──町の外れにある屋敷で、子供が消える。
調査に何名かの隊士を送り込んだが、三人を残して消えた。
残った三人は、屋敷には誰もいなかったと言っている。
今回俺達が任されたのは、同じくこの屋敷の調査だ。お館様の『勘』では、十二鬼月が出るかもしれないらしい。
普通は決死の覚悟で挑むところなのだが……。
『大丈夫です。私がいます』
……以前しのぶや匡近が、『悲鳴嶼様がいると安心する』と言っていた理由がよく分かる。この人がいて、負ける気がしない。
屋敷に着く頃には、陽が傾いていた。奴らの時間だ。吹きつける風が、火照った身体を冷やしていく。
「……ここですか」
「すごい屋敷ですね……」
確かに立派な屋敷だった。しかし古い。周囲が生い茂る木々に囲まれているせいか、
「行きます。後に続いてください」
「はい!」
「承知ィ」
そして互いに声を掛け合い、共に屋敷へ足を踏み入れると──腐臭にも似た、耐え難い程甘い匂い。あまりの強烈さに、
「……なるほど。私達はアタリだったようです」
「……?」
「派遣された隊士は、消えた人と戻ってきた人に分かれていたでしょう? 私達
「──っ!?」
慌てて隣を見るが、確かについさっきまで居た、匡近がいない。
「異空間に閉じ込める類の血鬼術から脱出する場合、本体を斬ってしまうのが一番手っ取り早いですからね。匂いが強い方向──あの廊下の先に、おそらく目標がいます。サクッと行って、サクッと斬って帰りましょう」
「……承知」
廊下の先には、座敷があった。一際件の匂いが強い室内には、六つの寝台が並んで置かれている。そして、寝台の間を
「……鬼が、人間を看病しているだとォ?」
女は鬼だった。その牙が、血色の両眼が、その証拠だ。
しかし、甲斐甲斐しく彼らを世話する姿は、まるで本当に──。
「騙されないでください不死川さん。幻術です」
「……あらあら、口の悪い子ね。でも、まだ会ったばかりだものね。信用できないのも無理はないわ」
かぐや様の言葉に反応し、鬼がこちらに顔を向けた。その左目には、『下壱』という文字が刻まれている。
「……マジで十二鬼月が出やがったァ」
「そうよ。でもそんなの関係ないわ。私はここでただ、子供達を癒やしてあげてるだけだもの」
「──癒やしている? ならば何故、そこに寝かされた三人は既に死んでいて、残る三人も半分死にかけてるんですか? 少なくとも隊士二人は、ここに来た時点では健康体だった筈です」
慈愛のこもった鬼の声に、一瞬毒気を抜かれかけるが……かぐや様の言う通りだ。この匂いのせいか、思考力が落ちているらしい。
「いいえ。いいえ。二人共、健康体とは程遠かったわよ?
「……どういう意味ですか」
鬼に、嘘を吐いている様子はなかった。だからかぐや様は、次の発言を許した。
「目を見ればわかるの。あなた達、
あぁ、特にあなた──黒髪のあなた。白髪のあなたは父親か母親、どちらかだと思うのだけど……黒髪のあなたは
あなたの心はボロボロ。きっと今まで、
──息を呑んだ。
少なくとも俺は、父親のことを言い当てられている。そして消えた隊士の一人は、俺の知り合いだったのだが……彼は以前、両親と──とりわけ母親と折り合いが悪かったと言っていた。
『人殺し! 人殺し!!』
そして思い出すのは、弟の罵声。
命懸けで戦って、人を助けて、助けた人間に恨まれる。鬼殺隊ではよくあることだが……。
その華々しい記録の意味が、反転する。
鬼殺隊士は基本的に、鬼を狩る時間より休んでいる時間の方が長い。当たり前だ。鬼の方が人間より強いのだから、戦う度に普通は傷を負う。そして大抵の傷は、二日三日じゃ治らない。その当たり前な休息は、心の傷を癒す期間でもある。
だが、だが──かぐや様は滅多に外傷を負わない。だから休まない。休む間もなく、心は次々傷を負う。
──ゾッとした。
そんなもの、堪えられる訳がない。彼女が今まで、表面上だけでも正気を保っているように見えたこと自体、異様としか言いようがない。
「でも大丈夫。これからは私が母親として、あなたを、あなた達を愛してあげるわ」
もしかしたら、彼女はここで堕ちてしまうのではないか……そう思って、俺は彼女の様子を伺った。
──この時見たかぐや様の表情を、おそらく一生忘れることはないだろう。
「あぁ……情けない。もうとっくに吹っ切ったと、そう思ってたんですがね」
次の瞬間、彼女は鬼の目の前に肉薄していた。
──日の呼吸 壱ノ型
素早く正確なその一振りは、確かに鬼の頸を捉えていたが……。
「うふふ、ダメよ。おいたし──」
斬れていない。まるですり抜けたように、傷一つ付いていない。
弍ノ型
続け様に、頭から真っ二つにするような縦の斬撃。だがこれも効いていない。
「……少し、おしおきが必要みたいね」
下弦の壱が眉を
すると室内が、赤黒い肉の壁に覆われた。子供と隊士が寝かされていた寝具も、肉塊に変わっている。
そして壁から肉の触手が生え、かぐや様を殴りつけんと迫っていく。
参ノ型
水平に刀を振って迎撃するが、やはりすり抜け──
「っっっ!?」
一度は先程までと同じくすり抜けたが、二撃目が触手を捉え、切り落とした。そして
──シイアアアア
かぐや様がそんな隙を逃す筈もなく、その場で呼吸を変転させ、追撃に入る。
「不死川さん。貴方の呼吸、使わせて頂きます」
風の呼吸──『改』
日ノ型肆番
渦巻く炎の様な旋風が、鬼を呑み込む。だがやはり、通じていない。
シィィィィィ──
変転 雷の呼吸
日ノ型伍番
目にも止まらぬ速度で繰り出された刺突も、虚しく空を切る。
「……止めなさい。ここは私のお腹の中。だから誰も、私を傷つけられない」
「なら、これはいかがです?」
変転 日の呼吸 陸ノ型
「今見えているものの大部分は幻術。しかし本体は確かにここにいる。違いますか?」
「…………」
「図星みたいですね。それでは──」
日の呼吸 漆ノ型
かぐや様は突然高く跳び、隙を晒した。
「不死川さん!」
「承知ィ!!」
風の呼吸 壱ノ型
「チッ……!」
彼女が着地する直前、最も無防備となる背後に向けて、多くの面積を抉るように風を放つ。すると下弦の壱は左手を押さえた。狙い通りだ。
「俺のことも忘れんじゃねェ!」
「……面倒ね」
「食事で回復する気です! 右半分を頼みます!」
「承知ッ!」
日の呼吸 玖ノ型
風の呼吸 捌ノ型
2人で寝台の方に駆け寄り、鬼が近付けないよう周囲を切り刻む。
「……もしかしてあなた、見えてるの?」
「勘です!」
「勘……? ふざけないでほしいわね……!」
「では大真面目に殺してあげますッ!!」
日の呼吸 㭭ノ型
風の呼吸 参ノ型
日の呼吸 拾ノ型
風の呼吸 玖ノ型
「不死川さん、十数秒、任せても大丈夫ですか!?」
「お安い御用!!」
日の呼吸 拾壱ノ型
途中で互いの位置を切り替えつつも、絶え間なく型を繰り出していた最中──かぐや様が距離を取った。負担は大きいが、十数秒なら問題ない……!
「ヒノカミ様に
何をする気なのだろうか……?
「御照覧あれ!」
拾弐ノ型
壱ノ型
刀を振り下ろし、斬り上げ、一回転するように剣を薙ぐ。そして、
「不死川さん!
「え──ブッ!?」
戻ってきたかぐや様は、いきなり平手打ちをお見舞いしてきた。視界が激変するほどの衝撃──いやこれは、
「今です!」
「なんだかよく分からねぇが──」
突然仲間割れをしたとでも思っているのか、下弦の壱はポカンとした顔でこちらを見ている。
「これで、終わりだァァァ!!!」
──まさか、幻術が解けているとは思わなかったのだろう。
下弦の壱は、何が起こったのか分かっていない顔のまま、その頸を地に落とした。
「なっ、んで……見えてない、ハズでしょう……?」
「見えてなくても、影の位置や声のする場所などから、違和感は掴み取れます。雑なんですよ、あなたの幻術」
「そんな、嘘……少なくとも最後の一撃は、絶対に……」
「さぁ? 気のせいじゃないですか?」
「うぅ……私はただ、幸せになりたかっただけなのに──」
その言葉を最後に、下弦の壱は塵になった。
「……虹柱様。確かに最後、俺は血鬼術が解けていました。アレは一体……」
「──日の呼吸 拾参ノ型
ヒノカミ様に舞を捧げて加護を授かり、
ちなみに加護は、私が触れたものに伝播します。平手打ちなんて、荒々しい手段を取ってしまったことは……すみません」
「んなっ!?」
血鬼術が、効かない……? なんだそのデタラメは。
「あ、その目。『反則だ』と思ってますね? これそんなに使い勝手良くないんですよ?
十二個もある型を全部途切れさせずに使ってから、もう一回壱ノ型を使わないと、発動すらしないんですから。その上、持つのは百五十秒くらい。そしてとっても疲れます。ついでに言うと、発動したとしてもそこらの石ころを拾って投げられたら意味がありません」
……そう言われてみると、確かに使い所は限られるか。
「そんなことより、隠を呼んできますね。あらかじめ近くに待機するよう伝えていたので、
「……! 知ってたんですか?」
「任務を共にする相手のことは一通り知ってますよ。まぁ、弟に比べたら大したことはありませんが。あの子、故人を含めて自分の代の隊士全員の名前と関係を把握してますし」
そして今後こそ、彼女は隠を呼びに行った。
「……浦賀、久しぶりだなァ」
「し……しな……ずが、わ……?」
「そうだ。俺だァ」
「俺は……助かる、のか……?」
「俺の見立てでは、ギリギリ助かるハズだァ。気ィ強く持てェ。後はもう、無駄に体力使うなァ」
「あ、あぁぁ……よかった……よかった……アイツの、とこに……かえ、れる……」
「よかったなァ……頑張れよォ」
──そうして搬送された浦賀は、無事一命を取り留めた。隊士は続けられないそうだが、子供二人も含め、命に別状はなかったそうだ。
*
「ふっ、ククッ、あははっ」
マズい。マズい。ニヤケが止まらない。こんな顔、不死川さんには見せられない。
「感謝します。あぁ、本当にありがとうございました下弦の壱!」
体温は、前世でインフルにかかった時のような……三十九℃くらい。心臓がドクドクと落ち着かず、本来ならとても戦うどころか日常生活すらままならないような状態なのに──
「これがっ、『痣』の使い方!!」
珠世さんはこれを、知らなかった。みんな当たり前に使っていたから、使い方なんてものがあるのだとは思っていなかったのだ。
だが、再び発現した今なら解る──初めてこれが現れたのは、父と別れたあの時だ。あの時の激情が、私に痣を
「勝てる。勝てます……! この力と、拾参ノ型があれば……! 上弦も、無惨すらも葬れる……!」
私は
*
明治コソコソ噂話
かぐや「これで勝つる(ドヤ顔)」
堕姫 「血鬼術効かないって反則でしょ!?」
妓夫 「バカだなぁぁ、俺達なら幾らでもやりようがあるだろうがぁぁ(相手が1人の場合ほぼ負ける要素なし)」
玉壺 「勝てないなら逃げるまで……(転移能力持ち)」
半天狗「恐ろしい……恐ろしい……(本体を見つけるのが無理ゲー)」
猗窩座「……俺の敵ではないな(女性だから殺されないけど相性最悪)」
童磨 「……あれ? もしかして俺の天敵?」
黒死牟「日の呼吸、だと……?」
無惨 「……神なぞいない」
かぐや「…………(絶句)」
実際に戦った時どうなるかはお楽しみに。
*
『ヒノカミ様に奉る』
「……え?」
上弦特権で盗み見ていた
人間の手で、血鬼術が消されていた。血鬼術を消せるのは術者と無惨様を除けば、
──ということは、だ。
「神は、実在するのか……? 少なくとも、日の神は……」
今まで、極楽浄土なんて無いと思っていた。死んだら終わりだと思っていた。
だけど神がいるのなら、その神と繋がりを持つ者がいるのなら──。
「…………聞き出さないと」
俺は彼女に、会わなければならない。