「結婚? 誰ともする気はありませんが、何か?」
産屋敷邸、某室。
耀哉は姉の
「──死ぬよ? 姉さん」
「死にませんでしたが、何か?」
「はぁぁ……あのねぇ、姉さん」
産屋敷家に産まれた男児は、当主になる一人を除いて死ぬ。生き残った一人も、三十になる前に死ぬ。
産屋敷家に産まれた女児は、十三までに結婚し名字を変えなければ死ぬ。
それが、産屋敷家にかけられた呪い。
かぐやは現在十二歳。もう時間が無いのだ。
「法律違反がどうとか、言ってる場合じゃあないんだよ。というか廃刀令破ってる時点で今更だよね?」
現在明治三十三年。女性は十五。男性は十七になるまで結婚できない。明治三十一年にそう法律で制限が付くようになったからだ。
「こないだ姉さんが斬られたって聞いて、私がどれだけ肝を冷やしたと思っているんですか?」
「…………それは、申し訳なかったと思いますけど。その件とコレはまた別の話じゃ……」
「本当に? 本当にそんなことを思っているのかい? かぐや」
「〜〜〜〜っ、分かりました。分かりましたよ……でも条件はこちらで決めさせてくださいね」
「──っ! それは勿論。私だって、姉さんの相手選びを妥協する気は元々無いですから」
「あぁ、それなら良かったです。安心しました」
そう言ってかぐやは、嗜虐的に笑った。
(──あっ、失敗した)
耀哉が失言に気付いた時には、何もかも遅かった。
*
「では一番大事なところなんですけど、
──『初手から大分無茶な注文を付けてきたぞ、この姉』 とでも言いたそうな顔ですねぇ耀哉くぅん?
ハーハッハッハァ! 残念だったなぁ、誰が素直に男と寝てやるものか! 私を抱きたければ無理矢理組み伏せてみせるがいい!!
え、テキトウな人と結婚するだけして放置すればいいじゃんって? それは相手に申し訳ないし……。仮に結婚することになったら役目は果たすぞ? 私は。
別に子作りだけが役目ではないってのは解ってるけど、私は事情が特殊中の特殊だ。
自分で言うのも何だけど、私の血ってすごく特別で……失うには惜し過ぎる手札の塊なんだよね。
まず産屋敷家ってだけでワンポイント。鬼殺隊当主は基本男系だが、当主も跡取りも殺されたら、分家から次代を選ぶことになる。今までは奇跡的にそうならなかったが、備えはあった方がいい。
次に、日の呼吸。これはただの身体強化に留まらず、鬼の再生力を削ぐ力を得る特別な呼吸法だ。化学の力を超えた謎技法である。
──まぁぶっちゃけ、神仏の加護よね。そんなの神仏に呪われている……元々繋がりが強い産屋敷家の人間と相性が悪い訳も無く。
鬼と人間の戦いは常に、鬼が有利だ。鬼は首以外どこを斬られても治るが、人間は失った手足が戻ることはない。
──だが日の呼吸は、鬼を人と同じ土俵に引き摺り堕とせる。人間の身体能力を、鬼と同等以上に引き上げられる。
産屋敷家で唯一戦える身体で産まれた私は、この力を遺す義務がある。そういう意味でも、私の
──まぁ私より強い男なんて、今のところ槇寿郎さんと鱗滝さんくらいしかいないがね!!!
槇寿郎さんは妻帯者だし、鱗滝さんはまさかロリコンじゃあないだろうしぃ? いねぇよなぁ? 私と同年代で、私より強くてついでに神職仏門の徒なんてよぉ。
……なんて煽るとこの子の場合、悲鳴嶼さんとかいう私と同年代で生まれつき鬼を殴り倒せるパワーとそれを一晩中続けるスタミナのある仏教徒を勘と根性で探し当てそうで怖いからやらないけどさ。
「…………せめて正規隊員並に強い人、くらいに妥協しないかい?」
「私より強い人でお願いします」
「……内面も大事だと思うなぁ私は」
「えぇ、それは勿論。でもそれはそれとして、私より強い人であることが最低条件です」
「……姉さん、死ぬんだよ?」
「ですから、死にませんって。
「えっ?」
あまり意地を張るとホントに悲鳴嶼さんかそれに比肩する誰かを連れてきそうなので、そろそろ私の考えを分かってもらおう。
「いいですか、耀哉。よく考えてみてください──結婚しても、身体はそのままなんですよ?」
別に遺伝情報が書き換えられるワケじゃあない。
「変わるのは名前だけ。しかも非合法の結婚なので、戸籍も変わらない。
──つまりですよ?
「…………だとしたら、なんだと言うんだい?」
私は前世の名前がある。
加えて、だ。
「私って生後五年はここで暮らしてましたけど、同じく五年間煉獄家で過ごしてるんですよ。これって既に半分『煉獄』ってことでイイんじゃないですかね?」
「いやダメじゃないかな……」
ダメかー……。
「というかそれなら、杏寿郎はどうなんだい?」
「──あ?」
おっと、思ったより低い声が出てしまった。
でも、それは駄目だろう。
「杏寿郎は将来鬼のいない世界で優しくて気配りができて美人で家事ができるお嫁さんを見つけて子供と孫に囲まれて幸せに生きて天寿を全うするんです。私の延命装置代わりに使うなんて絶っっ対に許しませんから」
「…………そんなに大切なら尚更、姉さんが幸せにしてあげればいいと思うんだけど」
「杏寿郎側の気持ちだってあるでしょう」
「……それこそいらない心配では?」
「たしかに杏寿郎なら、躊躇なく縁談を呑むでしょう。しかしそれはあくまで救命行為として、です。それが将来あの子の足枷になるなら、私は嫌です」
「足枷だなんて──」
「足枷ですよ。……だって私、ここを生き延びても二十四で死にますし」
「…………」
その時杏寿郎は、二十歳だ。成人年齢。人生ここからってタイミングだ。新しいお嫁さん探しをする時間はいくらでもある。
でもきっと、誠実に過ぎるあの子は
だって、曇ってくれたら嬉しいけどさぁ。別にずっと見ていられるワケじゃないし……。死ぬ前に目の前で思いっきり泣いてくれたら、後は吹っ切って幸せになってほしい。
「……それこそ何か、ないのかい? さっきみたいな突拍子のない理論でもいいから、何か……」
「まぁ、あるにはありますが」
「だったらッ」
「
……でも、私はきっと使います。無惨を前にしたら、使わずにはいられません。耀哉なら、わかるでしょう? 私の気持ちが」
「……はい」
────憎い。
父の仇を、この手で直接取ることができるなら……寿命なんて、躊躇なく捧げよう。ある分だけ薪にしよう。耀哉もきっと、私と同じことをする。
「……耀哉、私はまだ死にませんよ。何せヒノカミ様の加護を受けていますから。呪いなんかに負けはしません。最悪でも相殺で済む筈です──ということで、どうでしょう?」
「…………最後の一言が無ければ完璧だった」
「おっと、私としたことが」
「……でも実際、姉さんは『特別』だからね。…………信じますから、死なないでくださいね」
「──はい、勿論」
そうして時が流れ、十三歳になって。
────私はまだ、息をしていた。
*
明治コソコソifルート
『……では延命装置がどうだの法律がどうだのという面倒な理屈抜きで、異性として好きと──そう言ったら、伴侶になってくれるんですか?』
『えっ、それは、まぁ…………ホントに、私でいいんですか? きっと後悔しますよ?』
『ここで想いを伝えられない方が、きっと後悔しますから』