「──来ましたね」
「……はい。よろしくお願いします」
言われた通り、彼女の部屋を訪れ──張り詰めた空気に、息を呑む。
武者震いが止まらない。一目で、瞬時に理解させられた。
部屋の中心で目を閉じ、正座で待っていたこの女性は……聞きしに勝る実力者だ。
今の今まで、『彼女』についての話は半信半疑だった部分がある。
──刀を折らない。上弦の弍を無傷で倒した。
隊士になって、上弦と戦えば、『そんなバカな』と思わずにはいられない。『そんな人間が実在するのか』と、疑わずにはいられない。
でも、
そう確信させられる、圧倒的な『強者』の
「……ごめんなさい。怖がらせてしまいましたね。
……焦りを表に出すとは、不甲斐ない限りです」
「焦り、ですか?」
「鬼殺隊が
……これをそのまま捉えると、残る四つの月を墜とす過程で……
幸い、死者は出ていませんが……この先もずっと、そう上手くいくとは限らないでしょう。
──新たな『柱』が必要です。私達が
炭治郎くん。私はキミこそが、その『象徴』になると思っています」
「えっ?」
象徴? 俺が? そんなまさか。
無限列車でも、遊郭でも……守られてばかりだった、俺が?
「……勿論、あなたに全てを背負わせる気はありません。命ある限り、私は鬼殺隊の先陣を切り続けるでしょう。
問題は──…………」
「……問題は?」
「──ふっ。分かりませんか?
私が活躍し過ぎると、それはそれで後継者の重荷になってしまうことです」
「…………」
──嘘だ。
いや、『真っ赤な嘘』というほどではないけれど……彼女はいま、何かを取り繕った。
「なので、なるべく早く頭角を示してくださいね? 炭治郎くん。私が、上弦を狩り尽くしてしまう前に」
「……頑張ります」
冗談めかして告げられた、彼女の言葉に……俺はそう返すしかなかった。元々、俺にはそれしかできないというのもあるが。
……彼女が何を取り繕ったのかは分からない。
分かったのは、一瞬何かを打ち明けようとして……しかし重荷を背負わせないように、真意を隠したということ。
……俺が、弱いから。
「ふふ。色よい返事をありがとうございます。
──では、ついてきてください」
「はい!」
これは後から分かったことだけど……俺がどれだけ強くたって、彼女の問題は……解決できないものだった。
だけど、それでも。
彼女は、一人であまりにも多くの責任を抱えていた。大き過ぎる期待を、一人で背負っていた。
その重責は、煉獄さんを始め……多くの人が、肩代わりする機会を求めていたけれど。その『機会』は終ぞ、誰にも訪れなかった。
──だけどもし、もしも『この時』
俺に、もう少しでも力があったのなら。
…………俺には『この時』 彼女を助ける機会があったんじゃないか──。
そんなことを、考えてしまうのだ。
*
「──どう、でしたか?」
「ふむ……」
広場に移動した私達は、軽い地稽古を行っていた。
しかし、これは…………どうしたものか。
──クッソ微妙。
それが、私から見た炭治郎くんの正直な評価だ。
いやね? 『階級が
でも、支柱の面々と比べちゃうと……
つまり、ウン。これはアレだ。正史を知らなくても流石に察せる。
──
「炭治郎くん。あなたは既に、『柱』として通用する力量を持っています。
──が、
「……はい。解っています」
私の湯治は、残り十日。
この期間で、可能な限り彼を鍛え上げる。
「しかし幸い、基礎に関して言うことはありません。あとは持ち味を活かせるようになれば、キミは一気に伸びるでしょう」
「──本当ですか!?」
「えぇ」
──まずはその、完全に持て余している『鼻』と『肩』を活用するところからだな。
*
大正コソコソ噂話
花柱(カナエさん)は引退こそしていないものの、実は堕姫との戦いで右腕を痛め、後遺症で物がうまく掴めなくなってしまったらしいぞ。
左腕を駆使して誤魔化しているが、『柱』として通用するだけの力は失われている。このことを支柱の面々は知っているが、一般隊士は知らされていない。
……なので、猗窩座以降の鬼とマトモに相対できる追加戦力は意外と少ない。
*
「…………」
「…………」
無限城で、黒死牟と猗窩座が対峙していた。
……いや。
「出直せ……相手にならん……」
「…………
無惨の血を与えられ、強化された猗窩座は──黒死牟に『入れ替わりの血戦』を申し込んでいた。その結果がコレだ。
「……近頃……私には、覇気が無かった……その自覚は……ある……。無惨様にも、お前にも……いらぬ気を、揉ませた……。その点は、詫びよう……。
猗窩座……お前は生きて、引き続き……鍛錬に、励め……」
「……チッ。腑抜けてないなら、紛らわしい真似をするな。
『
猗窩座はそう言おうとしたが、途中で口をつぐんだ。
「武士に見えるか? 私が。こんな、醜い姿のバケモノが」
「…………」
「……私は、断じて……断じて
黒死牟はそう言い捨て、琵琶の音と共に消えていった。