「──シィッ」
「ヒュゥゥゥ」
つい先刻までの戦いで、五感は研ぎ澄まされている。互いの息の音が、ハッキリ聞こえるくらい。
迫る彼の拳が、見える。巨漢の鬼より更に速いけれど、迎撃できない程じゃない。
水の呼吸 捌ノ型 滝壷
まずは水の呼吸で受けて、隙をみてヒノカミ神楽を──なんて、甘い考えが間違いであったと分かるのは、このすぐ後のこと。
彼の右拳が跳ね上がり、俺の刀は弾き返された。小蝿を払うみたいに、軽々と。
──『マズイ』と思った時には遅かった。
俺の両腕は刀と一緒に天高く掲げられ、胴体はガラ空き。そこへ彼の左拳が突き刺さった。
咄嗟に腹筋を固め、『水』の歩法で後ろに跳んで衝撃を逃しても尚……コレは、おそらく
「ガッッハ……!! ──っっ痛ぅ……!」
「『父蜘蛛』の腕すら斬れなかった技で、
…………これは、マズイ。ヒノカミ神楽どころか、水の呼吸を維持するだけでも辛い。
「ムーーッッッ!!!」
うずくまる俺を見て、禰豆子が悲鳴を上げながら手を伸ばした。鋼糸が身体に喰い込み、血が流れていく。
その様子を一瞥した彼は、軽くこめかみを押さえて溜め息を吐いた。
「…………はぁ……まったく。『変わろう』って決めたばっかりなのにね……やっぱり根っこの部分がこういうのに弱いのかな……
その間になんとか立ち上がり、俺は刀を正眼に構えた。
「……殺す前に、もう一回だけ聞いてあげるよ。『鬼になる気はないかい?』」
「『ない。俺は鬼にはならない』」
「そ──じゃあ死のうか」
「……ッ」
血鬼術 刻糸輪転
ヒノカミ神楽 幻日虹
──使った。使ってしまった。ボロボロの身体で、水の呼吸から無理矢理急激に切り替えて、ヒノカミ神楽を使ってしまった。
激痛で、涙が出る。そして次に止まれば、この比ではない痛みに襲われる筈だ。そうなれば俺は、今度こそ何もできなくなるだろう。
正面から迫り来る糸を回避し、そのまま回り込み、彼の背後へ到達。この一撃で終わらせなければ。
ヒノカミ神楽 円舞
糸を操る彼の両手は、正面に向けられている。攻撃を避けた直後の今なら、防御に糸は使えない──
(──
『ガギン』という嫌な音と、意図していない場所での硬い手ごたえ。
そのまま
────糸だ。赤い。指以外でも動かせたのか。
驚愕する俺に対し、彼は『全部読み通り』だったのか……落ち着いた様子で、
「お別れだ」
終わった。
血鬼術 殺目篭
全方位に、彼の糸が展開される。
避けられない。防御もできない。
もう、死ぬしかないのか……?
『──炭治郎、呼吸だ。疲れない息のしかたがあるんだよ』
ダメなんだ、父さん。俺の身体に、日の呼吸は合っていない。その力に、身体の方が耐えられない。
『──炭治郎、水はどんな形にもなれる』
ダメなんだよ、鱗滝さん。傷を庇うように、呼吸の方を身体に合わせる形で型を使ってしまうと……今度は力が出なくなる。
『──炭治郎くん。どうかこれが、キミの役に立つ日が来ませんように』
──混ぜた。
基盤はヒノカミ神楽。そこに水の歩法と呼吸を組み合わせて、傷を刺激しない一撃を。
これならば……!
日ノ型参番 烈日紅鏡
(──なッ!?)
走馬灯と現実が半々になって、時間が引き延ばされていく。想定外の追撃に、彼が目を見開いていく過程が……よく見える。
──驚くのも無理はない。分かるよ。俺自身、動けるとは思ってなかったから。
網の隙間に折れた刀を捩じ込んで、正真正銘最後の一撃を放つ。ピタリと身体に馴染んだ呼吸は、自然に過去最高の鋭さを持つ一刀を産んだ。
だから、
(完全に不意を突かれた……! この速度、首を切り離すのも間に合わないッ!
──クソッ、どうして躊躇せずそんな選択ができる!?
構わない。…………構わないんだ。
俺が死んでも、善逸がいる。伊之助がいる。
四面楚歌になることを覚悟で入った鬼殺隊で、俺は二人もの理解者に出会えたのだ。幸福なことだ。
繋ぐべきものは、もう繋いでいる。だから構わない。
善逸、伊之助──禰豆子。
…………達者でな。
──幸せが壊れる時には、いつも血の臭いがする。
肉を裂く感触。肌を裂かれる感触。
鼻腔を
──えっ?
その時、炎が身体を包んだ。しかし俺の身体は、一切熱を感じていない。
炎は
────結果、何が起こるか。
少年の首が宙を舞い、地に堕ちて、静寂が訪れた。
「…………生き、てる?」
「……らしいな。誇れよ鬼狩り──お前の勝ちだ」
「…………」
勝利した実感は無い。……いや、実際負けていた。俺一人の力では、勝負にすらなっていなかっただろう。
「──ハッ、なんだよその顔。十二鬼月である俺に勝ったんだぞ? 笑えよ」
そう言う彼の顔は、随分と満足げだった。
「…………じゃあ一つイイことを教えてやろう。
「!?」
「『青い彼岸花』を探せ。あの方が鬼狩りの前に姿を現すとしたら、それが見つかった時くらいだろうさ」
「──分かった。ありがとう!」
「……礼を言うのは、僕の方かな」
「え?」
「──最期に、
「……そうか」
「──まぁ『青い彼岸花』は
「え゛?」
「ハハッ──俺に勝った以上、家族を大切にな」
その言葉を最後に、彼は塵と化した。
「…………言われるまでもない」
*
大正コソコソ噂話
途中から完全に空気と化していた母蜘蛛については、伊之助及び善逸が離脱した時にはもう(累の興味が炭治郎に移っていたので)逃げているぞ。
ただし逃げた先でやたらヘラヘラした鬼殺隊士に遭遇し、『こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ』という言葉の後に斬首された。
その後隊士は下山しようとするが……途中で姉蜘蛛に見つかり繭で捕獲された模様。
*
「チクショウ、俺は安全に出世したかったのに……! こんなところで終わりかよ……!!」
「──あら? まだ息がある人がいたのね」
「へっ?」
「もう大丈夫よ。鬼は私が倒したから」
「──
「そういうアナタは、竈門炭治郎くん……ではなさそうねぇ。私の方はハズレってことかしら? さっきの鬼も、十二鬼月ではなさそうだったし……」
「じゅっ、十二鬼月が居たのかよこの山……!」
「そうらしいわね。でも、心配する必要はないわ。最悪でも上弦ではないって話だから、
──私も