異形のいない最終選別から、五年。
十歳となったかぐやは、煉獄家の景色を改めて目に焼き付けていた。
その日は別段、『特別な日』というワケではなかったけれど。彼女にとっては、違ったから。
騒ぎ立てることはしなかったけれど。彼女にとっては、『節目』となる日だったのだ。
かぐやがずっと、『できない』と知っていたために『やらなかった』ことを──ふと『できるな』と悟り、『実行した』日だった。
これは、その翌日のこと。
かぐやは当然のように、槇寿郎の前で『仇ノ型』を使ってみせた。
「…………合格だ」
彼女は遂に、炎の呼吸の奥義を習得したのだ。
「これでやっと、最終選別に行けるんですね……長かった……」
「おめでとうございます、かぐや様!」
奥義の習得を、自分のことのように喜ぶ杏寿郎に対し……かぐやは素直に礼を言った。──その直後、彼女は何か悪戯を思いついたような顔をして、口を開く。
「杏寿郎。昔のように、『ねーね』と呼んではくれないのですか?」
「──んなっ、俺がいつそんな呼び方をしたと!?」
「あぁ、アレはかぐや様が内弟子になってすぐのことだったな……お前が最初に呼んだ名前が『かぐやねーね』だったから、よく覚えている」
「ほぼ赤子同然の時の話ではありませんか!!」
「いいじゃないですか。
……もう会えないかもしれないんですから」
「──っ」
かぐやが煉獄家の内弟子として扱われる期間は、最初に耀哉が口にした『炎の呼吸とその型を我が物とする』までだ。玖ノ型を習得した以上、彼女は最終選別に参加しなければならない。
そして最終選別に参加したら、死んで今生の別れとなるか、隊士か
それを聞いてハッとした杏寿郎は──
「……か、かぐやねーね」
「「!!!」」
端正な顔を、髪以上に真っ赤に染めながら、常時ハキハキとした彼らしくない小声ではあったが……彼は確かにかぐやを『ねーね』と呼んだ。
「きょ、杏寿郎。今なんと? もう一度お願いしていいですか?」
「二度と言うものですか!!」
「そんなこと言わず、もう一度!」
「い・や・で・す!!!」
この後すぐに杏寿郎は部屋へ引き篭もり、かぐやは玖ノ型が成功した時の感覚を馴染ませるため、鍛錬に励んでいた。
──そしてかぐやは翌日、槇寿朗と瑠火に見送られながら、日の出と共に煉獄家を出て行った。その間杏寿郎は部屋で一人、泣いていた。
「……よかったのか? 杏寿郎」
「……はい。会ったらきっと、引き止めたくなってしまいますから」
「そうか」
槇寿朗は杏寿郎の頭をグシャグシャと撫で、部屋を出た。
そうして彼が自室に戻り、手に取ったのは──。
「──始まりの呼吸。最強の呼吸。炎を含めた、全ての呼吸法は『日の呼吸』の後追いであり、劣化版……」
二十一代目炎柱ノ書。彼の先祖が遺した書籍。全集中の呼吸が生み出された当初の記録が残された、貴重な品であるが……そこに書かれていた内容は、とてもではないが同じ炎柱が書いたとは思えないほど、読む者の心境を暗く陰湿にさせるようなものだった。
しかし、槇寿朗が態々再びこの頁を開いたのは……思い当たる節があったからだ。
「日の呼吸の剣士達が、鬼舞辻無惨を追い詰めた。公式ではそう記されるだろうが、
そして槇寿朗は、かぐやの呼吸音を思い出す。
「…………炎の呼吸は、最初に生み出された派生呼吸だからか……
同じ、『燃え盛る炎のような音』には違いがないのだけれど。
違う意味を持つ文字が、同じ読み方をすることがあるように──かぐやの
「お館様は、『
槇寿朗は、思うのだ。
おそらくかぐやは自分や杏寿郎、歴代の炎柱を越える『本物の天才』なのだろうと。つまり彼女の適性呼吸は……『日の呼吸』であるのだろう、と。
その予想は、
しかしその空想は、『真実』を確かに捉えていて。
その事実は。彼の心を──……。
「──
嫉妬や諦念で蝕まれる以上に、彼は戦意の高揚を感じていた。
「始まりの呼吸の剣士は、一人で無惨を追い詰めたものの、討伐には至らなかった。かぐや様がいくら天才であっても、一人では駄目なのだ」
──我々が、助けなければならない。
そう決意した槇寿朗は、大きく息を吸い込んだ。
「──杏寿郎!!」
「はい父上! なんでしょう!?」
「庭に出ろ! 今から修行だ!!」
「──はい!!」
それから二人は瑠火に『うるさい』と怒られつつ、修行を始めた。
──もう、槇寿朗の心が折れることはないだろう。
何があろうと。
*
いつかどこかの内緒話
「瑠火さん、一つ伺ってもよろしいですか」
「なんでしょう?」
「瑠火さんは、『人を殺さず救う、鬼の医者』が存在するとしたら、どう思いますか?」
「……大いに結構ではありませんか」
「──安心しました」