──後日。産屋敷邸、庭園にて。
「ほーん……『鬼を連れた隊士』っつーから派手な奴を期待したんだが……思ってたより地味な奴だな」
栓が外れた耳に届いた第一声は、そんな揶揄い混じりの声だった。言葉の内容に反し、落胆の臭いはしない。
続けて目隠しが外されると、一目で『猛者』だと分かる剣士達が横並びになって……一様に俺を見つめていた。
──これが、支柱。鬼殺隊の最高戦力。その
「そうか? 炎のような髪と瞳は
「そうかァ? テメェとは似ても似つかねェだろ、煉獄よォ」
「──見た目なんてどうでもいい。『男』の価値は、そんなもので決まりはしないのだから」
「錆兎の言う通りだ。俺達の価値は鬼を狩った数で決まる。
その点キサマはどうだ? 竈門炭治郎。何匹鬼を殺した? あぁすまない聞くまでもなかったな。キサマは
裏切りは罪だ。罪には罰が必要だ。さぁどう裁く? どう責任を取らせる?」
「──
『パァン』という、乾いた
「……悲鳴嶼さん」
「伊黒、竈門炭治郎の扱いは現状『容疑者』だ。それを裁判が始まる前から『罪人』と断定して扱うことは、私が許さない」
「……はい、すみません」
「伊黒に限らず、
──凄い。この場に居る全員が、彼の言葉で気を引き締めた。
それに何より、
それから少し間を置いて、幼い子供の声が二つ。
「「──お館様の、御成です」」
来た。
ここからが本番だ。
『──本部に連れ帰れ、ねぇ……てことは、明後日の柱合会議に合わせて顔を出すことになるのかしら』
『あぁ、そんなに緊張しなくてもいいわよー? 心配しないで。私に限らず、
『ただ、一つだけ注意しておくわね──』
縄で両手首を背中側で縛られているので、拳は突けないけれど……不恰好ながら片膝を立て、頭を下げる。
『お館様に対しては、最大の敬意をもって接すること。いらっしゃる前に合図があるから、その後は許可が出るまで頭を下げておくのよ?』
「──おはよう皆。折角の快晴だ、面をお上げ。
誰一人欠けることなく、半年に一度の柱合会議を迎えられたこと……私は嬉しく思うよ」
「は。お館様におかれましても、ご壮健で何よりです」
「ありがとう、小芭内」
どうやら『伊黒』と呼ばれていた彼の名は、『
「畏れながら会議の前に、この『竈門炭治郎』なる
「そうだね。驚かせてすまなかった。
禰豆子──炭治郎が連れ歩いていたという鬼については、私が容認していた。そして皆にも、認めてほしいと思っている」
「なッ……」
「お館様。理由もなくただ『認めてほしい』と仰られましても、我々としては
……悲鳴嶼さんの言葉に、少しだけ落ち込んだ。
彼からは公明正大な臭いがしていたし、ついさっき、伊黒さんを止めてくれたから。彼なら禰豆子を受け入れてくれるのでは……と、そう思っていたのだけれど。
いや、諦めるのはまだまだ早過ぎる。ここからだろう。頑張れ炭治郎。
「禰豆子はね、人を食べない鬼なんだよ。代わりに睡眠を取ることで回復する、無害な鬼だ。だから斬る必要が無い。だから連れ歩くことを認めた。以上だ」
「……なるほど」
「敬愛するお館様の御言葉であっても、それは信用致しかねます……竈門炭治郎及び鬼の禰豆子、両名の斬首を求刑します」
……やはり、誰もが善逸やカナエさんのように受け入れてはくれないか。
「そうか。他の皆はどうかな?」
「私は逆に、竈門炭治郎及び
──禰豆子
真菰さんの発言で、空気が揺らいだ。
俺に集中していた、重苦しい警戒心が……彼女に矛先を変えていく。
それでも彼女は、『大丈夫』と言うように笑いかけてくれた。
…………本当に、心の底から頼もしい。
「……どういうことですか、真菰さん」
全体を代表して彼女に問いを投げかけたのは、またしても悲鳴嶼さんだった。
「禰豆子ちゃんは鬼になってすぐ、昏睡状態になったの。それで二年間、眠り続けていた。
「──ッ、そういうことではなく!」
「どうしてそんなことを知っているのか、でしょ? ちゃんと話すから焦らないで。
理由は単純明快。『炭治郎の育手が鱗滝さんだから』だよ。禰豆子ちゃんが寝てた場所は、私の家」
「…………なる、ほど。
そういうことであれば……私は無罪放免に、賛成する。ただし今後は……監視を付けるべきと、進言する……」
──やった……! まず一人、味方についてくれた。監視はこの際仕方ない。命あっての物種だ。
「俺も悲鳴嶼の旦那と同意見だな。今までが大丈夫でも、これからずっと大丈夫だって保証は無い。最低限、監視は必要だろうよ」
次に口火を切ったのは、『宇髄』と呼ばれていた美丈夫。
彼もひとまず、敵対はしないでくれそうだ。
「うむ! 俺も悲鳴嶼と宇髄に賛成だな! 言うことがあるとすれば──竈門少年!!」
「──あッ、はい!!」
突然の名指しに、少し声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
彼はたしか……『煉獄』さんだったか。何を言われるのだろうか……?
「俺の継子になるといい! 監視ついでに稽古をつけてやろう!!」
「え」
継子というのが何かは分からないが、敵意や悪意の臭いはしない。
…………俺と禰豆子を……庇ってくれている、のだろうか?
「ちょっと煉獄くん? 悪い癖が出てるわよ。まだ彼の処遇は決まってないんだから。
──まぁ私も無罪放免に賛成するから、そこは実質決まったようなものなんだけど」
……ありがとうございます、カナエさん。
話の流れを切らないように、彼女に向かって黙礼を一つ。
「なら決まりだな。俺も無罪放免に賛成する。これで過半数だ。……二年もウチで匿っておいて連絡の一つも無かった姉さんの意見に賛成するのは、癪だがな」
「帰ってきたら知らせてたよ。でも錆兎、『
「うぐっ」
──そっと、溜め込んでいた息を吐いた。
これで禰豆子の安全は……少なくとも、命は保証されたと考えていい筈だ。
……が、そう都合の良いことばかりで終わるワケがなかった。
「あー、流れを切るようで悪いんですけど……俺は正直、小芭内の意見に近いです。鬼殺隊士が鬼を連れておいて『人的被害が出てないから無罪放免』ってのは、ちょっと……甘過ぎる気がします。
極刑はやり過ぎにしても、これからも外を自由に出歩かせることには反対です。監視は当然、藤の香を焚いた部屋で軟禁くらいはするべきかと」
左頬に傷のある、支柱の中では比較的中肉中背の男性。名前は分からない。
……無事にこの場を切り抜けることができたら、お話をする機会が欲しいところだ。この人とは、分かり合える気がするから。
「俺としちゃァ『結論を出すにはまだ早い』と思うがなァ。
『二年間眠り続けていた』『だから一人も喰ってない』……そいつァいい。
だがよォ、宇髄も言ってたが『今後』は分からねェ。たとえばそう──鋼の理性すらドロドロに溶かす
「それを確かめるために、キミの血が欲しい。そう言ったら協力してくれる?」
「無論、そのつもりだァ」
「ん。ありがと」
「確かにそれは、必要な試験だね。それに、実弥が持つ『泥酔の稀血』であれば……これ以上ない適材と言えるだろう。
でもその試験を行う前に、一度全員の意見を聞いておきたいかな」
──泥酔の稀血? 稀血にも種類があるのか。
白髪の彼……実弥と呼ばれた彼のことは、後で本人か真菰さん辺りから話を聞く必要がありそうだ。
「俺は炭治郎と禰豆子を信じると決めている。もし禰豆子が人を喰ったら、炭治郎と共に腹を切る覚悟もある。以上だ」
「──ぇ」
冨岡さん……そこまで俺達のことを信じてくれていたなんて……。知らなかった。
「オイオイ義勇……まさか、お前もか……?」
「知らないなら知らないままで、何の不都合も無い事柄だったからな」
「──ふぅん? だから二人して、私にも知らせなかったワケね?」
「……胡蝶」
──あぁ、この人がカナエさんの言っていた『噛みついてくるかもしれない二人目』 彼女の妹さんで、カナヲさんの姉君か。
「……はぁ。まぁ個人的な文句は置いておくとして……。
私は粂野さんの意見に賛成。二年も眠り続けて人を食べなかった精神力は素直に尊敬するけど、だからこそこれからは軟禁して、経過観察するべきだと思う。
だから、ウチで預かるのが一番じゃないかしら。ウチなら輸血用の血液を融通することもできるし、藤の花の貯蓄もあるもの」
…………むむむ、困った。
カナエさん曰く、妹の胡蝶さんは『〝名医〟なんて言葉じゃ役不足』な程の、とてもとても優れたお医者様だという。
そんな彼女が診てくれるのであれば、禰豆子を預けるのもアリだとは思うけれど……できれば俺は、妹と離ればなれになりたくない。
「最後は僕かな。
個人的には、無罪放免でもいいような気がします。勿論、試験の結果次第ですけど」
──おぉ、ありがたい。
比較的背の低い、おそらく俺より年下の男の子。彼の名前も後で聞いて、必ずお礼を言いに行こう。
「──では全員の意見が出揃った所で、実弥。頼めるかな?」
「御意」
「
「はい」
お館様に促され、二人と禰豆子が縁側へと上がる。
そして最終選別の時に進行役をしていた少女が、
実弥と呼ばれていた彼は、日輪刀で腕を斬り……用意された盃に注いだ。そしてすかさず、呼吸による止血。手慣れている。
「──そら、出てこい竈門禰豆子」
「むぅ……」
名を呼ばれたからか、稀血の臭いに釣られてか──禰豆子は籠の蓋をあけ、顔を覗かせた。
そして実弥さんが、手に持った盃を妹の口元に差し出し『飲め』と言うと……。
「むーむー」
「…………へェ?」
『────』
……よかった、耐えてくれた。
周囲から息を呑む声と、驚愕の臭いがする。
禰豆子は盃を一瞥した後、首を『フルフル』と左右に振って拒絶の意を示し……再び籠の中へ戻っていったのだ。
「──これで、禰豆子が人を襲わないことの証明ができたね。
判決は『無罪放免』で構わないかな? 皆」
『御意』
「…………御意」
こうして俺と禰豆子は、無事組織公認の存在になった。
──水面下で誰にどれだけ助けられていたかも知らないまま……この後すぐに、俺は隊士専用の医療施設だという『蝶屋敷』へ搬送されるのだった。
*
大正噂話
「──伊黒、貴様……私が止めなければ、竈門禰豆子が籠に戻った直後……
「…………だったら何です? アレは単に、飢餓状態ではなかったから耐えられただけでしょう。俺はその化けの皮を剥がそうとした。それだけです」
「……私の耳は、体内の音も聞き取れる。彼女の腹は、
「信用しない信用しない。貴方は真菰さんの、『鱗滝』の身内だ。この件に関して、貴方達の言葉は何一つ信用できない」
「…………そうか。そうだな。それは事実だ。それを言われてしまっては、返す言葉がない」
「……あり得ない。あり得ない。あり得ない……どんなに『その行為』を拒んでも、忌み嫌っていても、生物は『