「ハッ、ハッ……!」
──あぁ……何を、しているんだろうか。
山の中を、走っている。
里の中心部から、『敵襲』を知らせる鐘の音がして。こういう時に取るべき行動は、何度も何度も……訓練していたのに。
気付けば、何も持たずに走り出していた。
本当は……隊士に渡せる刀を、運ばなきゃいけなかったのに。
「ハッ、ハァッ……!」
……客観的にみて、自分は価値の無い人間だ。
身一つで生き残っても、今の自分には……実用性のある刀を新調する能力が、備わっていない。そしてこの先、それが備わるのかもわからない。
だから自分は、身一つで逃げていい存在じゃあなかった。だから刀を、持ち出さなければならなかったのに。
「ハァッ、ハ──げほっ、はァ……!」
あぁ、それでも……『可能性』がある分、
「はぁっ、はぁ──……」
目的地に着いて、足を止める。
──縁壱零式。
俺は、一族が残した人形の前に来ていた。
「…………っ、ッ。──ぅあ、ぁぁ……!!!」
人目がないのをいいことに、声をあげて泣いた。
……いや。人目があったとしても……耐えられなかったかもしれないけれど。
だって、もうどうすることもできない。
無意味だ。
こんな大きい人形、自分一人じゃどう頑張っても運べないのに。
たとえ運べたとしても、今からじゃ……もうどこへも逃げられないのに。
……無意味だ。
先祖代々受け継がれてきた人形は直せず、刀を作ることもできず、誰にも看取られることなく、己はここで……何も成せずに死ぬしかない。
「────ギョッ、ギョギョッ」
ほら、来た。
バカみたいに泣き喚くから、声に釣られて。
巨大な金魚に壺と腕、それと刃物を取り付けた姿の……歪な怪物。それが複数。里のいたる所に、奴らは現れていた。
鬼は群れないから、使い魔なのだろうけど。剣士ではない己にとっては、どちらでも大した違いがない。
──抵抗する手段が無い以上、逃げられなければ『死』あるのみ。
「ギョッ、ギョッ」
「げぅっ」
…………死ぬ。
容赦の欠片もない剛力で、全身を締め上げられて。
痛い。苦しい。
本能が、『死にたくない』と叫んでいる。
喉はもう、悲鳴を上げる力もないと言っている。
あぁ……己はいったい、どうすればよかったのだろうか。
人形を動かして、抵抗していればよかったのか?
いいや。動かす準備をしている間に殺されるか……動かせたとしても、自分が巻き込まれて死ぬのがオチだ。それに、使い魔を一匹倒せたとして……人形はそこで壊れるから、後が無い。
「ァ、が……────ぁ」
…………でも、最後に使ってやればよかったかもしれない。
だって、こんな……
「あぁ、うぅウ……! あァァァ……!!」
ビチビチと荒ぶる、使い魔の尻尾で……叩き飛ばされて、見向きもされず、無感動に壊されるくらいなら……。
「…………無意味に終わるのは、俺だけでよかったのに」
獲物の限界を、感じ取ったのだろう。
トドメを刺すように……拘束が一瞬、強くなって。苦しみが、極限に達して。
──感覚が消失する。身体が浮遊感に包まれる。
…………これが、『死』か。
「──残念。まだ終わりではないですよ?」
知らない誰かの、声がした。
浮遊感はすぐに消えて、再び身体が拘束される。しかし今度は、慈愛と労りを感じるほど柔らかい──『抱擁』だった。
恐る恐る目を開けると、使い魔は消えていて。
代わりに、
「花柱──胡蝶カナエ、推参しました。
私が来たからには、もう『死にたい』と言っても死なせませんので。悪しからず」
*
大正噂話
カナエさんは、『柱』として通用するだけの力が失われているらしいが……?