前回のあらすじ。
行冥により鬼の襲撃から家族を救われた胡蝶姉妹は、彼の家を訪ねる。鬼殺隊への入隊を希望した姉妹に行冥は試練を課し、それを乗り越えた二人は育手を紹介された。
行冥「折角だ、腕が立つ者を紹介しよう……そういえば元花柱殿が引退して育手になると言っていたな。それに、水柱殿の師匠も元柱だったか。彼女らであれば人格も信頼できるし、珠世殿のことも知っている。よし、これでいこう」
とこんな感じで、地味に舞台裏でしのぶが鱗滝一門に加入するというバタフライエフェクトが発生してます。
*
そして今回の前書き。
前中後編の三部構成で、ノベライズ版第三巻『風の道しるべ』の内容をお送りします。今回は閑話にするワケにはいかないので、ネタバレはご了承願いたいです……。もしくは今すぐ『風の道しるべ』を購入するのです(ダイマ)
──夢を見ている。
『誰だよお前! なんで母ちゃんを殺しやがった!? 人殺し! 人殺し!!』
一番上の弟が、崩れていく母の亡骸を抱いて泣き叫ぶ。
鬼になった母が、俺達兄弟の前で斬り殺された日の夢。
『……憎いですか? 私が』
下手人が、嘲笑うような声で俺達に問う。
弟はそれをそのまま受け取って、憤慨した。でも俺は、その声が震えていることに気付いてしまった。弟もよく見ていれば、彼女の顔が少し引き攣っていることに気付けただろう。
──女は、自分の刀を投げてよこした。
『私が憎いのなら、強くなりなさい。そしていつかその刀で、私を殺しに来るのです』
刀には、一滴の血も付いていなかった。
鬼は死ぬと塵になって消えるし、日輪刀は鬼の細胞を焼き滅ぼすから……今思うとそれは、当然の話なのだけど。
当時の俺は場違いにも、神秘的な美しさを感じたことを覚えている。
玄弥は刀を振りかぶって、彼女を斬ろうとした。しかし何の訓練も積んでいない子供が、無手であっても人類最高峰の剣士に敵う筈もなく。玄弥はあっさり気絶させられた。
『……あなたは、私を睨まないんですね』
……それは、分かっていたからだ。もう母が、人ではない『ナニカ』になってしまったことも。先の言葉が、親を失った子供に『憎しみ』という名の『生きる活力』を与えるための演技であることも。
『……ありがとう。そう言ってもらえると、少し気が楽になります』
そう言って、彼女は
『……その刀、父の形見なんです。必ず返してくださいね』
どうしてそんなに大事なものを渡してくれたのか、今でも疑問に思っている。
『……そろそろ取り替えようと思ってたんです。それ、私が十歳の時に貰ったものなので』
──体格に合わなくなった。それは嘘ではないだろう。
だが鬼殺隊に入り、何本も刀を握ってみて分かったが……この時貰った黒刀の切れ味は別格だ。持っていて損はない筈の代物だった。
『もうすぐ『
その言葉を最後に彼女は立ち去り、先の発言通り、すぐに隠と名乗る黒子装束達がやってきた。
母が豹変したのは『鬼』になったから。
彼女はその鬼を狩る『鬼殺隊』の一員。
隠は鬼殺隊の裏方であり、鬼の被害者を支援したり、怪我をした隊士の応急処置や搬送を行う縁の下の力持ち。
鬼殺隊のことを、沢山聞いた。だから今回のことの顛末も、大体分かった。そして、俺が受け取った
なんと──千年続く鬼殺隊の歴史の中で、
……つい『なんてモンを投げてよこすんだあの女は』と言ってしまったのは無理もないと、今でも思っている。切れ味を抜きにしても、貴重品中の貴重品だったのだ、この刀は。
ただ……。
『……お前、鬼殺隊に入るならもう二度と、絶対に、虹柱様のことを『あの女』だなんて言うんじゃねぇぞ? 冗談抜きで、ほぼ確実に殺されるからな。それと、その刀は誰にも見せるな』
なんでも彼女は、鬼殺隊当主の姉らしい。
その圧倒的な強さと美貌、物腰の柔らかさから、女性率の低さも相まって絶大な人気を誇る彼女だが……その立場故に高嶺の花──を通り越して崇拝する者までいるから危険とのことだ。
もう一回『なんてモンをよこしやがった』と思ったが、今度は口に出さず、心に留めた。
……ともかく俺は、鬼殺隊に入り、彼女にもう一度会うと決めた。会ってこの日の無礼を詫び、刀を返して、その上で礼を言わねばならない。
それがこの俺、鬼殺隊士『不死川実弥』の原点である。
*
「──あ、起きた。おはよう不死川くん。起きる前に何があったか覚えてる?」
目を覚ますと、間近に
花柱──胡蝶カナエ。『彼女』と肩を並べることを許された、数少ない剣士。
彼女が居るということはつまり、蝶屋敷。怪我人の治療を担当する場所。何故俺が気絶して、此処に搬送されることになったのか──。
「……あァ、覚えてるぞクソが……
「あんまり
「心配するのは結構だがよォ、搬送が手荒すぎるんだよなァ……」
このやり取りも、もう何回目だったか。
鬼と戦って、追い詰め切れないことに業を煮やして、自分の身体を斬りつけて。鬼を泥酔させる『稀血』で無理矢理隙を作って、鬼を狩る。
匡近──同じ育手の元で鍛錬を積んだ兄弟子『粂野匡近』は、俺がこういう戦い方をするのが気に入らないらしい。これでも『自分の身体くらい自分の好きなように使ってもいいだろう』とは思いつつ、『友の頼みであるし、できる限り稀血は使わないようにしよう』と自重しているのだが。
匡近は修行時代から事ある毎に兄貴風を吹かせ、やれ『飯は食ったか』『風呂には入ったか』といらぬ気を回したり、突然『牛鍋を食いに行くぞ』と言って、あちこち連れ回したりする奴だった。
今でこそ『親友』と言える程に気を許した相手であるが、最初は鬱陶しいと感じていたものだ。
……ただ、怪我人を気絶するまでタコ殴りにしてから搬送する癖だけは、今でも勘弁してくれと思っている。
「……それに関しては、私からもキツく言い聞かせておくわ」
「頼むぜェ、全く」
柱である彼女の言葉であれば、流石に聞く……筈だ。
「──そういえば不死川くん、また階級上がったらしいじゃない。おめでとう。粂野くんが『遂に抜かれた』って、悔しがってたわよ?」
「……そうかァ」
「あら、あんまり嬉しくなさそうなのね。あんなに『早く柱になりたい』って言ってたのに」
「ほっとけェ」
……喜んでは、いるのだ。
ただ同時に、不安でもある。最初はただ、目標に向かって邁進すればいい。ただ近づくにつれて、他のことに気を回す余裕ができると……余計なことにも気づき始めてしまうのだ。
「……胡蝶。虹柱様は、息災かァ?」
「えぇ。前にも言ったけれど、あの人
──そう、俺が目指す『彼女』は隊士になってから今日に至るまでの八年間で、活動を休止する程の傷を負った回数は
今現在の柱は六人。『彼女』と、水柱、岩柱、音柱、炎柱、そして目の前の花柱。
最古参の水柱は、圧倒的な速度で誰も傷つけさせないという。胡蝶の恩人だという岩柱は、鬼殺隊最強であるという。元忍である音柱は、情報力と指揮力の高さから、最も部下の扱いに長けるという。絶えることなく受け継がれる炎柱は、存在そのものが希望の象徴であるという。
……『彼女』と肩を並べる者達は皆、何かしらの強みを持っている。自らを『最弱の柱』と卑下する花柱とて、隊士の死亡率軽減に大きく貢献している。
──その上で、己はどうか?
まず、胡蝶にすら勝てる気がしない。では強さ以外の何かがあるのかと言えば、稀血くらいか。
……そんな調子で柱になった所で、俺は胸を張って『彼女』と肩を並べられるだろうか。
だからこそ、俺は俺だけの強みを見つけなければならない。しかし、そんなものが見つかるのか──俺は、それが不安なのである。
「俺から稀血を取ったら、何が残るんだろうなァ……」
胡蝶が、亡き母に似ているからだろうか。気付けば弱音を吐いていた。
「あの人の隣に立てるか、不安なのね」
「お見通しかァ」
「……分かるわよ。あなたが見てるのは、あの人だけだもの」
「……他の柱のことも、ちゃんと尊敬してらァ。勿論胡蝶のこともなァ」
「……そういう意味じゃないわよ。この唐変木」
「あァ?」
「何でもないわ。それで、不死川くんは自分だけの強みが欲しいのよね?」
「……おう」
一瞬不満気な顔で何か言っていたような気がしたのだが……なんだったのだろうか。もういつもの笑顔に戻っているから、気のせいだったのかもしれないが。
まぁ、それはともかく。胡蝶は優しい手つきで治療を進めつつも、『うーん』と言って考えるそぶりを見せた。
「なら、新しい『型』を作ってみるのはどう?」
「水柱の継子……冨岡とかいう奴の『凪』みてェなのか……確かにアリだなァ」
「あら、知ってたの」
「あァ。
──何故か、胡蝶の手がピタリと止まった。
「……不死川くん、今しのぶのこと名前で呼んだ?」
「それがどうしたァ」
「私のことは胡蝶なのに」
「だから分けてるんだろうがァ」
「カナエでもいいじゃない」
「……現状で既にギリギリなんだよォ、テメェは自分の人気をもっと自覚しろォ」
「……それ、あなたが言うのかしら」
「……さっきから何ブツブツ言ってやがるんだァ?」
「…………柱の席が空きっぱなしで大変だって言ってるのよ」
「……もう少し待てェ。すぐに一つ埋めてやるからよォ」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
気付けば治療は終わっていて。俺は診察室から送り出された。
*
明治コソコソ噂話
胡蝶しのぶの最終試験
「しのぶ、もう教えることはない。この岩を斬れば、最終選別に向かうことを許可する」
「…………私の試験、また岩なの……?」
〜数日後〜
「ぜぇ、ぜぇ……鱗滝さん……岩を『両断』できれば、それでいいのよね……?」
「……あぁ、そうだが?」
「私、斬る力は論外なくらい弱いけど……突く力は、そこそこあるから……唯一、
「まさか……」
「えぇ……不恰好だけど、何度も何度も貫いて、真っ二つにしてやったわ……!」
「──合格だ」
原作より実弥さんの口調は治安の悪いところを渡り歩いていたから威嚇の癖が付いてしまった(意訳)とのことなのですが、鬼狩りしてたら実弥さんなら結局こうなりそうなので、ほぼ原作通りにしております。