ。畏れは伝わり、残り、やがて呪霊という命を生む。
古来より続く自然災害や、神話を基にした怪談、それらのような強力な呪霊を作るに値する情報は、対策としての意味も込め、呪術上層部のデータベースに保管されている。
だがそれは、逆に言えば取るに足らない噂話。それこそ、呪霊が生まれるか怪しいレベルの噂話は、上層部にとっても取るに足らないもので。
「古臭ぇ知識に技術は大事に保管する癖に…後のこと考えずに、今の知識はシカトしやがって…」
「口裂け女も似たようなのだったもんねぇ、インターネットで地道に調べて…」
「全く…そのせいで調べるのも大変だ」
「…で、その結果が…」
キーンコーンカーンコーン!
2人の会話を遮るように、学校のチャイムが鳴り響く。
そしてすぐに、授業から解放された、生徒たちの声が重奏に進化し、校舎を埋め尽くす勢いで加速する。
――廉直女学院、そこに五条と夏油はいた。
「尾行とは感心しないね悟、しかも相手は女の子だ」
「お前もついて来てる癖によく言うよ、てかそんなに興味あんの?」
「まぁ、やっぱり呪術高専に入る前から聞いてはいたからね…その噂話は」
「ふぅん…」
息を吐きながら、そう返した五条。
しばらく校舎を眺め、そして次々と出てくる大勢の生徒を見て、夏油は声をかける。
ここからは、彼の仕事だ。
「悟、そろそろじゃないか?」
「ん?あぁ…」
「悟?」
「いや…んだこれ」
じっと、校舎を眺めていた五条が、今は門の近く、横断歩道やその周りにある建築物。
そして校舎の後ろにある山の順に、その青い瞳を走らせてから、そして言葉を濁す。
「結界…に近いのか?いやでも呪力が…どちらかというと精霊に近い…」
「悟?」
「呪霊…でもねぇな、しかも術師の呪力ってわけでもねぇ…これは何…」
「もう理子ちゃん出てきたよ」
「…やっべ」
思考を中断し、すぐに校門の影に隠れるように、五条と夏油は素早い動きで潜伏を開始した。
次々と出てくる女子中学生たち、それらの波をじっくりと観察しながら、目当ての人物を探り始める。
右に、左にと、呪術の寵愛を受けた青い瞳を向けて、ぼやく。
「チッ、どいつもこいつも同じ服装しやがって…」
「六眼があるだけマシじゃないか、で?いた?」
「うーんと…あ、いたわ」
壁から頭だけを出して、五条は目的の人物を見てそう言う。
まだ、包帯は巻かれたままである。
しかしもう、だいぶ痛みも引いてきたのだろう、包帯の巻かれた頭部はまだ痛々しいものだったが、その表情はとても明るい。
「じゃあね理子!」
「うん、じゃあね!」
目線の先にいる少女、天内理子は笑顔で手を振りながら、クラスメイトと別れ、そして校門を通って歩みを速くする。
瞬時に背後に立つ形に、足音を立てずにポジションを変えた五条たちは、天内から2mほど離れた距離を維持して、後を追う。
「さてさて、あのガキ何を隠してやがんだ…?」
「悟、悪い顔しない」
まるでアニメや漫画に出てきそうな、グヘヘヘと悪っぽい笑顔の五条に、夏油は呆れながらもしっかりと、その視線を集中させる。
鍛え上げられた…というほどでもない、平均的な女子中学生の足、そして腕回りの筋肉。
だが、その異質で歪な気配の正体に、夏油は既に気づいていた。
「悟、これは私の推測だけど…灘神影流は一子相伝、つまり赤の他人が知るのはほぼ不可能…だっけね」
「あ?まぁ一応そうだな、噂話がある時点で結構ガバガバだけど」
「じゃあ必然的に、理子ちゃんはその一族…ってことになるけど、ないよね?」
「ないない、それくらいもう調べてあるっての」
「…………」
人は、見た目だけでなく歩き方にも個性が出る。
前屈みに重心がブレた、芯の通っていない立ち姿や、それ以外の、背を真っすぐに安定感のない、重心が不安定な一般人の歩き方。
では、目の前の少女はどうか。
「付け焼刃のレベルだけどね」
「あん?」
「歩き方だよ、理子ちゃんの歩き方…いったい
「…なるほど?そういうことか」
歩き方には個性が出る。
一般人の歩き方、それ以外の歩き方…そこには勿論、格闘技に精通した人間にも共通する、ある癖がある。
まだまだ未熟、そして猿真似にも等しいそれだが、格闘技に精通する夏油だからこそ、その違和感に気づけた。
「これから会う相手が、その関係者…もしくは当事者ってことになんのかね」
「確実だろうね、それにわざわざ…こんな場所に来たんだから」
歩き続ける天内の背を追って、そうして五条達が着いたのは、ある山の入り口。
廉直女学院、その校舎の近くにある、生徒たちの間でも語られる"裏山"だ。
「悟」
「おう」
五条の張った無限…無下限呪術による力を駆使し、草木が擦れる音を防いで、尾行を続ける。
自身の背に匹敵する雑草の波、それらの僅かな隙間を器用にくぐり抜け、天内は慣れた様子で歩き続ける。
五条が率先して草木を無限で避け、それによってできた道を、夏油が歩く形で、尾行は数分続いた。
天内の姿が見えなくなり、再び視界を遮る雑草の壁を前にして、五条は動きを止めた。
「…あ?」
「どうした?」
「誰かいる」
その言葉を聞いて、夏油もすぐに警戒心を引き上げて、いつでも戦闘を始められるように意識を切り替えた。
いくら同化の満月が過ぎて、既に役割が終わったとはいえ、彼女は今でも星漿体という、呪術界にとって大切な存在。
彼女のことを狙う者は、今でも少なくはないがいる。
「ねぇ、もう一度アレやってよ!」
「アレか…しかし歳のせいか、アレをやるのは少し…」
「お願い!あと一回だけ!」
「はぁ…わかった」
雑草の向こうから聞こえたのは、天内ともう1人、謎の男の声。
しかし会話だけを聞いた限りでは、それほど危惧する必要のない内容で。
一瞬、五条が何だと首を傾げた瞬間。
――バキッ!
誰かの、骨が折れる音が聞こえた。
「…ッ悟!」
「ああ…!」
この先には、天内と謎の男しかいない。
そして、殴打した時のあの音が聞こえるということは。
バキッ!ゴキッ!
音はより強く、そして生理的嫌悪を刺激する、肉が抉れるような音も聞こえる。
ゴッゴッと、より音は鈍く、そして次第に静かになっていき。
"最悪"を想像してしまい、顔を青くして手を伸ばし――
「天内!」
「理子ちゃん!」
五条、そして夏油が声を荒げて、雑草の向こうにいる天内に向かって、走り出す。
そして、緑の壁を越えた先、目の前にいたのは――
「凄い!ソックリ!」
心底楽しそうに、巨大な岩に腰かけて笑う天内。
そしてその前に立つ、道着のような衣服を身に纏う――
もう1人の、天内の姿が。
「我が名は天内理子」
「理子ちゃんの前に…理子ちゃんが現れたぁっ」
この時ばかりは、五条も自身の六眼を疑ったと、後に語る。
続きは鬼龍が持っていきました(というか1話で既に完結してるけど)
あと灘関係の技はそこまででしゃばって来ないのでご安心を(理子ちゃん弾丸すべりだけです)