救いを求められる選択肢が増えたら
彼女らはもっと幸せになるのだろうか?
きっと俺はこの時のために生きてきたのだろう
「おい! どこ行くんだよ! 戻れって!」
誰かを守って死ぬことがどれだけ幸福なことか
「駄目だよお兄ちゃん!」
このまま誰かが傷つくのをみながら生きていくことに比べれば
「何をしているコンダクター!」
ゆっくり目の前のD2が向かってくる
「避けて! 早く!」
こんなに心配されていることに柄にもなく嬉しさを感じてしまう
「君は何をしているの…」
ゆりの香りとともに体が目の前の化け物と同じものに変化していく
「あなたは…」
あぁ
僕は
こんなにも
幸福だったんだな
「あとはよろしくな。タクト」
目の前の同類にむけて殴りかかる
体が軋む音がする
血の味と不快感
ふと体を見ると体は怪物になり果てている
少女の声が聞こえるが気にしない
いまはめのまえのこいつをたおさないと
そしてうしろのこのこたちを
まもらないと
──────
意識が薄れる
心がざわつく
百合の香り
ピアノの音色
少女の声
「君は知らない子だけど、いったい誰かな?」
湧き上がる破壊衝動
だけど俺は…
「悪いんだが、ちょっとこの力借りるわ」
「急だね。何より、君の意識はここにある。ここからどうするんだい?」
ふと右手を見ると化け物の腕がある
「こうするんだよ」
右手は自身の首に伸びていき
グシャ…
──────
あいつは孤独だった。
お兄ちゃんはすごく優しかった。
あのコンダクターは弱かった。
あの人は何かが欠けていた。
彼は何かに飢えていた。
あの方は愛されたかった。
でも、空いた心に埋まるものはなかった。
孤児であり、D2に故郷も破壊され、コンダクターになってもただ一人でムジカートをまとめていた。あの朝雛タクトが起きるまでは、彼がベルリンシンフォニカを率いていたといっても過言ではないだろう。
彼の口癖は、「まいったな」だった。何かを頼めば困った顔をしつつもこの言葉をつぶやくと必ずやってくれる。いつしか、彼はみんなの父親のような存在になっていた。そうして、自身のような境遇の子がいなくなるために死に物狂いで動いた。
彼は決して善人ではないといった。
「周りに感謝され、頼られ、信頼されたとしても愛されるわけではないから。僕は愛されるために動いている。でも、その過程の救えるものくらいは助けたいって思うだけだよ」
彼がα幼体とD2細胞の関係性を知ったのは偶然だった。子供たちが実験に使われ、全員がD2と化した悲惨な事件。シンフォニカ内でも全く話が出なかったことだが、パヴァーヌが辺境の地に赴いたことで自身のα幼体がD2細胞によって活性化することを知った。彼女は私を信頼して報告してくれたようであり、それっきり行方をくらました。何かあったとしても彼女の決めたことだからと詮索せず別れの言葉を告げて以降は音沙汰がなかった。
彼はもしもムジカートが死ぬようなことが起きないよう、腐れ研究員ことドミニクに知られないように自身にD2細胞を入れた。たとえ自身がD2になったとしても、彼女たちの敵を葬り、最後に自身が死ねば問題ないと。
──────
シンフォニカを襲ったD2の襲撃は1人のコンダクターのみの被害で幕を閉じた。途中、強力なD2の反応があったがその場にいたムジカートによって事なきを得た。また、現場にあったものはコンダクターの身に着けていたものであり、肉体が見つかることはなかった。