鬼殺しのかぐや姫   作:しやぶ

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 その日『月』は堕ち『真の太陽』は未だ登らず。
 ──なれど夜闇を照らす星々は、けして二つだけではない。
 


第二十二話:無一郎の追憶/過ぎ去った過去

 

『────ぁあ……! アアァアァァ……!!!』

 

 

 ──強くなれば強くなるほど、自分の罪深さを自覚させられる。

 

 

 あの日。初めて鬼と対峙した日。

 僕は二体の鬼を見た。内一体は、目に文字が書かれている鬼だった。……()()()()()()()

 

 当時の僕は、その意味が解っていなかった。……いや、今も本当の意味では理解し切れていない。

 あの状況が、どれだけ絶望的だったのか。……あの状況に持ち込んだ『彼女』が、どれほど遠い存在か。

 

 勿論最初から、ある程度分かっていた部分はある。

 外から断続して聞こえてくる轟音。生木の倒れる音と、それに伴う地響き。……最初に戦った鬼とは比較にならない、『災害』のような強さを持つ鬼と戦っているのだと──それくらいは分かっていた。

 だけどしばらくして、音が止んで。そのあと少しして……近くで慟哭が聞こえて。俺は様子を見に、外へ出た。

 

 ──『彼女』が勝ったのだと、そう思ったから。あの声は鬼の断末魔だと、そう信じて疑わなかったのだ。

 

 …………倒れていたのは、『彼女』の方だった。

 

 鬼は叫びながら天を仰ぎ、三(つい)の目を覆い、何か受け入れ難い現実を拒絶するように──何度も何度も身を捩りながら、首を左右に振っていた。鮮血をダラダラと流している、()()()()()()()()を。

 

 僕はあまりに凄惨な光景に腰を抜かしたが……鬼は、近くで見ている僕の存在に気付いていない様子だった。

 首の傷は治る気配がなく、ずっとずっと鬼は苦しんでいて──最終的には突然、どこからともなく琵琶の音がして。鬼は大地に吸い込まれ、消えていった。

 

 間も無く朝陽が刺して、鬼が撒き散らした血は蒸発し──『彼女』の血だけが残った。…………鬼の血なんて微々たるもので、視界を埋め尽くす『赤』は……最初から、殆ど何も変わらなかった。

 

 ……結果だけ言うならば、『彼女』は生きていたのだけれど*1。この日以来、彼女は眠り続けている。本来なら衰弱死している期間を通り越しても、尚。……この先目覚めることがあるのかは、分からない。

 

 ──僕は、鬼殺隊に入った。兄は以前よりも更に必死になって、考え直すよう訴えてきたが……心は変わらなかった。

 『彼女』に救われたこの命で、『彼女』の分まで、僕が戦わなければと──そう思ったのだ。

 幸い才能はあった。何をやっても鈍臭い僕だったけど、剣士としての才能だけは、少なくとも『並より上』程度にはあったらしい。僕は()()()()()()()()()()()()()()

 

 でも、なまじ才能があったせいで……解るのだ。()()()()()()()()()()()()のだ。『己の罪』が、どれだけ大きいものだったのか。

 

 

 ────炎柱、煉獄杏寿郎が敗北した。相手は、上弦の参だった。

 

 

 その場には、後の恋柱『甘露寺蜜璃』も居た。二人は師弟であり、その連携には定評があった。それでも負けた。

 甘露寺さんは甲ながらに僕と同等以上の力を持っていたし、古参の柱であった煉獄さんに至っては……鬼殺隊で、三指に入る実力者だったのに。

 

 信じられなかった。あの二人が揃っていて勝てないのなら、正攻法で倒すことは不可能と同義だと言っていい。

 

 

 でも『彼女』は、二人が負けた『参』より格上の相手──()()()()()()()()()()()()()()()()。そして上弦の壱すら文字通りの『あと一歩』 いや半歩、踏み込めていれば──もしくは刀が長ければ──斬れていた。倒せていた。()()()()()()に、持ち込んでいたのだ。

 

 

 ────強くなればなるほど、自分の罪深さを自覚させられる。

 

 

 ……貴女の分まで、僕が戦う。

 その誓いを、本当の意味で果たすことが……僕にできるでしょうか。

 

 …………かぐや様。

 

 

 

 *

 

 

 

 大正噂話

 

 

 心臓がドクドクと暴れ、全集中の呼吸が乱れているのが自分でも分かる。きっと今の私は、顔面蒼白になっているだろう。

 

「──っ。すみません、病み上がりなのに。お話は後ほど改めて……」

「いえ、大丈夫です。大丈夫なので……ひとつだけ、確認させてください」

 

 慌てて頭を下げ、退室しようとする動きを見せた彼女を、引き止める。これだけは、確かめないと。

 

 

「……、…………っ。

 …………柱はいま……何人、ですか……?」

 

 

 ──『杏寿郎は生きているのか』と直接聞くのは、怖くてできなかった。

 

 だけど、これでも答えは分かる。

 今代の柱は皆優秀だ。上弦以外と戦って敗北することはないだろう。少なくとも正史ではそうだった。

 だから今が無限列車前なら、柱に欠員は────

 

 

「────」

 

 

 ──────ぁ。

 

 

「安心してください。柱は定員の九名が埋まっています」

 

 

 呼吸が読める、自分の眼が憎い。

 

 ──動揺していた。私の知る面子に、欠員が出たんだ。

 

 

「音柱様は、片腕片目を負傷し、二ヶ月ほど前に引退してしまいましたが……上弦の陸を討伐した上での、名誉の負傷です。()()()()()()()()()ですよ?」

 

「そう、ですか……」

 

 

 ──遊郭編が終わっている。つまり無限列車も、とっくに終わっている。

 

 そして、何より……最後の一言で、一縷の望みも断たれてしまった。

 

 

 ────上弦の参(猗窩座)は、倒せていない。杏寿郎は、負けたのだ。

 

 

「カナヲちゃん……」

 

「──っ、はい!」

 

「しのぶちゃんに……しばらく、一人にさせてくださいと……そう、伝えてきてもらえますか……?」

 

「ぁ、でも……」

 

「診察なら必要ありませんよ。どうせ異常なんてありません……少なくとも、『戦う上で不都合のある異常』は」

 

「…………伝えるだけ、伝えてきます。止められなかったら、すみません」

 

 私が首肯すると、カナヲちゃんは今度こそ退室した。

 

 

 

 布団をかぶり、声を殺して私は泣いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──後日。

 

「会わせたい人がいる……ですか?」

 

 それも、火急の用件だという。

 …………誰だろうか。昨日の内に、耀哉にはもう会っている。気を遣われたのか、家族としてというよりかは『お館様と柱の面会』になってたけど。

 だからもう必要最低限の情報交換は済ませたし、その時貰った書面に残されている記録を読めば、大体現状把握は可能だ。追加の話もしのぶちゃん経由でできる筈だし、本当に火急なら動けない私より他の支柱に伝えた方が良いだろう。

 

 ……鏡を見て、嘆息する。

 酷い姿だ。身嗜みを整えなければ。

 

 正直今は、誰にも会いたくない。皆に希望を振り撒く『無敵の虹柱』を演じる余裕が、今の私には無いのだ。本当に勘弁してほしい。

 

 ……が、そんなことも言ってられない。これも仕事だ。頑張れ私。

 

 

「……よし」

 

 

 最低限、外面は取り繕った。ちょっとくたびれた雰囲気が漏れてるけど、そのくらいのがむしろちょうどいいだろう。

 

 そして事前に知らされていた時刻となり、扉が三回叩かれた。

 

 

「──どうぞ」

 

『────』

 

 

 ……? 『どうぞ』と言ったのが聞こえなかったのか、扉の前の気配は動かない。

 

 

「どうしました? どうぞ、お入りください」

 

「──はい」

 

 

 ドクンと、心臓が跳ねたような気がした。

 

 ────え? この声って。

 

 

「──かぐや様……本当に、目が覚めたのですね……!」

 

 

 おずおずと入室し、涙ぐんでいる『彼』の実在が、信じられない。

 

 しかし恐る恐る『彼』に歩み寄り、頬に手をやってみると──触れることができる。その涙を、拭ってやることができる。

 

 

「──杏寿郎?」

 

「──はい、姉上の弟弟子。元炎柱、煉獄杏寿郎です」

 

 

 声も、姿も、幻覚ではない。

 片目は眼帯に覆われ、松葉杖を突いているが──生きている。

 

 感極まって、彼の胸に顔を(うず)めて号泣した。

 

 

「ぁぁあああああ……!!! 生きてるッ、生きてる……!! 良かった……!」

 

「……はい。上弦の参に負けて、戦えない身体にはなってしまいましたが……それでも。俺は生きてますよ」

 

「何負けてるんですかバカぁ……! ()()()()()()()()()()と思ったじゃないですか……! 私が負けたせいで、あなたを死なせてしまったって……! もう二度と会えないんだって……!!」

 

「…………それ、俺の台詞だった筈なんですがね……」

 

 

 知るか、この愚弟。おたんこなす。私を三回も泣かせやがって。

 

 こうなったら絶対に──私より先に死なせてなんて、やらないからな。

 

*1
埋葬しようと穴を掘っている内に、傷口が塞がっていた。何なら指も生えていた。何故か肩だけ治っていなかったので、お湯で傷口を洗って包帯をグルグルに巻いた。

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