「……そうですか。この近辺にも、鬼の情報は無かったのですね。……良かった」
某所、『藤の花の家紋』を掲げた家にて。
日没と共に目を覚ましたかぐやは、鴉の朝陽から報告を受けていた。
鬼の被害が無いことは喜ばしいことだが、先日鬼舞辻への殺意を新たにしたかぐやにとっては、複雑だろう──と、朝陽は気遣わしげに彼女を見る。
だが同時に、朝陽は『これでいい』とも思っていた。
(……先代様と別れてから、まだ日が浅い。かぐや様の心が落ち着くまで、まだ時間が必要でしょうし)
表面的な様子で言うならば、彼女は既に安定している。現在身を寄せている家の住人に対する接し方は、普段の大人びた『産屋敷』のものだった。……が、内面はその限りではないだろう。
「……朝陽。疲れているでしょう? 今日は先に進まず、ここに留まりましょう」
「……はい。ではかぐや様も、ゆっくりお休みください」
「ふふ、大丈夫ですよ。私はむしろ、元気が有り余っていますので。ここ数日はロクに鍛錬ができていませんでしたし、今日は
「……御意に」
睡眠は取っているし、
朝陽はかぐやの意思を尊重し、大人しく引き下がった。
*
──吸って、吐いて。吸って、吐いて。
かつてのように『吐く』ことを意識せずとも、この身は炎の呼吸を行い続けるが……身体の鈍り具体によっては無意識に『ズレ』が出ているかもしれないので、鍛錬前に一応確認。
……うん、大丈夫そう。呼吸に不調は無い。次に移ろう。
抜刀し、素振りを数回。
「む……」
なんてこった。危ない危ない。
──
今まで使っていた刀は、当然女児が振るうことなんて想定されていないものだった。
でも、コレは違う。お父様が私のために用意してくれた、特注の短刀。*1元々軽いとは思っていたが、いざ振ってみると重さも重心も、気にせず振れてしまう。これはイケナイ。
「振りやすければ良いってものじゃ、ないんですよ……?」
刃渡りは、長さと重さは、『型』の威力に直結する。鬼の首を落とせなければほぼ詰みの鬼殺隊士にとって、これほど重要な要素もそうない。特にまだ十歳の、私には。
…………これは真面目に、一度帰ってもう一本刀を注文した方が良いのではないだろうか。
そうだ。そうしよう。
だって、しょうがないコトだ。斬れない刀を持って鬼狩りはできないんだから。
──帰ろう。帰ってもう一度、
「……お父様に、会いたい」
「──そりゃムリな相談だなぁ」
声のした方に視線をやると、塀の上に
「ンッン〜〜もう何度も『藤の家潰し』はしてきたが、お前ほど幼い鬼狩りは初めて見るなぁ」
「……っ」
藤の花の家紋を掲げた家は、『鬼殺隊を支援している』と公言している家だ。となれば当然、鬼側も黙っていない──特にそう、
「下弦の、参……」
「ケケケッ、いかにもぉ! 光栄に思えよなぁ? 数字も持ってねぇ雑魚鬼に殺されたんじゃあただの犬死にだが、相手がオレなら箔も付くってモンだろぉ?」
「…………」
────あぁ、ここで終わりか。
下弦の伍、累の糸は日輪刀を容易くへし折る。そして彼の頸は、糸より堅いという。
炭治郎曰く『下弦の壱は
──それでも、
「クヒッ、その眼。オレと対峙した奴ぁ皆そういう顔をする。
なのに、不思議だなぁ。ちっせぇのに、お前もなんだなぁ。『勝てない』と解ってて、
コイツは、私を舐め腐っている。態々話しかけてきた時点でそうだし、自分が絶対的な上位者であると疑わないその口調からも、私を脅威と認識していないことが分かる。
──その油断に、一撃を叩き込む隙がある。
「ケケッ、ケケケケケッ!! 健気だなぁ、立派だなぁ。
──いいぜぇ? それならよぉ」
奴は塀から跳び降り、私と同じ大地に立った。
砂塵が舞い、ただでさえ夜闇で見えにくい視界が更に悪くなる。主に呼吸を読んで敵の動きを見る私にとっては、良くない状況。
……だが、何故か奴は一切動かない。そしてそのまま砂塵が晴れた。
「どぉしたぁ? 来いよぉ。
「…………」
あぁ、これは……予想以上に詰んでるな。型を見せる前から、既に呼吸で手札が絞られている。
コイツの油断は、経験に裏打ちされた余裕だ。これを隙と言うには、私はあまりに
…………ここで、終わりなんだな。
「では、お言葉に甘えて」
自分が死ぬことについて、恐怖は無い。やり残したことに未練はあるけれど、私はもう、充分に愛された。心は満ちている。満足だ。
炎の呼吸──
「……!」
初めて、奴の呼吸が乱れた。どうやら
──心を燃やせ。
奥義『煉獄』
「ッッ!!!」
あぁ、やはりダメだな。初見の型が出ると気付いた瞬間、奴は両腕を動かした。頸を守る気だ。たぶんそんなことしなくても斬れなかったとは思うけど、やっぱり舐めてるようで慎重らしい。回避よりはこちらの方が、私的には困る対処だ。
──刃が到達する前に、当然腕が上がり切る。
私はもう止まれないので、振り抜くしかない。
────そして、
「へっ?」
「なッ──!?」
違う。
「あ、あり得ねェ! なんだその刀……! まるで
──そうか、鉄に染み込んだ太陽光の純度が違うんだ。斬撃じゃなくてレーザーで焼き切ったようなものか。
「チクショウ、どうしてオレがこんなッ! 小娘、なんかに…………」
そうして下弦の参は、あまりにも呆気なく死亡した。
「…………反則でしょう、コレ。どれだけズルをしたら満足するんですか? お父様……」
納刀し、実質的な形見となるであろう贈り物を抱きしめる。
そんなに、私が大事か。そんなに、私が死なないよう手を尽くしてくれたのか。
愛されれば愛されるほど、『その人の前で死にたい』と思ってしまう私に。それしか愛を確かめる方法を知らない私に、それでも『死ぬな』と言うのか。
「ひどい人ですね、ホント……」
そんなことをされても、生き方を変えることなんてできないのに。私は生きれば生きるほど、悲壮な最期を求めるというのに。それでも『生きろ』と言うのか。
「──後悔しても、遅いですからね」
ここで生き残ってしまった私は、雲取山に──竈門家に到達するだろう。そして十二年後、彼らの前で鬼舞辻と戦うのだ。
今の内から
……
──『無事で良かった』と、そう言うように。
*
明治コソコソ噂話
下弦の参といえば病葉だが、彼は宇髄さんと同じ耳飾りを着用しているため、『病葉は死んだフリをして生き延びていた宇髄の弟』という説が有力らしいぞ。(今回倒したのは勿論病葉とは別個体)
かぐやの日輪刀は、正史で黒死牟が作った血肉の刀さえ焼き切った悲鳴嶼さんのものと同じ、最高純度の日光を溜め込んだものだぞ。
次回からは吹っ切れた彼女が再びはっちゃけ始めます。