虹柱の継子──鱗滝錆兎には、二人の負けたくない相手がいる。
一人は彼の親友、冨岡義勇。
同門、同い年、同期。常に義勇は、錆兎の隣に立っていた。そして今も、師事する相手こそ違えど同じ『継子』として励んでいる相手だ。
もう一人は……。
「──来たか、
「うむ! 来たぞ錆兎!!」
炎柱、煉獄杏寿郎。
錆兎が最も高い適性を示すのは、炎の呼吸。その分野における第一人者は、常に煉獄家だった。それは今も同じだ。
(──それらを全て、終わらせる!
義勇より先に柱となる! 杏寿郎よりも強い男になる!
そして、そして……!)
──かぐや様に、告白しよう
錆兎が彼女に懸想するようになったのは、劇的な何かがあったワケではない。
美しい容姿も、声も、ただ『綺麗な人だ』という印象しかなかった。その在り方も、圧倒的な強さも、ただの尊敬だった。かぐやが男性であったとしても、抱く感情は変わらなかっただろう。
ただ、一緒に居ると心地良い。どんな面も、愛しいと思える。それがゆっくりと積み重なって、いつしか『愛』になっていたのだ。
思うところがあるとすれば、羞恥心が薄く、危なっかしいところくらいか。『この人も完璧ではないんだな』と、彼にとっては安心する材料でもあるが……初日の一件は、未だにトラウマとして記憶の奥底に封印されている。
……まぁ、それはともかく。
彼がその想いを伝えるためには、いくつか障害があった。
まず第一に、当のかぐやから異性として見られるための条件が厳しすぎる点。彼女本人が明言した『私に異性として見られたいなら、私より強くなることです』という言葉は冗談半分に聞こえるが、それは半分本気ということだ。実際彼女は強い男に一目置く傾向がある。
次に問題となるのが、他ならぬ杏寿郎である。
実弟である耀哉と同等以上の時間を、かぐやと家族として過ごした青年。
既に『透視』を安定して発動できる、錆兎だけは気付いていた──かぐやにとって、杏寿郎は『特別』であると。
彼女は専属の鴉である朝陽を通じて、幾人かと文通をしている。その中で、杏寿郎の文を受け取る時のみ……彼女の心拍数が上昇するのだ。文字通りの『脈アリ』である。
(だが、今はまだ自覚が無いご様子。その前に、俺も『男』なのだと意識していただく!)
そのために錆兎は、かぐやを立会人として杏寿郎に決闘を申し込んでいた。
適性呼吸の関係上、錆兎が勉強のために杏寿郎へ地稽古*1を申し込むことは、不自然ではない。かぐやも杏寿郎も、特に怪しむことなく快諾した。
そして今日、かぐやが連休を取ったという話を聞き、杏寿郎が予定を早めて虹柱邸に訪れたのだ。
「今日は思う存分、お互いの技術を高め合おう!」
「あぁ!」
形式上、杏寿郎が錆兎に教えるということになっているが……言葉通り、杏寿郎も錆兎から学ぶ気満々である。
実際錆兎は既に、柱として通用する練度に到達している。同じ炎の剣士として、学べる点はあるだろう。
「二人共、距離を取ってください。まずは純粋な剣技を見ましょう。
私が持つ木の枝が地についたら、試合開始です。終了は私が止めるか、相手が降参するまでです。あまり細かく決めなくても、あなた達ならやり過ぎませんよね?」
「当然です!」
「うむ!」
「よろしい。では、それっ!」
枝が放られ、地に落ち──。
ゴヲヲヲヲヲヲヲヲ──
錆兎が最初に選んだ呼吸は、炎の呼吸。二人の呼吸音が重なり、噴火前の火山のような熱気と緊張感が広がる。
(まずはこちらから──)
仕掛けたのは杏寿郎。選択した型は、基本となる壱ノ型 不知火。砲弾のような速度で距離を詰め──間合い一歩前で停止した。
(……と行きたいのだが、後の先は七色の呼吸の
(俺が踏み込んだらそのまま不知火。動かなければ止まって様子見……師範の戦い方を知ってるだけある。やりにくい)
そのまま暫く睨み合い、先に痺れを切らしたのは錆兎の方だった。
シィィィィィィィィ──
(ダメだ、やっぱりじっとしてるのは性に合わない! 間合いは一歩。対応できない速さで切り裂くッ!!)
(──今ッ!)
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
錆兎の意識が攻撃に転じた瞬間、杏寿郎が踏み込んだ。しかし、
変転 水の呼吸 ねじれ渦・流流
「よもや!?」
「俺の勝ちでいいな? 杏寿郎」
「うむ、完敗だ!」
「……勝ったのに勝った気がしないのは、なんでだろうな」
「それ分かります。杏寿郎が相手だと、勝負に勝っても人間性で負けた気がするんですよね」
「あぁ……」
「……? 二人共、尊敬できる人物でしょう!!」
「「そういうとこ
「???」
何のことだか分かっていない様子の快男児に、師弟は揃ってジト目を向けるしかないのだった。
「まぁいいでしょう。では一試合目の反省会です。杏寿郎、あなたは
「少し焦りました。あと数瞬待っていれば、変転が間に合わなかったのではないかと」
「その通り。一息で踏み込める距離まで詰めて、後の先で潰す。狙いは良かったです。錆兎の呼吸が切り替わった瞬間を狙ったのも悪くなかった。しかし、相手が悪かったですね。錆兎以外ならアレで倒せていましたよ」
「そこです。俺は確かに、
するとかぐやはキョトンとした顔になり、錆兎はピシリと固まった。
「杏寿郎もやってるじゃないですか。呼吸を見てるんですよ。人は動く前に、肺と筋肉が大きく収縮するでしょう? 後は骨格から攻撃範囲を把握。視線などから狙いを割り出し、対応を……錆兎、何故頭を抱えているのですか?」
「……師範、普通の人間は内臓も筋肉も透視できません」
「知ってますよ。しかし杏寿郎なら、内臓どころか血の流れまで見えるでしょう?」
「無理です! 内臓も血流も見えません!!」
「え?」
「「何故見えると思ったんですか??」」
「え、だって…… じゃあ炭治郎君の傷を塞いだ時のアレは一体……?」
何かゴニョゴニョと自問自答しているようだが、錆兎と杏寿郎には聞き取れなかった。
「……杏寿郎、今からあなたに錆兎と同じ目を得てもらいます」
「し、師範!? それはちょっと……! そうだ、今日休みでしょう!?」
「ええ。大人しく休んでいる予定でしたが……流石にこの事態は見過ごせません。耀哉のお説教も甘んじて受け入れましょう」
「……ありがたい申し出ですが、いいのですか?」
「緊急事態です。構いません」
(あぁ、終わったな……義父さん、すみません。俺はここまでのようです)
かぐやとの初対面、そして破廉恥な透視訓練の内容を思い出し、錆兎は天を仰いだ。
「……? 錆兎、何か問題が?」
「いいえ、何も。何も……」
「そうですか。では杏寿郎、こちらに上がって
「はい!」
「……?」
己に課された鍛錬と違う内容に、錆兎は首を傾げる。
「私の透視は、『
そう言うとかぐやは、錆兎に視線を向けた。
「たしか『余計なものを削ぎ落とす形で集中する』……でしたよね?」
「は、はい!」
「では杏寿郎。そのまま呼吸を維持して、一から百までゆっくり数字を数え続けてください。それ以外のことを考えてしまった場合、最初からやり直しです」
「分かりました!」
「私と錆兎は、次の修行に使う物を準備して来ます。戻る前に終わった場合、自由時間で結構ですよ」
「「はい!」」
──そうして少し離れたところで、錆兎は疑問を口にした。
「どうして、俺とは違う内容を?」
「まぁ、あれでも効果があるのはアナタで実証済みですが……なんとなく、嫌だったんですよ」
「それは──」
かぐやの表情を見て、彼はその先を言うのを止めた。
「……私の胸に触れたこと……杏寿郎の前で口にしようものなら、タコ殴りにしますから」
「……釘を刺されずとも、言いませんよ。俺はまだ死にたくありませんので」
(あぁクソ……勝てるのか? これ)
自分の胸に爪を立てながら、『なんとなく嫌』だと言った彼女の表情は、まさに────恋煩いに悩む、乙女そのものだったという。
*
明治コソコソ噂話
かぐやが杏寿郎の手紙を貰う時、心拍数が上昇する理由は、バタフライエフェクトによる急死を恐れているかららしいぞ。真菰からの手紙も毎回ドキドキしながら開いているが、真菰は毎回錆兎にも同時に手紙を出すので、錆兎は自分の手紙を受け取っていて、その様子を見ていないぞ!
Q:じゃあ今回のラストは?
A:…………身内に痴女だと思われたら、自意識男でも死にたくなるでしょう?