「──ただいま帰りました」
「あぁ……おかえり、かぐや。聞いたよ、遂に──ゴホッ、ゴホッ」
「……父上、無理はしないでください」
私は最終選別を突破した。無論死者零だ。
そして合格したら、装備が支給されるワケだが……私の日輪刀は既に用意されていたらしく、実家に呼び出されたのだ。
だが、この様子を見てしまえば……否応なく解ってしまう。そんなものは、口実でしかない。
──これは父と話す、最後の機会だ。
呪いによって発生した『
「……安静に、とにかく安静にしていてください。そうすれば──」
甘く見ていた。『三十まで生きられない』という言葉を甘く見ていた。こうなることを想定できなかった、己の愚かさに腹が立つ。
──だが、まだだ。まだギリギリ間に合う。間に合わせる。
上弦の陸が
「……かぐや」
「喋らないでください。あと十日……いや、六日耐えてください。
大丈夫。大丈夫。今まで全部うまく行ってきた。揺り戻しなんて来るはずない。だから大丈夫。私は転生者。
「……君はもう、充分頑張ったよ」
「──っ」
「お前はもう少し、自分に優しく──ゴホッ、ゴフッ」
「父上ッ!」
──
「待っててください、すぐに医者を──!」
「いい、いらない。自分のことは、自分が一番解る……私は、ここまでだ」
「父上ッ、お願いだから喋らないで……!」
「そうだ。私は『父』なんだよ……最期くらい、父親らしいことをさせてくれ」
「
「
「────」
父の指摘に、息を呑んだ。
「……かぐや、お前は確かに特別なんだろう。だけどね……私は別に、お前が普通の女の子でもよかったんだ」
「……無理な話です。私が
「あぁ、
「えっ……」
「……おそらく、江戸時代に活動していた隊士の一人……なんだろう?」
「…………」
──ごめんなさい。全然違います。
「一日で呼吸を覚えるなんて普通無理だし、今でこそなくなったけど……昔はたまに、やたら古風な言葉遣いをする時があったからね……」
ごめんなさいごめんなさい。それ明治時代の口調がよく分かんなくて、ズレてた時のだと思われます……。
「まぁ、この推測が合ってなくても構わない。私が言いたいことは……君が何者であるのだとしても、私にとっては一人の娘だということだ」
「……私は確かに前世で男でしたけど、江戸時代の人間じゃないですし、鬼殺隊士でもありませんでしたよ」
「そうかい。ちなみにその口調は……」
「無理はしていません。敬語は癖なんです」
素の口調で話すのは無理。恥ずか死ぬ。んで気付いたら、マジで敬語が癖になってた。本来コミュ障なんよ私。
「……君が前世でどういう人間だったのか、教えてくれるかい?」
「構いませんよ」
──色んなことを話した。私が未来人であることも含めて。
「そうか……君の時代に鬼はいないのか」
「えぇ。私がいてもいなくても、無惨はもうすぐ討たれることになります」
「それならもう……思い残すことはない」
……そして父はやっと、大人しく眠ってくれた。
「……では、私はこれで」
日輪刀を持って、部屋を後にする。
母と耀哉に声をかけ、私は家を出た。
──日輪刀を抜き、色の変化を確認して納刀する。
「──
「はい、ここに」
専属の鴉を呼んで、目的地を伝える。形式上私は『一般隊士』だが、耀哉からある程度の自由行動を許されているから、指示を待たずに動けるのだ。
「
「承知しました」
刀の色は、やはり『黒』だった。まぁ、最終選別の時に
……
無論炎の呼吸はめっちゃ修行したから、『型』の練度も並の隊士には負けないつもりだけど……上弦を相手にするのなら、日の呼吸はおそらく必須となる。
「……あの、かぐや様」
「どうしました?」
「……もう少し、実家に留まってもいいのでは」
「構いません。父との別れなら、先程済ませました」
娘の正体が得体の知れない『誰か』と察しながら、彼は私を愛してくれた。最後に親孝行の一つもしてあげたかったのは確かだが……父ならば、その時間で鬼の一体でも倒した方が喜ぶだろう。
「……承知致しました。では、出立します」
「えぇ、行きましょう」
朝陽は飛び立ち、私は一歩踏み出す。振り返ることはしない。
『もう少し、自分に優しく』『特別でなくともよかった』と、父は言ったが……私は元より自分の欲望のままに生きているし、そのためには、『
「……お父様、私はあなたを許しません」
私はあくまで『誰かのための涙を見る』のが好きなのであって、私が泣きたいワケではないのに。
「だってこんなのっ、反則でしょう……!」
どうして私はまだ十歳なんだ。どうして父は二十四で死にかけてるんだ。三十までまだ六年もあるだろう。こんなに急いだのに、どうして間に合わない。こんなの無理に決まってる。
「お父様……お父さまぁぁぁ……!」
父が何をした。産屋敷家が何をした。
無惨という鬼を生み出した? ふざけるな。そんなこと知ったことではない。
だが、だが──いいだろう。
「鬼舞辻無惨は私が殺す」
どうせ、そうしなければお前達は耀哉のことも呪うのだろう。
やってやる。やってやるから、代わりに私の寿命であればくれてやるから──これ以上、私の家族を奪わないでくれ。
背中に一瞬、焼けるような痛みが走った。
後から知ったが、私の背には
*
■■コ■■ソ噂■
笑い声が嫌いだ。自分が馬鹿にされているような気がして嫌いだ。
怒った声が嫌いだ。好きな人はいないと思う。
無表情が嫌いだ。何を考えているのか分からないし、怖いから嫌いだ。
──でも、涙は好きだ。悲しみは癒やせる。嬉しい涙は嘘を吐かない。だから怖くない。
だけどみんな、みんな、ぼくが狂っていると言う。お父さんも、お母さんも、『お前は頭がおかしい』と言うから、そうなのだろう。
だからみんなに好かれている人について、勉強しました。オカシイところは、学んで正せば良いのです。実際そうしたら、友達ができました。
──でも仲良くなって、つい本音で話してしまうと、やっぱりみんな私から離れていきます。
だからもう、誰とも深い関係にはならないと決めました。
…………ある日、義務教育以降にかかる費用を知りました。
とてもとても、私のような人間にかけていい金額ではないように思えました。
──だから、中学校を卒業したその日に自殺しました。
包丁を持っていた私を、両親は止めませんでした。それどころか、逃げました。
……薄れていく意識の中見えたのは、自分が殺されなかったことに安堵する、両親の歪んだ笑顔だったのです。
狂っていても、私は間違っていませんでした。この方法は、正しく愛を証明してくれる。
私は彼らに、愛されていなかった。それが証明されました。
私が愛されるためには、最期まで本性を騙り切らねばならないと証明されました。
だから前世で私がどういう人間だったのか、話す気はありませんでした。
……なのに彼は、私の嘘を尽く見抜いて、私の心を、暴いていって。
…………それを、受け入れてくれたのです。
だけどすぐに、彼は死んでしまいました。私は、ひとりぼっちに逆戻り。
その一日に満たない時間が、どれほど私の救いになったか……彼は知らずに去りました。私は、感謝もできずに去りました。
──ならばせめて、生涯を懸けて恩義を返しましょう。
彼には、息子がいます。まだ生きています。でも彼の父と同じく、すぐ死んでしまうでしょう。
だからぼくは──