「今日は多かったな。何人だったっけ…?」
呟きながらも心の方では、まぁ、どうでもいいや。聖来にも考えるなって言われたし。…なんて、人間味に欠ける様なことを思いながら、久しぶりに傷ついた身体から出る黒っぽいものが水に広がっていくのを、ボーっと見ていた。
さすがに痛い。てか指やったの最悪。しばらく弾けないじゃん。そんなことを考えながら、顔にかかる紅い髪の毛をかきあげながら、天井を見上げた。電気は付いておらず、薄暗い。安心する。疲れていたのかうつらうつらと瞼が閉じかけた。
それなのに何故だろうか。寝ることは許されなかった。
今日の出来事がまるで鮮血のように鮮やかに、そして次々と脳裏に流れる。その度に楽しいことを思い浮かべようとしたのだ。
「明日収録じゃん。楽しみぃ〜。」わざわざ口にも出してみた。しかもドアの外から「そうですね。」返事までもらったのだ。もっとも今、家にはおれしかいないはずだ。幻聴だ。とうとうイナジナリー同期を呼び出してしまった。どっかの青年実業家と同じことやってるよ。自分を馬鹿にする様に鼻で笑った。
どんなに頑張ってみても、気分は晴れない。そりゃあ、そうだ。だって…子供がいたんだ。人が多くて気が付かなかった…
そういえば、帰り道の途中謝られたな。「私の確認ミスです。まさか団体様だとは思わず…」だっけ?忘れちゃった。でも別に怪我はどうでも良い。よくある事だし。まぁ確かに最近はなかったけど、ね。
そんな考えを頭の中で巡らせてたからか。それとも銃声やら叫び声やらのせいで耳がイカれたか。外から聞こえる誰かも分からない。でも昔から知ってる声が、話しかけてくる言葉をあまり聞いておらず、全部「んー」で済ませていた。
これがバカだった。
何者かに電気がつけられた。いきなり鈍色の薄布が奪われたことに思わず、舌打ちがでた。それとほぼ同時に聞き覚えのある声達が勢いよく開けられたドアと、共に飛び込んできた。
「セラ夫!」
「おい、ばか!」
「は⁉︎ちょっ、まっ」
なんだよ。五月蝿いな。と眉をひそめながら、若干の殺意がこもった視線を向けた先には、汗で濡れている男がいた。自分でも自らの目が見開かれるのが分かった。
「は…?」
驚くほど低く掠れた声が体内で響いた。動揺で泳いだ目が、捉えた男は申し訳なさをたたえた顔でおれを見ていた。死ぬ時はみんな一緒!とか怖いこと言う同期で、おれの昔からの知り合い。
そうだ。凪ちゃん、家に来てたな。おれのことが心配だとか言って。幻聴じゃなかったみたい。
そんな呑気なことを考えてたのも束の間、汗だくの男がおれを見ながら何か言った。ハッとして顔を取り繕おうとした。
これくらい大丈夫だよ。心配することでもないでしょ。
笑いながら、そう言うつもりだった。
それなのに、口から出たのは音にすらなってないただの息だった。
「怪我してんじゃん!大丈夫⁉︎いや大丈夫じゃないよね!え!きゅ、救急車呼ぶ⁉︎」
男は心配と驚きに満ちた声をあげていた。そいつの取り柄である大きい声が頭に響く。
もう頭の中は真っ白だ。こいつが何を言ってるのかも理解できない。
ただ一つ
『大丈夫って。大丈夫って言わないと。笑え、笑えよ!』これだけがこびりつき、やっと口から絞り出されたのは…
「え…あ、アハハ」という、低く乾き切った笑いだった。多分顔は引き攣ってる。
「ひ、ひば!向こう行くよ!」
そうだ。もう1人いた。その慌てた声の主を探そうとした時、男がおれに近づいた。
来ないで。そう思って、言葉を発した。はずだったのに聞こえなかったのか、顔に手まで伸ばしてきた。何か言ってる。
『やめろ。来るな。キタナイおれに触るな。ひばりにだけは触られたくない。本当に嫌だ。』そんな文字が頭に渦巻いて、支配した。
次におれの目が…違うな。脳が認識した風景は、驚いた男の顔と、そいつの手を払っただろう自分の赤く染まったキタナイ手だった。きっとおれは酷い顔をしていた。もう顔を取り繕おうと考えるとこすら無理だった。
「え…せ、セラ夫…?」
「あ…。
ち、違くて!これは…その…えっと、き、汚いから…」段々と声が小さくなり最後には蚊の鳴く様な声になっていた。目も合わせられない。
「ご、ごめん!いきなり入ってきてびっくりしたよな!」
違う。そういうことじゃない。
否定しようと「い、いや、ちがくて。」と小さいながらも声を出した。しかし、
「この…バカひばり!こっち来い!」という若干怒ったような声に掻き消された。
そのまま男は耳を引っ張られ、
「え⁉︎ちょっ…か、かなと、痛い痛い!」 そう言いながら何処かへ消えた。
「セラ夫…すみません。その…雲雀も…。いや、やっぱりなんでもないです。」静かになった後、落ち着く様な低い声が申し訳なさげにいった。
「うん…分かってる」目を合わせようともせずに返事をした。
再びドアが閉められ、1人になる。最初と違うのは電球が輝いていて、おれを包んでいた鈍色の薄布は何処にも見当たらないことだ。
何やってんだよ、おれは!ひばりは単に心配してくれただけだ。言われなくても分かってる。分かってんだよ、そんなことは!だからこそ嫌なんだ。いっそのこと、おれの顔見て恐怖にでも歪んでくれたら良かったのに…。でも…違う。ひばりはどこぞの主人公みたいに明るくて優しい。こんなおれを心配してくれる。おれとひばりは違う。
渡会雲雀はキレイなんだ。キレイすぎる。だから、今のおれには眩しすぎるんだよ…
そんなとめどない心の声に溺れている内に、ひばりの手を払った手が痛くなってきた。正確には左手の薬指。そりゃ、折れてんだから当たり前だ。その痛みのおかげか、少しだけ冷静さを取り戻した。
小さくなりたいと思って、バスタブで体育座りをした。狭いな。
そのまま、風呂の床に投げつけられた服に目を向けた。自分と、名前も知らない人たちの血に塗れた汚いおれの服。それをまたボォ〜っと見つめていた。
黒光りするナイフやら、隠し刀やらがぐちゃぐちゃと置いてある中に、3人からもらったものを見つけた。ついてしまった血を拭おうと、それらを拾い上げた。
そういえば、まだ3人いるかな?
凪ちゃんは…依頼の電話か。なんかクレームつけられてない?違う。依頼の停止について説明してるのか。ごめん。おれが弱いから。てか指折れたのバレてんじゃん。言ってないのに…
2人は?ひばの声は…聞こえないな。でもかなとのは聞こえる。え…もしかしてひばり怒られてる?おれのせいで?
気になったので、血を拭うために動かしていた手を休め、耳を澄ませた。
「あのな…ひば…は、分か……ないかも…ど、人と…会……ない。心……るの…番つら……。」
途切れ途切れだったが、なんとなく分かった。やっぱりおれのせいで怒られてる。
やっと3人からもらったおれの宝物がある程度、綺麗になったのでバスタブに入り直す。
凪ちゃんがぼそっと、独り言を言った。
「まぁ、多分雲雀はやったことないでしょうからね…」多分、自然と漏れた言葉だったんだろう。その後、やばっ…って小さく聞こえたし。
なんだ。凪ちゃんもそう思ってたのか。
そうだよ。ひばりはキレイだから、おれらとは…いや違うな。おれとは。こんな、こんな人殺しとは違う。
こんなキタナイおれを見られたくなかった。知ってほしくなかった。それに、あんなにキレイなもの見たくなかった。自分がまるで汚物の様に思えてくる…
「今、1番会いたくなかった。」
口から自然と出てしまった。
言葉は案外風呂場に響いた。
やっと身に纏わりついていた血を洗い流せた時には、夜も深く、すっかり湯も冷めていた。風呂から出ると、凪ちゃんが用意してくれたんだろう服が置いてある。それを着ながら、キッチンへ何か食べるものを探しに向かった。暗かったために電気を付けると、そこには美味しそうなご飯があった。多分これは雲雀か奏人が作ってくれたんだろう。だって多分凪ちゃんこんなの作れないし。
翌日
「結局あまり寝れなかったな。」
そう言いながら楽屋のドアを開けた。
「あ、せら。おはよ。」
「おはようございます。」
「あ…セラ夫、えと…」
何か言いたいのだろう。ひばりは口をもごもごさせていたが、かなとと凪ちゃんからチラ見され、ハッとした顔をしながら
「お!おはよう!」と言った。
これは、2人がなんか言ったなって思いながら、「おはよ〜、今日の収録何やるんだろーね。」と3人に向かって言った。もちろん昨日とは違って笑いながら。
昨夜のことは誰も話題に出さないまま、他愛のない話を繰り広げた。
眩しいほどキレイな日晴鳥は少しソワソワしていたが、後の2人は記憶でも飛んだのかとつい言いたくなるほど、いつも通りだった。
「おはよう御座います。台本の確認お願いいたします」スタッフさんがそう言い、水をくれた。1Lのペットボトル。いつものだ。
今日もまた、にじさんじ所属バーチャルライバー。VOLTACTIONメンバーの1人。
『セラフ・ダズルガーデン』
の1日が始まる