鬼殺しのかぐや姫   作:しやぶ

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第十四話:かぐやの休日(初日)

 花柱──胡蝶カナエは虹柱が苦手である。

 

 同じ女性の柱であり、『鬼を救う』という理想の理解者であり、誰に対しても物腰丁寧に接するかぐやを、カナエは尊敬している。それは確かだ。

 しかしただ一点。『好いた男が、唯一明確に敬意を表する相手』という事実が、仄暗い嫉妬を抱かせる。

 カナエにとって、笑顔を維持することは苦痛ではない。だがかぐやと対峙する時のみ、彼女は内に秘めた心を悟られぬよう、意図して『笑顔を作る』のだ。

 何の非も無い相手に、本来なら尊敬すらしている相手に対し、そんな行動をしていること自体……善良な彼女にとっては自己嫌悪の元となる。だからカナエは、かぐやのことが『嫌い』ではなく『苦手』なのだ。

 

 ──そして何故今、そんなことを明記するのかと言えば。

 

「カナエさん、不死川さんの好物や趣味など、ご存知でしたら是非ともわたくしめにご教示をば……」

「…………」

「え? えぇ!? かぐやさん、不死川さんみたいな殿方が好みなの!?」

 

 (くだん)の二人が今まさに、ちゃぶ台を挟んで対峙していた。どちらも目が死んでいる。まだ何も知らないしのぶだけは、目を輝かせていたが。

 

(任務の次の日に、仕事中毒なかぐや様が、態々休暇を取ってまで彼のことを探るなんて……『そういうこと』よね……)

 

「いや、そういうことではなく。その……不死川さんが鬼殺隊に入った経緯は、お二人とも……把握、していらっしゃいますか?」

 

 二人は首肯した。

 

「では話が早いです。私……不死川さんにとっては親の仇じゃないですか」

 

((え、そういう認識なの?))

 

「……一応、そういうことになりますが」

「でも不可抗力だし、不死川さんも恨んでないどころか……ねぇ?」

「そりゃあ表向きはそうでしょう。私一応上官ですし。そうでなくても産屋敷ですし」

 

 『そう言われると、そうかもしれない』と、姉妹は思った。何故ならそれ自体は、覆し用のない事実だから。

 故に二人は、一度彼の態度が演技だったと仮定して──。

 

((──いやナイナイ))

 

 一瞬で、『それは無い』と断定した。アレが演技だったら姉妹は人間不信になるだろう。

 

「……しかし近日中に、不死川さんは風柱となります。同じ最高階級として肩を並べ、鬼殺隊を支える柱となる以上、わだかまりは可能な限り解消しておかねばなりません」

「そんなに不安なら、推薦なんてしなければいいのに。共闘だったんでしょう?」

「そんな横暴は許されません。お天道様は見ています。私の場合は特に」

「「あぁ……」」

 

 鬼狩りなら誰もが羨む日輪の寵愛(ちょうあい)も、日常生活においては鬱陶しいだけだ。

 

「えぇと……好物であれば、おはぎが好きと聞いていますよ」

「──! おはぎですね、ありがとうございます!」

「あとは、カブトムシを育てて相撲させてたわね」

「今は九月……探せばギリギリ間に合うでしょうか」

「微妙ね。他に何かあったかしら」

「粂野くんに影響されて、牛鍋が好きになったと言ってました」

「ふむ……食事に誘うなら牛鍋。甘味を差し入れるならおはぎですね」

「後は、舞にも興味があるそうです」

「舞ですか。意外ですね」

「貴女の隣に立つために、新しい型を開発しようとしてたんですよ」

「なるほど、舞から動きを取り入れようとしていたのですね。日の呼吸とその型が、神楽として受け継がれていたことを考えれば……納得です」

「それと彼、大家族の長男なんですけど。弟さんや妹ちゃんの話をする時は顔が穏やかになります。だからか、子供が喜びそうな物を買っては、藤の家に預けている子達に仕送りや手紙と一緒に送るそうです」

「あぁ……分かります。弟も妹も、可愛くてしょうがないですよね」

 

 そこで『はて』としのぶが首を傾げた。

 

「かぐやさん、妹いたの?」

「義理のですがね。弟の花嫁である、あまねですよ」

「あー」

 

 そしてカナエが、逸れた話を元に戻す。

 

「他の時間は大体鬼狩り(仕事)してるか、眠っているそうです。

 ここまで聞けば察してくださったと思うのですが……彼、自分だけのために時間を使いたがらないんですよ。弟のため、妹のため、親友が、かぐや様がって……」

「……今の今まで『凄く気が合うな』としか思ってなかった私って、もしかしてヤバいです?」

「ヤバいわよ」

「……ご自愛ください」

 

 カナエですらフォローできないという事実に、かぐやは頭を抱えた。

 

「そうだ、ヤバいと言えば。かぐやさん、()()()()使()()()()()()()()?」

「うぐっ」

「……使ったの?」

「……使いました」

「はぁ……まぁ今回は十二鬼月が相手だったみたいだし、今のところ何も悪影響はないみたいだけど、アレを使った後のかぐやさんは『()()()()()()()()()()()』になってるんだからね? そのうち人に戻れなくなっちゃっても知らないわよ?」

「効果が永続するなら、むしろその方が……」

「またそんなこと言って!」

「──あ、用事を思い出しました!」

「かぐやさん今日から連休でしょ!? 見え見えの嘘吐かない!」

「いや、本当ですって! あまねと珠世さんに話があるんですよ。ついでに診察もしてもらいます」

「……ならいいけど。採血だけは、こっちでもしていくから。ちょっと待ってて。注射器持ってくるわね」

 

 そうして採血を終えた後、かぐやは足早に再び産屋敷邸に向かって行った。

 

 

 

 *

 

 

 

 はい、というわけで戻ってまいりました。本日二回目の実家帰省です。

 それで肝心の、思い出した用事というのは──。

 

「それが……()()使()()()()

「同時に、発現条件でもあると思われます」

「驚きました……そんな状態で戦えるだなんて、医師としてはとても信じ難い」

 

 報告し忘れていた、痣の使い方についてである。

 私としては、寿命を削るのは私一人でいいとは思うんだけど……痣があれば、死ななくて済む場面だってあるだろう。選択肢は多い方が良い。

 

「ただこれは、できれば三年後まで秘密にしておいてほしいのです」

 

 父と別れたあの日──私は、この手で無惨を殺すと誓った。そのためには、無限列車まで待ってはいられない。だから竈門家で、決着をつける。

 浅草での遭遇は、期待していない。それに遭遇したとて、あれだけ人が密集している場所ではマトモに戦えない。つまり私に許された機会は実質、一度きり。

 

 珠世さんとあまねの二人に痣のことを話すのは、私がしくじった時のためだ。

 背水の陣と言えば聞こえは良いが、私の我欲で全戦力を三年後の戦いに投入して、失敗したら目も当てられない。それではむしろ、正史より状況が悪くなる恐れすらある。

 だから三年後は、私一人でやる。連れて行くとしても、錆兎くらいか。あの子既に、()()()()()()()()()()()()()()し。透視の正確さと型の練度と膂力に関しては私以上だ。

 ……え、全部負けてるじゃんかって? 実戦経験の差と手札の枚数と師匠補正と()()()()()()があるから、まだ暫く負けてやれんよ。

 

 話が逸れたな。

 私が無惨を逃した時、もしくは負けた時。三年後だから、耀哉は二十一歳。記憶に残る()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものの、晩年の急速な悪化を考えると、もう危険な年頃だ。

 

「三年後、私は無惨を討つつもりです。だから他の皆さんにまで、寿命を削ってほしくないのです。

 ……しかし、私が失敗した時。以降の鬼殺隊の運営は、主にあまねの仕事となるでしょう。そして無惨討伐において、珠世さんの薬が大きな役割を持つことは間違いありません。

 二人になら、後のことを任せられます」

 

「……はい、お任せください。お義姉(ねえ)様は後顧(こうこ)(うれ)いなく、全力で戦ってきてくださいませ」

「同じく、任されました。しかしかぐやさん……三年後の戦いで、本当に私の薬は使わなくてよいのですか?」

 

 珠世さんが無惨を殺すために作った薬は三つ。

 一分につき肉体を五十年老化させる薬と、細胞破壊薬、そして──。

 

「分裂阻害薬だけでも、持って行った方がいいのでは……?」

 

 炎柱ノ書にあった、『無惨を追い詰めた状況』の当事者である珠世さんによると、無惨は『千を越える肉片に分裂して逃げた』らしい。

 それを防ぐための薬を、既に彼女は作成しているとのこと。だが……

 

「薬は一度使えば、耐性ができてしまいます。使うのなら当初の予定通り、人間化薬も含めた四種を同時に打ち込まなければ意味がありません」

「……すみません。分かっては、いるのですが」

「焦る気持ちは分かります。私も『せっかち』ですから」

「お役に立てず、面目ないです」

「いいえ、いつも助かっていますよ。それに、鬼化を防ぐ血清が何よりありがたい。私だけは絶対に、鬼と化すワケにはいかないので」

 

 ヒノカミ様の加護を最も強く受けている私が鬼になったら、耀哉も、輝利哉も、姪たちも、神仏に何をされるか分からない。だからそれだけは、絶対に回避する必要がある。

 

「鬼になってからでは意味がありませんが、全集中の呼吸を使える鬼殺隊士の皆様は、鬼になるまでの時間が長いようですので……無惨の血を受けても、焦らず確実に注射してくださいね」

「はい」

 

 彼女がまだ鬼舞辻の側近だった頃。呼吸を使える剣士を鬼にしようと考えた無惨は、一人の痣者を鬼にしたらしい。その時血を与えてから完全に鬼と化すまで、丸三日かかったという。同じ痣者である私なら、三日と言わずとも一晩なら耐えられる筈だ。

 

「それと、実は今日から十日間、休暇を取ることになったので……珠世さん、折角ですし、私の身体で実験したいことがありましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください」

「いいえ、貴女は休んでください」

「そうですね。お義姉様は働き過ぎです」

「ア、ハイ。

 ……では、趣味の舞に没頭──」

「ヒノカミ神楽以外なら構いませんが」

「……森鴎外の舞姫を買いに──」

「それでしたら私がお貸ししますよ。義姉さん」

「…………十日も働かないと、ダメ人間になりそうなんですよ」

 

 ゴールデンウィークでも十日間休みとかないわ。休みボケしてしまう。

 ……あの、なんで溜め息吐いてるんですかお二方。目が据わってて怖いんですけど。

 

「珠世さん、相手は重症です。遠慮なくやっちゃってください」

「あまね、何を!?」

「はい、では遠慮なく。あまねさんは下がってくださいね」

「何をですか!? 遠慮なく何をされるんですか私!?」

 

 スゥゥゥ──(全集中は常中)

 ハッ、これは! 珠世さんの……!

 

「血鬼術『惑血』」

 

「あふん」

 

 ちなみに気付いたら、見事に朝までぐっすり寝てました。ぴえん。

 

 

 

 *

 

 

 

 明治コソコソ噂話

 

 森鴎外の舞姫は、一九○七年二月刊行。本作では原作開始年を一九一二年としているぞ!

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