TS超絶美少女呪術師が五条悟を倒そうとする話 作:ちぇんそー娘
朝起きて、顔を洗うために鏡を見る。
前は大好きだったはずのこの行為が嫌いになったのは、頬に刻まれた一筋の傷のせいか、それともそれを見て思い出す記憶のせいか。
今となっては思い出せないけれど、それを思い出せないことはきっと、良いことでもあるんだろう。
「はぁ……でも傷があっても俺は相変わらず可愛いな。最近は美しさにも磨きがかかってきたし、傾国も夢じゃないだろこれ」
そんな独り言に、返答をくれる人は今はいない。
それでもいつか取り戻した時、いつも通りの日常を忘れてしまわないように、できるだけ声に出して準備をする。
2004年、12月。
14歳になった俺は、いよいよ来年には高専入学年齢に達しようとしていた。
五条家当主である五条悟が出した前代未聞の『当主権委譲』の宣言は、呪術界のバランスを大きく歪めた。
五条悟に勝つために呪術師、呪詛師問わず己の才を磨くようになり結果として術師のレベルは全体的に向上。しかし呪詛師の犯行のレベルも上がり、それに呼応するように凶悪な呪霊が多く見られるようになったため術師の忙しさに関しては変わっていない。
いや、やっぱり五条悟を倒すことに集中するやつらが増えたせいで忙しくなっている。特に五条家に連なる家系は当主様の尻拭いで本当に忙しい。
来年には高専入学予定なのに、俺のスケージュール来年まで一切空きがないんだけど?
まぁ正直、そろそも俺は高専に通うつもりは無いんだけど。
真凜との事件から数年。
俺はずっと五条と共に千春を助ける方法を探しているが、進展はほとんど無い。
呪霊と人間の間のような、特異な存在となった千春の知能は赤子程度。そして俺以外の人間を見つけると攻撃性を顕にし殺そうとはしないものの、術式を使って威嚇をする。俺に関しては、掌で触れても術式を発動させようとする素振りは無い。
五条曰く、「自らの知性を抑えることによってそもそも悪いことしようって言う考えが生まれないようにしている、千春自身の抵抗」とのこと。
一応研究成果としては、千春に命令することで数名の術師の欠損レベルの傷を千春の無為転変で治癒が出来たという事例が報告されていて、千春の有用性を示す結果とはなった。
かと言ってそれは千春がたまたま気に入った相手にしかしてくれず、ほとんどの人に対しては攻撃の意志を示している。
ちなみに五条は「別に攻撃しようとしたけど誰も怪我してないし。恋鈴に対しては攻撃してないわけだから嘘言ってないし、大丈夫大丈夫」と言っている。俺としてはありがたいけど、本当に大丈夫なんだろうか?
そんなわけで、未だ解決の糸口を掴めないながらも俺は千春を助けることと、上から言い渡される任務に奔走する日々。
結局小学校も中学校も有耶無耶にされたし、高専に通いたいとは思うんだけれど、そんなことしている時間が無い。
千春の処遇についていつバランスが変わるかも分からなければ、俺の寿命のタイムリミットも残り10年。
五条悟が提示した当主権委譲のタイムリミットも残り3年。
こっちについては結構目処が立ってきたり、しなくもないというか、なんというか、とりあえずこちらは保留で。
さすがに五条悟に負けるつもりは無いけれど、勝つと断言出来る程の自信はまだ無い。
まずは出来ることを一つ一つ積み重ねていくことが重要だ。
「一応聞きますけど、これって犯罪じゃないんですよね?」
「犯罪だとしてもそれを相手が通報できなければ犯罪じゃないからね」
「犯罪じゃないですか」
「法よりも大切なのは、やっぱり金だろう?」
電話越しに聞こえてくる女性のそんな言葉に、俺はちょっと引きながらも任務に集中することにした。
呪具の違法取引を行う犯罪組織の壊滅。
真正面からぶん殴って潰してしまえばいいところだが、表の世界にも顔がある組織となると、潰す為にはこちらも相応の証拠品が必要となる。
「しかし便利だよね君の術式。心が読めるんだろう? そのおかげで取引記録についてもわかるし、証拠となる品々がどこに隠されてるかもわかるし、なんなら潜入時も下手打って見つかることもない」
「自分で言うのもあれですけど、犯罪向きだと思いますよ。それじゃあ切りますから引き続き鴉での周囲の警戒、よろしくお願いしますね」
そうして電話を切って、窓の外を見ると一羽の鴉と目が合う。
電話の相手、冥冥さんの術式は鴉を操ること。一見地味だが効果範囲が広く、奥の手もあるし、俺は動物のような微小な呪力は少し読みづらいので何気に注意しないといけない相手だ。
良くも悪くもお金至上主義の人なので、依頼金や報酬金が確かな間は信頼出来るので、俺のような立場的に危うい人間からすれば一番信頼出来る人物なのだが。
直哉は素直だけど信頼は出来ないし。アレ素直って言っていいのかも疑問だし。
とりあえずさっさと証拠品パクってずらかるとしよう。
こういう呪具の違法取引は潰していくと、過去の問題を精査して最終的に特級呪具とかの取引記録とかが出てきたりするし、報酬も高額なことが多くて結構美味しい任務なのだ。
しかし半端に呪術界の知識があったりする輩が、金で呪詛師を雇ってたりするので危険度が事前に予想しづらいのが難点だが、その点は俺の術式がカバーしてくれる。
警備の穴ができる日も、隠したいものの場所も、本人に近づけさえすれば心の中から抜き取っておしまい。
おかげで俺の貯金残高はいつの間にか信じられない額になっていた。特級呪具を正規ルートで手に入れるとなるとそのお金も一瞬で吹き飛ぶことになるが、お金を持っていて悪いことはない。
「よし、証拠は確保した。冥さん、脱出ルートは……」
モノを確保すれば、あとは楽勝だ。
冥さんの鴉が空から見た安全なルートを、俺が周囲の人間の心を読んで確認しながら辿っていく。
こんな楽でいいんだろうかと思うくらいだが、これは俺と冥さんの術式がこういう仕事に向きすぎているだけだ。
結局何事もなく施設から出ることが出来、証拠品も無事。
あとは冥さんと合流するだけ。とはいえ任務中は決して気を抜いてはいけない。呪術師という職業は気を抜いたやつから死んでいくようなものなのだ。
心の声は聞こえてこないが、まだ周囲に呪詛師や放たれた呪霊がいるかもしれない。または証拠品に何らかのトラップがあるかもしれない。
こればっかりは全員の心の声を全て聞かないと把握出来ないことなので、俺にも分からない。
だから意識を集中させる。
術式の制度をあげれば、野生動物の思念ですら多少は汲み取ることが出来る。文字通り、ネズミ一匹すら見逃さず、冥さんとの合流地点までこの状態を維持する。
「……ん?」
そんな集中の中、一つの違和感。
声が一つなんの前触れもなく消えた。山の中なのだからそりゃあ動物の一匹くらい死ぬことはあるだろう。でも、何故かそれが妙に引っかかる。
ドサリ、と。
背後に何かが落ちる音。振り返ればそこには首から上が無くなった鴉の死体。
冥さんが支配下に置いているはずの鴉の異常な死。
次の俺の動きは理性ではなく直感だった。
直感的にその場から大きく飛び退いてとにかく、何が起きても避けられるようにと祈るような動き。
遅れて耳に届く銃声と、俺が立っていた位置への着弾。
「……お、今の避けるとはやるじゃねぇか。心を読むってのは、俺みたいな非術師の声も読めたりすんのか?」
銃を武器にする術師は少ない。
呪力を込めるのが難しいし、手間がかかる。対人戦ならまだしも呪霊との戦闘では現代武装の利点はあまり活かせないからだ。
故に銃を使うのは呪詛師が多い。
奴らの獲物は基本的に人間。人や術師を殺すならば現代武装の方が優れている点は幾つもある。
だから銃撃の相手が呪詛師の類であることは分かる。
俺が困惑しているのは、その相手の心の声が一切聞こえないことだった。
一般人だって呪力があり、動物にですら多少の呪力は宿る。呪力がない存在なんてそれこそ植物や、機械などの無生物になる。
俺が心を読めない相手は、一切負の感情を持たない生物を超越した何かと、一切呪力を持たない生物。
「まぁやることは変わらねぇ。こっちも依頼なんでな。心が読める術師に最近商売を荒らされまくって腹立つからぶち殺してくれと。ちょっと恨み買いすぎたなアンタ」
口元に特徴的な傷のある、呪力が一切感じられないその男は不敵な笑みを浮かべたまま俺に銃口を向けていた。
やばい。
どうしてこんなところに、この人がいるんだ?
というか冥さん、無事なんだろうか?
多分鴉だけを狙ったということは冥さんは無事。そもそも口ぶりから俺が狙いなら、わざわざ1級術師である冥さんを狙うリスクは避けるはず。
つまり異常を察知した冥さんが助けに来てくれるまで粘れば、何とか逃げ切れるかもしれない。だがそれが出来れば苦労はしない。
天与呪縛により呪力から完全に脱却した男。
あらゆる呪いから逸脱した縛られることなき肉体を持つ彼の名は、『術師殺し』として裏の世界ではよく知られている。
そしてその名に反して、その姿を知るものは少ないと言う。噂によると姿を見たものはみんな殺されるとか、透明人間だとか、速すぎて視界に入らないとか、あながち間違いじゃない噂が飛び交うような、呪いの世界の正真正銘の特異点。
「禪院、甚爾ッ!」
「御三家に連なる人間だもんな。知ってることもあるか」
呪力がないが故に、呪力から思考を読み取る俺の術式は反転、拡張を含め全てが機能しない。まさに俺の天敵とも呼べるこの人と敵対したら死は避けられないと思いつつも、そもそも会う機会がないと思っていた。
術式という利点が潰されれば、俺は身体能力を強化できる呪術師だ。
元から術式が攻撃的じゃないし、五条に勝つために鍛えまくってるからその辺に関しては自信こそあるが、さすがに水の上を素で走るような人間とは殴り合いとかしたくない。
「……その、これはというか、今までのは出来心というか」
「出来心ねぇ。ま、いいんじゃねぇか。そういうバカが居てくれると、俺も実績が増えるからな」
銃を収めてくれる気配はゼロ。
涙目になりながら、俺は逃げてとにかく冥さんと合流することを考え、術師殺しはそんな俺を凶悪な笑みを浮かべながら追い立てる。
2004年、12月。
世間がクリスマスに騒ぎ始める頃。それが俺と術師殺し、禪院甚爾との初めての出会いであり、最初の殺し合いとなった。