夏休み、トレーナーの実家に行くことになったシービーさん。そんな彼女には1つ実らせたい思いがあった。しかしまさかの事態に見舞われ…

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シービーさんは実らせたい

青すぎる空がうだる8月の熱気を白砂に叩きつける。

 

「暑いしもうあがろうか」

 

汗だくのシービーにタオルを投げる。

 

「ねぇ、次の休みどっか連れていってよ」

 

いくらトレセン学園とはいえ休みもしっかりととる。夏合宿中もお盆の間、4日間は休みがある。

 

「いいけどそんな遠出は出来ないよ」

 

さて、どこへ行こうか。

そう考えながら撤収作業をする。

スマホが小刻みに震える。母、カズサアークからの電話だ。

「ちょっとごめんな」

シービーに声をかけ電話に出る。

 

「もしもし?」

 

『久しぶり。今年は帰ってくるの?』

 

「今年はクラシックだしシービーを見ないといけないから日帰りにはなるけど帰ろうかなと思ってる」

 

『なんならシービーちゃんも連れて来ればいいのに。リラックスよ。お父さんもシービーちゃんに会ってみたいって言ってるのよ?』

 

「気持ちはありがたいんだけどさすがにトレーナーの実家に現役のウマ娘を上げるのはどうなんだろうか…」

 

『大丈夫よ!時効だから言うけど私だって現役時代からお父さんの家に入り浸ってたんだから』

 

母も元は重賞勝ちもあり中央のG1に出走するなど活躍していたウマ娘だ。父はそのトレーナーだったのだ。それだけのレベルのウマ娘がトレーナー宅に入り浸るのは褒められたものではない。

 

「それはそれでどうなんだよ…」

 

『とにかくわかったわ。シービーちゃんにも話してみてね』

 

「わかったよ。ありがとね」

 

「待たせた」

電話を済ませシービーのもとに戻る。

「ねえ、休みの間なんだけどさ、キミの家に連れていってくれないかな?キミのご実家だよ」

 

え…?

 

「盗み聞きみたいで申し訳ないけどさっきの電話聞こえちゃってさ」

 

さすがはウマ娘。耳がよすぎて全部筒抜けだったようだ。

 

「長い間帰れてないんでしょ振り回してばっかりだからたまにはキミにもしっかりと休んで欲しいな」

 

「けどうちなんかでいいのか?ド田舎だし」

 

「全然大丈夫!それにキミのご両親にも会いたいしお母様…アークさんに聞きたいこともあるから!」

 

「うちの親父も会いたがっていたし行くか。」

 

「やったー!」

 

「じゃあ明後日練習終わってシャワー浴びたらすぐ出発するから準備しておいてね」

 

「はーい!」

 

___________________________________

 

「よし!今日は早めにあがろう!」

 

荷物を積んだワンボックスに先に乗り込みシービーが来るのを待つ。

 

「お待たせー」

 

かなりコンパクトなバッグを持ったシービーが現れる。

 

「そんな持ちもので足りるのかよ…」

 

「平気だよ」

 

少し呆れながら車を出す。

 

実家までは車で1時間半ほど。

 

「疲れてるだろうし着くまで寝てていいからね」

 

「大丈夫。ありがとね」

こちらを見たシービーの髪がゆれる。

ふわりとシャンプーの香りがする。いい匂いだ。

 

そういえばと少し不安を思い出す。

 

「大丈夫?俺汗くさくない?」

 

まだシャワーを浴びていない。

 

スッとシービーがこちらにより首筋をかぐ。思わず声がでる。

 

「汗くさい」

 

「臭いって分かってて嗅ぐなよ」

 

「…でもキミの匂い、アタシは好きかな」

 

「えっ…?」

 

「ドキッとした?」

 

「まいどまいど心臓に悪いから本当にやめてくれ…」

 

全く。こちらの気も知らずに何て事をするんだ。

なんだか気恥ずかしい。

 

その後シービーは実家に着くまで窓の外を眺めていた。

 

実家に着いたのは夜7時半を回った頃だった。

玄関を開けて家の奥に声を放る。

「ただいまー」

 

「おかえりー」

 

母の声だ。

 

「思ったより早かったね。シービーちゃんも久しぶり!」

 

「アークさんお久しぶりです!」

 

「おお!シービーさん初めまして!いつも息子がお世話になってます。父です」

 

「初めまして!」

 

二人ともすごい歓迎だ。

 

「取りあえず荷物部屋においておいで。ご飯できてるから」

 

「そういえばシービーはどこに泊まらせるの?」

 

「トレーナーと一緒がいい!」

 

「いやいやまずいってそれは」

 

「キミは嫌なの?」

思わず黙る。

 

「あんたの担当なんだからあんたが面倒見なよ」

 

「母さんまで…」

 

頭を抱える。

 

「アークさんが認めてくれてんだからいいじゃない」

 

ドキドキとした気持ちと勘弁してくれという叫びをおさえながらも部屋に荷物を置き食卓へ向かう。

 

___________________________________

「シービーさん!我が家へようこそ!」

 

父の音頭でグラスを合わせる。

 

「このアジの南蛮漬け美味しい!」

 

シービーが声を上げる。

 

「よかったわ!この子の昔からの好物なの」

 

「自分でも作ってみたいのであとでレシピ教えてもらえませんか?」

 

「もちろん!」

 

自分も南蛮漬けを味わう。

玉ねぎと甘酢の爽やかさの中にアジの旨味がじゅわっとひろがる。

昔から変わらぬ味だ。

 

シービーに作ってもらったらどんな味がするんだろうか。きっと美味しいんだろうな。無意識に考えてしまった。

 

久々に食べる母の料理を楽しみながら和やかな時間が進んでいく。

シービーもまるで昔から家族の一員だったのかと勘違いしそうになるほど我が家の食卓になじんでいる。

 

 

後片付けをして台所から出ると母がジャージを着て立っている。

 

「ちょっと軽く走りに行くけどシービーちゃんも来る?」

 

「ぜひご一緒させて下さい!」

 

「大丈夫?疲れたまってない?」

 

トレーナーとして一応確認する。

まあ止めたところで行くだろうし母も一緒なら無茶はしないはずだ。

 

「爪に負担かからないようにね。蹄鉄は持ってる?」

 

「もちろん!」

 

はじめから走るつもりだったようだ。本当に走るのが好きな子だ。

 

「じゃあ母さん頼んだよ」

 

「任せなさい」

 

2人を見送る。

 

 

 

 

side C.B

 

月の薄明かりを纏いウマ娘2人の尾が夜風になびく。

 

「まさか本当にシービーちゃんも来てくれると思わなかったよ」

 

アークさんが楽しげに言う。

 

「アタシもこうやってアークさんと久々にゆっくり話せてうれしいです」

 

初めてアークさんに会ったのはまだアタシがトレセンに入って間もない頃だった。トレーナーもまだ付いていなかったアタシを可愛がってくれていたのが当時アドバイザーとしてトレセン学園にいたアークさんだったのだ。

 

「あの子はどう?迷惑かけてない?」

 

「いえいえ。本当にトレーナーにはお世話になってます。感謝してもしきれないくらいです」

 

「さっきちょっと話してたけど体調は大丈夫なの?」

 

「ええ。爪以外は。」

 

「そう。ならよかったわ」

 

「アークさん」

 

「どうした?」

 

…今回アタシは一つ決めていたことがある。

 

「少し相談というか…話聞いてもらってもいいですか?」

 

「ええ。もう少し走ったら少し休憩しましょ」

 

都会の灯が星を隠さぬ田園の夏の夜に天の川が横たわる。

息を整えながら火照った頬に風を受ける。

 

「はい、これ」

 

「ありがとうございます」

 

アークさんがスポーツドリンクを投げて渡してくれた。

 

「それでシービーちゃんが聞きたいことってなに?」

 

「…アークさんはどうやってトレーナーのお父さんと付き合ったんですか?」

 

あまりにも単刀直入すぎる質問と知りながら聞いてみる。

 

「…そっか。あなたもなのね。」

 

察したような間の後にアークさんが微笑む。

 

「はい…。」

 

「…私はもっと近くで一緒に戦いたい、一緒になりたいと思ってクラシックを走り終わったあとあの人に思いを伝えたの」

 

「怖くなかったんですか?」

 

「それはもう怖かった。答え次第では築き上げた物が何もかも崩れてしまうんだから」

 

「…。」

 

「でも怖さよりも『一緒になりたい』っていう思いの方が大きかった。シービーちゃんの思いだってきっと言い表せないくらい強くて大きいはずよ」

 

「…。」

 

 

そういってアークさんは空を1度仰ぐ。

 

「そうだ、明後日の夜、花火大会があるのよ。2人で行ってきたら?」

 

「花火大会、ですか…」

 

「アプローチするんだとしたらいい機会かも知れないわよ」

 

「わかりました。誘ってみます」

 

「ふふっ。幸運を祈るわ」

 

────────────────

sideトレーナー

「ただいまー」

 

2人が帰ってきたようだ。

 

「シービーちゃん先シャワー浴びておいで」

 

なにやら風呂場で母がシービーと話をしている。使い方の説明でもしているのだろう。

さて、寝る準備でもしよう。自分で寝る布団を床に敷きつつシービーが戻ってくるのを待つ。

 

部屋のドアが開きそれと同時になぜか俺のTシャツを着たシービーが入ってくる。

 

「なんで俺のTシャツ着てるんだ?」

 

「アークさんが貸してくれたんだ。」

 

「ちょっと大きすぎないか?」

 

「これくらい緩い方が着やすいんだ。それより尻尾と髪乾かすから手伝ってよ」

 

「わかったよ」

 

濡れて光る鹿毛を丁寧に丁寧に乾かしていく。ドライヤーの風に乗ってシービーの尻尾を乾かしていく。

 

「明後日の夜、暇かな?」

 

突然シービーが聞いてきた。

 

「特にやること無いからゆっくりしようかと思ったけどどうした?」

 

「花火大会見に行かない?」

 

「花火か…。」

 

そうか。ちょうどこの時期だった。地元の花火大会に最後に行ったのなんていつ以来だろうか。

 

「思い出作りにどうかな…?」

 

「いいね。行こうか」

 

夏らしいこともしてなかったしちょうどいいかもしれない。

 

「さ、これで終わり。俺はもう少しやることがあるから先に寝てろ」

 

「はーい」

 

その言葉を聞いてから寝息が聞こえるまでそう時間はかからなかった。

PCを開きトレセン学園からのメールに返信し寝床に入ろうとする。

ふとシービーの寝顔が目に入った。

レース中の大人びた美しさからは想像できないまだ年相応のあどけなさを残している。

こんなに可愛らしい顔してたんだな。

1つ頭を撫でてから自分も床に敷いた布団に入る。

花火大会、そういえば毎年楽しみにしてたな、浴衣とかいいな、なんてことをぼんやり考えながら目をつぶり意識を手放した。

 

____________________________________

side CB

 

トレーナーとアタシが向き合って立っている。

自分でもわからない。アタシは何かを言っている。

トレーナーは首を横に振る。

そしてこちらに背を向けどんどんと遠ざかっていく。

(待って!行かないで!)

あとを追って走ろうとする。

脚が異常に重たい。鈍い痛みが走り続ける。アタシの身体じゃないみたいだ。

動け。脚。

願いも虚しくなにか呪縛に捕らわれた足は彼の背を追うことを拒む。彼の背は遠くなる。行かないで…行かないで…行かないで…。

どこにいっちゃったの?何があったの?なにもわからない。

それでも必死になって足を引きずって彼の名を呼びながら彷徨う。

どこにいるの…?

 

 

目が開く。よく知らない天井が見える。あわててトレーナーの姿を探す。心配そうな目が上から注がれる。…そうだ。ここはトレーナーの部屋だ。

「目が覚めたか。」

 

「うん…。」

 

大きな手が額に触れる。少しひんやりしていて気持ちが良い。

「ちょっと熱があるっぽいな」

壁にかけられた時計は午前4時を指している。

「飲み物持ってくるから寝てな」

「ごめん…」

トレーナーが部屋から出る。

…。

さっきの夢はなんだったのだろう。ぼんやりとした頭で考える。アタシはトレーナーに何かを伝えていた。…思いを伝えていたのだろうか。そしてトレーナーはそれを拒んだ。思いを伝えたら本当にこうなってしまうのではないか。どこかにいってしまうのではないか。急に怖くなる。

 

「取りあえず風邪薬と飲み物と氷持ってきたよ」

 

トレーナーが帰ってくる。

 

「ありがと…」

 

確かにそこにいるのにどこかに行ってしまいそうな気がする。

彼から渡された風邪薬をぬるま湯で流し込む。

トレーナーの手で額に冷たいタオルが乗せられる。熱で頭が回らない中、本能が彼の手を掴ませた。

 

「シービー?」

 

「一緒にいて…」

 

確かにトレーナーがそこにいることを確かめる。先ほどまでの苦しさが少し和らぎ再び眠りに落ちていった。

___________________________________

 

再び目を覚ますと隣でトレーナーは変わらずそこにいてくれた。手は繋がれたままだった。

 

「大丈夫?」

そのまま手を額に伸ばす。

「熱は下がってきたみたいだね」

 

彼はどこへも行っていやしなかった。

「ずっといてくれたの?」

 

「当然だろ。シービーずっと俺のこと呼んでたんだから。」

 

「そっか。ありがとう」

 

「…ねぇ、これからもずっと一緒にいてくれる?」

 

不安感から足らぬままの言葉がこぼれる。

 

「シービーが走り続ける限りは一緒にいるよ」

 

「…その先は?」

 

「心配するな。どこにも行かないから」

 

「そっか。ありがとう」

 

「熱は下がったけどまだ寝てな」

 

その言葉にうなずき再びタオルケットを被る。

 

「ちょっと学園の医者に連絡してくる」

 

「ごめんね。ずっといさせちゃって」

 

「気にすんな」

 

彼がいなくなった部屋でふと思案にふける。やっぱりトレーナーと一緒にいたい。それだけが頭に浮かぶ。着ていた彼のTシャツの匂いをそっとかぐ。自分の汗の匂いのなかに混じるかすかな彼の香りを探す。安心する、いつもの香りだ。

…。やっぱりこの人が人生にいなきゃダメなんだ。アタシの中で何かがうずいた。むず痒いような心持ちに駆られる。歯がゆくて仕方がない。ぎゅっと目を閉じる。

あぁ…もうどうしようもない。

考えているうちにまた顔が火照ってくる。悶々としたままタオルケットにくるまった。

─────────────────────────

sideトレーナー

「はい。ありがとうございます。失礼します。」

電話を切ってからひとつ大きな息を吐く。無理をさせ過ぎてしまっていたのかと1人反省をする。

 

「お医者さんはなんて?」

聞いていた母が心配そうに問う。

 

「夏バテだろうって。熱も下がってきてるようなら問題ないって言ってた」

 

「そう…。シービーちゃんも疲れていたのね」

 

「もう少し早く気づければ…」

 

「こればかりは仕方ないわ。そう思うならあの娘の側にいて看病してあげるのが1番よ。」

 

うなだれたままうなずく。

 

「しっかりここで休んでいきなさい。早く治さなきゃ。」

 

母の言葉を受け止める。

ふとシービーとの昨夜の会話を思い出した。

「シービー、花火行くの楽しみにしてたな…」

 

「明日の朝の体調次第ね。行けるといいわね」

 

ふと思い付きが口から出た。

「母さん、浴衣ある?」

 

「あるけどどうするの?」

 

「シービーに着せる。せめて夏らしい思い出作りはさせてあげたいんだ。リラックスさせてあげたい。」

 

母が微笑む。

 

「わかった。用意しておくよ。ほら、これ食べな。」

 

母が用意してくれた昼食をかきこんでから氷を補充し部屋に戻るとシービーは寝ていた。傍らに座り学園へシービーが体調を崩しているため一週間ほど療養する、ということを伝える。それが終わりシービーの寝顔を見る。少し楽になったようだ。ふとさっきのシービーの言葉を思い出す。

 

「これからもずっと一緒にいてくれる?」

 

これからもずっと。よく考えてみればとんでもない言葉だ。プロポーズにも等しい重さを持つ。どんな意味で彼女が言ったのか。気づいて1人赤面する。出来ることならずっと一緒にいたい。それはシービーと同じ気持ちだ。

…シービーの気持ちに応えよう。心に決めた。父と母の顔がふと浮かぶ。やっぱり血は争えないな。少し苦笑いした。

 

─────────────────────────side CB

 

 

再び目覚めると夕方だった。横を見るとトレーナーは枕元に寄りかかり微睡んでいた。さっきまでくるまっていたタオルケットを彼の肩にかけてからまだ少し火照る体を冷まそうと縁側に出てみる。遠くに入道雲が見える。そのうち夕立が来るのだろう。生ぬるい風が頬を撫でる。

 

「もう大丈夫なの?」

 

アークさんが少し心配そうに声をかけてくれる。

 

「はい。ちょっと疲れていたみたいです。」

 

「そう。しばらくうちで休んでいきなさい」

「ありがとうございます…」

 

 

室内に目をやると着物が2枚たたんで置いてある。アークさんが苦笑いする。

「あの子がシービーちゃんに着物着せたいって言うから引っ張り出してみたの」

 

「トレーナーが?」

 

「そうよ。夏の思い出はちゃんと楽しんでほしいって。」

 

嬉しい気持ちと彼への申し訳なさが入り交じる。

 

「朝から何も食べてないでしょ?今お粥でも作るから待ってて」

 

「ありがとうございます」

 

「一降り来そうだからすぐ戻りなね」

 

ひとりになりさっき彼に言った言葉を思い出して急に恥ずかしくなる。悪夢のせいでもあるがまさかあんなこと言ってしまうなんて思わなかった。うなされて心のそこにあった気持ちがポロリと出てしまった。彼はあの言葉をどう受け止めたんだろう。彼はどこにも行かない、と言ってくれた。気持ちを受け取ってくれたのかもしれない。けどやっぱりしっかりした言葉で伝えたい。…明日、絶対に伝えよう。遠くにあったはずの入道雲が近づき雷鳴が聞こえる。

 

アークさんのお粥を食べてから部屋に戻るとトレーナーはまだ寝ていた。朝早くからアタシの看病をしてくれて疲れていたのだろう。布団に寝かし毛布をかける。…少しは甘えてもいいよね。彼の横にアタシも寝そべってみる。寝顔を眺める。少し魔が差した。一緒の毛布に潜り込み首筋に顔を埋めてみる。いつもよりも濃い彼の香りだ。今日はこのまま寝てしまおう。幸せな香りに包まれたまま眠りについた。

 

────────────────────────

sideトレーナー

目覚めたのは翌朝だった。布団にいることに気付く。それと同時に隣にシービーが寝ていることにも気付いた。起き上がろうとする。「トレーナー…」

また悪い夢でも見ているのか。少し心配になり手を取る。次の瞬間、すごい力で抱き寄せられた。服を通してでも伝わるウマ娘の高い体温が身体中を包む。突然のことに驚きシービーの顔を見ると幸せそうな顔をしている。

「トレーナーぁ…」

ひとつ寝言を言って胸に顔を埋められる。やっと状況を理解してた。担当と添い寝した上に抱きつかれている。さすがにまずい。離してくれ、と抜けようとしてもウマ娘の力には勝てない。すぐに諦めた。このまま起きるまで待とう。顔の前でシービーの耳が嬉しそうに動いている。こんなに近いのははじめてだ。動くたびに柔らかい鹿毛が首をくすぐる。少しだけと耳を撫でてみる。んっ、とひとつ声をあげた。急に背徳感を感じる。なにをやってるんだ俺は。そんなことを考えているうちにシービーが起きた。

 

「よく寝られた?」

 

「昨日布団にキミを寝かせたまま一緒に寝ちゃったんだよね」

 

「シービーがやってくれたんだ。ありがとうね。」

 

「抱き枕はどうだった?」

いたずらっぽく聞かれる。

「抱き枕にされたのは俺なんだけどね」

「え?」

何があったかを説明すると顔を赤らめた。俺はもっと恥ずかしい。

それをまぎらわすように聞く。

 

「体調どう?」

 

「昨日よりもよくなったかな」

 

顔色もすっかりよくなっている。

 

「疲れが残ってたんだね。念のため学園には一週間こっちに滞在して療養するって連絡済みだからゆっくり治そう。」

 

「走ってもいいの?」

 

「さすがに今日はまだいいとは言えないかな。それにこの機会に爪もなんとか治したいからしっかりと休もう。」

 

走れないと聞いてシービーは少し膨れっ面になる。

 

「明日から、かな。」

 

今日はちゃんと休んでリラックスしようとなだめる。本当にこの娘は走るのが好きなんだなとひしひしと感じる。

 

「ごはんよー!」

一階から母が呼ばれる。

 

 

「ねえ」

食卓でシービーが切り出した。

 

「どうした?」

 

「花火、行けるよね」

 

少し考える。

シービーがじっとキラキラした目で見つめてくる。病み上がりとはいえちゃんと夏休みは楽しんでほしい。

 

「…行こうか。無理はしないでね」

 

「着物も出しておいたわ!」

 

母までノリノリである。

なんだか楽しい1日になりそうだ。

─────────────────────────

side CB

なんだかずっとそわそわする。

ついに今日言うんだ。そう考えるとやはり落ち着かない。不安と期待が入り交じる。

 

「そろそろ浴衣着る?」

 

落ち着かない様子のアタシを見かねたアークさんが声をかけてくれた。

 

「やっぱり緊張してる?」

 

「はい。少し…」

 

「私としてもシービーちゃんがお嫁さんとして来てくれたら嬉しいなぁ」

 

アークさんの冗談に思わず口がほころぶ。

 

「そのための今日なんですから」

 

「いいじゃない。私のためにも今日はがんばってね。さ、これでいいわ!」

 

アークさんが選んでくれたのは勝負服と同じ緑色の浴衣だった。

 

「似合ってるじゃない!」

 

鏡の前でアークさんが声を上げる。

 

「ありがとうございます!」

彼はなんて言ってくれるだろうか。浮かれた気持ちで考える。

 

「シービーちゃんいい?」

 

アークさんが微笑みながら言う。

 

「気持ちに正直になるのよ。あなたの思いはきっと伝わるから。」

 

先輩からのアドバイスにこくりとうなずく。

 

「絶対に大丈夫。楽しんでおいで」

部屋を出ると彼が待っていた。

 

「おぉ…」

 

彼の口から感嘆の声が漏れる。

「どうかな?」

 

「めちゃくちゃきれいだよ!」

褒めて貰えた嬉しさに浮き足立つ。

「ほら!2人とも楽しんでおいで!」

アークさんに送り出されて会場へ向かう。

 

会場までの道は夜店が連なり人で溢れていた。

 

「なんか食うか?」

 

「たこ焼きとか食べようよ!」

 

「いいね!」

 

夜店を楽しみながら会場へ向かう。途中気づいたファンの人が声をかけてくれる。本当にたくさんの人が応援してくれてるなぁと感じる。

「どこから見るの?」

 

彼に聞くと得意気に言った。

 

「昔よく友達と見に行ってた場所があるんだ。ちょっと歩くけど行くか?」

 

「行こう!」

 

夜店を抜け、脇道に出ると石造りの鳥居が見えてくる。どうやらここのようだ。

「ちょっと道が悪いから掴まって」

彼が背中を叩きながら言う。アタシのことを背負って行くつもりらしい。

 

「大丈夫だよ!歩けるから」

 

「いいから乗りな」

 

と半ば強制的に背負われる。

 

「無理させたくないっていっただろ」

 

と呟き凸凹とした石段を登っていく。暖かい広い背中を感じながら彼に付いていく。

5分ほど登っただろうか。

本殿前に着くとそこからは一帯が見渡せた。

「ここが特等席だよ!」

 

彼がレジャーシートを敷いて言った。

彼のとなりに腰を下ろす。

 

「シービーにこの景色を見せたかったんだ」

そういって額の汗を拭う。

 

「すごいよ!ありがとう!」

 

花火が始まるまではまだ時間がある。しばらく2人とも黙ってひたすらその時を待つ。

話すなら今だ。わかっている。

でもなんと言おう。

考え出すと急に心拍数が上がる。

『気持ちに正直になるのよ。』

アークさんの言葉を思い出す。

きっと大丈夫。

 

「どうかしたか?」

 

何か言いたげなアタシをみて彼が言う。

 

「あのさ…」

 

意を決して口を開く。

 

「ん?」

「昨日見た夢のことなんだけどさ…」

 

恐る恐る話す。

 

「よく分からないけどキミがどこかへ行っちゃう夢だったんだ。」

 

彼がフフッと微笑む。

 

「そっか。それであんなこと聞いたんだな。怖かったよな」

 

「すごく怖かった。本当にどこかに行ってしまうよう気がしたんだ」

 

「俺はどこにも行かない。絶対に約束する。」

 

「…アタシが引退しても?」

 

その言葉を彼は受け止めて微笑む。

 

「シービーが望むなら、かな。俺はずっと一緒にいさせてほしい。」

 

その言葉に息を飲む。とうに決まっていた覚悟をさらに強固なものにする。

 

「ねぇ…一つお願いを聞いてくれないかな」

 

「いいよ」

 

「アタシにはやっぱりキミが必要なんだって改めて気付いたんだ。キミがずっと離れないでくれたから昨日だって安心できた。君にずっと助けられてるんだ。だから…」

1度足元へ目を落とす。そしてまっすぐな目で言い切る。

 

「そんなキミが大好きです。アタシと一生一緒にいてください」

 

「先を越されちゃったな」

 

彼が笑う。そして彼も言った。

 

「俺からも言わせてほしい。これからもずっと一緒にいさせてください。」

 

2人の間に笑みがこぼれる。

 

前触れもなく夜空を閃光が切り裂き大気を震わした。

 

「はじまったよ!!」

 

少しの気恥ずかしさを紛らわそうと目一杯はしゃいでみる。

その言葉と共に次々と鮮やかな花が咲き誇る。楽しげな色彩が彼の目に写って踊る。その目すら愛おしい。

 

「…大好きだよ」

 

轟音の狭間で呟き肩を寄せる。チラリと隣に座る愛しい人の横顔に目をやる。にこやかな眼差しを空へと注いでいる。空には大輪の菊がさきみだれる。秋、2人で絶対に大輪の花を咲かせてやる。夏の夜空に願いを込めた。




こんにちは。上総ユキヤです。今回は丸1年ぶりの新作です。今回は構想から完成まで丸1年書きつづけていた夏休みシービーさんです。実は史実のミスターシービーもクラシックの夏、蹄の痛みのストレスから夏風邪をひいていたらしいです。最初は普通に花火見に行くだけの話だったんですが途中でちゃんと史実通りに描きたい、という思いがありこんな感じで仕上がりました。皆さんも体調に気をつけてよい夏をお過ごしください。

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